限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【2011年度・英語授業】『日本の情報文化と社会(8)』

2011-06-23 22:05:07 | 日記
【日本の情報文化と社会 8: Historiography, History Books】

情報文化という観点から史書(歴史書)や史論(歴史研究書)を外す訳にはいかない。言うまでもないが、日本の歴史書を考える場合、中国の史書や史論の影響は外せない。更には、国際的な視点に立つと、遠くギリシャ・ローマ時代の歴史書の比較も興味深い。これ以外にも、モンゴルやイスラム圏にも『歴史序説』(イブン・ハルドゥーン著)などの歴史上重要な史書や史論は存在するが、私自身は詳しくはない。このように、下手をするとこのテーマは関連項目が拡大、拡散して収拾が取れなくなる恐れがある。

私は中学から高校にかけて歴史が全く苦手であった。何らの興趣も引き起こさない、年代や人名、体制や職階などの暗記など、いつもうんざりしていた。年代など一年でも間違うと×だが、千年や数百年前の話で、一年や二年の差など誤差の範囲だと私には思えて、まじめに覚える気になれなかった。この思いは今も変わらない。私にとっての歴史上の年号の最小単位は、昔からだいたい50年から100年である。年号の細かいことにこだわるより、歴史の流れや、大きな事件が引き起こされた理由、そしてそれが後世に与えた影響の方がよほど重要だと思っている。

更に言えば、私には歴史上のイベントより、各時代を生き抜いた人々の言動の方がよほど興味がある。つまり人物中心の歴史なのだ。今、中学から高校までの授業を振り返ってみれば、人物という観点がすっぽりと抜け落ちていたことが分かる。つまり学校で習う歴史に登場する人物はいずれも、感情などもたないロボットのようで、単に与えられた歴史的使命を果たすだけの操り人形に過ぎなかったのだ。ようやくそれで私にとって歴史の授業は全くクソ面白くなかったのだ。

しかし、大学を卒業し、大学院に進学したころに出会った、2冊の歴史書、ヘロドトスの『歴史』と司馬遷の『史記』、はいずれも、強烈な個性をもった人々が躍動していた。これらを読んで始めて『これが私の求めていた歴史書だ!』と、私はその時に歴史の面白みを発見したのであった。それ以降、西洋ではプルターク、リヴィウス、スウェトニウスなどの書物に耽溺した。方や、東洋では中国の史書(漢書、後漢書、晋書、資治通鑑など)に次々とチャレンジし、読了していった。その都度、改めてこれら、千年以上にもわたって称賛され続けてきた史書の重量感をひしひしと感じた。

これら西洋と東洋の史書に比べると、正直なところ我が日本の史書はどうも人物の躍動感が少ないと感じる。そして残念ながら、これらの淡白な記述は私の好むところではない。しかし、日本人の本質を知るためには、日本の歴史書は是非とも読まなければいけない書であることは間違いないと私は確信している。

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・ヨーロッパの歴史的文献
 ヘロドトスは、ヨーロッパの歴史学の先駆者である。トゥキディデスは、より客観的な視点から歴史を叙述しようとし、「戦史」を記した。  ヨーロッパの歴史学者として有名な人に、ポリビウス、リヴィウス、プルタルコス、スエトニウス、エドワード・ギボン、テオドール・モムゼンなどがいる。

・中国の歴史的文献
 中国の古い歴史の文献に、紀元前5世紀に編纂された「春秋」があり、また左氏によって論評が書かれた、「春秋左氏伝」などがある。「史記」は、中国でも日本でも、最も有名な歴史書で、紀伝体で記されている。

 「二十四史」は中国の王朝の正史で、紀伝体形式で、中国各王朝の歴史学者によって記された。また「資治通鑑」は、宋朝の始めに司馬光を中心に編纂され、朱子による論評である「資治通鑑網目」は、日本の武士に多大なる影響を与えた。

 「三国志」は、中国の歴史書の中で、もっとも人気のある書物のひとつだ。「三国志」では魏呉蜀の時代の歴史が紀伝体で描かれ、また歴史小説である「三国志演義」も非常に人気がある。

 「魏志倭人伝」では、3世紀から5世紀の当時の日本人の姿が中国語で記されており、当時の日本人の基本的な特徴を知ることができる。

・韓国の歴史的文献
 「三国史記」は、新羅・高句麗・百済の時代から統一新羅までの時代を記した歴史書で、高麗の仁宗のもとで、金富軾によって編纂された。また「三国遺事」は、伝説や民話などを集めたものだ。 

 「李朝実録」は、李氏朝鮮の初代太宗から哲宗までの25代、472年間の歴史を漢文で書き記した歴史書で、1893巻にものぼる。ユネスコの世界記憶計画にも登録された。

・8世紀の古代の記録
 日本では、かな文字が発明される前までは、中国の古文である漢文で書物は書かれていた。また、江戸時代の終わりまで、歴史書の多くは漢文で書かれていた。

 「古事記」は、日本のもっとも古い伝記であり、日本語と漢文が織り混ぜて書かれている。「風土記」では、古代の文化や日本の地理などについて、記されている。

・六国史 権威ある日本の歴史書
 「六国史」は、天皇の命によって、720年から910年の間に編纂された、6つの国の歴史書であり、編年体で書かれ、中務省の資料をもとに作られた。

・日本書記
 「日本書記」は、日本の最も古い年代記で、神代から持統天皇までを扱う。「日本書記」は「古事記」と比べて、より中国語の影響を受けていて、また役人によく読まれ、多くの論評が残されている。

・吾妻鏡 鎌倉幕府の歴史書
 「吾妻鏡」は、鎌倉時代の歴史について、編年体で書かれ、また中国古文を日本オリジナルにした、変体漢文で書かれている。

・歴史物語
 歴史物語とは、歴史的な事柄や人々を、小説化したものであり、11世紀に書かれた、藤原道長とその一族の模様を描いた、「栄華物語」などが有名だ。

・鏡物 歴史物語のシリーズ
 「鏡」とは、見るものを映し出すものであり、過去の歴史を語り、未来を写しだす。「大鏡」、「今鏡」、「水鏡」、「増鏡」は、鏡物と呼ばれる、歴史物語のシリーズ。

・神皇正統記
 「神皇正統記」は、1340年に、北畠親房によって書かれ、「大日本は神国なり」という文章が有名。江戸時代に国学者によって、日本の天皇の神性を強調する書として扱われた。

・平家物語 日本のイリアス
 「平家物語」は、平家と源氏の間の戦いを描いた歴史物語で、勇敢な兵の戦いや、誇り高い行いなどが描かれている。琵琶法師によって、語り継がれた。



・平家物語の有名なシーン
 平家物語の有名なシーンに、源義経と彼の部下が、神戸の険しい鵯の坂を越えて平家を攻め落とした鵯越や、弓矢の名手であった那須与一の話、また平家と源氏の最後の戦いである、壇ノ浦の戦いなどがある。

・太平記
 「太平記」は、南北朝時代の争いを描いた歴史物語で、太平記読みと呼ばれる、物語僧によって読み語られた。太平記では、楠木正成が、足利尊氏に対抗した英雄として描かれている。

・尊王を支持する歴史書
 「日本外史」は、頼山陽によって編纂された、非公式の歴史書で、幕末の尊王の考えに大きな影響を与えた。「大日本史」は、徳川光圀によって編纂が命じられた日本の歴史書で、最終的に1906年に完成した。

・徳川幕府下での本
 「読史余論」は、儒学者である新井白石によって書かれた、日本の歴史の分析で、6代将軍の徳川家宣への講義をもとにしている。「徳川実記」は、徳川家康から家治に至るまでの、徳川幕府の年代記だ。

・現代の歴史物語
 「十八史略」は元の学者である曽先之によって書かれた歴史書で、明治以降日本の学生に中国の歴史を知るためによく読まれた。「常山紀談」は、湯浅常山によって書かれ、リーダーシップや先見性の秘話や、説得の技術などが記してある。「名将言行録」は、将軍達の人物列伝だ。

・明治時代の歴史家
 東大教授の三上参次は、江戸社会について「江戸時代史」を記し、京都学派の内藤湖南は、「日本文学史研究」を記した。徳富蘇峰は、ジャーナリスト、歴史家、そして政治家であり、104冊にも及ぶ、「近世日本国民史」を編纂した。

 ・昭和時代の歴史家
 ジョージ・サンソムは、前近代の日本に関する歴史家で、日本の文化に関する研究で知られる。森銑三は、歴史学者かつ書誌学者で、特に西鶴のことに精通する。網野善彦は、日本史の歴史学者で、中世の歴史で知られる。
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