スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンの「雇用なき成長」

2006-08-23 07:02:04 | 2006年9月総選挙
スウェーデンの経済成長は絶好調だ。今年2006年の第1四半期の成長率が前年同時期比で4%に達したかと思ったら、第2四半期は5.5%を記録した。政府や金融機関などの予測では4.4%前後に達すると見られていたから、それを大きく上回る結果となった。他の西欧諸国と比べても、高い数字だ。選挙を前にした与党にとっては、またとない嬉しいニュースだ・・・、と判断を下すのは、ちょっと早すぎるかもしれない。

スウェーデンのGDPの推移(四半期ごと)

と言うのも、好調な経済とは裏腹に、就業者の人口は前年同時期比で0.7%、総労働時間も1.2%しか増えていないのだ。失業率(Open unemployment)のほうを見ても5.5%と、相変わらず高水準が続いている。スウェーデンでは、失業者は技能訓練などの労働市場プログラムに参加できるが、このOpen unemploymentには、このようなプログラム参加者は含まれていない。彼らを含めた失業率(Total unemployment)は8.5%になり、さらにこれとは別に、職探しを諦めてしまった潜在的失業者(統計上は失業者にカウントされない)が4%もいる。だから、まさに「雇用なき成長 (Jobbless growth)」だ。

就業者の数や総労働時間数がほとんど増えていないのに、どうして経済だけがそれよりも早く成長できるのか、については様々な理由が考えられる。企業が、機械や産業ロボットなどの設備投資を活発に行ったために、今までと同じ数の労働者で、より多くのものを生産できるようになった、つまり、労働生産性が上がった、のかもしれないし、技術水準自体が上昇しているのかもしれない(いわゆるtotal factor productivity: TFPの上昇)。もしくは、企業の中でこれまでダブついていた労働力や設備がより効率的に使われるようになったのかもしれないし、輸出品の価格の上昇のために、これまでと同じ量の輸出でも、より多くの収益が生まれるようになった、いわゆるterms of trade (ToT)効果、かもしれない。企業の設備投資についてさらにいえば、労働コストが高いために、企業があえて新規雇用を行う代わりに、その分を機械などの設備投資に回している可能性もある。

減らない失業率には、特に若年層が大きな打撃を受けている。これは、ついこの間、このブログに書いたとおりだ。若年者の失業率の数字には諸説いろいろあるが、日刊紙DNによれば、過去12ヶ月の平均は実質14%前後だと報じている。

以上のように、なかなか雇用が伸びず、失業率が減らないスウェーデンの経済。しかし、国際比較の中で、スウェーデンの労働市場を評価できる面もある。それは就業者率、つまり、労働力人口(20歳から64歳までの総人口)に占める就業者の割合。

分母には、主婦や職探しを諦めた人、学生も含むから、こういう人が多い国ではこの就業者率は低くなってしまう。いくら失業率自体が低くても、この就業者率が低いようでは、経済の大切な生産要素の一つである労働力が有効に活用されていないことになる。


就業率の国際比較(2004年)
2列目が男女合計、4列目が女性、6列目が男性。
国名は上から、アイスランド、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、イギリス、アメリカ、日本、フィンランド、アイルランド、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、OECD平均、EU25ヶ国平均

2004年時点でのこの就業者率を見てみると、スウェーデンをはじめとする北欧諸国が断然高いことが分かる。女性の労働市場進出が進み、夫婦共働きが一般化していること、それから小さな経済なので、労働資源を有効に活用しなければならない必要性に晒されているせいかもしれない。それに比べ、大陸ヨーロッパ諸国では南に行くほど、この数字が低下していく傾向にある。これはやはり、“家族主義”の影響で、女性は家庭で、という考え方がまだ根強く残っているせいかもしれないし、経済全体が立ち遅れていて、失業者が全体的に多いからであろう。意外なことに、日本がOECD諸国の平均以上に位置している。しかし、これは男性の就業者率が高いおかげで、女性のそれは少し遅れていることが分かる。前後の国と比べても、男女の差が大きい。労働市場における女性の差別と、女性は家庭に、という考え方のせいだと思われる。

この就業者率は、2006年6月の時点で78.6%まで上昇している。政府の掲げる目標は、80%であるから、それに少し近づいた点は評価できるかもしれない。

スウェーデンの就業者率の推移

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こうした、スウェーデンのマクロ経済と労働市場の光と影を踏まえた上で、どのような政策議論が総選挙を前に各党から出されているのであろうか。それを次回は見てみたい。