(前回)
【承前】
A-1.ギリシャ語辞書
A-1-6 Dictionnaire Grec-Français, Magnien-Lacroix (Librairie classique Eugéne Belin)
前回述べたように、フランス語でギリシャ語の辞書というと、"Le Grand Bailly"が定番であったが、それに競うように出現してきたのが、今回紹介する Victor Magnien と Maurice Lacroix の辞書だ。
この辞書はMagnienとLacroixが共同で編纂したが、完成間際の1952年に Magnienが死去してしまった。残されたLacroixはMagnienの娘と共に、細部にわたりチェックして、ようやく1969年に出版にこぎつけた。
私がギリシャ語の独習を初めた時には、この辞書のことは全く知らずにいた。しかし、幾つかの辞書(Intermediate LSJ, Langenscheidt, Bennsler)を用いていて何度か単語の説明(語釈)が分かり難いことがあった。「もう少し良い辞書がないか?」と探していたが、当時は残念ながら大学図書館にアクセスすることができなかった。それで、もっぱらインターネット上の情報だけではいわゆる「隔靴掻痒」の感があった。その内にどうにも我慢できなくなり、遂にはヨーロッパにまでギリシャ語(とラテン語)の辞書を買いにでかけた。その時に手に入れたのが、この Magnien-Lacroix の辞書であった。
【参照ブログ】
想溢筆翔:(第23回目)『ヨーロッパにまで辞書を買いに行った話』
この辞書の特徴はなんといっても、フランスの高校生や大学生の学習に役立つしかけが幾つも埋め込まれていることだ。まず、見出し語の語釈において、その単語がもつ全体概念と個別の意味の関連が分かるような説明が囲み記事のような体裁でざっくりと表示されている。これは、該当の単語全体の見取り図ともいうべきもので、初めて見る単語は言うまでもなく、知っている単語においても、全体的にどういうニュアンスがあるかを知るには非常に便利である。とりわけ、ギリシャ語の語彙の中心である動詞についてはかなりスペースが裂かれている。
例えば、下記に示すようにdiallasso では、 Sens général(全体的意味) として、能動態(actif)の時と受動態(passif)の場合に分けて説明されている。その後、細分化された個別の意味として合計9つの項目に分けての説明が続く。
これによって、学習者は普通の辞書を引く場合のように、単語の細かな意味に囚われることなく、全体像をしっかりとつかんだうえで、個別の意味をも知ることができる。こうすることで、単語の根源的な意味と、そこから派生した意味の両方を知ることができる。
また、学習者にうれしいのは、複合語(副詞+動詞など)の場合に、どこが切れ目かを示してくれていることである。例えば、ここで採りあげた "diallasso" は "di□allasso"という具合に di と allasso の間にわずかなスペースが空けられている。というのは、初心者は、dia(英:through)という単語を知っているため、この綴りはdia□llasso と読み違えてしまう可能性があるからだ。(もっとも、エルが頭に2つくるギリシャ語の単語がないので、そうではないことはすぐわかるが。)
とりわけ、ana、epi、apo などから始まる単語は区切りが分からないことが多い。例えば anaxxxx は ana+xxxx だけでなく a+naxxxx、ana+axxxx とも考えられるからだ。(最後の可能性というのは、ギリシャ語では母音がぶつかるのを避ける(hiatus)規則があるので、ana の後にくる単語の先頭の母音が削られてしまうことに拠る。)いづれにせよ、この辞書のように、分離部分にわずかなスペースがあることで単語の切れ目が分明になることは学習者にとっては非常にありがたい。
さらなる特徴としては、Baillyと同じく例文にはフランス語の訳がついていることである。(後日、説明することになるが)フランス語のラテン語辞書(Gaffiot、Dictionnaire illustré latin-français)にも同様にフランス語の訳が全ての例文についていることから考えて、辞書に訳文を付けるのはフランスの伝統ではないかと思われる。
この辞書を実際に使ってみて分かったことは、単語の意味を理解する上では他のどのギリシャ語の辞書よりも役立つことである。その上、うれしいことに、レイアウトや紙質も非常に洗練されているので、使うのが楽しくなる辞書であった。ただ、ページ数 2200ページで厚さが 7cm 近くあるにも拘わらず、平背のバインドであるため、極めて開きにくいのが唯一の欠陥と言えよう。
このように良い辞書ではあるものの、語源に関する情報があまりにも少ない。それで、私の興味がギリシャ語(及び、ヨーロッパ語全体)の単語そのものの意味より、ギリシャ語の語源にシフトするにつれて、Menge に移行した後はこの辞書はあまり使わなくなった。ただ、語釈に関して Menge では分からない所は、依然としてこの辞書に頼ることがある。
(続く。。。)
【承前】
A-1.ギリシャ語辞書
A-1-6 Dictionnaire Grec-Français, Magnien-Lacroix (Librairie classique Eugéne Belin)
前回述べたように、フランス語でギリシャ語の辞書というと、"Le Grand Bailly"が定番であったが、それに競うように出現してきたのが、今回紹介する Victor Magnien と Maurice Lacroix の辞書だ。
この辞書はMagnienとLacroixが共同で編纂したが、完成間際の1952年に Magnienが死去してしまった。残されたLacroixはMagnienの娘と共に、細部にわたりチェックして、ようやく1969年に出版にこぎつけた。
私がギリシャ語の独習を初めた時には、この辞書のことは全く知らずにいた。しかし、幾つかの辞書(Intermediate LSJ, Langenscheidt, Bennsler)を用いていて何度か単語の説明(語釈)が分かり難いことがあった。「もう少し良い辞書がないか?」と探していたが、当時は残念ながら大学図書館にアクセスすることができなかった。それで、もっぱらインターネット上の情報だけではいわゆる「隔靴掻痒」の感があった。その内にどうにも我慢できなくなり、遂にはヨーロッパにまでギリシャ語(とラテン語)の辞書を買いにでかけた。その時に手に入れたのが、この Magnien-Lacroix の辞書であった。
【参照ブログ】
想溢筆翔:(第23回目)『ヨーロッパにまで辞書を買いに行った話』
この辞書の特徴はなんといっても、フランスの高校生や大学生の学習に役立つしかけが幾つも埋め込まれていることだ。まず、見出し語の語釈において、その単語がもつ全体概念と個別の意味の関連が分かるような説明が囲み記事のような体裁でざっくりと表示されている。これは、該当の単語全体の見取り図ともいうべきもので、初めて見る単語は言うまでもなく、知っている単語においても、全体的にどういうニュアンスがあるかを知るには非常に便利である。とりわけ、ギリシャ語の語彙の中心である動詞についてはかなりスペースが裂かれている。
例えば、下記に示すようにdiallasso では、 Sens général(全体的意味) として、能動態(actif)の時と受動態(passif)の場合に分けて説明されている。その後、細分化された個別の意味として合計9つの項目に分けての説明が続く。
これによって、学習者は普通の辞書を引く場合のように、単語の細かな意味に囚われることなく、全体像をしっかりとつかんだうえで、個別の意味をも知ることができる。こうすることで、単語の根源的な意味と、そこから派生した意味の両方を知ることができる。
また、学習者にうれしいのは、複合語(副詞+動詞など)の場合に、どこが切れ目かを示してくれていることである。例えば、ここで採りあげた "diallasso" は "di□allasso"という具合に di と allasso の間にわずかなスペースが空けられている。というのは、初心者は、dia(英:through)という単語を知っているため、この綴りはdia□llasso と読み違えてしまう可能性があるからだ。(もっとも、エルが頭に2つくるギリシャ語の単語がないので、そうではないことはすぐわかるが。)
とりわけ、ana、epi、apo などから始まる単語は区切りが分からないことが多い。例えば anaxxxx は ana+xxxx だけでなく a+naxxxx、ana+axxxx とも考えられるからだ。(最後の可能性というのは、ギリシャ語では母音がぶつかるのを避ける(hiatus)規則があるので、ana の後にくる単語の先頭の母音が削られてしまうことに拠る。)いづれにせよ、この辞書のように、分離部分にわずかなスペースがあることで単語の切れ目が分明になることは学習者にとっては非常にありがたい。
さらなる特徴としては、Baillyと同じく例文にはフランス語の訳がついていることである。(後日、説明することになるが)フランス語のラテン語辞書(Gaffiot、Dictionnaire illustré latin-français)にも同様にフランス語の訳が全ての例文についていることから考えて、辞書に訳文を付けるのはフランスの伝統ではないかと思われる。
この辞書を実際に使ってみて分かったことは、単語の意味を理解する上では他のどのギリシャ語の辞書よりも役立つことである。その上、うれしいことに、レイアウトや紙質も非常に洗練されているので、使うのが楽しくなる辞書であった。ただ、ページ数 2200ページで厚さが 7cm 近くあるにも拘わらず、平背のバインドであるため、極めて開きにくいのが唯一の欠陥と言えよう。
このように良い辞書ではあるものの、語源に関する情報があまりにも少ない。それで、私の興味がギリシャ語(及び、ヨーロッパ語全体)の単語そのものの意味より、ギリシャ語の語源にシフトするにつれて、Menge に移行した後はこの辞書はあまり使わなくなった。ただ、語釈に関して Menge では分からない所は、依然としてこの辞書に頼ることがある。
(続く。。。)