波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

星をもぎとる酔っ払い

2012-02-03 13:09:39 | 散文
   ☆

 厳寒の冬の夜、橋の袂に落葉して全裸の一本の欅が立っていた。
 身包み剥がされた冬木は、それでも堂々と構えて、今では葉っぱの代わりに、夜空の星々を招き入れていた。
 葉が一枚もないだけ、さしのべた枝と枝の間に、星の入るスペースは大きい。
 そこに収まった一つ一つの星が、あえかな光を放ち、なかには点滅している星もあった。

 冬木の下を、酔眼朦朧とした酔っ払い男が通りかかった。
 出来上がって視覚のおぼつかない男の眼には、枝の間に収まった星は、どれもこれも瞬いて見えた。星に限らず、周囲の街の電光文字も、似たようなものだったにちがいない。
 しかし男の眼には、ふと視線を転じた先の、裸木の枝だけが飛び込んできた。裸木の枝にたわわに稔る星の果実だけが、賞玩の対象だった。
「クリスマスなんか、とうに過ぎたというのに、まるでクリスマスツリーじゃねえか。たいしたもんだよ。ただの裸の木に過ぎないというのに」
 酔っ払い男は、そんな呟きをしながら、冬木の下を通り過ぎて行った。

 その夜遅く、男は自宅のベッドで金縛りに襲われて目が覚めた。目が覚めても金縛りは解けず、夢の続きを貪っていた。
 なんでも、通りすがりの冬木の枝に手をさしのべ、星のひとつを採ろうとしている、そんな夢だった。
 金縛りの解けない状態は苦しい。七転八倒の苦しみと言ってよい。
 このとき、みしみしっという音とともに天井が揺れ動き、吊ってある蛍光灯が左右に振れ出した。
 地震だな。男は酔いの残る体に地震を自覚し、なお金縛りと格闘していた。その男の上に、棚から灰皿、ライター、猫のマスコットなどが落ちてきた。
 そして止めを刺すように、蜜柑が一個男の口を塞いで、地震は止んだ。金縛りも解けていた。