愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題355 金槐和歌集  炭を焼く人の心も 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-13 09:41:58 | 漢詩を読む

源実朝の歌「炭を焼く人」の漢詩化を試みた。五言絶句としました。一方、唐詩人・白楽天に長編詩「炭を売る翁」がありますので、ここで読み比べてみます。歌/漢詩の“訴えたい究極の主旨”は 両者ほぼ同じと思えますが、31文字で表現する和歌と、本質的に文字数に制限のない漢詩との違いが端的に表れているように思えます。

 

ooooooooo 

  [詞書] 深山に炭焼くを見てよめる 

炭をやく 人の心も あはれなり 

  さてもこの世を 過ぐるならいは  (『金槐集』 雑・575) 

 (大意) 炭焼き人の心にも感深い思いがする、それにしてもこの世を過ごして

  ゆく生活の道というものは。  

  註] 〇“は”:詠嘆的助詞。 

xxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 焼炭人    炭を焼く人      [上平声十一真 - 下平声一先通韻] 

深山焼炭人, 深山の炭を焼(ヤ)く人, 

心裏一可憐。 心の裏(ウチ)は 一(イツ)に可憐(アハレ)なり。 

却是世常理, 却(カエ)って是(コ)れ世の常理(ジョウリ)ならん, 

非無活計先。 活計(カツケイ) 先(セン) 無きに非ず。 

 註] 〇可憐:哀れむ、同情する; 〇常理:ごく当たり前の道理、社会通念;

  ○非無:……なきにあらず; 〇活計:暮らしの糧(カテ)、生活の道; 

  〇先:優先する、重視する、第一にする。  

<現代語訳> 

 炭を焼く人 

山に入って薪を伐り、炭を焼く人、 

その心情は非常に哀れである。

しかしこれは世の常の道理であり、 

生活の糧を優先しているためなのである。 

<簡体字およびピンイン> 

 焼炭人 

深山烧炭人, Shēnshān shāo tàn rén,    

心里一可怜。 xīnlǐ yī kělián.   

却是世常理, Què shì shì chánglǐ, 

非无活计先。 fēi wú huójì xiān.  

ooooooooo  

 

白楽天の漢詩・売炭翁は、下に示した。実朝の歌・白楽天の漢詩ともに 詠まれている対象は 庶民の姿である。一方は、詠者の“想い・心”が詠われ、対象の庶民の実像は 読者の想像に委ねられている。他方では、庶民の姿の“実況・実情”が淡々と綴られており、それに対する“想い”は読者に委ねられている。 

 

使用字数の違いが端的に示された例と言えるでしょうか。全ての歌/漢詩がその範疇に当てはまるわけではないが、使用可能字数の枠から推して、自然の成り行きかとも思える。

 

翻って、歌を漢詩に翻訳するに当たって、詠者の“想い・心”を如何に表現し、伝えるか、難題であるが、答えを見出し得ずに進めている。最大の試練である。

 

oooooooooooooo 

  売炭翁      炭を売る翁(オキナ) 

  苦宮市也      宮市(キュウシ)に苦しむ也  白居易  

売炭翁、     炭売りの翁 

伐薪焼炭南山中。 薪(タキギ)を伐(キ)り炭を焼く 南山の中(ウチ)。 

満面塵灰煙火色、 満面の塵灰(ジンカイ) 煙火(エンカ)の色、 

両鬢蒼蒼十指黑。  両鬢(リョウビン) 蒼蒼(ソウソウ) 十指(ジッシ)黑く。 

売炭得銭何所営、  炭を売り銭を得て 何の営(イトナ)む所ぞ、 

身上衣裳口中食。 身上(シンジョウ)の衣裳 口中(コウチュウ)の食。 

可憐身上衣正単、 憐(アハ)れむ可(ベ)し身上(シンジョウ) 衣(イ)正(マサ)に単(ヒトエ)、 

心憂炭賤願天寒。  心に炭の賤(ヤス)きを憂(ウレ)え天の寒からんことを願う。 

……(中8句略) 

一車炭重千余斤、 一車(イッシャ)の炭の重さ千余斤(キン)、 

宮使駆将惜不得。 宮使(キュウシ)駆(カ)り将(モ)ちて惜(オ)しみ得ず。 

半疋紅綃一丈綾、  半疋(ハンビキ)の紅綃(コウショウ) 一丈(イチジョウ)の綾(アヤ)、

繋向牛頭充炭直。 牛頭に繋(カ)けて炭の直(アタイ)に充(ア)てる。 

<現代語訳> 

炭売りの翁、 

長安の南の山の中で薪を伐ったり、炭を焼いたり。 

顔中煙をかぶってすすけた色になり、 

両鬢はゴマ塩色 十指は真っ黒。 

炭を焼いて金を稼ぐのは、一体何のためか、 

もちろん着物と食べ物を手に入れるためである。

気の毒にも、この寒空に身に纏うは単衣もの一枚、 

だが炭の値の安いのを心配して、もっと寒くと願う。 

……(中8句略) 

車一杯の炭の重さは千斤あまり、 

宮使いに持っていかれては 惜しんでもどうにもならない。 

わずかばかりの赤い絹と綾衣とを、

牛の頭にくくりつけて 炭の代金という。

  (石川忠久 監修『新漢詩紀行ガイド』6 NHK出版、2010に依る) 

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コメント
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