【十七帖の要旨】朱雀院は、故六条御息所の遺児・前斎宮が斎宮として伊勢に下る時から、彼女に心を寄せていた。朱雀院は、譲位に伴い上京した前斎宮を妃に望むが叶えられず、前斎宮は、源氏と藤壷入道の画策により、現・冷泉帝に入内する。
入内の当日、朱雀院から、御衣服、櫛の箱、香壷の箱など素晴らしい贈り物が届けられた。櫛の箱は繊細な技巧でできた立派な品で、挿し箱の入った小箱には、造花の飾りに歌が添えられてあった:
別れ路に 添えし小櫛を かごとにて
はるけき中と 神やいさめし (朱雀院)
朱雀院は、斎宮の伊勢下向の折りに小櫛を挿しながら、「京に帰るな」と言ったことで、神は、二人は縁無きものと決めたのだよ」と恨みごとを歌っているのである。
前斎宮は、思い悩み返歌に逡巡しているが、周りから促されてやっと返歌を書くことができた。前斎宮は、冷泉帝に入内します。
帝には既に権中納言(曽ての頭中将)の娘・弘徽殿女御が入内していて、帝の寵は弘徽殿女御に傾いていた。しかし絵を好む冷泉帝は、絵に堪能な斎宮女御に惹かれていく。
焦った弘徽殿女御の父・権中納言は当代一流の絵師たちに命じて趣向を凝らした絵を描かせる。一方、源氏は、紫の上とともに秘蔵の絵を集める。3月には藤壺入道の御前で、前斎宮 対 弘徽殿女御の間で絵合わせが行われ、最後に提出された源氏自筆の須磨の絵日記の絵によって、斎宮女御側の勝利となった。
本帖の歌と漢詩:
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別れ路に 添えし小櫛を かごとにて
はるけき中と 神やいさめし (朱雀院 十七帖 絵合)
[註] 〇かごと:口実。
(大意) あなたが伊勢へ下向する際 お別れの櫛を挿しましたが それを
口実にして 神は二人を縁なき間柄とお決めになったのでしょうか。
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<漢詩>
神勧告 神の勧告(イサメ) [下平声一先韻]
君往伊勢前, 君 伊勢に去(ユ)くに前(サキダ)ちて,
把梳添髪鮮。 梳(クシ)を把(トッ)て髪に添えるに鮮(アデヤカ)なり。
以斯神勧告, 斯(ソレ)を以て 神は勧告(イサメ)るに,
終是杳然緣。 終(ツイ)には是(コ)れ 緣(エニシ)杳然(ヨウゼン)ならんと。
[註] 〇勧告:諫める; 〇杳然:はるかに遠いさま。
<現代語訳>
神の勘違い
君が伊勢へ発つに先立って、
小櫛を髪に挿してやった、その姿は、艶やかであった。
これを以て、神様は諫めたのであろう、
二人の縁は遥かに遠く離れてあれと。
<簡体字およびピンイン>
神劝告 Shén quàngào
君往伊势前, Jūn wǎng yīshì qián,
把梳添发鲜。 bǎ shū tiān fā xiān.
以斯神劝告, Yǐ sī shén quàngào,
终是杳然缘。 zhōng shì yǎorán yuán.
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朱雀院の贈り物に添えられた歌に対して、想い定まらず返歌を書くのに逡巡していた前斎宮は、あの時の言葉も今では却って悲しく感じられます と院の愛着を撥ね退けようと精一杯にこれだけ書いた:
別るとて はるかに言ひし ひと言も かへりて物は 今ぞ悲しき (前斎宮)
(大意) 曽てお別れに際し 黄楊の櫛を挿し、「京には帰るな」と言われた
一言も 帰京した今は却って悲しく思われます。
以後、院の表情には、失恋の深い苦痛が現れ、いっそう前斎宮を恋しく思うようになった。
【井中蛙の雑録】
○ 十七帖 絵合の光源氏 31歳の春。