スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ルポ記事:エタノール生産の過酷な労働

2007-07-13 04:56:11 | スウェーデン・その他の環境政策
日本でもガソリンに代わる新しい燃料として、穀物やサトウキビなどから作るエタノールが注目されている。日本よりも早く導入したヨーロッパの国々やアメリカなどを見習え! といった報道も聞かれるが、エタノールにまつわる問題は数多くあり、あまり楽観的ではいられないような気がする。
以前の書き込み
エタノールへの懸念(2007-05-07)
スウェーデンにおけるバイオ・エタノールの普及(2007-04-09)

スウェーデンを始めとするヨーロッパの国々では、普通に販売されるガソリンの中にもエタノールが5%混ぜられている。EUは2010年までに加盟国各国がこの割合を5.75%にまで引き上げるという目標を掲げている。一方、石油販売会社のほうはそれ以上に意欲を燃やし、10%にまで引き上げる意向を示している。排ガスに含まれる二酸化炭素を抑制するのに効果を発揮するからだ。ただ、そのためにはEU域内でのエタノール生産を保護する目的で輸入エタノールに課せられている保護関税を撤廃し、EU域外からの大規模なエタノール輸入を可能にする必要がある

エタノールの問題点は、本来は食糧である穀物などを原料に使うことによる、穀物価格の上昇と、途上国の貧困への懸念、エタノールの原料生産のための農地拡大による熱帯雨林の伐採などが挙げられる。それに加え、プランテーションにおける劣悪な労働環境にも懸念の声が上げられている。
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ここ地元の新聞「Göteborgs Posten(ヨーテボリ新聞)」6月24日付には、エタノールの最大の生産・輸出国であるブラジルからのルポタージュが載っている。
ルポタージュ記事

タイトルは「環境のためがゆえに奴隷として働く(Slavar för miljöns skull)」ブラジルのサトウキビ農園の劣悪な労働環境についてだ。収穫の時期になると、ブラジル国内の貧民を季節労働者として雇い、低賃金で長時間労働を強いているという話だ。

サトウキビの刈り取りは、ナタを使った手作業であり、1日に一人当たり12トンを収穫するというノルマが課せられている。時給は約230円。(12トンのサトウキビから960リットルのエタノールが作られる)

季節労働者は他に仕事のあてがないので、いくら低賃金でも集まってくる。そのため、エタノールから得られる収益のほとんどがエタノール精製工場やプランテーション経営者、季節労働者の仲買人のふところに納まり、労働者の分け前は全体のごくわずか。しかも、長時間の肉体労働のため、体を壊す者が続出し、現場では死者も出ている、とのこと(サンパウロ州だけで2004年以来19人)。しかし、雇う側にとっては、季節労働者の代わりはいくらでもいるから、労働環境を改善しようという動機は働かない。

サンパウロの州立大学の学者の調査によると、労働環境は19世紀のプランテーションのほうがまだマシだったとのこと。農場経営者も、プランテーションで働く奴隷に対して、長期的な投資やケアを行っていたという。当時の奴隷は体を壊して働けなくなるまで20年間、農場で働くことができた。しかし、現在では季節労働者は買い替えの利く部品に過ぎず、このような苛酷の環境の中ではせいぜい12年しか体が持たないという。また、1960年代の軍事政権時代でもプランテーション労働者の1日のノルマはせいぜい6トンだったのだが、今では倍増している。それもすべて、環境ブームによるエタノール需要の増大とコスト削減の圧力のためだという。
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このような状況を、エタノール生産者業界はどのように考えているのか? このルポタージュを作成したGöteborgs Posten(ヨーテボリ新聞)の新聞記者は、生産者団体の代表にもインタビューをしている。その直前には、たまたま日本のテレビ局「ブラジル産のクリーン・エネルギー、エタノールで、今後日本の自動車社会がいかに脱石油を果たしていくか!」といった趣旨のドキュメンタリー番組を作るべく、取材に訪れていたという。そのため、この生産者団体の代表は超ご機嫌 :-) 続いてやって来たヨーテボリ新聞のこの記者にも「エタノールを積極的に導入してきたスウェーデンを、他の国々も見習って欲しいもの」とご満悦。しかし、そこでこの新聞記者が生産者側の倫理的責任を追及したもんだから、さぁビックリ・・・。
インタビュー記事

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このように劣悪なプランテーション労働というのは、南米のように利益の配分や教育水準の分布が極度に偏っている国であれば、何もサトウキビ農園に限ったことではないのかもしれない。また、低賃金による労働集約的な刈り入れ作業を批判されたエタノール生産者は「高価な農業機械を導入すれば、生産効率は上がるが、高くつく上、1台で120人の労働者に相当する。つまり、その分だけ貧民の雇用機会を奪ってしまうことになる。」と説明している。「全く仕事がなく、生活の糧に苦しむよりは、劣悪でも雇用の場があったほうが彼らも助かる」との見方だ。

たしかに、その弁明にも一理あるかもしれないが、エタノール・ブームで着実に利益を上げているエタノール生産者や農場経営者の裏側には、ブームの恩恵を受けることなく、生産効率の上昇圧力のもとで、地盤沈下しているワーキング・プアの存在があることを、エタノールを使用している我々はどのように捉えるべきなのだろうか・・・? 環境のためにエタノール万歳!一辺倒で、果たしていいものかどうか、疑問が残る。エタノールの需要増大がもたらすマイナス面にもしっかり着目する必要があると思う。

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6 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-07-16 18:18:57
日本ではご指摘の事実を知る人間は殆どいないのではないでしょうか、私自身も管理人様のブログ記事にて初めて目にしました。
国営民放問わず日本の放送局の報道姿勢やその内容の質の低さには日本人として恥に思うことばかりでその点において海外のいくつかの放送局を非常にうらやましく思います、仮に報道されたとしても他国に関して新しい技術や娯楽以外日本人は恐ろしく無関心ですからたいした反応もないだろうとは思いますけどね。
Unknown (Yoshi)
2007-07-19 07:52:32
日本に限ったことかどうか、分かりませんが、何かのブームが起こると、こぞってそれを取り上げて、ブームに便乗した形で報道をする。そして、一たび疑問の声が世論の一部から上がれば、今度は逆にバッシングに走る、というのは日本でよくあるような気がします。

メディアの人間に言わせれば、視聴者がそのような内容を求めているから、ということになるかもしれませんが。ブームだけに流されず、質の高い報道をして欲しいものです。

(メディアの人間に言わせれば、そのためには視聴者がもっと賢くなる必要がある、ということかもしれませんが・・・。メディアも視聴者も、持ちつ持たれつ、というか、質の高い報道があってこそ、それを見る側のメディア・リタラシーも高まるような気がします。)
お問い合わせ (小池菜採)
2007-09-03 16:16:26
突然連絡差し上げて失礼いたします。
東京にあるアジア太平洋資料センター(PARC)というNGOで働いている小池と申します。
http://www.parc-jp.org/
現在、バイオ燃料をテーマとした開発教育用の教材ビデオを制作しているのですが、この記事を大変興味深く拝読いたしました。
ぜひ、この労働問題もビデオの中で取り上げたく考えています。
ついては、写真使用の許可および詳細について、ヨーテボリ新聞に問い合わせたく思っているのですが、なにぶんスウェーデン語がまったくわからず、どこに連絡していいのか皆目わからない状態です。
お手数をおかけしてしまい恐縮ですが、連絡先などもしご存じでしたらお知らせいただけないでしょうか。
video@parc-jp.orgまでご一報いただければ幸いです。
メールアドレスがわからなかったため、不適切かとは存じますがこちらの掲示板にてお尋ねいたしました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

PARC 小池菜採
小池様 (Yoshi)
2007-09-04 00:26:05
お問い合わせ、ありがとうございます。
先ほど、メールいたしましたので、そちらのほうをご覧ください。


余談ですが、ヨーテボリ新聞の別の記事にて、バイオ燃料にある種の認証をつけるべきではないか? という動きが始まっているとも書かれています。

http://www.gp.se/gp/jsp/Crosslink.jsp?d=913&a=354323

つまり、温暖化対策の議論から、これまではバイオ燃料の開発や生産量の確保に重きが置かれてきたものの、これからは次のステップとして ①温暖化対策の側面、②その他の環境的側面、そして③社会的側面 を総合的に考慮したある種の「認証」付けをEUレベルで行う段階に来たのではないか?ということです。

こうした提言をしているのは、石油だけでなくエタノールの輸入・販売も請け負っている業者からなる「スウェーデン石油生産者協会」ですが、スウェーデンの通商大臣も、エタノール生産の社会的環境の問題については懸念を示しており「消費者の意識に関わる大きな問題だ。エタノール消費拡大のためには、エタノールが消費者にとって安心できる形で生産されたもので無ければならないが、そうでなければ、消費者はバイオ燃料を見捨ててしまうことにもなりかねない。そのためには、生産から流通まである一定の基準を設ける必要がある。」

ただ、通商大臣としてはそれは政府が主導して行うというより、消費者が生産・流通業者に要求し、業者側が自主的に基準を設けて自分たちに貸すという形で社会的責任を担う、というふうに発展していくのが望ましい、と述べています。
SapporoLRTSociety (Usui Hiroshi)
2007-10-09 17:00:44
砂糖黍の生産は昔から奴隷やら悪評高い低賃金により世界を席巻してきました。なにせ暖かい所だから露天でも死ぬことはないので生活費は安い、人口は増える一方という労働環境に足元を見られて低賃金になるのです。他に仕事がなければ尚のこと。完全機械化しているのは米と豪くらいでしょう。カストロ政権になったキューバは収穫期に国民に呼びかけて手伝う運動をやっていますが厳しい労働には変わりはないそうです。エタノールの輸出余力のあるのは
ブラジル、米、豪だけでしょうから、人口に比べて自賄して余る農産物を持っている国だけが輸出資格がある、限定されているので解決の方法はあるでしょう。エタノールは元来食用ですから飢餓の国もある中で先進国だけが使うのはおかしい。メタノールで車を動かす方が発展性があると思う。メタノールはカロリーが低いからガソリンと同等とは行きません。専用のエンジンを開発しなければ。メタンですと相当広範な原料がどこの国でも転がっているはずです。
Unknown (Yoshi)
2007-10-11 06:45:12
ありがとうございます。

経済理論から言えば、過酷な低賃金労働は、余剰労働力がある以上、なかなか減らせないのかもしれません。工業化などで農村から労働力が流出し、彼らの価値が希少になって、賃金が上昇して初めて、機械導入などによる生産性向上が図られるのでしょう。

一方で、衣類生産にしても、サトウキビやコーヒー、バナナの生産にしても、輸入業者や消費者が、生産者の倫理的責任を追求して、圧力をかける、という手段はもっと行使されるべきではないかと思います。

エタノールではなく、メタノールの使用を、とのことですが、この商品化も現在進んでいるようですね。事故時の人体に対する毒性や水源汚染が、問題とのことですが。

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