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[木の葉に化けた蛙]
かんかん照りの夏の一日だった。僕は暑くて仕方がないので、パンツ一枚になって家の裏に続く草原に入って行った。青草を撫でて吹いてくる風に当ると、涼しいと思ったからだ。
我家は新興住宅地の外れに位置していたので、家の裏側は未開の草原だった。草原には人の足で踏み固めた細い道ができていた。
その細い道を行くと、道の真ん中に一匹の蛙が、どんと構えるように坐っていた。蛙は僕を、ようこそおいでなすった、というような迎え方をして、くるっと横向きになると、小道から草原へと跳ねて行った。
僕が裸だったもので、親戚筋くらいに近しく感じたのかもしれない。
蛙は僕の前を、チモシーやクローバーなど、柔らかな草をなぎ倒すようにして跳ね行くと、前方に小さな池が見えてきた。
蛙がこの池を住み処にしていると、すぐ分かった。蛙はけして僕から逃げて来たのではない。僕は蛙を追いかけていたわけではなく、蛙がついて来いと誘うから、ついて来ただけだった。
蛙は僕がついて来ているか、どうか、確認するように、ときどき跳ねながら眼を後ろに向けた。黒いつぶらな瞳が、光って僕を見た。蛙は前を向いていても、後ろが見えるのだ。蛙は僕がついて来ていると知ると、よし、よしというように、頭を前後に揺すった。
すぐ前に水面が光って、池に着いた。蛙は僕に合図を送る仕草をして、どぼんと池に飛び込んだ。
ひとつ水輪ができて、蛙がどこに消えたのか、見えなくなった。水面には水澄ましが回って、やっぱり水輪を描いていたが、蛙の水輪にはとても敵わなかった。蛙の作った水輪は本格的で大きく、波紋が土手に立つ僕の足下まで寄せてきた。池に飛び込んだときの音にしても、しばらく僕の耳朶に響いていた。
蛙はそれっきり陸に上がって来なかったが、蛙が僕を誘ってここまで連れてきた理由が読めてきた。あの、古池や…という有名な俳句だ。僕に俳句を作れということだったのだ。
そう受け取ったから、僕は俳句をはじめようと思った。あの蛙が浮かんでこないので気になったが、僕は間もなく池を後にして家に帰った。
三日ほどしてその池に行ってみると、池に木の葉っぱが何枚も浮かんでいることに気がついた。前はこれほど葉が浮いていなかったはずだが、そう思ってその辺りに小石を投げ込んでみた。するといっせいに水しぶきを上げて、葉っぱが残らず水中に潜ってしまったのだ。つまり木の葉ではなく、蛙が手足を伸びるだけ伸ばして寝そべっていたのだ。
だからあのとき姿を消してしまった蛙も、そうっと浮かんできて、葉っぱに化けて僕を見ていたかもしれない。
次の三行は、僕が最初に詠んだ俳句だ。
寝そべって
空を見ている
蛙かな
おわり