限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第301回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その6)』

2018-04-01 13:17:14 | 日記
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A-1.ギリシャ語辞書

A-1-5 Le Grand Bailly, Dictionnaire Grec Français (Hachette)

フランス語のギリシャ語の辞書と言えば昔からこの Bailly が定番であるようだ。初版が 1894年で、現在までに2回バージョンアップがされている。私が持っているのは、1963年の版で、印刷は2000年である。つまり、100年以上前に初版が出て、 50年前に改定が終了したものだが、現在も現役である。現在の表紙は写真のように、「流石フランス!」と感心するぐらい、しゃれている。


Bailly には、辞書の付録として、ギリシャ神話に登場する神々の説明が30ページ近くあるが、本体の辞書部のページ数は2193ページある。Papeや Liddell & Scott(LSJ)に多少見劣りすると、編纂者の Bailly自身が下記のように率直に述べている。
beaucoup moins étendu que les volumineus répertoires de Passow ou de Pape en Allemagne, de Liddell-Scott en Angleterre.

私がこの辞書を手にしたのは、ギリシャ語の独習を初めて暫くした 2000年のころだった。前回述べた、LSJ の中型(Intermideate)やLangenscheidtの Altgriechisch-Deutsch Taschenwoerterbuch を使いつつギリシャ語が曲がりなりにも読めるようになって、これらの辞書のに少しずつ物足りなさを感じていたころであった。この時、たまたま東京・神保町の一誠堂書店に立ち寄った。ここは、戦後の古本業界に多大な貢献を成した反町茂雄氏が東大を卒業した後に丁稚奉公していた由緒ある古本屋である。1階は日本や中国関連の書籍を取り扱うが、2階にはかなり高価な(と私には思える)稀覯本や由緒ある洋書が数多く並んでいる。

当時は、階段を昇って直ぐの左手の棚にはギリシャ語やラテン語などの古典語関連の辞書などが数多くびっしりと詰まっていた。それまでなら、この場所は単に通り過ぎるだけであったが、ラテン語やギリシャ語を自習し始めてからは、この前にも立ち止まるようになった。ある時、この棚の前で何気なく手に取ったのがこの Bailly であった。タイトルからフランスの辞書と分かった。フランス語はあまり得意でない私にとっては、フランス語以上に輪をかけて分からないギリシャ語との組み合わせに、これは私には多少荷が重いかなとは思ったものの、とりあえず中味をチェックしようと思い、棚から降ろして、ページを繰ってみた。

100年ほど前に編纂されたヨーロッパの辞書に共通して、印字が実に「ぎしぎし」と詰まっていて、かなり読みづらい感じがした。しかし、幾つかの単語をチェックしてみると、見出し語の後に、関連の単語(例:名詞の元になった動詞)が括弧に囲まれてさりげなく書かれていることに気がついた。更に、説明の最後部には、語源らしきものに関する説明が ― これまた「さりげなく」―書かれていた。それまで使っていた LSJ(Intermediate) にはギリシャ語に関する語源や、単語間の関連に関する説明が全く無かったために、ギリシャ語の語彙の体系という点に関しては注意が回っていなかった自分に気がついた。Bailly の語源に関連する記述は確かにわずかではあるものの、それでもこのような説明は私には大変な恵みであると感じ、早速購入した。同辞書の syrinx の部分を下に示す。



購入してから暫くは、LSJ(Intermediate)や Langenscheidt は脇にどけてもっぱらこの Baillyを使っていた。使っている内に気がついたのは、大抵の引用文にはフランス語訳がついていることであった。私のようなギリシャ語の初心者にはかなり助けになったが、そうはいっても、フランス語の訳文自体も理解できない所があるので、ギリシャ語のついでにフランス語の学習もすることになった。

Bailly を使いだすようになって、ようやくギリシャ語の語源だけでなく、ヨーロッパ言語全体の語源について、つまり印欧語の root(語根)に対しておぼろげながら全体像がつかめるようになった。語源に関しては全く手がかりのない日本語とは異なり、過去から多くの言語資料が残っているヨーロッパ言語では、発音の地域・時代変遷だけでなく、発音が持っている根源的な意味まで、突き止めることができることが分かった。ただ、このことが理解できるには、すくなくとも英語、フランス語(あるいはイタリア語)とドイツ語(あるいは近代ゲルマン語のどれか)の近代語と、古典語であるギリシャ語とラテン語が分からないとダメであることも気がついた。

Baillyによって私はようやく、英語を下から仰ぎ見るのではなく、英語も含め、ヨーロッパ言語を上から眺める(俯瞰)ことができるようになった。この観点に立って、ギリシャ語を見てみると、やはりと言うべきか、 Baillyでは物足りなくなった。それで、もうすこしギリシャ語の語源について詳しい辞書がないかと何年か探して、ようやく Langenscheidt社の Mege-Guethling に辿りついた。Mengeには、見出し単語の語源に関しては ― 多少そっけないとはいうものの ― かなり幅広い言語にまで言及して説明している。ただ、この語源欄の説明にも、物足りなく感じることが多くなったので、もう少し詳しい、ギリシャ語語源辞典が欲しくなった。この件に関しては、稿を改めて述べたい。

続く。。。
コメント
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