スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

日本の死刑執行

2006-12-26 02:17:13 | コラム
日本が死刑執行を1年3ヶ月ぶりに行った。1度に4人の執行は9年ぶりだという。日本の国内ニュースに過ぎないと思われるかもしれないが、実は私がこれを聞いたのはスウェーデン・ラジオの朝のニュース。しかもトップニュースとしての取り扱いようだ。

「安部新政権の下での初めての執行。杉浦前法相は自らの仏教的な信念に反するという理由で、執行のための署名を拒否していた。先進国の中で死刑制度を保持しているのは日本とアメリカだけである。」とニュースは続く。現在、スウェーデンはクリスマス休暇中の真っ最中で、とりわけ大きなニュースがないためでもあるが、それでも他の内外のニュースの中から、トップニュースに選び出されるほど、スウェーデンもしくは海外のメディアにとっては注目すべき出来事なのだ。

人権団体であるアムネスティーもすぐさま、抗議の声明を発表している。日本の死刑制度は以前から国際的に大きな批判を浴びてきている。判決がいつ執行されるか分からないまま、死刑囚は何年も何十年も待たされる。そして、ある日突然言い渡され、すぐ執行に移される(これは決定撤回を求める請願が出されるのを避けるため)。親族に対する事前通告もない。制度自体もであるし、このような点も、非人道的、と批判されている。

日本のニュースによると、今回、執行に踏み切った背景には、執行されていない死刑囚の100人越えが目前に迫っていた、ということがあるのらしい。ある法務省の幹部は「一度に4人というが、(杉浦前法相が拒否した)前回との2回分だから」と話したらしい。政治的問題になることを避けるために、国会が閉会した後で、しかも、天皇誕生日の前には避けたい、しかし、今年の執行数の統計でゼロとされるのを避けるために、ちょうど今が選ばれたのらしい。

死刑制度の是非に関する議論は、双方に言い分があり、簡単にはイェス・ノーが言えないことかもしれない。しかし、議論はもっと盛んに行っていかなければならないと思う。死刑という制度は、犯罪を犯した人に対する懲罰だけでなく、「見せしめ」にして他の人に同様の重大な犯罪を起こさせないようにする、という抑止力も根拠になっている。果たして、この抑止力が機能しているのか? さらに、人間を性善説で見るか否か(つまり、“ダメ”とされた人間を消し去ることで片付けるのか、犯罪を犯した人間でも更正の可能性を信じてそれを社会的に助けるべきか否か)?、基本的人権をどう捉えるのか(つまり、被告には人権はあるのか)? などなど論点はたくさんありそうだ。(抑止力に関しては、少年犯罪が起こるたびに聞かれる、未成年者に対する刑罰をもっと厳しくしろ、という議論を考える際にも、ポピュリズムに流されずに熟慮しなければならないと思う。)

さて、スウェーデンの話。スウェーデンでは、他の多くの先進国と同様、死刑は撤廃されている。凶悪事件が起こるたびに、死刑はやはり必要ではないか?という声が突発的に聞かれたりするが、大きな社会テーマになるほどには至っていない。それよりも、むしろ議論されるのは、無期刑を受けた被告でも、比較的早く(10年か20年か、詳しい数字は分からないが)仮釈放の処置を受け、出所し、再び犯罪を起こすというケースがあるため、終身刑をもっと厳しくして、仮釈放を難しくしたり、文字通り「終身刑」にすべきだ、という主張である(もっともだと思う)。スウェーデンでは、議論はこの程度なのである。(“終身刑”ではなく“無期刑”だとの指摘、ありがとうございます)

さて最後に。日本人として、比較的短期間のうちに近代化を成し遂げ、基本的人権に基づく民主法治国家をヨーロッパ諸国に劣らないレベルにまで発達させてきた日本を、私も誇りにしたい、とはやはり思いたい気もするが、日本のこの死刑制度は、私にとっては大きな汚点である(ス語で”black om foten”)。スウェーデン人をはじめ各国の人々と話をする中で、このことを議論するたびに、誇りも何も吹っ飛んでしまう気がする(もちろん、この点だけではないが)。


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16 コメント

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Unknown (M.K)
2006-12-26 22:18:58
私もこちらのラジオ・ニュースを聞いて初めて日本の死刑執行のことを知りました。日本国内と外国での受け止めの違いが著しいですね。

スウェーデン男性の育児休暇取得率についての記事も、興味深かったです。大変参考になりました。
Unknown (Yoshi)
2007-01-04 22:11:40
あけましておめでとうございます!

そうですね。日本では死刑に反対する人が10%に満たないとか。世論一般の関心自体が低いように思いますが、海外ではここまで大きなニュースになっているという温度差を、日本の人にも知ってほしいと思いました。
映画「それでもボクはやってない」 (とおりすがり)
2007-01-28 16:45:54
日本は司法自体が縁のない話となっているんだと思います。私もつい最近、ポケットナイフ所持していただけで「銃刀法違反」で「任意同行」を強制され、知らない内に逮捕されるまでは警察を信用していました。今は全く信用していません。そこいらのチンピラよりも警察官の方が、善良な一般市民にとっての脅威だと感じています。

ところで痴漢冤罪に関してはどうでしょう?
最近そういう映画が公開され、一部のブログやニュースなどで取り上げられているようです。満員電車自体が日本固有のものという意見もあるようですが、だからといって物的証拠無しにほぼ100%有罪判決が出るというのはおかしな話ではないでしょうか。
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070112-OHT1T00098.htm
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20070127/p2
Unknown (Yoshi)
2007-02-11 18:45:12
遅くなりました。

なるほど、こういうケースが多いのだとすると、男性のほうも「自分はそんなことしないから安心して満員電車に乗っていられる」と、他人事のように考えて入られなくなりそうですね。

日本からしばらく離れて暮らしていると、満員電車での痴漢というのが、いかに他国に例を見ないもので、社会全体の精神構造の歪みを反映しているものに思えて、唖然としてしまいます。「女性専用車両」は「痴漢禁止車両」という形でスウェーデンのメディアに登場していました。

日本の警察や公安当局も、××教やテロ犯罪を恐れるあまり、過敏になりすぎているのかもしれませんが、だからといって、個人のプライバシーにまで立ち入るような過大な権力を彼らに与えてしまうのは、長い目で見ると大きな問題になってくると思います。
Unknown (通りすがり)
2007-07-16 17:53:49
古い記事に対してのコメントで大変恐縮ですが2、3つつけさせて頂きます。
日本でも最高刑と次刑にあたる無期懲役との間が問題となり死刑の廃止に踏み切れない背景があると思います、余談ですがスウェーデンに仮釈放があるということは最高刑は日本と同じく「終身刑」ではなく無期刑なのではないでしょうか?終身刑は基本的に仮釈放や刑期の短縮が無いものの事を言うように思われます。
また中世期の日本の刑事裁判システム及び治安維持システムは封建制に基づいたものという点を除けば宗教の入る余地がない点も含めてヨーロッパのそれよりはるかに近代的であったとその効果、実績や大量に残された判例を見ても感じます、タイトル本文最後の2行は管理人様の印象ではないでしょうか。
Unknown (Yoshi)
2007-07-19 07:10:08
その通りだと思います。「無期刑」です。

本文最後のバラグラフは、私の思うところです。
Unknown (あい)
2007-09-02 23:28:22
女子高生コンクリート殺人事件のような身の毛もよだつ拷問殺害事件の犯人が犯行当時、未成年という理由だけで、2人は既に釈放されて結婚している、という事実に私はゾっとします。
死刑制度は必要です。
Unknown (Yoshi)
2007-09-03 00:04:16
いや、私はそうは思いません。

まず、死刑制度の一番の目的である抑止力(見せしめによって次の犯行を抑止する)が果たして働いているのか? 疑問が残るところです。つまり、死刑制度があろうが無かろうが、その人が結局犯行を犯していたのであれば、結局、抑止力という面での死刑制度の効果はないことになります。ヨーロッパ諸国で死刑制度が廃止されていった背景には、人道的観点からだけでなく、この観点からの議論があったと思います。

また、
> 未成年という理由だけで、2人は既に釈放されて結婚している
とのことですが、そのケースでは死刑だけではなく終身刑や無期刑の適用もできたわけであって、おっしゃる論拠だけで死刑存続の肯定に結びつけようとするのは、議論の飛躍かと思います。

さらにいえば、もちろん未成年であろうと殺人を犯したという罪は重く、犯行に及んだ責任はきちんと償わなければなりません。しかし、その責任が果たして100%その犯行者個人のものか? と考えた場合に、必ずしもそうではないケースも多々あるように思われます。特に未成年であればなおさらです。成長の過程で家庭的な問題があったのかもしれませんし、教育の現場や地域社会として、その貧しい環境を変える努力ができたのかもしれない。もし、それを怠っていたのであれば、責任の一部は社会にもある、という考え方もできるでしょう。

最後に、
> ゾっとします
とのことですが、感情論だけで司法制度を議論するのは危険だと思います。

以上、取り急ぎ
Unknown (三日月)
2007-11-12 13:56:38
過去の記事に対し、また横やりを入れるようで失礼します。

>死刑制度の一番の目的である抑止力
「一番の目的」とは、どこでどのように取り決められていますか?
出典を教えていただけますか?


>死刑制度があろうが無かろうが、その人が結局犯行を犯していたのであれば、

↑仮定を重ねて都合のいい結論を導き出すのは、危険ではないでしょうか?

逆に、「死刑制度があったことにより、殺意が抑止されて犯罪に至らなかった数」はどのように算出することができるのですか?

前の方が「死刑制度は必要です。」と述べている背景理論は、抑止うんぬんではなく、ルールを逸脱した者を生物学的に排除する行為を社会が行う必要性、を述べたものだと思います。
Unknown (Yoshi)
2007-11-14 17:09:59
死刑制度の意図するところは歴史的に見れば、①見せしめ(抑止力)、②復讐、③刑務所収容等の経費削減ではないかと思います。

「ルールを逸脱した者を生物学的に排除する行為を社会が行う必要性」と書かれていますが、そもそも、なぜ排除を行う必要があるのでしょうか? この必要性は①②③のどの動機がもとになっているのでしょうか?その辺が上の文章からははっきりしません。(もしかしたらこれ以外かもしれません)

スウェーデンをはじめ、死刑制度を廃止している先進文明国において死刑制度の是非を議論する際にもっぱら焦点となるのは、①抑止力としての効果があるか、という点だと認識しています。それは、②復讐や③経費削減を理由にした人間の排除が人道的観点から考えて許されるものではなく、もはや説得力を持たくなったと考えられているからだと私は思います。

もちろん、②や③を目的として死刑の復活を求める声はごく少数ながらも常にありますが、有識者や一般世論の多数の間では、この論拠は認められない(問題外だ)、という(暗黙の)合意ができていると把握しております。

そして、もし仮に死刑制度の復活が必要であるとしても、その主たる目的は死刑の持つ抑止力を活用することであり、②や③ではありません。(一方で、アメリカの多くの州や中東諸国などでは未だに②の要素に対する擁護が根強いようですが)

以上の点から、先進文明国において認識されている死刑制度の一番の目的は抑止力だと、私は判断しております。


>死刑制度があろうが無かろうが、その人が結局犯行を犯していたのであれば、
↑仮定を重ねて都合のいい結論を導き出すのは、危険ではないでしょうか?

もし私がこの文脈の中で、何か特定の事件を取り上げて「死刑制度があろうが無かろうが、その人が結局犯行を犯していた」と仮定した上で何か勝手な結論を導いていたのであれば、おっしゃる批判はもっともなものですが、私が意味したのはそうではなく、一般的な話として「死刑制度があろうがなかろうが、犯されていたような犯罪に対しては、死刑制度の持つ抑止力は効果を持たない」ということを意味したまでです。

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