愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題343 金槐和歌集  恋3首-1 鎌倉右大臣 源実朝

2023-06-29 13:38:44 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

初恋の歌、心乱れて独りで思い悩んでいる様子である。Platonic loveということでしょうか。このような胸の内を表現するのに、万葉の頃から、“摺衣(スリゴロモ)”が譬えの用語として用いられています。ここでは山藍により摺り染めされた衣です。

 

oooooooooo  

 

わが恋は 初山藍の すり衣 

  人こそ知らね みだれてぞおもう 

            (金槐集 374; 続後撰集 巻十一・恋一・647) 

 (大意) わが恋はたとえば山藍の摺り衣の初衣のようなものだ、初恋だから人

  には分からぬが、心はみだれて物思うことである。  

  註] 〇初山藍のすり衣:山藍で摺って染めた衣。初めて着る衣だから「初」

  という。「わが恋は初」と掛かる語で、初恋のことを言いかけている。また 

  摺り染めの衣は、模様が乱れているのが常だから、「みだれて」と縁語で 

  続けている; 〇みだれてぞおもう:こころ乱れて物を思う意。  

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 初恋心    初恋の心    [下平声十二侵韻]

吾恋何所似, 吾が恋 何に似たる所ぞ,

此心人不斟。 此の心 人斟(ク)まず。

摺衣応識初, 摺衣(スリゴロモ) 応(マサ)に識(シ)る初めて着る時,

共乱麗紋心。 共に乱れてあり麗(ウル)わしき紋(モンヨウ)とわが心。

 註] 〇斟:考慮する、ひしゃくで液体をくみとる; 〇麗紋:摺り染めの美

  しい花模様。  

<現代語訳> 

  初恋の心 

私の初恋のこころ 何に譬えられようか、

この心を誰も分からないでしょう。 

ちょうど藍染の摺衣の作り立てを着た時のようなものだ、 

摺衣の美しい乱れ模様と同じく私の心も乱れているのです。 

 

<簡体字およびピンイン> 

  初恋心       Chū liàn xīn 

吾恋何所似, Wú liàn hé suǒ shì, 

此心人不斟。 cǐ xīn rén bù zhēn.  

摺衣应识初, Zhé yī yīng shí chū, 

共乱丽纹心。 gòng luàn lì wén xīn

oooooooooo 

 

摺り衣とは、山藍やつゆ草などの茎や葉などを白い衣に摺りつけて、乱れ模様に染めた衣類のことである。万葉集でつぎのような歌がある。意味深で、心多き男性の歌であるように読めます。

 

摺り衣 着(ケ)りと夢(イメ)に見つ 現(ウツツ)には 

  いづれの人の 言(コト)か繁けむ (万葉集 巻十一・2621) 

 (大意) 摺ごろもを着た夢を見たが、現実には誰との恋が噂に登るのであろう

  か。 

 

今一つ、摺衣の一種で、忍草(シノブグサ)の茎や葉を石の上で摺りつけて乱れ模様に染める「忍ぶ摺」があり、“忍ぶ恋”、“片思い”を表現する用語として歌に登場する。次の歌はその例である。

 

陸奥(ミチノク)の しのぶもぢずり 誰故に 

  みだれそめにし 我ならなくに 

    (河原左大臣 古今集 恋四。724; 百人一首14番)   

 (大意) 私の心は、他ならぬ貴方のせいで信夫(シノブ)の摺衣の模様のように

  千々に乱れています。  

 

河原左大臣こと源融(822~895)は、第52代嵯峨帝の第八皇子、元服後臣籍降下して源姓を賜った。陸奥出羽按察使(アザチ)として5年間、東北経営に携わっていた。なお本歌は、百人一首(14番に撰されている(その漢詩化:(『こころの詩(ウタ) 漢詩で読む百人一首)』参照)。

 

zzzzzzzzzzzzz -2 

 

幾たびとなく、嘆きの涙で袖をぬらす惨めな思いを重ねてきた身であるが、他人には悟られまい と固く心に刻み込んで、耐えている作者の姿が想像されます。時代、環境を考慮するなら、女性に成りすまして作られたものと読めます。

 

ooooooooooooo

  海辺の恋 

うき身のみ 雄島の海士の 濡れ衣 

  ぬるとないひそ 朽ちはつるとも 

     (金塊集 恋・389; 続勅撰集 巻十二 恋二・749) 

 (大意) たとえ、このまま恋焦がれて死に果てるとも、恋の涙でこの衣が濡れ

  たと人にいうなかれ。思えば、運命つたなきわが身がただ 口惜しい。  

 ※ ○雄島(ヲシマ)の海士の「をし」に憂き身の「惜し」を掛詞; ○二・三句:

  「ぬる」というための序詞; 〇朽ちはつる:「濡れ衣」の縁語。  

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

  海辺恋          海辺の恋       [上平声十一真韻]

歴尽艱辛此慘身, 歴尽(レキジン)せし艱辛(カンシン)此の慘(サン)たる身,

雄島海士湿衣巾。 雄島(オジマ)の海士(アマ) 衣巾 湿(シツ)しあり。

莫言我袖辛酸淚, 言う莫(ナカ)れ 我が袖に 辛酸(シンサン)の淚,

即使生命易簣辰。 即使(タトエ)生命 易簣(エキサク)の辰(トキ)なりとも。

 註] 〇歴尽:経験しつくす; 〇艱辛:艱難辛苦; 〇易簣:すのこを替え

  る、臨終におよんだことをいう。孔子の門人である曽参(ソウシン)が臨終の 

  とき、季孫が贈った大夫用の簣(=すのこの床)を身分不相応のものとして 

  取り替えさたという故事に拠る。  

<現代語訳> 

  海辺の恋 

艱難辛苦をなめてきた惨めなわが身、 

雄島の海士同様に 衣を濡らしてきた。 

しかし私の袖が辛酸の涙で濡れていたと人には言わないでくれ、

たとい命が尽き 臨終に及んだ時にさえ。

<簡体字およびピンイン> 

  海辺恋      Hǎi biān liàn

历尽艰辛此惨身, Lì jìn jiān xīn cǐ cǎn shēn,

雄岛海士湿衣巾。 xióngdǎo hǎishì shī yī jīn.

莫言我袖辛酸泪, Mò yán wǒ xiù xīnsuān lèi,  

即使生命易篑辰。   jíshǐ shēngmìng yì kuì chén

ooooooooooooo 

 

“雄島”は、歌枕の島として、多くの歌で言及されていて有名である。掲歌の参考にされた歌として、「雄島の海士の 濡れ衣」と関連した、次の歌がある。なおこの歌は百人一首(90番)に撰されている(その漢詩化:(『こころの詩(ウタ) 漢詩で読む百人一首)』参照)。

 

見せばやな をじまのあまの 袖だにも

  濡れにぞ濡れし 色はかはらず 

    (殷富門院大輔『千載集』 恋四・886; 百人一首 90番)  

 (大意) 私の衣の袖を見てほしいものだ!雄島の海女の袖はあれだけ濡れて

  も色は付いていないのに、私の袖は、濡れているばかりか、血涙で紅色に 

  染まっているよ。  

 

zzzzzzzzzzzzz -3 

 

和歌では、春の鶯、夏の杜鵑、秋のキリギリス、冬の千鳥等々、多くの鳥や虫などの鳴き声が、時節や作者の心情を表現するのに用いられている。次の歌では、松虫の啼く音が、その役割を果たしています。 

 

ooooooooooooo 

   [歌題] 頼めたる人に

を篠原(ザサハラ) おく露寒み 秋されば、

  松虫の音(ネ)に なかぬ夜ぞなき   (金槐集 恋・417) 

 (大意) 小笹原に露が降りて、寒い秋になると松虫が鳴かない夜はない。私は、

  来ぬ人をまちつつ、夜ごと泣いています。  

  註] ○頼めたる人:来訪すると期待をさせた人;〇寒み:寒くして; 〇秋

  されば:秋がくると; 〇松虫:“松”に人を“待つ”を掛けている; 

  〇音になかぬ:松虫の“音”と、音に泣くの“音”をかけている。“音に泣 

  く”は、声を出して泣くこと。   

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 所思沒来      所思(オモイビト)来たらず  [上平声一東韻]

秋来細竹露寒風, 秋来たりて細竹(ササタケ)に露おき 風寒し, 

唧唧哀鳴夜羽虫。 唧唧(ジイジイ)と哀(カナシ)く鳴く 夜の羽虫(マツムシ)。 

約定所思無到訪, 約定(ヤクソク)せし所思 到訪(オトズレ)無く, 

夜夜待着流淚紅。  夜夜 待着(マチツツ)流す淚 紅なり。  

 註] ○所思:意中の人; 〇細竹:篠(/笹); 〇唧唧:(擬声語)虫の鳴く声;

  ○羽虫:はね虫、ここでは松虫; 〇淚紅:血で涙が染まる。  

<現代語訳> 

  意中の人の訪れを待つ 

秋の訪れとともに笹竹の葉に露がおり 渡る風が寒く、

夜になると松虫がジイジイと悲しく鳴いている。 

意中の人は、訪ねますと約束しながら 姿を見せてくれない、 

毎夜 涙を流して待ち、涙が血に染まるほどである。 

<簡体字およびピンイン> 

   所思没来     Suǒ sī méi lái  

秋来细竹露寒风, Qiū lái xì zhú lù hán fēng,  

唧唧哀鸣夜羽虫。 jījī āi míng yè yǔchóng

约定所思无到访, Yuēdìng suǒ sī wú láifǎng,  

夜夜待着流泪红。 yè yè dàizhe liú lèi hóng

ooooooooooooo

 

前首と同様、思う人の訪れを待つ女性を詠っているようです。“待つ”の意に掛けて“松虫”は、“待つ女性”を象徴する虫と捉えられているようです。古くはスズムシのことを“マツムシ”、またはその逆と、混同されることが多かったようです。

 

松虫の絞り出すような“鳴き声”に対し、鈴虫が涼やかな“鳴き声”を聞かせることを思えば、やはり前者が“待つ虫”、ひいては“待つ女”に相応しいように思える。ただ、それら虫が羽を奮わせて“鳴き声”を発しているのは“雄”であり、“雌”の注意をひくためのシグナルであるとされていますが。

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閑話休題342 金槐和歌集  君に恋ひ うらぶれをれば 源実朝

2023-06-26 09:17:57 | 漢詩を読む

金槐集・部類歌の中で、恋部の歌が最も多く、定家所伝本663中141首に及ぶ。但し、いわゆる恋愛ものだけではなく、人に送った歌や遠くに赴いた人に送った歌など、人恋しさを詠んだ歌も、この部内に含まれている。 

 

ooooooooo 

  [歌題] こひの心をよめる

君に恋ひ うらぶれをれば 秋風に 

  なびく浅茅の 露ぞ消(ケ)ぬべき 

       (金槐和歌集 恋 407; 風雅集 巻十三・恋・1286)

 (大意) 君に恋い焦がれているが、想いは通ぜず、しょぼんとしていると秋風が吹き、風に靡いた浅茅に降りた露は散り失せてしまいそうだ。

  註] 〇うらぶれおれば:しょぼんとしていると; ○浅茅:まばらに生えたチガヤ; 〇露ぞ消ぬべき:露のはかなく消えるが如く自分も命が消えて死にそうだ。

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 思不相通   思い相(アイ)通わず     [下平声二蕭韻]

綿綿恋慕焦, 綿綿(メンメン)たり 恋慕 焦(コガ)れ, 

繚倒我心凋。 繚倒(リョウトウ)し 我が心 凋(シボ)む。 

茅草秋風靡, 秋風に茅草(チガヤ)は靡き, 

白露就落消。 白露 就(ジキ)に落ち消えよう。 

 註] 〇綿綿:断ち切れずに永く続くさま; 〇繚倒:うらぶれる、落ちぶれる; 〇凋:しぼむ、しおれる; 〇茅:チガヤ。

<現代語訳> 

 思い通ぜず 

恋い慕う思いが綿綿といつまでも続き、

想い通ぜず、しょんぼりとして心が萎えている。 

一陣の秋風が吹けば、チガヤの草は靡き、

その葉に置いた露はすぐに散り落ちてしまうことでしょう。

<簡体字およびピンイン> 

  思不相通     Sī bù xiāngtōng

绵绵恋慕焦, Mián mián liànmù jiāo,   

缭倒我心凋。 liáo dào wǒ xīn diāo

茅草秋风靡, Máo cǎo qiū fēng mǐ,  

白露就落消。 bái lù jiù luò xiāo. 

ooooooooo 

 

掲歌は、恋愛もので、失恋の歌と言えようか。この歌は、時代が下って室町時代初期の勅撰集・風雅集(1349年頃成立)に入集されている。同集は、藤原定家の孫・為教(タメノリ)を祖とする革新的歌風を唱えた流派・京極派の流れをくむ撰集である。

 

賀茂真淵は、掲歌に対し○印を付している。本歌の参考歌として『万葉集』中次の歌が挙げられている。

 

  題 月に寄す 

君に恋ひ 萎(シナ)えうらぶれ 我が居れば 

       秋風吹きて 月かたぶきぬ  (作者不詳  万葉集 第10巻 2298) 

(大意) 貴方に恋い焦がれて打ちしおれて しょんぼりとしている間に、秋風が吹き、いつの間にか月が西に傾いてしまった。

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閑話休題341 飛蓬-194  賀3首-1 鎌倉右大臣 源実朝

2023-06-22 09:25:50 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

建暦二年(1212、実朝21歳)十一月十三日に行われた順徳天皇即位に伴う大嘗会(ダイジョウエ)の折に詠われた歌であろう。大嘗会を執り行うために新しく作られた祭殿・大嘗宮、いつまでも古びることなく存続することでしょう と。

 

oooooooooo 

  詞書] 大嘗会の年の歌に 

黒木もて 君がつくれる 宿なれば 

   万代(ヨロズヨ)経(フ)とも 古(フ)りずもありなむ    (金槐集 賀・362) 

 (大意) 皮付きの木で君が作られた祭殿であるので 万年経(タ)とうとも古び

  ることなく存在することでしょう。 

  註] ○大嘗会の年:建歴二(1212)年、第84代順徳天皇の践祚の折か; 

  〇黒木:皮付きの木、黑檀木 か?; 〇宿:大嘗会を行う祭殿。 

xxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 慶賀大嘗会   大嘗会を慶賀(ケイガ)す   [上平声四支韻]

黑檀為祭殿,  黑檀(コクタン)もて祭殿と為(ナ)す,

君子乃建斯。  君子 乃(スナワチ) 斯(コレ)を建(タ)つ。

万代無糟朽,  万代 糟朽(ソウキュウ)すること無く,

迢迢保逸姿。  迢迢(チョウチョウ)として逸姿(イツシ)を保(タモ)たん。

 註] 〇大嘗会:天皇が即位後初めて行う新嘗祭(ニイナメサイ)の節会; 〇黑檀:

  カキノキ科の常緑高木。材は黒色で堅く光沢があり、家具などに珍重され 

  る; 〇糟朽:朽ちる; 〇迢迢:永遠なること; 〇逸姿:勝れた様子。 

<現代語訳> 

 大嘗会を賀す 

黒木でもって祭殿を建てる、

これは君が建てられたものである。

万代経ろうとも朽ちることなく、

長しえにその威容を保ち続けることでしょう。

<簡体字およびピンイン> 

 庆贺大嘗会祭殿 

        Qìnghè Dàcháng huì diàn

黑檀为祭殿, Hēi tán wéi jìdiàn,  

君子乃建斯。 jūnzǐ nǎi jiàn .

万代无糟朽, Wàn dài wú zāo xiǔ, 

迢迢保逸姿。 tiáo tiáo bǎo yì .

oooooooooo 

 

大嘗宮について:大嘗祭のために仮設される祭場で、5日間で建てられ、祭後直ちに撤去される。悠紀院、主基院を設け、それぞれ正殿は黒木(皮付き柱)掘立て柱、切妻造り、屋根は青草ぶき、天井にはむしろが張られる(ブリタニカ国際大百科事典)。

 

当時、この事典に記載された伝統に従って大嘗宮が造営されたとするなら、掲歌の下の句:“万代経とも 古りずもありなむ”は、元来あり得ないことである。なお、掲歌は、次の歌を参考にされたものとされている。この歌での“宿”は、大嘗宮ではなく、“万代までに”と“言祝ぐ”のに違和感は感ずることはない。 

 

はたすすき 尾花さかふき 黒木もて 

   つくれる宿は 万代までに (元正天皇 万葉集 巻八・1637)

 (大意) はだすすきの尾花を逆さに葺いて 黒木で造った建物は万代までも。

  註] 〇はたすすき:“旗ススキ”で、ススキのこと; 〇尾花:ススキの穂の

  部分。 

 

zzzzzzzzzzzzz -2 

 

桜の花が咲き始めた。凍てつくような日々に耐えてきた後、新春の訪れを告げる花だよりである。喜びが弾ける時節と言えよう。“桜の花”は、やゝもすると“散る花”として“陰”に考えられ勝ちであるが、又の訪れへの期待の方が大きい。実朝は、この歌を“賀”の部に入れています。

 

oooooooooooooo  

  詞書] 花の咲けるを見て 

宿にある 桜の花は 咲きにけり 

  千歳の春も 常かくし見む  (金槐集 賀・364) 

 (大意) 我が家の桜の花が今年も咲いた、この先千年にもわたって春になれば

  この美しい花を見ようと思う。 

  註] 〇千歳の春も:千年変わらぬ春をも; 〇常かくし見む:いつもかよう

  に見よう、“し”は強めの助詞。 

xxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

   賞桜花           桜花賞     [下平声六麻韻]

四時代謝九重霞, 四時 代謝(タイシャ)し 九重(ココノエ)の霞(カスミ)かかる時期,

今見庭桜擾弱華。 今 庭の桜に擾弱(ワカワカ)しい華(ハナサク)を見る。

千歲春裝如此趣, 千歲 春の裝(ヨソオイ) 此の趣の如くに,

欲翫美麗感無涯。 美麗(ビレイ) 感 涯(ハテ)無しを翫(メデ)んものと思う。

 註] 〇四時:四季; 〇代謝:次から次へと変わってく; 〇擾弱:花が若々

  しく咲き乱れること; 〇翫:めでる、鑑賞する、もてあそぶ。  

<現代語訳> 

  桜の花をめでる 

季節は変わって 今は霞がかかる春の季節となった、

我が家の庭の桜が開花したばかりである。

この先千年も 今日のような春の訪れがある度に、

思い果てないこの美しい桜の花を愛でるとしよう。

<簡体字およびピンイン> 

  赏樱花           Shǎng yīnghuā

四时代谢九重霞, Sì shí dàixiè jiǔ chóng xiá,  

今见庭樱擾弱华。 jīn jiàn tíng yīng rǎo ruò huá

千岁春装如此趣, Qiān suì chūn zhuāng rú cǐ qù, 

欲玩美丽感无涯。 yù wán měilì gǎn wú

ooooooooooooo 

 

万葉集の次の歌が参考にされたものとして挙げられている。ただし“花”は異なります:

 

  [詞書] 大伴宿祢家持館の宴での歌 

妹が家に 伊久里の杜の 藤の花

  今来む春も 常かくし見む        (玄勝? 万葉集 巻17・3952)  

 (大意) 彼女の家に行こうという、その伊久里の神社の藤の花、やってくる今

  年の春もいつものように変わらぬ藤の花が咲いていてほしい。 

  註] 〇伊久里の:“行く”の意を掛ける。

 

zzzzzzzzzzzzz -3 

 

二所詣は、その意義や頻度からみて、実朝の最も大きな旅の実体験と言えようか。その折りの道中の見聞を詠った歌について、本ブログで“箱根権現”に関わる2首をすでに紹介済(閑話休題-284 & -305)である。今回は“伊豆権現”についての歌を紹介します。

 

oooooooooo 

  詞書] 二所詣で侍りし時 

ちはやぶる 伊豆のお山の 玉椿(タマツバキ) 

  八百(ヤオ)万代(ヨロズヨ)も 色は変わらじ 

    (金槐集 賀・366; 玉葉集 賀・1359; 続後撰集 )

 (大意) 神のおられるここ伊豆の御山の玉椿は 長い長い年月が経っても

  その美しい色は変わらないだろう。 

  註] 〇ちはやぶる:神にかかる枕詞。ここでは「伊豆の御山」が伊豆山権現

  であるので用いられている;〇玉椿:椿は寿命の長いものとせられるから 

  「八百万代」と続けた。 

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<漢詩> 

  茶花悠久   悠久(ユウキュウ)なる茶花  [上平声十五刪 -下平声一先通韻] 

激捷伊豆山, 激捷(チハヤブル) 伊豆(イズ)の山, 

山茶玉樹妍。 山茶の玉樹(ギョウクジュ)妍(ケン)なり。 

鮮紅花熠熠, 鮮紅の花 熠熠(ユウユウ)として, 

不変漫長年。 漫長(マンチョウ)の年 変らず。 

 註] 〇茶花:椿の花; 〇激捷:神にかかる枕詞として造語。ここでは伊豆

  山権現に掛かる; 〇伊豆山:伊豆山権現、鎌倉幕府の守り神・3所の 

  一つ; 〇山茶:山椿; 〇熠熠:光り輝くさま; 〇漫長年:(先が 

  見えないほど)とても長い年月。 

<現代語訳> 

  悠久の山椿の花 

ちはやぶる伊豆権現のある山、

山椿の玉樹が美しく花をつけている。

その鮮紅の花は光り輝いており、

千万年に亘って、咲き続けることでしょう。

<簡体字およびピンイン>  

  茶花悠久      Cháhuā yōujiǔ

激捷伊豆山, Jī jié yīdòu shān

山茶玉树妍。 shānchá yùshù yán

鲜红花熠熠, Xiānhóng huā yìyì, 

不变漫长年。 bù biàn màncháng nián

ooooooooo

 

歌の冒頭、枕詞“ちはやぶる”が現れます。漢詩にあっては“激捷”を当てました。筆者の造語である。先に、百人一首(17番):「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 から紅に 水くくるとは」(在平業平)で用いました。

 

和歌の解釈で“枕詞”は必ずしも訳出する必要のない用語とされています。しかし漢字と日字の繋がり、さらに文字の持つ意味を考えるなら、少なくとも漢詩にあっては何らかの形で“枕詞”を活かすべきである との強い思いがあり、敢えて工夫しています。

 

“枕詞”の扱いを含めて造語の可否について、読者の御教示・ご意見を頂けたなら、この上なく有難く、今後の参考にさせて頂きたく願っております。なお、造語“激捷”とした経緯については、閑話休題-135および『こころの詩(ウタ) 漢詩で読む百人一首』に触れました。

 

実朝の掲歌の参考歌として、次の歌が挙げられている。

 

ちはやぶる 賀茂(カモ)の社の 姫小松(ヒメコマツ) 

  万世ふとも 色は変わらじ  (藤原敏行  古今集 巻二十・1100)

 (大意) 賀茂の社の媛小松は 万世に亘って緑の色が変わることがない。

  註] 〇姫小松:下鴨神社境内に存在する『媛小松(ヒメコマツ)』、神社の祭神・

  玉依媛命(タマヨリノミコ)に因んだ名で、境内にあるとんがり帽子の形をした 

  一本松。 

 

とやかへる 鷹(タカ)の尾山の 玉椿 

  霜をばふとも 色は変わらじ (大江匡房 新古今集 巻七・賀・750)

 (大意) 鷹尾山の玉のつばきよ、幾度の霜を経ても、色は変わることがない。

  註] 〇とやかえる:鷹に掛かる枕詞、“とや”は“鳥屋(=鳥小屋)”。「羽が

  抜けかわる」または「飛び帰って来る」の意; 〇鷹尾山:京都市右京区 

  にある高野山真言宗の寺、神護寺の山号。 

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閑話休題340 飛蓬-193  奥津波八十島かけて 鎌倉右大臣 源実朝

2023-06-19 09:21:18 | 漢詩を読む

側近の士で、歌仲間の素暹(ソセン)法師が地方への旅に出た折に詠ったという、法師を千鳥に譬えて詠っています。譬喩(ヒユ)歌と言えるのでしょうか。恋の歌と読めそうですが、それにしても仲間内で少々戯(オド)けているように読めます。

 

小島吉雄 校注『金槐集』では、[(大意) あちこちと遠方へまで出かけてゆく君だから心変わりせずに とどうして約束できようか、頼りないことだ。] としています。漢詩では、その意を充分に含むよう努めました が。

 

ooooooooooooo 

  [詞書] 素暹(ソセン)法師物へまかり侍(ハベリ)けるにつかはしける 

奥津波(オキツナミ) 八十島(ヤソシマ)かけて すむ千鳥 

  心ひとつと いかがたのまむ 

      (柳営亜槐本・金槐集 雑・607; 続拾遺集 羇旅・711)

 (大意) 多くの島々を渡り住む千鳥、心変わりすることがないものと どうして信頼することができましょうか。 

  註] ○この歌は 定家所伝本にはない; 〇物へまかり侍けるに:地方への旅

  に出た時; 〇奥津波:八十島の枕詞; 〇八十島かけて:あちこちの沢山の

  島へかけて; 〇千鳥:素暹にたとえた; 〇心ひとつ:二心なし の意。 

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

   贈素暹法師    素暹(ソセン)法師に贈る [上声十九皓‐上声十七篠通韻] 

沖海嘯刷八十島、 沖の海嘯(カイショウ) 八十(ハッシン)島を刷(アラ)い、

棲穩無常浜千鳥。 棲穩(スミツク)こと常ならぬ浜千鳥(ハマチドリ)。

只恐可能心易変, 只(タ)だ恐る 心(ココロ)易変(カワリヤス)き可能(ミコミ)あり,

一心信賴不堪擾。 一心の信賴 擾(フアン)に堪(タ)えず。

 註] 〇沖海嘯:枕詞“沖津波”の漢訳、沖の荒波; 〇刷:波が島々を洗う; 

  〇八十島:杜牧 「江南の春」に準じて、“八十(ハッシン)”と読む、多くの島々; 

  〇棲穩:住み着く; 〇一心:一途に、心をひとつにする。  

<現代語訳> 

 旅に出る素暹(ソセン)法師に贈る 

沖の荒波に洗われる島々、

浜千鳥は一つの島に住み着くことなく、島々に渡り住む。

心変わりし易いからではないか と気掛かりで、

一途の心の信頼に不安を覚えるのである。 

<簡体字およびピンイン> 

   赠素暹法师       Zèng sù xiān fǎshī

冲海啸刷八十岛, Chōng hǎixiào shuā bāchén dǎo,       

栖稳无常滨千鸟。 qī wěn wú cháng bīn qiānniǎo.

只恐可能心易变, Zhǐ kǒng kěnéng xīn yì biàn,  

一心信赖不堪扰。 yī xīn xìnlài bù kān rǎo.   

ooooooooooooo  

 

素暹法師:俗名東胤行(トウノタネユキ、?~?)、東重胤の子。実朝側近の士で、また歌友。出家は、実朝の死後と思われるが、この集編纂の時はすでに出家後であったから、その編纂者の言葉として、“……法師”のような書き方をしたのである。

 

素暹法師は、掲歌への返歌として次の歌を贈っている。此処では、“住みこし浦”を実朝に譬えているのでしょう。両歌とも定家所伝本にはない。

 

浜千鳥 八十島かけて 通うとも、

  住みこし浦を いかが忘れむ 

     (柳営亜槐本・金槐集 雑・608; 続拾遺集 羇旅・712)  

 (大意) 浜千鳥は、島々を飛び回っていたとしても これまで住んでいた浦(港)をどうして忘れることがありましょうか。 

 

東胤行は、承久の乱での功で,下総(シモウサ)東荘(トウノショウ)(千葉県)の領主から美濃 (岐阜県)郡上(グジョウ)郡山田荘の地頭となる。藤原為家(タメイエ)に和歌を学び,その娘婿となり,二条流の歌人として知られた。勅撰集に22首入集されている と。

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閑話休題339 飛蓬-192  冬3首-1 鎌倉右大臣 源実朝

2023-06-15 15:47:40 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzz -1 

 

秋が去り、冬の訪れである。この時代、季節の移り変わりを実感するのは、まず目にする景色の変化でしょうか。一面に錦模様の彩をなしていた山々で、木の葉が散り、寂しげな景に変貌していきます。

 

oooooooooo 

  詞書] 十月(カミナヅキ)一日(ツイタチ)よめる 

秋はいぬ 風に木の葉は 散りはてて

  山さびしかる 冬は来にけり (金槐集 冬・275;続古今集 545)   

 (大意) 秋は去ってしまった。風に木の葉は散り尽くし、山が寂しい様子を

  表す冬がやって来たのだ。  

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

  孟冬情味   孟冬の情味     [上平声四支韻]

過秋草木衰, 秋は過(サ)りて 草木 衰え,

風刮落葉枝。 風 刮(フイ)て 葉落とす枝。

千里山清寂, 千里 山清寂(セイジャク)にして,

顕然迎冷时。 顕然(ケンゼン)たり 冷時に入る。

 註] ○情味:情緒、興趣; 〇清寂:ひんやりとして静寂な様子; 〇顕

  然:明らかに、はっきりと。  

<現代語訳> 

 初冬の情緒 

秋の季節が遷り替わり 草木が萎れてきた、

風が吹いて 葉を落とした枝。

千里四方 山はひんやりとして寂しい様子である、

明らかに冬の寒い季節となっているのだ。

<簡体字およびピンイン> 

 孟冬情味   Mèng dōng qíng wèi 

过秋草木衰, Guò qiū cǎomù shuāi,    

风刮落叶枝。 fēng guā luò yè zhī.  

千里山清寂, Qiān lǐ shān qīngjì, 

显然迎冷时。 xiǎnrán yíng lěng shí

ooooooooo 

 

実朝の歌は、曾祢好忠(ソネノヨシタダ)(後注)の次の歌を参考にした本歌取りの歌とされています。この歌で詠われているように、冬の訪れとともに木の葉が散りはてるばかりでなく、生き物の活動も衰え、虫の鳴く音も弱っていくよ と。

 

人はこず 風に木の葉は 散りはてゝ 

  夜な夜な虫は 声よわるなり (曾祢好忠 新古今集 秋・535)  

 (大意) 待ち人の訪れはなく 木の葉は風に散りはてゝ 夜ごとに虫の鳴く音も

  弱まっていく。  

 

[注] 曾祢好忠は、生没年不詳で、平安中期、第65代花山帝(在位984~986)の頃の歌人で、中古三十六歌仙の一人である。また百人一首(46番)歌人でもある(閑話休題-182、および『こころの詩(ウタ) 漢詩で詠む百人一首』)。

 

曾祢好忠の歌風は、自由奔放、題材・用語・表現すべてにわたって自由清新な革新歌人で、藤原俊成ほか、後世に大きな影響を与えた歌人として評価されている。“百人一首”の原型“百首歌”の創始者とされている。

 

zzzzzzzzzzzzz -2 

 

彦星と織姫が天の川の両岸に佇んで逢うのに難渋しているところに、鵲(カササギ)が羽を広げて繋がり橋を作ってやり、両者目出度く逢瀬を果すことができたという 鵲橋のお話である。通常、これは陰暦7月7日の夜‐七夕の出来事とされる。

 

澄み渡った冬空に、月が冴え冴えとしているのは、鵲橋に降りた霜に起因するのであろう と。

 

oooooooooo   

  [詞書] 月影霜に似たりといふことを 

月影の 白きをみれば 鵲の 

  わたせる橋に 霜やおきけむ   (金槐集 冬・290) 

 (大意) 月が白くさえているのは あの天上に鵲が渡した橋に霜を置いてい

  るからであろう。  

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

 冬天銀漢    冬天の銀漢    [下平声七陽韻]  

煌煌冬銀漢   煌煌(コウコウ)たり冬の銀漢(ギンカン)、 

奕奕鵲成梁。 奕奕(エキエキ)たる鵲(カササギ) 梁(ハシ)を成(ナ)す。 

月影一明浄, 月影 一(イツ)に明浄(メイジョウ)たり, 

是因橋上霜。 是(コ)れ橋上の霜に因るならん。 

 註] ○煌煌:光り輝くさま; 〇銀漢:銀河; 〇奕奕:非常に美しいさま; 

  〇梁:橋; 〇明浄:澄み切って、明るくきれいである。  

<現代語訳> 

 冬空の銀河 

天上に光り輝いている冬銀河、 

美しい鵲が羽を広げて橋をなす。

月光はなんと冴えわたっていることか、 

それは鵲橋に置いた霜のせいなのであるよ。

<簡体字およびピンイン> 

 冬天银汉     Dōng tiān yínhàn  

煌煌冬银汉, Huáng huáng dōng yínhàn,  

奕奕鹊成梁。 yì yì què chéng liáng

月影一明净, Yuè yǐng yī míngjìng,  

是因桥上霜。 shì yīn qiáo shàng shuāng.  

oooooooooo  

 

実朝の歌は、次の2首の本歌取りの歌であるとされている。

 

秋の霜 白きをみれば かささぎの 

  渡せる橋に 月のさやける 

     (後鳥羽院御集、建仁元年十一月俊成九十賀御屏風歌)

 (大意) 鵲橋に降りた霜の白い所を見るに、その白さゆえに月が冴え冴えと

  して明るいのであろう。  

 註] 〇さやける:光が冴えて明るい。

 

実朝の歌は、「月が冴え冴えとしているのは、鵲橋においた霜が原因」ということを、後鳥羽院と 言い方を変えた歌のようである。但し、前者は“冬空”であり、後者は“秋空”である点 詠んだ時は異なるが、本質的な問題ではないと思える。

 

鵲の 渡せる橋に おく霜の 

  白きを見れば 夜ぞふけにける  

 (大意) (鵲橋伝説を想像しながら) 目の前にある玉階に霜が降りて、星明かり 

  に映えている、その白さを見ると すっかり夜が更けているのだ。 

 

家持(718?~785)は、『万葉集』の編纂に関わったとされる“万葉歌人”である。しかし百人一首として撰されたこの歌は、『万葉集』には入っていないことから、家持作には疑問符がついているようである。

 

zzzzzzzzzzzzz -3 

 

実朝は、千鳥の歌を多く作っており、冬の海で鳴く千鳥がよく詠われている。千鳥は、万葉の頃から人々に親しまれ、歌に詠まれてきている。多数群れをなしており、海辺や川辺で小動物を捕食している。日本で繁殖する種類もあるが、多くは渡り鳥である と。

 

冬に日本にいる種は少ないが、俳句では千鳥は冬の季語であり、また和歌でも冬の情景でよく詠われる。掲歌では、寒空の下、妹が島・形見の浦で千鳥の鳴く情景を淡々と詠っています。この歌は、純な叙景歌のようで、この情景に対する作者の想いは語られていない。

 

oooooooooo   

  詞書] 寒夜の千鳥

風寒み 夜の更けゆけば 妹が島 

  形見の浦に 千鳥なくなり  (金槐集 冬・298; 新勅撰集 冬・408)

   (大意) 風が寒くなって夜が更けて来ると ここ妹が島の形見の浦に千鳥の鳴

  く声が霧に響くことだ。  

  註] 〇風寒み:風寒くして; 〇妹が島・形見の浦:紀伊の国にある。万

   葉集巻七に所出の地名。 

xxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

  寒夜鴴        寒夜の鴴(チドリ)    [上平声十四寒韻]

風寒天一端, 風寒し 天の一端,

夜更思渺漫。 夜更けて 思い渺漫(ビョウマン)たり。

妹島形見浦, 妹島(イモガシマ) 形見(カタミ)の浦,

默聞鴴叫闌。 默(モク)して聞く 鴴の叫(ナ)くこと闌(タケナワ)なるを。

 註] 〇渺漫:果てしなく広がっているさま; 〇妹が島・形見の裏:紀伊の

  国(現和歌山県)の地名。  

<現代語訳 > 

 寒夜の千鳥 

風寒い夜、天の一端を眺めやる、

夜更けて 思いは定まらない。

妹が島 形見の浦にあって、

耳を澄ますと 千鳥の鳴く声が聞こえてきた。 

<簡体字およびピンイン> 

 寒夜鸻       Hán yè héng 

风寒天一端, Fēng hán tiān yī duān 

夜更思渺漫。 yè gèng sī miǎo mán. 

妹岛形见浦, Mèi dǎo xíng jiàn pǔ, 

默闻鸻叫阑。 mò wén héng jiào lán.

ooooooooo 

 

掲歌の“妹が島・形見の浦”および“千鳥なくなり”に関わる参考歌とされる歌として次の2首が挙げられている。

 

藻(モ)刈り舟 沖漕ぎ来(ク)らし 妹(イモ)が島 

  形見(カタミ)の浦に 鶴(タヅ)翔(カケ)る見ゆ  

       (作者不詳 万葉集 巻七、一一九九) 

 (大意) 藻(モ)を刈る舟が沖から近づいてくるらしい。妹が島の形見の浦の辺 

  りを鶴が飛び翔っているのが見える。  

  註] 〇藻刈舟:藻を刈るのに用いる小舟。 

 

うば玉の 夜のふけ行けば 楸(ヒサギ)生ふる 

  清き河原に 千鳥なくなり 

      (山部赤人 万葉集 3914; 新古今集 巻六 冬・641)  

 (大意) 夜が更けてゆくにつれ、ヒサギの生える清らかな川原で千鳥がしき

  りに鳴いている。  

  註] 〇うば玉の:枕詞で、“烏羽玉”が黒いところから「黒」「闇 」「夜」

    「夢」などにかかる; 〇楸:キササゲまたはアカメガシワとされるが未詳。  

 

妹が島・形見の浦について: 

地図を開き、大阪湾の太平洋への出入り口を見ると、友が島水道を挟んで、和歌山と淡路島が嘴を突き合せた箇所がある。和歌山・加太(万葉時代の賀太)の港から望むと、幾つか(実は4島であると)連なって見える島が友ケ島である。

 

歌に詠われる“妹が島”とは、友が島を指し、また“形見の浦”は“妹が島”にあるいずれかの浦(港、入江)を指していると思われます。

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