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閑話休題31 漢詩を読む ドラマの中の漢詩17 『宮廷女官―若曦』-5

2017-02-24 11:52:30 | 漢詩を読む
若曦が、タイムスリップした状態から現代に戻りたい心情をたとえて、「夢に迷い込んでしまった人が、現実に戻りたいともがいているのに、目が覚めないでいるのです」と悩みを打ち明けたのに対して、第四皇子は謎めいた文句を言った。

「簡単だよ! “これを来せば、これを安んず”、“木は強ければ折れる”」と言い、若曦が解しかねていると、「“馬の耳に念仏”か」と捨てセリフを残して去って行った。これらの文句の表向きの意味と、ドラマ展開におけるその意義について考えてみます。

若曦が“夢から現実に戻る”処方箋として、第四皇子は“これを来せば、”と言う。そのこころは?

中々理解に苦しむ文句です。試みに、『論語』“季氏十六”の論点を、若曦の問題に当てはめて言い換え、‘超’翻訳するならば、下の表のようになります。なお、1および2行については、先の<閑話休題28>では引用しませんでしたが、“季氏十六”中の、次の記載に依っています。

孔子の弟子・冉有(ゼンユウ)が、季孫氏に顓臾(センユ)討伐を止めるよう諫めたのに対して、季氏は、「現在、かの顓臾の国は、要害堅固、我が領地の近くにあります。今攻め取らなければ、のちのち必ず子孫の悩みの種となります」と主張した。そこで冉有は、孔子に相談に行った次第です。

『論語』                 ‘超’翻訳
後々に問題を残さぬよう      性急に、
武力をもって             無理やり、強引に、
顓臾(センユ)を討つのではなく   夢を覚まそうともがくのではなく、
文徳をおさめて           迷い込んだ夢をよくよく考えて、
敵を招きよせた ならば      夢の迷路に得心がいった ならば、
  (=これを来せば)          
安定する               疾駆する馬の前に立つような命懸けを図ることもない。
 (=これを安んず)

一種の‘お遊び’ですが、案外ピタリと収まっているように思われます、如何でしょう?要するに、第四皇子の言わんとすることは、「時が解決するよ!無理に夢を覚ますことはない!夢は夢なりに、夢中で置かれた環境、その時を安寧に過ごすよう心がけよ」 ということではないでしょうか。

若曦が納得しかねている様子なので、重ねて忠告をします、『老子』の文句、“木は強ければ折れる”と。「硬い木の枝は、折れやすいのです。“夢から覚め、早く現実に戻りたい”と頑なに考えることはよしなさい。考え事も柔軟に勝ることはないよ」 と。

更に言えば、「いかなる悩みかは知らないが、いま置かれている環境に適応して、生きていきなさい。頑なに現実に背を向けることのないように」 と諭しているように思われます。しかし、いかな歴史好きの若曦とは言え、『論語』・『老子』の片言隻語には理解が及ばなかったようです。

ついに、第四皇子は、「“馬の耳に念仏(邦訳字幕)”か」という捨てセリフを残して立ち去ります。実際の第四皇子のセリフでは、やや聞き取り難いが、“对牛弹琴(Duìniútánqín)”と言っています。いずれにせよ、前回見たように両句の意味は同じです。「わかっちゃいないな!」ということでしょうか。

さて、問題は、なぜ他の皇子たちではなく、第四皇子にこのような孔子・『老子』の難解な文句を言わせているのであろうか?ドラマの原作者を含め、スタッフの深い思いが隠されているように思われてなりません。

若曦は、第八皇子の側室・若蘭の館に寄宿しています。第八皇子と会話を交わす機会は比較的に多く、第八皇子の心優しい、紳士的な対応に心惹かれていきます。しかし心の内では、“第八皇子は終には獄に繋がれて、獄死する運命にある”と、自らに水を差すような思いに囚われるのです。

第八皇子が“獄死する”ことは、歴史的事実のようです。21世紀の現代に生きた、歴史好きな若曦にとっては、清時代の皇子たちの先行きはお見通しなのです。第四皇子の運命も当然熟知しています。すなわち、第四皇子は、清の第5代皇帝・雍正帝(在位1722~1735)となる人物です。

以前に触れたように、孔子・『老子』ともに、春秋戦国時代に政治に関わる論を展開し、両者の統治思想は、後々中国の政治に計り知れない影響を与えています。その内容の詳細は、筆者のよく解説するところではありませんが、まったく対照的な発想・展開である点は明らかなようです。

皇子の立場にあって将来を見据えるならば、国の統治のあり方、政治論について古の書籍を紐解くのは自然な態度と言えるでしょう。すなわち、孔子・『老子』の文句を発したことは、第四皇子が、次代の帝位を胸の内に秘めて、それらの書物を読破していることを暗示しているのです。

スタッフの深い思いとは、ドラマを進めるにあたって、第四皇子の立場、つまり次代の帝位につくべき人物であることを暗示することにあったのではないでしょうか。そこまで思いを巡らすと、第四皇子が示す目線の高さ、慎重な言動、事が起こりそうなときの的確な調停、等々、納得がいくようです。

随分、足踏みしたようです。次回は先に進みます。
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閑話休題30 漢詩を読む ドラマの中の漢詩16 『宮廷女官―若曦』-4

2017-02-17 12:37:37 | 漢詩を読む
第四皇子の最後のセリフ:「馬の耳に念仏」(邦語字幕による)について考えていきます。“馬の耳”に関する表現では、よく使われる術語として「馬耳東風」もあります。しかし両者はちょっとニューアンスが異なるように思われます。その辺を見ていきます。

似たような意味で、日本で使われている術語に「牛に対して琴を弾く」があるが、これは中国の「対牛弾琴(duì niú dànqín)」の邦訳と考えてよいでしょう。この四字術語は、いわゆる故事成語として、その由来となる立派なお話があります。その故事を簡単に紹介します。

中国は戦国時代、公明儀という七絃琴の名手がいた。通常は室内で演奏しているが、天気の良い日には、よく郊外に出て青草の原っぱで演奏することを楽しみにしていた。春風がそよそよと吹いて、柳の枝が軽く揺らいでいるある春の日、悠々と草を食んでいる一頭のウシが目に止まった。

公明儀は、興味が湧いて、ウシに琴を弾いて聴かそうと、雅やかで上品な曲を演奏した。ウシは全く無関心な様子。それでは、と自分の最も得意とするおハコの曲を演奏した。だがウシはシッポを振り、アブを追いながら、悠々と草を食み、終には立ち去り、場所を変えて草を食みだした。

公明儀は、失望し、嘆息した。周りの人々は、「あなたの演奏がよくなかったのではなく、ウシの耳には合わなかったのだ」と言って慰めてあげた と。

似たような意味の術語で各種の家畜動物が登場します。「牛に経文」、「豚に真珠/念仏」、「犬に論語/経」、「猫に小判/経/念仏」 等々。これらはいずれも「対牛弾琴」をヒントに日本で生まれたのではないでしょうか。昔の日本人の“落語”的発想で生み出された遊び心の表れでしょう。

次に、「馬耳東風」に触れますが、それは唐の時代の詩人李白の詩が出典です。その詩は末尾に挙げたが、50句からなる長編であるため、本題に関連のありそうな数句を抜粋し、その他の句の部分は概要を示すに留めた。百度百科の解釈を参考にした読み下し及び現代語訳も示しました。

李白についてはすでに触れた(2016.11.23、閑話休題22参照)が、彼がまだ玄宗皇帝の下で“翰林供奉”として宮仕えしていた頃の話です。王十二という友人から「寒夜独酌有懐」と題する一首の詩を贈られた。宮廷では高力士など宦官が幅を利かしていた頃です。

王十二については、その生没年を含めて人物やこの詩の内容について詳細は不明である。想像されることは、周りに受け入れられず、鬱積する心を抱えて、不遇を李白に訴えていたのでしょう。それに対する答えとして作られたのが「答王十二寒夜独酌有懐」です。

王十二は、ある寒い夜、酒を酌みながら李白を思い出し、想いの内を詩にして李白に訴えた。詩中、子猷が雪後の寒夜、酒を酌みながら友人の戴安道を思い出して、舟を出して戴を訪ねようとしたこととちょうど重なります。

世間では学識のない俗物が出世して、真の賢才には陽の目が当たらない。我々がいかに詩や賦の傑作を作ろうと連中にはその良さは理解されないのだ。吟じて聞かせても、そっぽを向いて、聞こうともせず “馬耳東風”なのだ。

富貴・豪奢な暮らしなど、見栄であり、われわれ詩人にとっては元より願いではないのだ。わたしは青年のころより、越王に仕えて功なった後、直ちに身を引いた范蠡の生き方に憧れの姿を見ていた。

李白は、この詩の中で、多くの先人たちを例示しながら、自分の当世観を慷慨の口調で語りつつ、君のような優れた人物は今の世で入れられないのは当然である。周りの俗物に気を揉むことはないよ と王十二を励ましています。

これら両出典を紐解くと、「馬の耳に念仏」と「馬耳東風」は、ややニューアンスが異なるように思われる。使用に当たっては注意した方がよいのではないでしょうか。

中国の成語「対牛弾琴」から発した「馬の耳に念仏」を始めとする、その他動物に経や、真珠、小判、論語などを対応させた熟語はいずれも、“話し手”が主導的な役割をしていることが判ります。すなわち、聞く側は全く内容が理解できず“愚者”なのである。

一方、「馬耳東風」では、“聞き手”が主導的である。つまり、“馬”で表された“聞き手”は、話し手の言うことを、春風が馬の耳に吹きつけるように、心に留めず、聞き流すことであり、内容を理解しているか否かは問うていません。

以上見てきたように、第四皇子のセリフは、いずれも短いながらかなり意味深な内容のようです。次回はまとめて考えて行きます。

[蛇足]
「馬耳東風」で「牛耳東風」などとしてはいけません。“牛耳”は全く異なる意味を持っています。すなわち“牛耳(ギュウジ)る”とか“牛耳を執る”などと使用されます。いずれも、“団体や組織の中心となって自分の思い通りに事を運ぶ”ことを意味しています。

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答王十二寒夜独酌有懐 王十二の「寒夜独酌して懐う有り」に答う  李白

原文と読み下し
1 昨夜呉中雪,   昨夜 呉中(ゴチュウ)雪あり,
2 子猷佳興発。   子猷(シユウ) 佳(ヨミ)して興(キョウ)を発す。
……
……(省略)
……
15 吟詩作賦北窓裏, 詩を吟じ賦(フ)を作(サク)す北窓(ホクソウ)の裏(ウチ),
16 万言不値一杯水。 万言(マンゲン) 値(アタイ)せず一杯の水。
17 世人聞此皆掉頭、 世人 此を聞くも皆 頭を掉(フ)り、
18 有如東風射馬耳。 東風の馬耳を射(イ)るが如き有り。
……
……(省略)
……

49 少年早欲五湖去、 少年 早(ツト)に五湖を去らんと欲す、
50 見此弥将鐘鼎蔬。 此れを見るに弥(イヨイヨ)将(マサ)に鐘鼎(ショウテイ)と蔬(ソ)とす。

現代語訳
1 昨夜は呉では大雪であった、
2 子猷は雪後の月を称賛せんと興を起こした(註1参照)。
山には雲がめぐり、中天には月が懸かっている。
月は爽やかに、銀河は澄んで見え、金星が輝いている。
……
君は酒を酌みながらわたしを思い出したのであろう。
……
賈昌の如き闘鶏の技に勝れた輩が都大路を鼻高々に闊歩し、
哥舒翰の如きがわずかな功を盾に英雄気取りである、
君はこのような真似ができるか。
15 わたしは北窓に拠って詩を吟じ、賦を作る、
16 それが万言に及ぶ傑作であろうと一杯の水にも値しない。
17 世の人々は、これを聞いても皆 頭を振る、
18 そのさまは馬の耳に一陣の東風が吹くようなものである。
……
(かつて越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の功労者・范蠡(ハンレイ)は、功なるや直ちに五湖の地を離れて何処にか隠居した。)
49 わたしは若い頃、既に同様の志を持っていた。
50 これらを知るにつけ、わたしは富貴・功名から身を遠ざけようと思った。
(功名を盾に富貴・豪奢を誇るのはただの見栄に過ぎないのだ。)

註1] 子猷(338~386):東晋の人、王徽之(オウキシ)の字。風流を好み、特に竹を愛した。書家・王義之の第5子。
[故事] 子猷はかつて会稽の山陰で、ある夜雪がはれて月の色が美しいので、独り月に対して酒を酌み読書をしていた。ふと友人の戴安道(タイアンドウ)が剡渓(センケイ)に居ることを思い出して、ともに月を愛でようと、直ちに舟を命じて剡に赴いた。だが、まさに戴の門前まで来たが、その門を叩かず、舟を引き返した。友人が訝って、その訳を問うと、「元々興に乗じて行ったのであるから、興が尽きれば帰る他ないでしょう」と。戴の門前に至った時には、すでに夜が明けていたのである。
註2] 各句頭の数字は、便宜のため筆者が付したものである。

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閑話休題29 漢詩を読む ドラマの中の漢詩15 『宮廷女官―若曦』-3

2017-02-05 17:25:42 | 漢詩を読む
前回に続いて、第4皇子が若曦に対して言われた文句で、“木は強ければ折れる”について触れます。

この文句の言わんとすることは、おぼろげながら、解るような気がする。‘硬いものは、脆くてポキッと折れ安いものだ’と。この対極の文句に、しなやかで折れにくい代表として柳の枝があり、‘柳に風’という句がある。最近の高層ビルの耐震構造においても、‘しなやかさ’が求められている。

ただ、“木は強ければ折れる”の文句の出典が、約2500年前の書物である『老子』に求められるとなると、其の由来と真意に興味がわきます。

“約2500年前の『老子』”としたが、実は『老子』が著された時期、さらに著者とされている老子についても、生存年代や単一人物かどうかなど不明である。『老子』は今日、上・下二扁で、章立てされていて81章からなる書物となっているようですが、このような整理がいつなされたかも定かではない。

『老子』の内容は、湖南省長沙市にあった前漢時代(BC202-AD8)の墳墓(1973)や湖北省荊門市の戦国時代(BC403~BC221)の墳墓(1993)から、竹簡の形で出土しているようですので、完全な形かどうかは別にして、戦国時代以前にできていたことは確かなようです。

『老子』と聞くと、「道」とか「徳」とか、まず、難解な用語にぶつかり、匙を投げる羽目に陥ります。その用語はさて置き、先達の解説を通して、『老子』の言わんとすることを大雑把に見ておくことが、主題の文句の理解に参考となると思われます。以下は主に、蜂屋邦夫著 『「老子」「荘子」を読む』上(NHKラジオ講座、2010)に依ります。

今日、宇宙科学の世界で宇宙の発生について研究が盛んになされているようですが、『老子』では、今日の宇宙論に匹敵するほどの雄大な発想の世界が繰り広げられているようです。筆者にとっては、今日の宇宙論でさえ難解であるのに、ましてや『老子』の中の論についてをやである。しかし、尻込みしていては先に進まないので、まずは先達の解説を覗いて見ます。

『老子』の論調では、天地万物が生成される前に、混とんとしたカオスの状態があった。このカオスの状態は、音もなく形もなく、捉えどころがないが、何か他の者に依存して存在するのではない。ぐるぐる運動しながら宇宙全体に行き渡っているという。

混沌の運動を通して、例えば、昼夜の交代、四季のめぐりとか、動植物の誕生と死等々、秩序立った天地万物が生み出されていく。その生み出す過程には一定の秩序、根元的な道筋がある、その道筋を仮に「道・どう」と呼びます と。

ちょっと話は横道に逸れます。中国の歴史関連の書物では、人名について、よく “いみな、忌み名、言偏に韋駄天の韋” と “字(あざな)” の両方の記載があります。“いみな”とは、親とか先生など特殊な人だけにしか呼ぶことが許されない“本名”、一方、“字”は、世の中で一般に使われる“仮の名前”ということです。

つまり、‘カオスの状態から、天地が生み出される秩序だった道筋’に対して、仮の名、“字”をつけて「道・どう」と呼ぶことにします と老子は“定義”したということです。そういうことであれば、何も「道」とは?…..云々云々…、と言葉を尽くして理屈をこねずとも、『老子』に入って行けそうです。

ただし、実際は、用語や論の展開の難解さゆえに、その内容の理解は、一筋縄ではいかないようです。後述の」例文をみればご理解いただけるでしょう。『老子』では、さらに論を発展させて、政治論、あるいは人生訓などが提示されていくことになります。『老子』の詳細は、その道の書物に譲ります。

前回挙げた孔子の「道」では、実践道徳を解き、国家の行事、身分制度や個人の礼儀作法とか、非常に人間的な実社会での行為の規律などが論じられています。一方、『老子』の「道」は、宇宙規模の展開をする雄大な思想です。両者の「道」は非常に対照的です。

『老子』の「道」は、後年、「道教」として人々の信仰の基盤ともなっていきます。ただ、著者とされる老子は神格化されていきますが、思想そのものに、“神がお造りになった宇宙”とかいう他者の関与は想定されていないようです。

本稿の主題である“木は強ければ折れる”の文句も、人生訓を述べた一節の中の文句と言えるでしょう。その原文、読み下し及び現代語訳は末尾に挙げました。

主題の理解に関わる範囲で、「道」について、筆者の理解を記すことにします。万物は生まれ、やがて死を迎える。その過程は、必然的なある根元的な秩序のある筋道・「道」に沿って進んでいる。それは如何なる無理もなく、自然に、しなやかに、しかし着実に進んでおり、そのありさまを「柔弱」と呼ぶ と。

そこで『老子』では、“柔らかく弱いものこそ良い”として尊重している。その最たるものは“水”であり、その思想を表す文句として“上善水のごとし”が有名である。その思想をさらに発展させて、人の生きざまにおいても、柔は剛に勝るとする人生訓が生まれてきた。

“木は強ければ折れる”も人生訓の一つであり、その直接的な意味は、改めて解説することもなく、末尾に挙げた引用文の現代語訳に尽きるでしょう。

敢えて付け加えるとすれば、頭の働きも堅い状態は好ましくない、やはり柔軟性を保つことが重要であるという訓(オシエ)も含んでいるのではないでしょうか。心したい点です。

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『老子』第七十六章
原文
人之生也柔弱、其死也堅強。 
萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。
故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。
是以兵強則不勝、木強則折。
強大処下、柔弱処上。

読み下し
人の生(イ)くるや柔弱、その死するや堅強なり。
萬物草木の生くるや柔脆(ジュウゼイ)、その死するや枯槁(ココウ)なり。
故に堅強なる者は死の徒(ト)にして、柔弱なる者は生の徒なり。
これを以て兵強ければ則(スナ)わち勝たず、木強ければ則わち折(オ)る。
強大なるは下に処(オ)り、柔弱なるは上に処る。
注)枯槁:草木が枯れること。槁も枯れる意。

現代語訳
人は活きている間は弱よわしく柔らかいが、死ぬと堅く強張(コワバ)ってしまう。
万物草木も生きている間は柔らかく脆弱に見えるが、枯れると堅くなる。
つまり硬く強張っている方は死の‘やから’であり、柔らかいのは生の仲間である。
したがって兵は強さだけでは勝てず、木の枝は柔軟性がなければすぐ折れる。
このように弱く柔らかいものこそ、強く硬いものの上位にあるのだ。
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