愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題359 金槐和歌集  秋3首-3 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-24 09:59:45 | 漢詩を読む

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遥かに見渡す大海原を爽やかな秋風が吹きぬけていき、雁の群れが南に向かっている。これは実景である。翼の波に秋風が吹き付け、雁行は秋風に乗り順調に進んでいる。恐らく実朝にとっては、今年の初雁に違いなく、明るく心楽しい情景である。

 

ooooooooooooo 

  [詞書] 海のほとりを過ぐるとてよめる  

わたのはら 八重のしほぢに とぶ雁の 

  翅(ツバサ)のなみに秋風ぞ吹く  

     (『金槐集』 秋・222; 『新勅撰集』 秋・319〕  

  (大意) 大海原のその限りなく、幾重にも重なる波の塩路を 雁が列をなして

  飛んで行く。その雁の翼の波に秋風が吹きつけている。 

  註] ○翅のなみ:つばさの動くのを波に見立てている。

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<漢詩> 

 海上雁行     海上の雁行    [下平声八庚韻]

汪洋大海亮晶晶, 汪洋(オウヨウ)たる大海 亮(リョウ)として晶晶(ショウショウ)たり,

重畳無垠潮路平。 重畳し無垠(ムギン)の潮路 平なり。

南去雁行風籟爽, 南に去(イ)く雁行(ガンコウ) 風籟(フウライ)爽(サワ)やかに,

秋風吹打翼波亨。 秋風吹打(フキツ)ける翼の波 亨(トオ)る。

 註] ○雁行:飛行する雁の行列、順序良く整然と並んださま; ○汪洋:(水

  の) 広々としたさま; 〇亮:明るい、光る; 〇晶晶:明るくきらめく

  さま; ○無垠:果てのない; 〇籟:風、川、鳥などの自然界の音; 

  〇亨:順調にいく。 

<現代語訳> 

  海上に帰雁を見る

洋洋たる大海 浪の華がきらきらと輝いている、

幾重にも重なる無限の波の潮路、海面は穏やかに広がっている。

南に向かう列を成した雁の群れを遥かに見て 風音が爽やか、

その秋風が雁の翼の波に吹き付け 雁行は順調に進む。 

<簡体字およびピンイン> 

  海上雁行    Hǎishàng yàn xíng 

汪洋大海亮晶晶, Wāng yáng dà hǎi liàng jīng jīng

重叠无垠潮路平。 Chóng dié wú yín cháolù píng.    

南去雁行风籁爽, Nán qù yàn xíng fēng lài shuǎng,    

秋风吹打翼波亨。 Qiū fēng chuīdǎ yì bō hēng

ooooooooooooo  

 

実朝の掲歌の本歌として次の歌が挙げられている。

 

吹きまよふ 雲井をわたる 初雁の  

  つばさにならす 四方の秋風  

    (藤原俊成女* 『新古今集』 巻五秋下・505)  

 (大意) 当てもなく吹く秋風に雲間を渡っていく初雁が 四方から吹き

  付ける風に翼を馴らしつゝ、飛んで行く。   

  *藤原俊成女(フジワラトシナリノムスメ、1171?~1251?):藤原俊成の孫で、

  後鳥羽院歌壇において活躍した新古今時代を代表する女流歌人。 

  

 

zzzzzzzzzzzzz -2  

 

青空の下、見渡す限り際限ない潮路、青い空と蒼い海が広がり、その境も定かではない。吸い込まれていくような、空虚な世界でしょうか。秋の夕暮れ時、心も折れる、寂しさを催す情景である と。

 

oooooooooo

  [詞書] 海のほとりをすぐるとて 

ながめやる 心もたえぬ わたのはら 

   八重のしほじの 秋の夕暮れ (『金槐集』 秋・223; 『新後撰集』 291)

 (大意) 大海原の、その限りない潮の流れを眺めているうちに 耐えがたい 

  寂しさを感じた秋の夕暮である。  

  註] 〇わたのはら:広い海; 〇八重のしほじ:非常に長い海路。

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<漢詩> 

 秋天晚憂鬱   秋天晚の憂鬱   [上声十三阮韻]

大海茫茫穩, 大海 茫茫(ボウボウ)として穩(オダヤ)かに, 

潮路無際遠。 潮路(シオジ) 際限無く遠し。 

碧空遙望尽, 碧空(ヘキクウ) 遙かに望んで尽き, 

寂寞秋天晚。 寂寞(セキバク)たり秋天の晚(クレ)。 

 註] 〇茫茫:果てしないさま。

<現代語訳> 

 秋の夕暮れの憂鬱 

大海原は広々として穏やか、

潮路は際限なくはるかに遠い。

蒼空は遥かに望む所まで広がり、

寂しさを覚える秋の夕暮れである。

<簡体字およびピンイン> 

 秋天晚忧愁  Qiūtiān wǎn yōuyù 

大海茫茫稳, Dà hǎi máng máng wěn,

潮路无际远。 cháo lù wújì yuǎn.

碧空遥望尽, Bìkōng yáowàng jǐn, 

寂寞秋天晚。 jìmò qiū tiān wǎn

ooooooooo

 

青い大空、蒼い海原の際限なく拡がる空間に吸い込まれていくような思いをさせる歌である。

 

実朝の掲歌の本歌であろうと 次の歌が挙げられている。勅撰集や類書のみならず、私歌集にも目を通していることが窺い知れて、驚きである。

 

山里に すみぬべしやと ならはせる

  心もたへぬ 秋の夕暮 (平忠度 『忠度集』)  

 (大意) 山里に住むべきではないかと、思いをさせる 堪えがたい秋の夕暮

  れである。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -3  

 

“矢野の神山”の晩秋の情景を詠った歌である。但し、いわゆる“歌枕”として “矢野の神山”が詠い込まれているが、その場所は不明である。元より実朝の実体験の歌ではなく、万葉集の歌の“本歌取り”の歌である事に由来している。

 

ooooooooo 

  [詞書] 秋の末に詠める 

雁鳴きて 寒き朝明(アサケ)の 露霜に 

  矢野の神山 色づきにけり  

       (金槐集 秋・261; 新勅撰集 秋下・337)

 (大意) 雁が鳴いて 秋の深まりを知らせる今朝の寒い明け方に 降りた 

  露や霜で ここ矢野の神山は紅葉したことだ。  

  註] ○露霜:晩秋の露; 〇矢野の神山:在所不祥、諸国に同名がある。 

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<漢詩> 

  晚秋情景     晚秋の情景      [上平声一東韻]

雁鳴秋色老, 雁鳴いて 秋色老い,

拂曉冷気籠。 拂曉(フツギョウ) 冷気籠(コ)む。

矢野神山景, 矢野の神山の景,

露霜促変紅。 露と霜 木の葉の紅に変ずるを促(ウナガ)す。 

  註 〇老:深まる; 〇拂曉:明け方。

<現代語訳> 

  晩秋の情景 

南への帰雁の鳴き声が聞こえて、秋が深まってきた、

明け方には冷気を感じるこの頃である。

矢野の神山の景色は、

降りた露霜により紅葉(コウヨウ)しだしたようだ。

<簡体字およびピンイン> 

  晚秋情景    Wǎn qiū qíngjǐng

雁鸣秋色老, Yàn míng qiūsè lǎo, 

拂晓冷气笼。 fúxiǎo lěng qì lóng.  

矢野神山景, Shǐyě shénshān jǐng, 

露霜促变红。 lù shuāng cù biàn hóng

ooooooooo

 

 “矢野の神山”について“:王朝和歌においては、見かけない“歌枕”で、『万葉集』に一例しか見えない例であり、それが下に示す柿本人麻呂の歌であるという。「新しい歌枕の発見とその利用という」実朝の学習意欲を表すものと、評価されている(三木麻子『源実朝』)。

 

両歌にある“矢野の神山”は、兵庫県、徳島県等々、諸所に想定される施設があるようである。何れの箇所でも 施設の“由緒書き”に人麻呂の歌を添え、「此処こそは……」と紹介されているが、何処であるかは特定されていない。

 

つまこもる 矢野の神山 露霜に 

  匂ひそめたり 散りまく惜しも (柿本人麻呂  万葉集 巻十・2178) 

  (大意) 妻が籠るという、矢野の神山が露霜に当たってすっかり色づき始めた。

    やがて木々の葉が散りはじめるであろうが惜しいことである。    

    註] ○妻としてこもらせること、妻がいること; 〇にほい:色つや、

     色合い; 〇散ろうとすること。   

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