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とつぜん対談 第54回 半田ごてとの対談

 今日の対談相手は半田ごてさんです。半田ごてさんは長年、電機関係の工場で働いておられます。まだまだ現役です。最近はアジア各国の後塵を拝することが多くなりましたが、エレクトロニクスは日本のお家芸です。今の日本の経済を創り上げた功労者の産業分野です。半田ごてさんは、その日本のエレクトロニクスを下支えに支えてこられた、縁の下の力持ち、影の功労者ともいうべきお方です。

半田ごて
 ワシを呼んだのはあんたかな。

雫石
 はい。

半田ごて
 なんでもええから早くすませてくれ。

雫石 
 お忙しいんですね。

半田ごて
 そうじゃ。明後日納品の、マイクロ多重無線の基板をあと40枚ほど半田づけしなくてはいかんのじゃ。

雫石 
 基板の半田づけというと何をするんですか。

半田ごて
 プリント基盤にICや抵抗、コンデンサーなんか部品を実装するんじゃ。

雫石
 半田槽を使って自動装着はできないんですか?

半田ごて
 手半田でやらなくてはいかんのが沢山あるんじゃ。

雫石
 失礼ですが、それにしてもえらく年季の入った作業服ですね。乗ってこられた車もボロボロですし。

半田ごて
 ワシら下請けはこうでなくちゃいかんのだ。以前、新しい作業服で納品にいったら『おニューの作業服やな。そんな服買うカネあるんやったら単金まけてえな』トラック買い換えたら『新車やな。景気ええねんな。単金まけてえや』なんていわれた。

雫石
 半田ごてさんの所は下請け企業ですね。

半田ごて
 そうじゃ。大手総合電機メーカーの下請けじゃ。

雫石
 どんな仕事を受注してるのですか。

半田ごて
 おもに通信関係じゃ。衛星通信、光通信、防災無線、マイクロ多重無線なんかじゃ。ほかにITVや配電盤や制御機器なんかもやっとるな。

雫石
 自民党政権になって景気がよくなって仕事が増えたのではありませんか。

半田ごて
 別にかわらん。いや、悪うなっとるかも知れん。半田、フラックス、ワシの先にくっつける銅棒、半田洗浄用の有機溶剤、部材がみんな値上げじゃ。円安でな輸入もんはみんな値上がりじゃ。

雫石
 でも株価が上がってますよ。

半田ごて
 あんなもん数字がくるくる変わるだけじゃ。

雫石
 企業の収益は増えてるんじゃないですか。

半田ごて
 ウチの発注元の企業みたいな連中だけじゃ。うるおっとるのは。連中は輸出もやっとるから収益が好転したかも知れん。けんどワシら下請けまで回ってこん。部品代、加工費、新規の契約金額は従来据え置き。継続の契約は前回より値下げじゃ。前回より10%値下げ。これを繰り返すんじゃ。そのうちゼロになるぞ。単金値上げを申し入れたら『協力業者はお前とこだけちゃうぞ』

雫石
 あなたのところは発注元はそこだけですか。

半田ごて
 そうじゃ。ウチの仕事は100%そこの注文じゃ。連中がくしゃみすればウチが肺炎じゃ。

雫石
 人もたくさん受け入れているのでしょうね。

半田ごて
 あそこを退職した連中がようけウチにはおる。いらんようになったゴミが捨てられる。ゴミ捨て場じゃ。ウチは。あそこを退職する時に退職金、ウチに数年おって退職金。大手はええのう。

雫石
 発注元は内作はしないんですか。

半田ごて
 少しはやっとる。けんど、ウチでしかできん仕事もある。

雫石
 どんな仕事ですか。

半田ごて
 マル防関係の仕事じゃ。あるレーダーの制御部分に使う基板じゃ。それには特殊なLSIを実装しなくてはならん。LSIやICは何に弱いか知っとるか。

雫石
 熱と静電気ですね。

半田ごて
 そうじゃ。セラミックで囲ってあるが高熱に弱い。ごく微量の電流で作動するから人体が持ってる静電気でも過電流で破壊されるんじゃ。だれかの冒険小説に防犯のコンピュータルームに猫を数匹放って、コンピュータをペケにして侵入するというのがあった。あれは本当じゃ。猫は静電気のかたまりじゃ。

雫石
 そんなものどうやって基板に半田づけするんですか。

半田ごて
 床に静電防止シートをしいて、その上に作業台を置く。静電防止作業服を着て、手首と足首にコードを付けて地面とつなぎアースして、体内の静電気を追い出して半田づけするんじゃ。
熱に弱いから、一瞬で半田づけしなくてはいかん。一瞬の勝負じゃ。基板一枚にそのLSIが7個。コネクターが2個。コンデンサーが30個。抵抗が20個。ディップスイッチが5個。リレーが3個。LEDが5個。トランジスターが6個。これだけの部品が実装されとる。基板一枚分70万円。失敗すれば70万円パー。で、この基板1枚仕上げてウチが支払ってもらう単金72万。基板代部品代が70万だから、もうけは2万。そんな仕事をやってウチは工場を維持し従業員に給料を出しとるんじゃ。

雫石
 なぜICソケットに装着して、ソケットを基板に実装しないんですか。

半田ごて
 実装済みの基板の全高が7ミリ以下でないといかん。

雫石
 そんなことできるのは何人います。

半田ごて
 ウチでワシだけじゃ。

雫石
 発注元では。

半田ごて
 おらん。

雫石
 だったら、あなたが引退したらどうなります。

半田ごて
 だからワシは引退できん。若いもんに手ほどきしとるがなかなかなあ。ワシが死んだらどうなるんじゃろう。

雫石
 そうですね。

半田ごて
 ワシみたいな技能者は日本の中小企業にはようけおる。みんなおらな日本のモノ造りは成り立たん。

雫石
 あなたたちはもっと大切にされるべきですね。

半田ごて
 そうじゃ。ワシらもの造りをやっとる現場の人間より、数字を上げたり下げたりするだけで、ようけ稼いで贅沢な暮しをしとる連中がおる。

雫石
 そうですね。

半田ごて
 発注元が、ウチの図庫から図面をごっそり買い取った。実はワシ以外にもこの作業できるヤツがおった。そいつは高給で引き抜かれ、某国に派遣された。図面もそいつといっしょじゃ。技能者と図面。しばらくすると、その某国でこの基板は組み立てるそうじゃ。その方が安くつくんじゃ。ウチの会社にゃ未来はないんじゃ。

雫石 
 ひどい話ですね。

半田ごて
 そんなもんじゃ。企業を優遇して日本を元気にちゅうとるが、ワシらはいっこも元気にはなれん。

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