スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

2010年の予算案 (1)

2009-09-26 20:04:55 | スウェーデン・その他の経済
ここ1ヶ月ほど、来年度の予算編成をめぐって政府与党から様々な中間発表が行われ、そのたびにメディアを通じて活発な議論が続けられてきたが、予算折衝の結果が最終的に形となり月曜日に議会に提出された。


少し前に「失業増加を見過ごした上で、失業者を助ける・・・? 本末転倒? 」というタイトルの記事をこのブログで書いたが、幸いにも連立与党は考えを改め、2010年の地方自治体へ特別財政支援を増額することが予算案に盛り込まれた。財政支援の額は100億クローナ(1300億円)。既に今年の春予算の段階で来年度は70億クローナの財政支援が地方自治体に対して行われることが決まっていたから、それと合わせて170億クローナということになる。そのため、地方自治体の税収難による公的社会サービス部門での大量解雇の懸念は、ひとまず和らげられることになる。

一方、今回の予算案で注目を集めた点は、所得税のさらなる減税だ。2006年秋に中道右派の連立政権が誕生して以来、これまで3度にわたる勤労所得税減税が行われてきた(正確には勤労所得控除)。そして、第4次を今回行おうというのだ。

この減税の目的は、勤労によって得た所得(つまり年金や社会保険給付は含まれない)に対する課税を低くし、同時に社会保険の給付水準を低くすることで、働くことのメリットを相対的に高め労働供給を増やし、就業者率を高める(そして均衡失業率を低下させる)ということであった。

確かに、この狙いは間違っているわけではない。しかし、この政策的手段がうまく機能するためには、労働需要が豊富にあることが決定的な条件である。だから、今の政権が誕生した直後の2006年や2007年は景気が非常によかったため確かにこの「アメとムチ」の政策はうまく機能したかもしれないが、金融危機以降の大不況の今、勤労所得にかかる課税をさらに減税して働くことのメリットを高めたところで、失業者が減ることにはつながらない。失業者や社会的給付を受けている人がいくら働こうと望んでも、求人がわずかしかなければ仕事に就くことは難しいからだ。

【ちなみに、勤労所得税減税のもう一つの目的(ただし一つ目の目的と密接に関連しているが)は、低・中所得層の限界税率を低く抑えることであった。それまでの限界税率は低・中所得の部分で非常に凸凹したものだった。それをならすのである。だから、この減税で得をするのは実は低・中所得層であり、野党・社会民主党が中道右派政権のこの減税を批判する際に「高所得者ばかりを優遇する減税策だ」と繰り返し指摘しているのは、実は間違いなのではないかと私は思う】

勤労所得税減税(勤労所得控除)にはこのような背景があるにもかかわらず、第4次の勤労所得税減税を来年度の予算案に盛り込んだのだ。総額は100億クローナ(1300億円)しかし、タイミングとして果たして正しいのだろうか?

つまり、既に触れたように働く機会が極めて限られている今、失業者や社会給付の受給者に「アメ」を提供して彼らの求職意欲を高めたところで、失業率が減るわけではない。減税の恩恵は、手取りが増えると言う形で、すでに職に就いている人だけが主に享受することになる。それに、これまで3回にわたる労働所得税減税によって低・中所得層の限界税率はきれいにならされることになったので、4度目の必要性はあまりない。

しかも、この減税を行うことで、国の借金が増えることになる。地方自治体への財政支援を巡る議論において、財務大臣はしきりに「国の財政収支を悪化させるような財政支援は行えない」と主張してきた。それなのに、狙った効果が期待できない上に費用のかかる政策を、なぜこのタイミングで行うのかが理解できない。

ちなみに、財務大臣は今回、第4次の勤労所得税減税を行う理由として「労働供給を増やすことで、賃金上昇の圧力を抑えるとともに、労働需要を増大させ、均衡失業率を低く抑える」ことを挙げている。確かに、長期で見ればこの主張にももっともなところがあるが、あくまで長期の話であり、危機の真っ只中にある今の時点で行う必要があるものではない。

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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
働くことのメリット (Maggie Q2000)
2009-09-26 20:44:59
Yoshiさんは今回の減税には疑問だ、ということですね。働くことのメリットがふえる、という点はわるくはないですが、確かに失業者問題を解決できるわけでないし、国の収入も減るわけで。社会民主党は増税したいらしいですから、次の選挙でスウェーデン国民が何を求めているのかがはっきりしますね。
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保守党の真の姿? (里の猫)
2009-09-27 05:37:40
私もこの減税の本当の目的は何なんだろうと思っていました。
一昨日だったかな、午後の番組で言ってました。
この減税で仕事のある人は手取りが増える。
そうすると、増給をぜひともという要求は少なくなる。つまり経営者にとってはありがたい。
という理論です。
だからボリィ蔵相もなんとなく言葉を濁して、国民が納得するような説明が出来ないのだそうです。
本当かなあ。
Yoshiさん、どう思われますか。
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Unknown (国の借金)
2009-09-28 07:39:33
>しかも、この減税を行うことで、国の借金が増えることになる。

増えますが、リクスバンクが新規発行分とほぼ同じ程度の国債(短長両方)を買い切れば対GDP比での増え方が緩いはずです。幸いにしてスウェーデンはユーロでなく単独通貨ですから、金融政策の自由度が有ります。アウトプットギャップが存在するからこそΔG用に国債発行を増やすわけであり、リクスバンクが買い切れをしても制御不能なインフレになることはないでしょう(むしろリクスバンクは実質金利をゼロ以下にしたいのではないでしょうか)。

為替レートは切り下がると思われますが、雇用を確保するためなら仕方ないのではないでしょうか。
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Unknown (Yoshi)
2009-09-28 07:52:23
>為替レートは切り下がると思われますが、雇用を確保するためなら仕方ないのではないでしょうか。

コメントを頂いたことには感謝したいですが、論点がずれてしまいます。この記事において私が述べたかった論点は、勤労所得減税を行っても雇用を確保、もしくは増大する効果はほとんどないため、もしΔGを増やしたい、もしくはΔTを減らしたいのであれば、もっと有効な形でそれを行うべきだ、ということです。借金の増え方がどうかということではありません。
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Unknown (Yoshi)
2009-09-28 08:39:45
>この減税で仕事のある人は手取りが増える。
>そうすると、増給をぜひともという要求は少なくなる。つまり経営者にとってはありがたい。という理論です。

これはもっともな考え方だと思います。今さっき、記事を新たに掲載しましたが、その中で「減税によって手取りが増える分だけ、手取りと所得税を含めた名目賃金そのものを引き下げることに労使が合意する場合だが、それは無理」と書きました。ただ、里の猫さんがおっしゃるとおり、賃上げをさせない、という形では有効でしょうね。なるほど。重要な指摘です。

確かに、来年に展開される団体交渉を前に既に労使双方で駆け引きが展開されており、LOなどは「賃上げ0%は飲まない」と言っていますね。それを牽制する一つの手段という見方もできます。

ボリ財務相は経済学の博士課程を途中まで修了しており、彼の発言や分析を聞いていると、経済理論をしっかり理解しているということが実感でき、経済音痴な人の発言よりはよっぽど説得力があり、同業者として好感は持てるのですが、一方で、私が思うにかれはあまりに経済理論に忠実でありすぎると思います。

理論に従えば、ある政策をとればこういう結果になる、ということがたとえ予測できたとしても、現実にはそれがどこまで機能するのかはその社会がおかれた状況によって様々です。たとえ予測どおりの方向に物事が動いたとしても、変化の幅がごくわずかだった、ということも日常茶飯事です。

ボリ財務相は、理論的に正しいと思うことを、社会の置かれた状況や様々な条件をあまり考慮するなく、実行しているためにまさに「なんとなく言葉を濁して、国民が納得するような説明が出来ない」のかと思います。数字の後ろには生身の人間がいるのに、それを忘れているために、彼の説明を聞いていると、kallsinnig teknokrat(冷徹な技術官僚)という印象を受けます。
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Unknown (ねい)
2009-10-01 04:28:54
具体的にはもっと詳しくコメントしたいと思いますが、財務省の資料を読んでいる限り、「減税すれば働くようになる(はず)」というミクロの議論(本当に効果があるかは別にして)と、一国の限られた経済資源をどのような優先順位をつけて活用するか(それが労働市場政策であるべきかは別にして)というマクロの議論が混乱しているような気がします。

予算案にある自営業者の社会保険料を安くすれば、起業が増える、という提案もずいぶんと安易な発想な気がします。

ボリ蔵相が「限界税率を下げれば労働供給が増える」という点ばかりこだわっているのであれば、一種の「合成の誤謬」にはまっているのかもしれません。むしろ「木を見て森を見ず」でしょうか。要はこの段階で所得減税を行うのと政府が積極的に対応することのどちらが効果的かという問題でしょう。ミクロの経済とマクロの経済との橋渡しをするのは政治家の役割のはずですが、ボリはだいじょうぶでしょうか?

それより、写真はDNのものだと思いますが、予算書を持ってほほえむ財務大臣の後ろに「Tax Free」とか「Tax Refund」とか、新聞を見たとき爆笑してしまいました。カメラマンが意識していたら、皮肉の天才かもしれません。少なくともスウェーデンは税金から自由ではないですね。
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Unknown (Yoshi)
2009-10-05 08:32:46
絶対に、このカメラマンはこのアングルに立ったときにニンマリ顔でシャッターを押したのだと思いますよ。

確かに観光客向けの土産物屋が官庁街のど真ん中にあるので、こういう面白い偶然もよくあることでしょうね。

一週間ほど前に郵送してくださった資料を受け取りました。目を通してから返事を差し上げようと思いつつ、常にカバンにいれて持ち歩いているのですが、なかなか時間がありません。

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