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最後の1本

 おれがバカだったんだ。それにつきるよ。ただ、少々付け加えるなら、女房の尻が少し軽くて、おれが彼女をかまってやれなかったこと。それに、あいつがたまたま、あの日、街中で女房と偶然出会ったこと。その結果が、このザマだ。
 おれには五人部下がいた。その中であいつは特に優秀だった。おれを慕ってくれていた。父親のいないあいつはおれを、父親代わりに思っていたのだろう。
 家にもよく来た。独身のあいつには夕食をよくごちそうしてやった。女房の手料理を喜んで食べていた。女房もあいつをかわいがっていた。
 二人がああいう関係になるとは思ってもいなかった。妻とあいつは親子ほど歳が離れているんだ。まさか、あいつらが。
 おっと、こんなことマスターいってもしかたがないか。なにもかも後の祭りなんだ。
 マスター、お代わりをくれ。ロックで。この店いい店だな。海神っていうのか。これからも時々来るよ。ボトルキープしてくれるか。え、新規のボトルキープは出来ないって。キープしてるボトルが無くなれば店を閉めるって。残念だな。いい店なのに。
 え、初めてだよ。この店に来るのは。この街に来るのもはじめてなんだ。と、いうより、おれ、関西にはめったに来ないんだ。ちょっと神戸に用があったんだ。ついでにこのS市まで足を伸ばしたってわけさ。
 昼間、駅前の不動産屋をのぞいたんだが、なかなかいいワンルームマンションを見つけたんだ。おれ、この街を終のすみ家と決めたんだ。
 すっかり遅くなっちまったな。お、もうカンバンか。すまんなおれ一人のために相手になってくれて。駅前のビジネスホテルにでも泊るよ。ところで、S市立墓地はここから遠いのか。いや、なに、女房はこの街の出身でな、そこで眠っているんだ。ちょっと墓参りに行ってやろうと思ってさ。あんなことがあっても女房は女房だ。
 すまん、マスター、ロックをもう一杯だけくれ。

「おじいちゃん。また、ここに来て。ごめんなさいね。鏑木さん」
「いえ。奥さんの墓参りに行くとおっしゃてましたよ」
「あ、お前。間違いは許す。今度のプロジェクトにどうしてもお前が必要なんだ。会社に帰ってくれ」
「なにいってるの。おじいちゃん。また、『女房と部下の不倫ごっこ』やってるの」
「あ、鏑木さん。おじいちゃんのボトルまだある」
「残り少ないです」
「すみません。もう1本入れてください。1本あれば3ヶ月もつでしょう。それが最後の1本になります」
 
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