[十九帖要旨] 冬になり大堰川沿いの家にいる人は心細い思いをする。源氏は明石の君のつらさを思いながらも、姫を紫の上の養女にする申し出をする。明石の君は、思い悩むが、母として姫君の将来最も幸福になることを考えるようにとの尼君の助言もあり、姫君を紫の上に託すことを決意します。二条院に引き取られた姫君は、はじめこそ悲しんだものの、次第に紫の上に懐いていきます。源氏は明石の上の心情を思い遣り、大堰の邸を訪れては労わるのでした。
春になると天変地異が相次いだ。それに呼応するかのように太政大臣が亡くなられたのをはじめとして、とうとう源氏最愛の藤壺入道も亡くなってしまいまった。源氏の悲嘆はたとえようもなく、人目につかぬよう御堂に籠るのであった。
入日さす 峯にたなびく 薄雲は
物思ふ袖に 色やまがえる (源氏)
藤壷入道の四十九日の法要が過ぎた頃、入道がが長年頼りにしてきた僧都が冷泉帝にその出生の秘密を告白する。天変地異は帝の悪政のしるしと言われるから、その理由を、父を臣下にしていることの非礼と結びつける帝は煩悶し、源氏に譲位の意向を漏らすのですが、源氏は固く辞退します。帝の態度から源氏は秘密の漏洩を察し、動揺する。
秋、斎宮の女御が二条院に下がった。源氏は、春秋の優劣(雑録参照)を論じつつ女御に恋心をほのめかすが、好色を厭われた。源氏は、恋心を自制し、以前と異なる自分の姿に、恋の季節が終わったことを自覚する。
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入日さす 峯にたなびく 薄雲は
物思ふ袖に 色やまがえる (源氏)
[註] ○入日:沈もうとする太陽、夕日; 〇まがえる:似ていて,とりちが
える、見違えさせる。
(大意) 夕日の射す峰にたなびいている薄雲、その鈍色(ニビイロ)は、
悲嘆にくれる私の袖に色を似せているのだろうか。
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<漢詩>
穿孝憂愁 孝(モフク)を穿(キ)て憂愁(ユウシュウ)す [下平声七陽韻]
華麗射夕陽, 華麗に射す夕陽,
山峰樹碧蒼。 山峰の樹 碧蒼(ヘキソウ)たり。
薄雲峰鈍色, 薄雲 峰に鈍色(ニビイロ)にかかり,
看錯我衣裝。 我が衣裝に看錯(ミマガ)える。
[註] ○穿孝:喪服を着る; ○憂愁:気がふさぐ; 〇鈍色:濃いねずみ色、
昔喪服に用いた; 〇看錯:見間違える。
<現代語訳>
喪中の憂愁
夕陽が西の空を茜色に染めている中、
山々は緑に映えている。
峰に鈍色の薄雲が棚引いてかかり、
わが衣装と見まがえる色合いであることよ。
<簡体字およびピンイン>
穿孝忧虑 Chuān xiào yōulǜ
华丽射夕阳, Huálì shè xīyáng,
山峰树碧苍。 shānfēng shù bì cāng.
薄云峰钝色, Bóyún fēng dùnsè,
看错我衣装。 kàn cuò wǒ yī zhuāng.
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源氏の独り言の歌である。その頃、源氏は、義父・太政大臣、藤壺院そして式部卿の宮と、続けて近親を亡くしてして、気の晴れない状況に置かれていました。
【井中蛙の雑録】
○十九帖 薄雲、源氏 31歳の冬~32歳の秋。
○“春秋の優劣”論について:“中国では春の花の錦が最上とされているが、日本の歌では秋の哀れが大事に扱われている。春と秋、どちらが好きですか?”との源氏からの難問に、女御は、“亡くなった母の思い出される秋が特別は気がします”と答えている。後々、女御は「秋好中宮(アキコノムチュウグウ)」と呼ばれるようになる。なお紫の上は、春を好むということである。
○NHK大河『光の君へ』、いよいよ“道長天下の幕開け”です。それに先立つ、父・兼家と嫡男・道隆の臨終の場面、両者とも迫力ある演技に圧倒されました。と同時に、両者ともに、和歌を口ずさんで息絶えましたが、それぞれ、奥方作の歌と意外な展開で、呆気にとられた次第。両歌は、百人一首に撰ばれた名歌(53および54番)で、筆者はその漢詩訳をお試みています(参照:『漢詩で詠む「百人一首」』文芸社、および閑話休題164および165)。