波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

瞑想する犬

2012-02-12 16:59:05 | 散文
 

  ☆

 一匹の老犬が、白い大きな皿を前にお坐りしている。皿は汚れ一つなく、綺麗に舐められている。
 犬は皿を前に、時々首を傾げたりする。そうやって、ひねもす空の皿を見つめて過ごす。
 家の者が皿に残り飯を入れに行くと、犬はむっとした顔で平らげにかかる。食欲をそそらぬといった食べ方だ。
 それでも最後に皿を舐めることは忘れない。いやそうしないと、どうも具合が悪いらしいのだ。

 老犬は今日もまた空の皿を前にしてお坐りしている。相変わらず首を捻ったりして、皿に見入っている。
―太郎や 食べてしまったのかい?―
 家人が母屋の窓から呼び掛けたとき、犬は吠えかかるばかりの形相になった。
―もう食い物はたくさんだ―
 犬は餌を入れにくるのを拒んで、唸り声を上げ、いぜん皿の前にお坐りをつづけている。
 
 皿には薄青くぼやけた鳥の絵が付いている。人の眼には何の鳥か定かではないが、犬はそんなことを問題にしてはいない。日頃庭の木に来て鳴く、凡百の鳥を、皿の一羽に封じ込めてしまったのだ。だから鳥の種類などはどうでもよく、ふと湧いて出た疑問が解けさえすればいいのである。
―この鳥は、何故かくも天真に歌うことが出来るのか―
―本能なのか。体験による認識なのか。いずれにせよ、この世は、歌うに値するほど愉快なものなのか―
―それは なぜ? なぜなのだ?―
 老犬は、この命題をなんとしても解明しないではいられなかった。
 人間の哲学者がいれば、哲学者めいた犬がいて不思議はない。






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