スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

看護婦のストライキ終結

2008-06-01 00:48:13 | スウェーデン・その他の経済
4月21日に始まった看護婦のストライキは、5月28日水曜日に労使双方の間で合意に至り、5週間半にわたる長いストが終結した。7000人近い看護婦・看護士がこれまでストに参加してきた。


写真の女性はこの組合の代表Anna-Karin Eklund
写真の出展:労組Vårdförbundetのホームページ

さて、これだけ長い間ストを続けてきたのだから、労組側は大きな勝利を勝ち取ったのか!?と思いきや、実はそうではない。労使双方が受け入れた妥協案の主な点を見てみると、

・看護婦の初任給(最低1年勤務後):月21100クローナ(37万円)
・今後三年間の給与のベースアップ:2008年 +4%、2009年 +3%、2010年 +2%

というものだが、スト決行直前に国の調停委員会が労使双方に提示し、労組側が受け入れを拒んだ妥協案とほとんど違いがないのだ。例えば、初任給については、額がスト直前の妥協案と全く同じ。唯一の違いは、新水準の適用時期を2009年の夏以降ではなく、5月以降に前倒しするという点。また、給与のベースアップの率についても、唯一の違いは2009年の数字が+2.5%から+3%に引き上げられただけ。

当初の妥協案を蹴った労組側の要求とは、初任給を月22000クローナにし、また今後2年間に渡って月額1700クローナのベースアップを毎年すべての職員に行う(率で言うとおそらく年6-7.7%ほど)、というものだった。長い教育を必要とする職であり、国民の命に関わる重要な仕事をしているのに、それが給与に反映されていないこと、そして、女性の多い医療職の給与を他の職よりも引き上げることで、男女間の経済格差を少しでも縮めたい、という思いがこめられていたのだった。

労組側の情報によると、現状では10分の1の看護婦の月給が20000クローナ以下だという。地域により若干の差があるが、大卒直後の正看護婦の初任給は月18500クローナという県もあるようだ。退職間近の看護婦でも月23000クローナというケースもあるらしい。一方、雇い主であるスウェーデン地方自治体連合によると看護婦の平均月給は24500クローナ(43万円)であり、過去10年にわたって他の公共部門の職員よりも上昇幅は大きかった、という。

ちなみに、医療サービスを提供しているのは主に県なので、もし労組側の要求をすべて呑んだとすれば、県税(地方税の一部)の税率を0.5%引き上げる必要がある、と地方自治体連合は試算していた。(わずか0.5%、という気もするが、これだけの引き上げをするにも自治体としては大ごとなのだろう・・・)

これまで5週間半にわたって闘い勝ち得たものが、わずか0.5%のベースアップ率であるわけだから、労組の組合員の不満も大きい。一方で、労組の執行委員会のほうは、そもそもスト決行には乗り気ではなく、いくつかの地方支部の強い要求と総会での決議に押されてストに踏み切った手前、引き際を見出すのに苦労したのだろう。そもそも労組側の勝算は最初から低かった。政治サイドからのサポートがほとんど得られなかったためだ(なぜかは不明)。

ストライキ1日あたりの労組側の負担(組合員に対する給与補填の支払い等)は600万クローナ(1.1億円)。これに対して、雇い主である地方自治体にとっては、給与の支払いが1日あたり1100万クローナ(2億円)浮いたという。しかし、5週間半にわたるスト中に延期された手術の数は13300件、診察の数は35000件だというから、この分の医療活動を今後いかにこなしていけるかがこれから大きな課題になるだろう。

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6 コメント

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看護士の給与明細 (tai)
2008-06-05 04:33:47
掲載されている給与は、税引後の手取りなのですか?
スウェーデンの給与体系を知りませんが、基本給なのか、または各種手当込みの平均額なのかも興味があります。ご存知でしたら教えて下さい。
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Unknown (Yoshi)
2008-06-05 07:47:21
税引き前の基本給です。

「各種手当込み」と聞いて、あまりピンときませんが、例えばどのような「手当」をお考えでしょうか?
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Unknown (tai)
2008-06-05 22:26:55
お返事ありがとうございます。
スウェーデンは残業が少ないのは知っていますが、看護士ともなれば、急患で残業を余儀なくされることもあるでしょう。また、休日にも、急患に備えて待機する制度などはありませんか。
 各種手当と言ったのは、この他に住宅手当や通勤手当のことを想定していました。
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Unknown (Nei)
2008-06-10 08:52:52
この組合は以前から特定の政党を支持するのではなく、医療職(医師以外のスタッフ)の待遇改善という目的のためには独自に行動する傾向があったそうです。そのため同じ職場で働くものの賃金という「パイ」を奪い合うことになる福祉職の組合(これはLO加盟ですね)との関係は微妙で、また、賃上げのためには地方税の引き上げが必至なので、県の運営に責任を持つ各政党(保守系だけでなく社民党も)はストから距離を置いていたのでしょう。

今回、医療職の仕事と見合う賃金はどの水準か、という議論はあまり行われませんでしたが、どこかの国の野党政治家のように財源の裏付けもなくただ「待遇改善!」と主張するのではなく、納税者の代表として行動したと言えると思います。

ただ、EU内で職を求めての移動が自由な中で、他国に比べて待遇が低いままなのであれば、英語が得意で優秀なスウェーデンの医療スタッフは待遇のいい外国(ノルウェーとか)にだんだんと流出していくでしょうから、それとのバランスを考える必要もあるはずです。今後の動きにも注目ですね。
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Unknown (Yoshi)
2008-06-10 22:21:51
> 休日にも、急患に備えて待機する制度などはありませんか。

おそらく、予備職員や予め決められたシフト以外の時間帯も働ける正規職員のプールが用意されていると思います。

>各種手当と言ったのは、この他に住宅手当や通勤手当のことを想定していました。

スウェーデンでは基本的にこのような形で雇い主が手当てを給付するケースはあまり無いと思います。
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Unknown (Yoshi)
2008-06-10 22:40:40
Neiさん

ありがとうございます。
どこまで信憑性のある計算かは分かりませんが、労組側の要求を呑んでしまうと、県税の税率を0.5%も上げならければならない、との試算をSKLが出していました。

素人の目からすれば、たった0.5%ならば、いっそのこと引き上げてもいいのではないか、と思ってしまいました。

医療職の給料水準は、県によってかなりばらつきがあるようです。なので、低いほうの県になると、大学教育を要する役職の人でも、高卒と変わらないようなケースもあるようです。

ですので、「医療職の仕事と見合う賃金はどの水準か」といった場合、一つの考え方は、教育とそれに費やした時間的な犠牲に対するメリットが感じられるような賃金水準、ということになるかと思います。今回のストでも、労組側が盛んにこの点を主張していました。
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