ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

思い込みで人を評価する

2016-09-03 07:24:17 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「人を評価するという悪癖」8月29日
 『「障害者を感動話に」方程式批判』という見出しの記事が掲載されました。記事によると、NHKの番組が、『「清く正しい障害者」が頑張る姿を感動の対象にすることを「感動ポルノ」と表現、「感動は差別だ」との障害者の声を伝えた』とのことです。ちょうど毎年夏の恒例となっている日本テレビの「24時間テレビ」で、「障害者が頑張る感動もの」を放送中ということもあり、話題になったようです。
 私は、「感動ポルノ」といい言葉こそ使ってはいませんでしたが、このブログで、障害のある児童生徒を、純真で無垢な存在として捉える見方を批判してきました。ですから、今回のNHKの問題提起には我が意を得たりの思いです。
 私は教委勤務時代に、心身障害教育(当時の名称、今は特別支援教育)の担当指導主事として、多くの教員や子供たちと接してきました。そこで気がついたのは、子供たちと真摯に向き合っている教員、障害への理解が深い教員ほど、子供たちを、いたずらもすれば嘘もつく、通常学級の子供と変わらない存在としてみていることでした。一方で、差別解消などのスローガンを掲げ、自分たちの運動としての発想が優先される教員たちは、障害のある子供たちを差別を受ける被害者として、一方的な弱者として捉え、それゆえに悪意のない天使のように位置付けようとする傾向があることにも気がつきました。
 障害児を天使扱いする教員は、表面的には障害のある子供や保護者の理解者、味方のように見えますが、実は子供の現実を知ろうとしない、教員としては失格者であるというのが私の評価でした。
 私は日本テレビ系の「24時間テレビ」は見ません。以前から、障害者に寄り添うようなポーズが鼻について不快感を覚えるからでした。今回、私のような感覚の方が少なくないことを知り、力強く感じました。
 NHKの番組に出演した脳性麻痺の玉木幸則氏の『(障害者と健常者が)同じ人間として怒ったり笑ったり、思いを重ねることがホンマの感動。一方的な感動の押しつけは差別だ』という言葉を、全ての教員の共通認識にしてほしいと思います。
 障害児の嘘やいたずらに対し、通きちんと話を聞こうとし、その上で常学級の子供と同じように叱り、叱った後、やったことはよくないけど君のことは大好きだよと伝えること、これが教員のあるべき姿なのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする