愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題361 金槐和歌集  春3首-3 鎌倉右大臣 源実朝 

2023-08-31 09:45:23 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

鶯の初声を聞くと春の訪れを実感します。特に、鶯にとっても“初鳴き”でしょうか、“ケキョッ”と一節、発声練習と思われ、遠慮がちに詠っています。やがて“ホーホケッキョ”と澄んだ、よく透る声、続いて “ケキョッケキョッケキョッ……”と、“谷渡り”の忙しい声で春の深まりを知ります。

 

oooooooooo 

  [詞書] 春のはじめの歌 

山里に 家居はすべし 鶯の 

  鳴く初声の 聞かまほしさに  (『金槐集』 春・7)

 (大意) 鶯の初音が聞きたさに 山里に家居をしよう。

xxxxxxxxxxx   

<漢詩> 

欲聞鶯初音    鶯の初音を聞かんと欲す   [下平声八庚韻] 

余可住山里, 余(ヨ) 山里に住む可(ベ)し, 

遠離熙攘城。 熙攘(キジョウ)なる城(マチ)より遠く離れて。 

幽幽恬静処, 幽幽(ユウユウ)たり恬靜(テンセイ)なる処, 

為賞喨初声。 喨(ヒビキワタ)る初声を賞(ショウ)せんが為に。  

 註] 〇熙攘:人の往来が盛んである; 〇幽幽:静かで奥深い; ○恬静:環境が静かである; ○賞:鑑賞する、愛でる; 〇喨:(声や音が)高らかに響き渡る。

<現代語訳> 

鶯の初鳴きが聞きたい 

私は山里に住もうと思う、

騒々しい街から遠く離れて。

山奥の静かなところ、 

高らかに響く鴬の初鳴きを聞き、愛でるために。

<簡体字およびピンイン> 

   欲闻莺初音   Yù wén yīng chū yīn  

余可住山里, Yú kě zhù shānli,   

远离熙攘城。 yuǎn lí xīrǎng chéng.    

幽幽恬静处, Yōu yōu tiánjìng chù,      

为赏喨初声。 wèi shǎng liàng chū shēng

oooooooooo  

 

掲歌の参考歌として、次の歌が挙げられている。“春・鶯”は、万葉の頃からよく歌の題材にされていたことが窺えます。

 

梓弓 春山近く 家居して 

  絶えず聞きつる 鶯の声 (山部赤人 『新古今集』 巻一・春歌上 0029) 

(大意) 春の山近くに住んでいて、絶えず聞いていたよ鶯の声を。

 

梓弓 春山近く 家居れば  

継ぎて聞くらむ 鴬の声 

(大意) 山近くに住んでいて、春になるとひっきりなしに鳴く鶯の声を聞いていることしょう。 (作者不詳 『万葉集』 第10巻 1829番) 

 

初声の 聞かまほしさに 時鳥 

  夜深く目をも さましつるかな 

  (大意) 時鳥の初声を聞きたいばっかりに 深夜にも目を覚ましています。

(よみ人知らず 『拾遺集』 巻二・夏・96) 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -2  

 

この歌での花は“梅”である。実朝は、梅、桜、月を好んだようで、中でも梅の花の歌は多い。3月末のころ勝長寿院にお参りした際に詠われた歌で、梅はすでに散った後であると知って、ボヤいています。

 

oooooooooo 

[詞書] 三月の末つ方、勝長寿院に詣でたりしに、ある僧、山影に隠れるを見て、花はと問いしかば、散りぬとなむ答え侍りしを聞きて詠める。 

行きて見むと 思いしほどに 散りにけり 

  あやなの花や 風立たぬまに  (『金槐集』 春・83) 

 註] 〇あやな:不条理な、道理・理屈に合わない、理由がわからない。

 (大意) 行って見ようと思っている間に散ってしまっているよ 風が立っているわけでもないのに 何と条理の解らぬ花よ。

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

  錯過看花   花を看(ミ)錯過(ソコナ)う   [去声十五翰韻]  

独是欲尋看, 独(タダ)是(コ)れ 尋(タズ)ね看(ミ)んと欲するに, 

無端何已散。 無端(ハシナ)くも何ぞ已(スデ)に散りたる。 

至今風不起, 今に至(イタ)るまで 風は不起(オコラヌ)に, 

花也條理断。 花也(ヤ) 條理を断つか。 

 註] ○錯過:(時期を)逸する; 〇無端:思いがけなく; 〇條理:道理、秩序。 

<現代語訳>

  花を見損なう 

ただに訪ねて来て、見ようと思っていたのだが、

思いがけなく来てみると、既に散っていることを知った、何たることだ。 

このところ、風が立っていたわけでもないのに、 

道理を解さない花だよ。 

<簡体字およびピンイン> 

  错过看花      Cuòguò kàn huā 

独是欲寻看, Dú shì yù xún kàn, 

无端何已散。 wúduān hé yǐ sàn.  

至今风不起,  Zhì jīn fēng bù qǐ, 

花也条理断。  huā yě tiáolǐ duàn.   

oooooooooo 

 

勝長寿院は、頼朝が父・義朝や源氏一門の霊を祭るために建てた寺院であるが、今日、廃寺となって存在しない。1204年(実朝13歳)3月27日に勝長寿院に詣でたことが、吾妻鑑に記録されている、ただ年齢から推して、掲歌がその折の詠作とは考え難いが。以後も度々訪れ、時には歌会も催されていたのではないか。

 

次の歌は、掲歌の参考歌であろうとされている。

 

起きて見むと 思いしほどに 枯れにけり

露よりけなる 朝顔の花  

 (曾祢好忠 『新古今和歌集』 巻四・秋上・343)

 (大意) 朝に、見ようと思って起きてきたら、朝顔の花はすでに枯れていた。露は命の短いものと思っていたが、枝葉に置くその露よりもさらに命の短い朝顔の花だよ。

 

zzzzzzzzzzzzz -3  

 

春の嵐に吹き倒されんばかりの山吹の花を目にして、何とかならないものか と思案するも、後に花が萎れていくのを眺めているだけの自分の無力さに、戸惑いを感じているように思われる。

 

ooooooooo 

  [詞書] 款冬(カントウ)に風の吹くをみて

我(ワガ)こころ いかにせよとか 山吹の 

  うつろふ花に あらし立つらむ   (『金槐集』 春・101) 

(大意)私の心をどうせよといって、山吹の花を散らす嵐が起るのだろうか。 

註] ○款冬:ヤマブキ(山蕗)/ツワブキの異名(後[注記]参照); 〇うつろう花:花のちりがたになっているのをいう,移ろう。

xxxxxxxxxx 

<漢詩>

   棣棠逢春嵐   棣棠(テイトウ) 春嵐に逢う     [去声六御韻] 

寧知風暴起, 寧(イズクンゾ)知らん 風暴(フウボウ)起る,

若問魂何處。 魂(ココロ)は何處(イズコ)にと問うが若(ゴト)し。

豈堪花対此, 豈(アニ)堪(タ)えんか 花 此れに対す,

空自凋謝去。 空(ムナシ)く 自(オノ)ずから凋謝(シボミ)去らん。

 註] 〇棣棠:山吹([注記]参照); 〇寧知:どうして…知ろうか; ○風暴:嵐、暴風雨; 〇凋謝:(花や葉が)凋み落ちる。

<現代語訳> 

  山吹の花 春嵐に逢う 

どうしてか知らないが 嵐が起こり、

君の心はどこにと問うているようだ。

山吹の花は 嵐に対して、耐え得るであろうか、

花は萎れて落ちていくであろう。

<簡体字およびピンイン> 

   棣棠逢春岚   Dìtáng féng chūn lán 

寧知風暴起, Níng zhī fēngbào qǐ,,  

若问魂何处。 ruò wèn hún hé chù.

岂堪花对此, Qǐ kān huā duì cǐ,  

空自凋谢去。 kōng zì diāo xiè .  

ooooooooo 

 

歌の中で「やまぶき」が何を意味するか曖昧である。漢詩化に当たっては、木性の“山吹”と理解して進めた。すなわち、太田道灌と言えば出て来る:「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき(兼明親王)」 の“山吹”である。

 

[注記]

歌中の「やまぶき」について、“山吹”、“山蕗”、“棣棠(dì táng)”、“款冬(kuǎndōng)”等々、書物によって、その表記が異なっている。ちなみに、“山吹”および“棣棠”は、バラ科ヤマブキ属、低木である。一方、“山蕗”および“款冬”は、キク科ツワブキ属の多年草であり、“ツワブキ”とも呼ばれる。

 

この混乱が実朝の原著によるのか、あるいは、後世、書写を繰り返すうちに当て字が当てられていったのか、不明である。外国語に翻訳するに当たっては、誤解を避けるべく、混用は不可として、独断で木性の“山吹”として進めた。

 

次の歌は、実朝の掲歌の参考歌として挙げられている。

 

 [詞書] 後徳大寺左大臣家に十首哥よみ侍けるによみてつかはしける 

我こころ いかにせよとて ほととぎす 

  雲間の月の かげに鳴くらむ 

         (皇太后宮大夫俊成 『新古今集』 巻三・夏・210) 

 (大意) 我が心をどうせよといって、雲間の月明かりの下でホトトギスが鳴いているのであろうか。

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閑話休題360 金槐和歌集  みちのくに ここにやいづく 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-28 09:07:37 | 漢詩を読む

記紀で第16代天皇とされる仁徳天皇の善政を讃えた歌に感じて 実朝が詠った歌である。民家のある辺りで煙が上がっているのに気づき、“陸奥か、否、塩焼きで知られる塩釜か、否、そうでもない、……“と、民の竈からの煙であることを暗示している。面白い歌である。

 

ooooooooo 

  詞書] 民のかまどより煙(ケブリ)の立つを見てよめる 

みちのくに ここにやいづく 塩釜の 

   浦とはなしに けぶり立つみゆ  (『金槐集』雑・637) 

 (大意) 此処は陸奥の国であろうか、さもなくば何処であろう。塩釜の浦

  でもないのに 煙の立つのが見える。  

  註]○みちのくに:陸奥の国; ○ここにやいづく:みちのくにが あるいは

  ここにあるのであろうか。そうでないとすれば、ここはいづこか; 

  〇塩釜の浦とはなしに:塩釜の浦というのでないのに。塩釜の浦は塩やく 

  名所。  

  ※ 詞書の句調は 『新古今集』賀の部 巻頭の 仁徳天皇の歌の故事を思わ

  せる。  

xxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 見民灶煙     民の灶(カマド)の煙を見る          [上平声十灰韻]

奚是陸奧国, 奚(イズ)くんぞ是(コ)れ 陸奧(ムツ)の国ならんか, 

不然何処哉。 不然(シカラズン)ば 何処(イズコ)なる哉(ヤ)。 

非復塩釜浦, 復(マ)た塩釜(シオガマ)の浦にも非(アラ)ざるに, 

飄搖煙起来。 飄搖(ユラユラ)と煙(ケムリ)起来(タチノボ)る。 

 註] 〇生民:庶民; ○飄搖:ゆらゆらと揺れ漂う; 〇灶:かまど。

<現代語訳> 

  庶民の竈から上がる煙を見る 

ここは陸奥の国であろうか、否、

さもなければ どこであろうか。 

また塩を焼く塩釜の浦でもなく、 

ゆらゆらと煙が上がるのが見える。

<簡体字およびピンイン> 

 见民灶烟   Jiàn mín zào yān 

奚是陆奥国, Xī shì lùào guó, 

不然何处哉。 bù rán hé chù zāi.      

非复盐釜浦, Fēi fù yánfǔ pǔ, 

飘摇烟起来。 piāoyáo yán qǐlái.   

ooooooooo  

 

『新古今集』 (巻七:賀)の巻頭歌には 仁徳天皇の次の歌が撰されている:

 

  [詞書] みつぎもの ゆるされて 国とめるを御らんじて 仁徳天皇御哥 

たかきやに のぼりて見れば けむりたつ

  たみのかまどは にぎわいにけり 

     (仁徳天皇 『新古今集』 巻七:賀・707)     

 (大意) 高殿に登ってみると民家の辺りで煙の立つのが見える、竈で炊事

  できるほどに民の生活に賑わいが戻ったのだ。 

 

高殿とは、難波高津宮である。仁徳天皇が、高津宮から遠くを見遣って、人々の家から少しも煙が上がっていないことに気づいた。「民のかまどから煙が上がらないのは 貧しくて炊く物がないからではないか」と考えられた。

 

そこで、3年間免税処置を講じた。その結果、煙が見えるようになり、大いに喜ばれた。その喜びを天皇自ら詠われたのが、掲歌であると。『古事記』に記載された仁徳天皇の逸話である。

 

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閑話休題359 金槐和歌集  秋3首-3 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-24 09:59:45 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

遥かに見渡す大海原を爽やかな秋風が吹きぬけていき、雁の群れが南に向かっている。これは実景である。翼の波に秋風が吹き付け、雁行は秋風に乗り順調に進んでいる。恐らく実朝にとっては、今年の初雁に違いなく、明るく心楽しい情景である。

 

ooooooooooooo 

  [詞書] 海のほとりを過ぐるとてよめる  

わたのはら 八重のしほぢに とぶ雁の 

  翅(ツバサ)のなみに秋風ぞ吹く  

     (『金槐集』 秋・222; 『新勅撰集』 秋・319〕  

  (大意) 大海原のその限りなく、幾重にも重なる波の塩路を 雁が列をなして

  飛んで行く。その雁の翼の波に秋風が吹きつけている。 

  註] ○翅のなみ:つばさの動くのを波に見立てている。

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 海上雁行     海上の雁行    [下平声八庚韻]

汪洋大海亮晶晶, 汪洋(オウヨウ)たる大海 亮(リョウ)として晶晶(ショウショウ)たり,

重畳無垠潮路平。 重畳し無垠(ムギン)の潮路 平なり。

南去雁行風籟爽, 南に去(イ)く雁行(ガンコウ) 風籟(フウライ)爽(サワ)やかに,

秋風吹打翼波亨。 秋風吹打(フキツ)ける翼の波 亨(トオ)る。

 註] ○雁行:飛行する雁の行列、順序良く整然と並んださま; ○汪洋:(水

  の) 広々としたさま; 〇亮:明るい、光る; 〇晶晶:明るくきらめく

  さま; ○無垠:果てのない; 〇籟:風、川、鳥などの自然界の音; 

  〇亨:順調にいく。 

<現代語訳> 

  海上に帰雁を見る

洋洋たる大海 浪の華がきらきらと輝いている、

幾重にも重なる無限の波の潮路、海面は穏やかに広がっている。

南に向かう列を成した雁の群れを遥かに見て 風音が爽やか、

その秋風が雁の翼の波に吹き付け 雁行は順調に進む。 

<簡体字およびピンイン> 

  海上雁行    Hǎishàng yàn xíng 

汪洋大海亮晶晶, Wāng yáng dà hǎi liàng jīng jīng

重叠无垠潮路平。 Chóng dié wú yín cháolù píng.    

南去雁行风籁爽, Nán qù yàn xíng fēng lài shuǎng,    

秋风吹打翼波亨。 Qiū fēng chuīdǎ yì bō hēng

ooooooooooooo  

 

実朝の掲歌の本歌として次の歌が挙げられている。

 

吹きまよふ 雲井をわたる 初雁の  

  つばさにならす 四方の秋風  

    (藤原俊成女* 『新古今集』 巻五秋下・505)  

 (大意) 当てもなく吹く秋風に雲間を渡っていく初雁が 四方から吹き

  付ける風に翼を馴らしつゝ、飛んで行く。   

  *藤原俊成女(フジワラトシナリノムスメ、1171?~1251?):藤原俊成の孫で、

  後鳥羽院歌壇において活躍した新古今時代を代表する女流歌人。 

  

 

zzzzzzzzzzzzz -2  

 

青空の下、見渡す限り際限ない潮路、青い空と蒼い海が広がり、その境も定かではない。吸い込まれていくような、空虚な世界でしょうか。秋の夕暮れ時、心も折れる、寂しさを催す情景である と。

 

oooooooooo

  [詞書] 海のほとりをすぐるとて 

ながめやる 心もたえぬ わたのはら 

   八重のしほじの 秋の夕暮れ (『金槐集』 秋・223; 『新後撰集』 291)

 (大意) 大海原の、その限りない潮の流れを眺めているうちに 耐えがたい 

  寂しさを感じた秋の夕暮である。  

  註] 〇わたのはら:広い海; 〇八重のしほじ:非常に長い海路。

xxxxxxxxxxx

<漢詩> 

 秋天晚憂鬱   秋天晚の憂鬱   [上声十三阮韻]

大海茫茫穩, 大海 茫茫(ボウボウ)として穩(オダヤ)かに, 

潮路無際遠。 潮路(シオジ) 際限無く遠し。 

碧空遙望尽, 碧空(ヘキクウ) 遙かに望んで尽き, 

寂寞秋天晚。 寂寞(セキバク)たり秋天の晚(クレ)。 

 註] 〇茫茫:果てしないさま。

<現代語訳> 

 秋の夕暮れの憂鬱 

大海原は広々として穏やか、

潮路は際限なくはるかに遠い。

蒼空は遥かに望む所まで広がり、

寂しさを覚える秋の夕暮れである。

<簡体字およびピンイン> 

 秋天晚忧愁  Qiūtiān wǎn yōuyù 

大海茫茫稳, Dà hǎi máng máng wěn,

潮路无际远。 cháo lù wújì yuǎn.

碧空遥望尽, Bìkōng yáowàng jǐn, 

寂寞秋天晚。 jìmò qiū tiān wǎn

ooooooooo

 

青い大空、蒼い海原の際限なく拡がる空間に吸い込まれていくような思いをさせる歌である。

 

実朝の掲歌の本歌であろうと 次の歌が挙げられている。勅撰集や類書のみならず、私歌集にも目を通していることが窺い知れて、驚きである。

 

山里に すみぬべしやと ならはせる

  心もたへぬ 秋の夕暮 (平忠度 『忠度集』)  

 (大意) 山里に住むべきではないかと、思いをさせる 堪えがたい秋の夕暮

  れである。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -3  

 

“矢野の神山”の晩秋の情景を詠った歌である。但し、いわゆる“歌枕”として “矢野の神山”が詠い込まれているが、その場所は不明である。元より実朝の実体験の歌ではなく、万葉集の歌の“本歌取り”の歌である事に由来している。

 

ooooooooo 

  [詞書] 秋の末に詠める 

雁鳴きて 寒き朝明(アサケ)の 露霜に 

  矢野の神山 色づきにけり  

       (金槐集 秋・261; 新勅撰集 秋下・337)

 (大意) 雁が鳴いて 秋の深まりを知らせる今朝の寒い明け方に 降りた 

  露や霜で ここ矢野の神山は紅葉したことだ。  

  註] ○露霜:晩秋の露; 〇矢野の神山:在所不祥、諸国に同名がある。 

xxxxxxxxxx 

<漢詩> 

  晚秋情景     晚秋の情景      [上平声一東韻]

雁鳴秋色老, 雁鳴いて 秋色老い,

拂曉冷気籠。 拂曉(フツギョウ) 冷気籠(コ)む。

矢野神山景, 矢野の神山の景,

露霜促変紅。 露と霜 木の葉の紅に変ずるを促(ウナガ)す。 

  註 〇老:深まる; 〇拂曉:明け方。

<現代語訳> 

  晩秋の情景 

南への帰雁の鳴き声が聞こえて、秋が深まってきた、

明け方には冷気を感じるこの頃である。

矢野の神山の景色は、

降りた露霜により紅葉(コウヨウ)しだしたようだ。

<簡体字およびピンイン> 

  晚秋情景    Wǎn qiū qíngjǐng

雁鸣秋色老, Yàn míng qiūsè lǎo, 

拂晓冷气笼。 fúxiǎo lěng qì lóng.  

矢野神山景, Shǐyě shénshān jǐng, 

露霜促变红。 lù shuāng cù biàn hóng

ooooooooo

 

 “矢野の神山”について“:王朝和歌においては、見かけない“歌枕”で、『万葉集』に一例しか見えない例であり、それが下に示す柿本人麻呂の歌であるという。「新しい歌枕の発見とその利用という」実朝の学習意欲を表すものと、評価されている(三木麻子『源実朝』)。

 

両歌にある“矢野の神山”は、兵庫県、徳島県等々、諸所に想定される施設があるようである。何れの箇所でも 施設の“由緒書き”に人麻呂の歌を添え、「此処こそは……」と紹介されているが、何処であるかは特定されていない。

 

つまこもる 矢野の神山 露霜に 

  匂ひそめたり 散りまく惜しも (柿本人麻呂  万葉集 巻十・2178) 

  (大意) 妻が籠るという、矢野の神山が露霜に当たってすっかり色づき始めた。

    やがて木々の葉が散りはじめるであろうが惜しいことである。    

    註] ○妻としてこもらせること、妻がいること; 〇にほい:色つや、

     色合い; 〇散ろうとすること。   

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閑話休題358 金槐和歌集  いにしへを しのぶとなしに 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-21 09:20:38 | 漢詩を読む

改めて昔を偲ぼうと 故郷を訪ねたわけではないのだが、留まっているうちに、見る物・聞く物、何事につけても、昔を偲ぶよすがとなってしまうものである。故郷ってそんなものでしょう。橘の香りに一層想いを深くする と。感情の機微を捉えた歌と言えようか。 

 

ooooooooooo  

  [歌題] 故郷(フルサト)の盧橘(タチバナ)  

いにしへを しのぶとなしに ふる里の  

  夕べの雨に にほふ橘  (『金槐集』 夏・139、『続拾遺集』547) 

 (大意) 昔を懐かしく思うというわけではなしに古里にいて、夕方の雨に

  「昔を思わせる」という橘の花の匂いがすることよ。 

 註] 〇橘の花の香:古今集以来、“昔を思わせるもの”とされている; 

  〇ふる里:“ふる”は、由緒ある古い里の“古”と雨の“降る”との掛詞。 

xxxxxxxxxxxx

<漢詩> 

   故郷盧橘  故郷(フルサト)の盧橘(ロキツ)      [下平声七陽韻]、

無意緬懷昔, 昔を緬懷(シノ)ばんとの意(イト)は無くて,

欲留暫在郷。 暫(シバシ) 郷(フルサト)に留まらんと欲す。

霏霏夕暮雨, 霏霏(ヒヒ)たり夕暮の雨,  

籠罩橘花香。 橘(タチバナ)の花の香 籠罩(タチコメ)てあり。

 註] 〇盧橘:ナツミカン、またはキンカンの別名; 〇緬懷:追想する;

  〇霏霏:雪や雨が頻りに降るさま; 〇籠罩:たちこめる、漂う。  

<現代語訳> 

 故郷の橘 

特に昔を偲ぼうとの思いがあるのではなく、

しばし故郷に留まるつもりでいる。

しとしとと五月雨が降る夕暮れ、

橘の花の香りが漂ってきた。昔の事どもが思い出されるよ。

<簡体字およびピンイン> 

 故郷盧橘   Gùxiāng lú jú      

无意缅怀昔, Wú yì miǎn huái xī,    

欲留暂在乡。 yù liú zàn zài xiāng.  

霏霏夕暮雨, Fēi fēi xī mù yǔ,   

笼罩橘花香。 lóngzhào jú huā xiāng.  

ooooooooooo

 

北宋の政治家・詩人 蘇軾(東坡、1036~1101)に 秋の橘の実のある景色を賞する次のような詩がある(「贈劉景文」;七言絶句であるが、その転・結句を示す)。

 

一年好景君須記、 一年の好景 君 須(スベカ)らく記すべし、

最是橙黄橘緑時。 最も是(コ)れ橙(ダイダイ)は黄に橘は緑なる時。

 

木の葉が落ち始め、枝に霜の降りるころ、橘の濃い緑の葉の茂る中、黄色に色づいた橙の実がたわわに実って 微風に揺れている。一年の内で最も素晴らしい景色の時であるよ、君 覚えておけよ! と友人に説いているのである。

 

実朝の歌は 初夏、橘の白い花が開き、香ばしい薫りを周り一面に漂わせている頃である。いずれの時期のあっても、生気を蘇えさせてくれる、故郷の情景ではある。 

 

実朝の歌の“本歌”として、次の“よみ人知らず”の歌が挙げられている。

 

五月まつ 花橘(ハナタチバナ)の 香(カ)をかげば 

  昔の人の 袖(ソデ)の香ぞする  (よみ人知らず 『古今集』夏・139) 

 (大意) 五月のころを待って開く橘の花の香りをかぐと 昔親しかった人の

  袖の香りがするよ。 

 ※ 平安時代には 貴族は男女ともに 衣服に自ら好みの独自の香を焚き染め

  ていたようで、“香”によって“個人”を判断・識別できるほどであった

  ようだ。なお、この歌を機に、“橘の花の匂い”は 昔を思わせるものと 

  いうのが 古今集以来の常識となった由。  

   一方、加茂真淵は「……後世、千万の橘の歌が詠まれているが、未熟

  だよ」と厳しく評している と。 

 

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閑話休題357 金槐和歌集  雑3首-2 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-17 09:29:58 | 漢詩を読む

 

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

20歳代の若き実朝の歌である 実際に詠まれた時の年齢は定かでないが。老いの道を通過中の人の“想い”を代弁している歌で、実朝の胸の内の深さに感服する次第である。老の人として実感する想いであり、漢詩化にも熱が入りました。五言絶句としました。

 

oooooooooo 

 [詞書] 老人 歳の暮を憐れむ 

白髪といひ 老いぬるけにや 事しあれば 

  年の早くも 思ほゆるかな (金槐集 雑・581) 

 (大意) 白髪になったことといい、年老いたせいでもあろうか 何か事ある

  につけて 年の早くたつのを覚えることだ。 

  註] 〇老いぬるけにや:老いた故であろう; 〇ことしあれば:事のあれば。

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 老書懐    老いて懐(オモイ)を書す   (下平声一先韻) 

星星斑白巔, 星星(セイセイ)として斑白(ハンパク)の巔(イタダキ),

烏兔别急遷。 烏兔(ウト)は 别(ベッ)して急ぎ遷(ウツ)る。

自豈不懷老, 自(オノ)ずから 豈(アニ)老を懷(オモ)わざらんか,

事事亶此然。 事事(コトゴト)に 亶(マコト)に此れ然(シカ)ならん。

 註] 〇星星:白髪が混じるさま; ○斑白:ゴマ塩; 〇巔:頂き、ここで

  は頭; 〇烏兔:カラスとうさぎ、太陽と月の意; 〇事事:何事、

  すべてのこと; 〇亶:まこと、まことに; 〇此:前に述べたこと、 

  ここでは“時の過ぎることがはやい”と思うこと; 〇然:そのとおり 

  である。  

 ※ 承句(第二句)について:中国では、太陽には三本足の“烏(金烏)が棲み、

  月には”兎(玉兎)“が棲むと考えたことから、太陽と月の意。転じて歳月を 

  意味する。  

<現代語訳> 

 老いて懐(オモイ)を書す 

頭部に白髪も増えて来て、 

時の移り変わることが殊の外早く感じられる。 

年老いた故であろうと思うのだが、

何事につけても 事あるごとに 同じ思いに駆られるのである。 

<簡体字およびピンイン>  

 老书怀       Lǎo shū huái 

星星斑白巅, Xīngxīng bān bái diān, 

乌兔别急迁。 wū tù bié jí qiān.   

自岂不怀老, Zì qǐ bù huái lǎo,  

事事亶此然。 shì shì dǎn cǐ rán.  

oooooooooo 

 

これまでにも度々触れてきたように、実朝の作歌の重要な特徴として“本歌取り”技法が挙げられる。掲歌についてはどうであろうか。本稿作成に当たって、主な拠り所としている校注書 『山家集・金槐和歌集』(小島吉雄 校注 日本古典文学大系 岩波書店)に参考にしたと思われる歌は挙げられていない。 

 

斎藤茂吉は、勅撰集その他の歌書を対象として、実朝が参考にしたのでは と思しき歌を徹底的に調べ上げた(『歌論六 源実朝』 斎藤茂吉選集 第十九巻 岩波書店)。その中にも、掲歌と関連のある歌は挙げられていない。

 

すなわち、掲歌は、先人の歌を参考にヒントを得て作られた歌ではなく、実朝自身の天性から生まれた歌であると言える。奇しくも、28歳で非業を遂げられたが、運命の力を感ぜしめずにはおかない。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -2 

 

神だ、仏だというが、これらも将に人の心の産物であるよ。自らに言い聞かせているように読める。身内の早世、身近で起こる権力闘争等々、世の乱れを嘆きつゝ、解決を神・仏に頼ろうとしてみても、結局は人の心に依る と。

 

ooooooooo 

   [詞書] 心の心をよめる 

神といひ 仏といふも 世の中の 

  人のこころの ほかのものかは  (金槐集 雑・618) 

 (大意) 神仏というものも みな人の心から生まれるものである。

   註] 〇こころの ほかのものかは:心以外のものであろうか、心以外のもの

  ではない。  

<漢詩> 

xxxxxxxxxx 

 心霊     心霊         (上声十九皓韻) 

弥想且煩惱, 弥(イヨ)いよ想(オモ)い且(カ)つ煩惱(ナヤ)み,

載神載仏道。 載(スナワ)ち神(カミ) 載ち仏(ホトケ)と人は道(イ)う。

共於人心起, 共に人の心於(ヨ)り起るもの,

真以無所考。 真(マコト)に以(モッ)て 考える所なし。

 註] ○心霊、こころ; 〇弥:ますます、さらに; 〇煩惱:思い悩む。

<現代語訳> 

  人の心 

世の中 思い悩むことが尽きない、

やれ神だ やれ仏だ と人は縋(スガ)りつく。 

神仏ともに 人の心の働きから生まれるもの、 

それに尽きる、何も 考えることはないのだ。 

<簡体字およびピンイン> 

   心灵         Xīnlíng 

弥想且烦恼, Mí xiǎng qiě fánnǎo,   

载神载佛道。 zài shén zài fó dào.  

共于人心起, Gòng yú rén xīn qǐ,  

真以无所考。 zhēn yǐ wú suǒ kǎo.  

ooooooooo  

  

実朝は、12歳頃から法華経の供養に参加し、また『般若心経』を読誦する心経会(シンギョウエ)に臨むなど仏教への帰依は篤い。また父・頼朝が始め、一時途絶えていた“二所詣”を復活するなど、神への信仰心も篤い人である。 

 

斯かる事情を考えるなら、“神・仏に頼ろうとするが、結局は人の心だよ”と、事の解決がまゝならぬ世の情勢に 苛立ちを覚えている実朝の姿が想像される。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -3 

 

夜の暗闇、どんよりと垂れこめた天雲、その陰に隠れている仲間はずれの雁の鳴き声、姿は見えない……。何と暗い、重苦しい雰囲気の歌であろう。この歌が作られた頃、実朝の身辺は、胸を塞ぐような状況にあったのではなかろうか。 

 

ooooooooooooo 

    [歌題] 黒 

うば玉の やみの暗きに あま雲の 

  八重雲がくれ 雁ぞ鳴くなり  (『金槐集』 雑・621)

 (大意) ぬば玉のような暗闇の中 大空の打ち重なる雲の中に雲隠れして

  雁が鳴いている。  

  註] 〇うば玉の:“闇”の枕詞、特に意味はない; 〇あま雲の 八重雲

  がくれ:大空の打ち重なる雲の雲隠れに。  

  ※ うば玉:植物・檜扇(ヒオウギ)の種子、丸くて黒い。烏羽玉、射干玉(ヌバタマ)、

  むばたま。  

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

   黯黑中雁         黯黑中の雁   (上平声八斉‐上平声四支通韻)

万境漆黑粛粛淒, 万境(マンキョウ)漆黑(シッコク) 粛粛(シュクシュク)として淒(セイ)たり, 

重雲黮黮夜空垂。 重雲(チョウウン)黮黮(タンタン)として 夜空に垂(タ)る。

雲中影雁鳴嫋嫋, 雲中 影(カクレ)し雁 鳴くこと嫋嫋(ジョウジョウ)たり, 

啼断有如多所思。  啼断(テイダン)す 思う所多く有るが如(ゴトク)に。  

 註] ○黯黑:真っ暗な闇; 〇万境:辺りすべて; 〇粛粛:静かでひっそ

  りとしたさま: 〇淒:物寂しい、荒涼としたさま; 〇重雲:幾重にも 

  かさなった雲; 〇黮黮:真っ黒なさま; 〇嫋嫋:音声が細く長く、 

  尾を引くように響くさま; 〇啼断:しきりに啼く;  

  〇有如:…のようだ。  

<現代語訳> 

  暗闇の雁 

辺りは真っ暗な夜の闇、ひっそりと物音ひとつない、 

幾重にも重なりあった真っ黒な八重雲が夜空に垂れこめている。 

雁が 雲に隠れて姿はみえず 尾を引くように鳴いている、

何か思いが多々ありそうに 鳴くことしきりである。 

 

<簡体字およびピンイン> 

 黯黑中雁         Ànhēi zhōng yàn

万境漆黑肃肃凄, Wàn jìng qīhēi sù sù qī,  

重云黮黮夜空垂。 chóng yún dǎn dǎn yè kōng chuí.  

云中影雁鸣嫋嫋, Yún zhōngyǐng yàn míng niǎoniǎo, 

啼断有如多所思。 tí duàn yǒu rú duō suǒ

ooooooooooooo

 

建保7 (1219) 年1月27日、右大臣に任じられたことを賀して、鶴岡八幡宮で拝賀の行事が執り行われた。夜陰に及び、神拝を済ませて退出の際、実朝は、甥御・八幡宮別当の阿闍梨公暁(クギョウ)によって殺害された。

 

当時、兄・頼朝の死や和田義盛の合戦等々、また天災・火災を含む変事、珍事が多発。さらに八幡宮で拝賀の行事へ出立の際、(大江)広元入道から「……束帯の下に腹巻をお付けください」と護身の進言があったが、周囲から除けられた由、公式記録にある。 

 

事ほど左様に、実朝の身辺は騒々しい状況にあり、実朝は五感・六感を通じて周囲の状況を感じ取っていたに違いない。掲歌は斯様な状況の中で作られたのではなかろうか、と素人の、後知恵で理解をする次第である。

 

掲歌は、次の歌を参考にされたであろうとされている。

 

天雲の 八重雲がくれ なる神の 

  音にのみやは 聞きわたるべき 

     (作者不詳 万葉集 巻十一・2658; 人麻呂 拾遺集 巻十一・627) 

 (大意) 天雲の八重雲の奥から鳴り響く雷の音のみを聞いています(逢う事が 

  叶わず、あの人の噂だけを聞き続けています。)  

コメント
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