愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題357 金槐和歌集  雑3首-2 鎌倉右大臣 源実朝

2023-08-17 09:29:58 | 漢詩を読む

 

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20歳代の若き実朝の歌である 実際に詠まれた時の年齢は定かでないが。老いの道を通過中の人の“想い”を代弁している歌で、実朝の胸の内の深さに感服する次第である。老の人として実感する想いであり、漢詩化にも熱が入りました。五言絶句としました。

 

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 [詞書] 老人 歳の暮を憐れむ 

白髪といひ 老いぬるけにや 事しあれば 

  年の早くも 思ほゆるかな (金槐集 雑・581) 

 (大意) 白髪になったことといい、年老いたせいでもあろうか 何か事ある

  につけて 年の早くたつのを覚えることだ。 

  註] 〇老いぬるけにや:老いた故であろう; 〇ことしあれば:事のあれば。

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<漢詩> 

 老書懐    老いて懐(オモイ)を書す   (下平声一先韻) 

星星斑白巔, 星星(セイセイ)として斑白(ハンパク)の巔(イタダキ),

烏兔别急遷。 烏兔(ウト)は 别(ベッ)して急ぎ遷(ウツ)る。

自豈不懷老, 自(オノ)ずから 豈(アニ)老を懷(オモ)わざらんか,

事事亶此然。 事事(コトゴト)に 亶(マコト)に此れ然(シカ)ならん。

 註] 〇星星:白髪が混じるさま; ○斑白:ゴマ塩; 〇巔:頂き、ここで

  は頭; 〇烏兔:カラスとうさぎ、太陽と月の意; 〇事事:何事、

  すべてのこと; 〇亶:まこと、まことに; 〇此:前に述べたこと、 

  ここでは“時の過ぎることがはやい”と思うこと; 〇然:そのとおり 

  である。  

 ※ 承句(第二句)について:中国では、太陽には三本足の“烏(金烏)が棲み、

  月には”兎(玉兎)“が棲むと考えたことから、太陽と月の意。転じて歳月を 

  意味する。  

<現代語訳> 

 老いて懐(オモイ)を書す 

頭部に白髪も増えて来て、 

時の移り変わることが殊の外早く感じられる。 

年老いた故であろうと思うのだが、

何事につけても 事あるごとに 同じ思いに駆られるのである。 

<簡体字およびピンイン>  

 老书怀       Lǎo shū huái 

星星斑白巅, Xīngxīng bān bái diān, 

乌兔别急迁。 wū tù bié jí qiān.   

自岂不怀老, Zì qǐ bù huái lǎo,  

事事亶此然。 shì shì dǎn cǐ rán.  

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これまでにも度々触れてきたように、実朝の作歌の重要な特徴として“本歌取り”技法が挙げられる。掲歌についてはどうであろうか。本稿作成に当たって、主な拠り所としている校注書 『山家集・金槐和歌集』(小島吉雄 校注 日本古典文学大系 岩波書店)に参考にしたと思われる歌は挙げられていない。 

 

斎藤茂吉は、勅撰集その他の歌書を対象として、実朝が参考にしたのでは と思しき歌を徹底的に調べ上げた(『歌論六 源実朝』 斎藤茂吉選集 第十九巻 岩波書店)。その中にも、掲歌と関連のある歌は挙げられていない。

 

すなわち、掲歌は、先人の歌を参考にヒントを得て作られた歌ではなく、実朝自身の天性から生まれた歌であると言える。奇しくも、28歳で非業を遂げられたが、運命の力を感ぜしめずにはおかない。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -2 

 

神だ、仏だというが、これらも将に人の心の産物であるよ。自らに言い聞かせているように読める。身内の早世、身近で起こる権力闘争等々、世の乱れを嘆きつゝ、解決を神・仏に頼ろうとしてみても、結局は人の心に依る と。

 

ooooooooo 

   [詞書] 心の心をよめる 

神といひ 仏といふも 世の中の 

  人のこころの ほかのものかは  (金槐集 雑・618) 

 (大意) 神仏というものも みな人の心から生まれるものである。

   註] 〇こころの ほかのものかは:心以外のものであろうか、心以外のもの

  ではない。  

<漢詩> 

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 心霊     心霊         (上声十九皓韻) 

弥想且煩惱, 弥(イヨ)いよ想(オモ)い且(カ)つ煩惱(ナヤ)み,

載神載仏道。 載(スナワ)ち神(カミ) 載ち仏(ホトケ)と人は道(イ)う。

共於人心起, 共に人の心於(ヨ)り起るもの,

真以無所考。 真(マコト)に以(モッ)て 考える所なし。

 註] ○心霊、こころ; 〇弥:ますます、さらに; 〇煩惱:思い悩む。

<現代語訳> 

  人の心 

世の中 思い悩むことが尽きない、

やれ神だ やれ仏だ と人は縋(スガ)りつく。 

神仏ともに 人の心の働きから生まれるもの、 

それに尽きる、何も 考えることはないのだ。 

<簡体字およびピンイン> 

   心灵         Xīnlíng 

弥想且烦恼, Mí xiǎng qiě fánnǎo,   

载神载佛道。 zài shén zài fó dào.  

共于人心起, Gòng yú rén xīn qǐ,  

真以无所考。 zhēn yǐ wú suǒ kǎo.  

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実朝は、12歳頃から法華経の供養に参加し、また『般若心経』を読誦する心経会(シンギョウエ)に臨むなど仏教への帰依は篤い。また父・頼朝が始め、一時途絶えていた“二所詣”を復活するなど、神への信仰心も篤い人である。 

 

斯かる事情を考えるなら、“神・仏に頼ろうとするが、結局は人の心だよ”と、事の解決がまゝならぬ世の情勢に 苛立ちを覚えている実朝の姿が想像される。 

 

 

zzzzzzzzzzzzz -3 

 

夜の暗闇、どんよりと垂れこめた天雲、その陰に隠れている仲間はずれの雁の鳴き声、姿は見えない……。何と暗い、重苦しい雰囲気の歌であろう。この歌が作られた頃、実朝の身辺は、胸を塞ぐような状況にあったのではなかろうか。 

 

ooooooooooooo 

    [歌題] 黒 

うば玉の やみの暗きに あま雲の 

  八重雲がくれ 雁ぞ鳴くなり  (『金槐集』 雑・621)

 (大意) ぬば玉のような暗闇の中 大空の打ち重なる雲の中に雲隠れして

  雁が鳴いている。  

  註] 〇うば玉の:“闇”の枕詞、特に意味はない; 〇あま雲の 八重雲

  がくれ:大空の打ち重なる雲の雲隠れに。  

  ※ うば玉:植物・檜扇(ヒオウギ)の種子、丸くて黒い。烏羽玉、射干玉(ヌバタマ)、

  むばたま。  

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<漢詩> 

   黯黑中雁         黯黑中の雁   (上平声八斉‐上平声四支通韻)

万境漆黑粛粛淒, 万境(マンキョウ)漆黑(シッコク) 粛粛(シュクシュク)として淒(セイ)たり, 

重雲黮黮夜空垂。 重雲(チョウウン)黮黮(タンタン)として 夜空に垂(タ)る。

雲中影雁鳴嫋嫋, 雲中 影(カクレ)し雁 鳴くこと嫋嫋(ジョウジョウ)たり, 

啼断有如多所思。  啼断(テイダン)す 思う所多く有るが如(ゴトク)に。  

 註] ○黯黑:真っ暗な闇; 〇万境:辺りすべて; 〇粛粛:静かでひっそ

  りとしたさま: 〇淒:物寂しい、荒涼としたさま; 〇重雲:幾重にも 

  かさなった雲; 〇黮黮:真っ黒なさま; 〇嫋嫋:音声が細く長く、 

  尾を引くように響くさま; 〇啼断:しきりに啼く;  

  〇有如:…のようだ。  

<現代語訳> 

  暗闇の雁 

辺りは真っ暗な夜の闇、ひっそりと物音ひとつない、 

幾重にも重なりあった真っ黒な八重雲が夜空に垂れこめている。 

雁が 雲に隠れて姿はみえず 尾を引くように鳴いている、

何か思いが多々ありそうに 鳴くことしきりである。 

 

<簡体字およびピンイン> 

 黯黑中雁         Ànhēi zhōng yàn

万境漆黑肃肃凄, Wàn jìng qīhēi sù sù qī,  

重云黮黮夜空垂。 chóng yún dǎn dǎn yè kōng chuí.  

云中影雁鸣嫋嫋, Yún zhōngyǐng yàn míng niǎoniǎo, 

啼断有如多所思。 tí duàn yǒu rú duō suǒ

ooooooooooooo

 

建保7 (1219) 年1月27日、右大臣に任じられたことを賀して、鶴岡八幡宮で拝賀の行事が執り行われた。夜陰に及び、神拝を済ませて退出の際、実朝は、甥御・八幡宮別当の阿闍梨公暁(クギョウ)によって殺害された。

 

当時、兄・頼朝の死や和田義盛の合戦等々、また天災・火災を含む変事、珍事が多発。さらに八幡宮で拝賀の行事へ出立の際、(大江)広元入道から「……束帯の下に腹巻をお付けください」と護身の進言があったが、周囲から除けられた由、公式記録にある。 

 

事ほど左様に、実朝の身辺は騒々しい状況にあり、実朝は五感・六感を通じて周囲の状況を感じ取っていたに違いない。掲歌は斯様な状況の中で作られたのではなかろうか、と素人の、後知恵で理解をする次第である。

 

掲歌は、次の歌を参考にされたであろうとされている。

 

天雲の 八重雲がくれ なる神の 

  音にのみやは 聞きわたるべき 

     (作者不詳 万葉集 巻十一・2658; 人麻呂 拾遺集 巻十一・627) 

 (大意) 天雲の八重雲の奥から鳴り響く雷の音のみを聞いています(逢う事が 

  叶わず、あの人の噂だけを聞き続けています。)  

コメント
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