愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 6 杜牧(3)

2015-04-28 13:52:06 | 健康
杜牧の詩に戻って、作者杜牧が全山色づいた紅葉を愛でている情景・状況を想像してみたいと思います。

まず杜牧(1)で挙げた詩の第1句、『新漢詩紀行ガイド』で、“晩秋の山歩き。山道をのぼる作者の行く手に、別世界が開けます”との解説があることから、石川忠久師は、明らかに作者が山道を登って行っている様子を想像されております。しかし同詩の転句で、“車をとどめて……”とある。もしも作者が山道を登っていっているとすれば、作者は、“どこか他所に車をとどめて歩いて登って”いるか、または“車に乗ったまま登っていて、途中で車をとどめている”かのいずれかでしょうか。

この状況を、宇野直人・江原正士師は、『漢詩を読む』の中で、“彼(杜牧)は官僚ですので、歩いているのではなく、人が押す手押し車に乗っているようです”と解説しております。確かに地方役人とはいえ、官僚としてかなりの権力を持っているであろうから、屈強な下っ端役人に手押し車を押させていることは考えられないことではないでしょう。

ところで、作者が登っていると想像している場所は、第1句にあるように“山の斜面にある細くて狭い、曲がりくねった、石ころだらけの道”です。先に杜牧(2)で示した箕面の山中の小道と大同小異な状況ではないでしょうか。また作者は官僚であることから、それなりに正装していると考えられます。晩唐ともなると、官僚は体を鍛錬することもないでしょうから、正装した状態で山道を‘遠く白雲生ずるところ’まで登る程に体力が十分にあるとは思えません。さらに当時手押し車があったかどうかの論は別にして、このような山の石ころ小道を手押し車で登って行くのはかなり難儀なことではないでしょうか。

筆者がこれまでに目にした漢詩に関する書物ではすべて、とは言っても数種の書物に過ぎませんが、作者の杜牧が、山中の小道を登って行きながら車をとどめて紅葉を愛でている、とする内容になっています。しかしその情景は、上述のように、筆者にとって不自然に思えてなりません。詩意を損なわずに、美しい自然な絵として“山行”を想像することはできないものでしょうか。
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閑話休題 5 漢詩を読む 杜牧 (2)

2015-04-23 17:15:36 | 健康
時節外れの話題で恐縮ですが、昨年11月初旬、箕面公園で紅葉狩りを楽しみました。やや早めで、七部くらいの紅葉でしたが、満足のいく紅葉狩り日和でした(写真1)。その際に頭に浮かんだのが、杜牧の“山行”の結句、「霜葉は二月の花よりも紅なり」でした。

写真1

‘箕面の滝’を目標にこれまでにも何度か訪ねたことはありましたが、すべて箕面川に沿った車道を上ったものでした。今回、箕面に詳しい仲間の案内で、途中横道に入り、山の中腹を通る山道に沿って滝を目指しました(写真2)。上り下りが多く、また細く曲がりくねった山の道で、足場は岩の一部が飛び出していてデコボコ、坂道ではむしろ階段の踏み段の役目を果たしていた。谷の向こうの山の斜面には木々の間から色づき始めた楓が映えている。また道端で樹齢何百年とも思える、2mは優に超す幹周の楓の巨木も目に留まる(写真3)。

写真 2

写真 3

いよいよ滝に至る。人、人、人、….(写真4)。途中の山道では、三々五々、人の群れはむしろ疎らでさほど混雑することはなかったが(写真2)。滝の側には頼山陽の漢詩を刻んだ石碑があり、その前に頼山陽作の七言絶句を記した看板が立っている。頼山陽は、今から180年くらい前に老母を伴って箕面の滝を訪れた由である。

写真 4

駅前の登山道の入り口から中腹辺りまで、道の両側にはお土産店が並んでいる。箕面特産‘銀寄栗’の焼き栗や楓の葉に衣を着せて油で揚げた‘もみじ天ぷら’等など、山道で汗を流した後の一服には答えられない味でした。特に紅葉の頃の箕面は絶好の観光スポットと言えるでしょう。
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閑話休題 4 漢詩を読む 杜牧 (1)

2015-04-21 14:18:08 | 健康
今回は、時節は違いますが、杜牧の有名な詩の一つ「山行」を読みます。

  山行        山(さん)行(こう)
遠上寒山石径斜   遠(とお)く寒山(かんざん)に上(のぼ)れば 石径(せっけい)斜(なな)めなり
白雲生処有人家   白雲(はくうん)生(しょう)ずる処(ところ) 人家(じんか)有(あ)り
停車坐愛楓林晩   車(くるま)を停(とど)めて坐(そぞ)ろに愛す 楓(ふう)林(りん)の晩(くれ)
霜葉紅於二月花   霜(そう)葉(よう)は二月の花よりも紅(くれない)なり

 現代訳
  遠くもの寂しい山に登っていくと、石の小道が斜めに続く。
  その上の、はるかに白雲が湧き上がるところに人家が見える。
  車を止めて、夕暮れの楓の林をしみじみと眺めた。
  霜にうたれて紅葉した楓の葉は、
    春の盛り咲く花よりもいっそう艶やかに赤く色づいている。

      石川忠久 監修 NHK『新漢詩紀行 ガイド』(2010)より引用

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閑話休題-3 漢詩を読む 蘇東坡(3)

2015-04-17 18:28:48 | 健康
“峰”と“嶺”について。白川静博士の著書『字統』(平凡社、2004)に当たってみました。

同著書に拠ると “峰”の項では、[“夆”は木の秀つ枝(ほつえ、上枝)に心霊の降る形。鉾杉などの上に神が降るとされていたのであろう。そのような木のある山を“峰”という。]  “嶺”の字中にある[“領”はえりくび、またはかたそば]を意味し、“嶺”は、 [「山道なり」、「山の肩領・道路を通すべき者」]とある。さらに[山頂を“峰”・頂というに対して、連峰を“嶺”という]とある。なお、上の記載は、白川静著書の記載通りではなく、筆者の理解の程度に従って現代風に書き換えてあります。

蘇東坡の詩に戻って、第一句の“嶺”についての石川忠久師および宇野直人・江原正士 師の解釈、すなわち‘峠道’および‘連峰’は、読む人が主眼をどこに置くかによる違いであることが判りました。しかし筆者は廬山の絵姿を想像したとき、‘連峰’と解釈した方が‘形’がしっくりするように思います。

この字句の解釈問答は、ある意味、枝葉末節の類でしょうか。詩の作者が主張したかったことは、第三、四句にあるのでしょう。第三、四句の解釈の敷衍の行く先もまた読む人の心の在りようによって異なることは明らかでしょう。
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閑話休題-2 蘇東坡-(2)

2015-04-14 17:55:43 | 健康
最近、中国の有識者の間で中国語の簡体字では「愛には心がない、親に会えない」から繁体字を復活させようという提案があったというニュース記事を読んだ。

われわれが日常用いている“愛”の漢字(中国語での繁体字でもある)には、文字の中央に“心”という字が隠れています。しかし簡体字の“中央の心の字を除いた字”ではその“心”の文字が取り除かれています。また同様に“親”の簡体字は“見の字を除いた立木”であり、中国語で“会う”を意味する“見”が取り除かれています。すなわち「愛には心がない、親に会えない」ということになります。

漢字はその成り立ちから一文字一文字にある意味が込められているようです。この観点からして、漢詩を簡体字に置き換えて書いたときどうも見た目にもしっくり行かないばかりか、最少の字数で多くを語ろうとする詩にあっては、漢字自体の秘めた意味を失えば、作者の意図が読者に十分に伝わらないのではなかろうか とも思う。

ところで、先に蘇東坡-1で挙げた詩の第一句目の“嶺”と“峰”の文字について。国語辞典を見ると、“嶺”の項ではいわゆる“みね”の他“山なみ”という意味が記載されていて“連峰”の意味があり、一方、“峰”には“山の頂”を意味する表現しかない。これらを念頭に第一句を読むと、“横に看れば嶺と成り側には峰と成る”は、“(廬山全体を)横で(遠く離れて)見れば(峰々が連なった)嶺であり、側に(近づいていけば)そゝり立った(ひとつの)峰となる”。このような情景が想像されます。第2句の“遠近…云々”が活きてくるように
に思われます。

ちなみに、宇野直人・江原正士著『漢詩を読む』(平凡社)では、同第1句を“横にずっと見渡せば、廬山は連峰である。また側に立って見上げれば、高くそびえる峰である」と解釈している。

漢詩を解釈するとき、読み下しで“てにをは”の助詞を変えるだけで異なる解釈となり、また想像の主眼をどこに置くかによっても異なった表現となる。上の二人の専門家でも一見字面では異なった解釈となっているように見える。漢詩には、時、情況等、作者の意図はさておいて、素人は素人なりに想像の世界に遊ぶことができる というのも“漢詩を読む”愉しみの一つであるように思われる。大家白川静が解き明かした漢字の本来の意味を参考にするなら、さらに味わいが深まるでしょうが、未だ“嶺”と“峰”については調べていない。

注)簡体字は”?”に化けるので文で表現した。
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