風の数え方

私の身の回りのちょっとした出来事

パンの思い出 ~カスクート~

2006年01月30日 | 清水ともゑ帳
今から20数年前の1月、職場の先輩と二人でギリシャ、フランスを旅行したときのこと。
フランスではパリから電車に乗り、ベルサイユ宮殿へと向かった。
宮殿からの帰り、駅への道すがらに小さなパン屋さんを見つけた。
おなかがすいていた私たちは、すかさず店に入った。
私が選んだのは、短いバゲットに野菜、チーズ、ハムがはさまれたサンドイッチ。

店を出て、パリまでの電車の時刻表を見ると、あと数分で発車してしまうことがわかった。
私たちは乗り遅れまいと、手にパンを握ったまま必死で走った。
駅までの距離はどれくらいだったろう。
ホームに着くと、電車はゆっくりと加速を始めていた。
先輩は私に「乗るよ」と声をかけ、勢いよく車両の外側の手すりをつかまえ、デッキへと飛び乗った。
私も続けて、グイッと手すりを握り、反動をつけて乗った。

空席を見つけ腰掛けると、
「まるで、映画のワンシーンみたいだったね」
と、二人で得意げに顔を見合わせた。
そして、さっき買ったばかりのパンをほおばった。
窓外には雪におおわれた田園風景が広がり、馬がのどかに歩いていた。

それから何年か経って、私は、このとき食べたサンドイッチが「カスクート」というのを知った。
カスクートの味が忘れられず、いろいろなパン屋さんを回った。
ところが当時、店頭に出ていたフランスパンは、あのときのパンの食感とはまったく別物だった。
あれはフランスでしか食べられないものなのだ、とあきらめ、「カスクート」の名前もいつしか私の頭から消えた。

そして、10数年前、清水区庵原町に引越してからのこと。
この町にある「シュクール」というパン屋さんに、見た目がそっくりの「カスクート」を見つけた。
家に戻り、すぐにパンをかじった。
「これだ!」
食感といい味といい、まさしく、あの日のカスクート。
パンを噛むほどに、パリ行きの電車で見た景色が目の前に現れてくるようだった。
以来、どれだけ、「シュクール」に通ったことだろう。

庵原を離れてからも時々、お店に行った。
けれど、昨年12月、久しぶりに寄ったら、シャッターは降り、看板もはずされていた。

先日、このブログに、まこさんからのコメントで、「シュクール」が原保育所前に移転し、新装オープンすることをおしえていただいた。
今日のお昼はここのパンを食べることを期待して庵原へ出掛けた。
けど、残念。
月曜日の今日は定休日だった。
せめて…と思い、新しくなったお店をカメラにおさめてきた。





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謎のまま

2006年01月28日 | 清水ともゑ帳
昨日は、義母が名古屋に用事があるとのことで、私も一緒に行ってきた。



私にとっては、友人の結婚式以来、10年振りの名古屋。



行き先は、「あおなみ線」の名古屋競馬場前駅から歩いて10分ほどのところ。
一昨年の秋、開通したばかりというだけあってあおなみ線の車両は新しい。
通過していくそれぞれの駅を見ていると、ホームの造りや駅舎もとてもきれい。
車窓から眺める初めての町、初めての景色は新鮮で、ひと駅ごとに途中下車して散策したい気持ちになった。

余裕をもって朝10時に清水を出たものの、約束の時間ぎりぎりになってしまい、昼食をとらないまま慌しく時が過ぎた。
所用が済み、名古屋駅に戻ったのは夕方6時半ごろ。

駅構内の店で、味噌カツ定食をオーダーした。
食事が運ばれてくるのを待っている間、義母から「今日は朝から何も食べていなかった」と聞いてびっくり。
早く注文の品が出てこないかと、厨房の方ばかりが気になってしまう。
テーブルに味噌カツ定食の盆が並ぶと、義母も私も、もくもくと口に運んだ。
味噌カツのおいしさもさることながら、寒波の影響で葉物野菜の値段はまだ高いのに、添えられているキャベツが春キャベツの千切りだったのがうれしかった。

せっかく名古屋に出掛けたのに、名古屋らしいお土産の一つも買わずに帰ってきてしまったのがちょっと残念。
でも、静岡と名古屋って「近い」という感覚がある。
次回の楽しみにとっておこう。

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義母の家に動物のような足跡や、爪で掻いたような畳の傷が見つかったその日の夜から、義母は今までしたことがなかったドアチェーンをかけ、ドアノブに鈴もつけているそうだ。
それらをしてから、今日まで一度も不可思議な現象は現れていないらしい。
いったいなんだったのか、謎のままだ。

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赤はんば

2006年01月24日 | 清水ともゑ帳
土曜日、NHKBSで放映される朝の連ドラ一週間分を見終わると、そのまま続けて『俳句王国』を見ることがある。
先週の土曜日も見ていたら、広瀬さんという方の句がとてもいいなと思った。

  海苔刈りて海の暗さを持ち帰る

そして、この句を聞いて、「赤はんば」を採りに行くことを楽しみにしていた、友人のお父さんを思い出した。

私が「赤はんば」を知ったのは十年ほど前のこと。
そのころ清水区庵原(いはら)に住んでいて、無人売店に「みかん、しいたけ、赤はんば」と書いてある看板があり、いつも気になりながら車を運転していた。
私は、無人売店には農作物を中心とした物が売られてると思い込んでいたので、赤はんばは野菜の一種だと思っていた。

ある日、同じアパートに住む友人が、
「うちのお父さんが採ってきたけど食べる?」と持ってきてくれたのが赤はんばだった。
このとき初めて、これが海草の一種で、海のものであることを知った。
海水の入ったビニール袋の中に浸かっている赤はんばを取り出すと、磯の香りがぷーんとした。

彼女は、赤はんばが採れるのは厳冬で、お父さんは自転車で寒風を切りながら興津川(おきつがわ)河口あたりの海まで出かけていく、と話してくれた。
彼女に食べ方を聞き、まず味噌汁の具にしてみた。
これがこれがなんともおいしい。
身が引き締まるような冬の朝、赤はんばの味噌汁は身も心も温まった。
それから何度か赤はんばをいただいたけれど、その後、お父さんは体調をくずされ海へ行けなくなってしまったと聞いた。

あれからずっと口にしていない。
今、とても赤はんばの香りと味が恋しい。

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『俳句入学』

2006年01月23日 | 清水ともゑ帳
以前から、俳句のY先生、K先生の両先生が、俳句をやってみたら、と勧めてくださっていた。
私なんかとてもとても、と思っていたのだけれど、ちょっと心が傾いている。

20代のころ、万葉集に夢中になった時期はあったものの、いつしか遠のいてしまった。
あれから20年以上も経った去年の秋ごろから、再び古典が気になりだした。
そして、図書館へ行くごとに本を手に取ってみたけれど、なんだか難しそうで敷居が高い。
年が明け、今年は何か勉強してみようと考えたとき、やはり古典に親しんでみたくなった。

そんなところへ、先週、両先生から再び、俳句のお話を伺う機会があった。
K先生からは、NHKの番組にも出演されている鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)先生の『俳句入学』をお借りし、Y先生のご紹介で俳句雑誌『狩』の見本誌をいただいた。

俳句が古典の勉強にもつながっていきそうな気がしている。
本を読んでいると、季語の意味、十七音に込められた表現に圧倒されるばかり。
やはり私に句作はほど遠い。
けれど、名句をたくさん読み、味わっていきたい。

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何かがいる

2006年01月22日 | 清水ともゑ帳

*本文とは関係ありませんが、今日夕方の富士山

昨日の続き。
やっぱり何かがいる。
夫とともに今日は愛犬ポポを伴って義母のところへ行ってきた。



義母はゆうべ、玄関のすぐ脇にある納戸部屋前から仏間までの廊下に、小麦粉をまいて寝たと言う。
そしたら、今朝、納戸部屋と仏間に、動物の白い足跡らしきものがついていたそうだ。
納戸部屋を暗くして、懐中電灯で床を照らしてみた。
明るいままではわからなかった小麦粉以外の足跡らしいものが見えた。
また、仏壇の前に置いてある座布団のすぐ手前の畳に傷があった。
香炉の灰とその周りは何の変化もない。
義母によると、やはり昨晩も物音はしなかったらしい。

夜行性の小動物説が有力にはなったけれど、いったいどんな生き物なのか見当がつかない。
納戸部屋から仏間に向かったようだけれど、戻ってきた形跡がない。
食べ物には手を付けず、なぜ仏間に現れるのかわからない。
今日はそれぞれの部屋の通気孔もすべて調べたけど、動物が入れる隙はなかった。
何もしつけていないから仕方ないのだけど、ポポは匂いをかいでも何の反応も示さなかった。

う~ん、いったいどんな生き物だろう。
夫の提案で、今夜は小麦粉作戦、ティッシュ作戦のほか、床に近い低い位置に糸を張ってみることにした。
明日も何か変化があるかも……。
正体がわかるまでは、なかなかすっきりしないものだ。



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香炉の怪

2006年01月21日 | 清水ともゑ帳
義母の住まいにある仏壇の香炉に不思議な現象が出ている。
一昨日の夜、香炉の灰を平らにならしたのに、昨日の朝、親指で押したような跡が残っているという。
夫も私もそれを聞いたときは半信半疑だった。
例えば、すきま風か建物の微振動により、風紋のように灰に模様ができたのではないかと思った。

今朝、義母から電話があり、また、何か跡がついているという。
そのままにしておいてほしい、と義母に伝え、夫と様子を見に出かけた。
すると、風紋のような模様ではなく、はっきりと灰に凹みがある。
今度は親指のような跡ではなく、乳児のこぶしの跡のようになっている。
まるで、手のひらで灰をつかんだみたいに。

香炉の周りや仏壇には、何の変化もない。
義母も夜中には何の物音も聞いてないという。
夫と私は、夜行性の小動物のしわざなのではないかと思った。
けれど、動物ならば、灰ではなくお供えのお菓子などに手を出してもよさそうなもの。
義母の住まいは機密性が高く動物が入る隙間はなさそうで、小動物説も実はちょっと違う気もしている。

二日続けてそんなことがあったので、もしかしたら、今夜も現れるのではないかと思い、香炉の周りに数枚のティッシュペーパーをふわっと敷いてみた。
何か生き物が現れたなら、そのティッシュの位置に変化があるはず。
明日、どうなっているだろう。

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梅の花

2006年01月14日 | 清水ともゑ帳
お正月三が日が過ぎたころ、白い花がほころんでいる木を見つけた。
もっと花の数が増えてきたら写真を撮ろうと思いながら、数日が経った。
寒い日が続いたせいかあまり開花してないけれど、一昨日、カメラを向けてみた。
どこに花があるのかわからない写真になってしまった。



「桜みたいだ」と思いながらカメラを構えたら、「まぁ、梅の花が咲いたんですねぇ」と声をかけられた。
振り向くと、和服姿のきれいな女性が立っている。
桜と梅の区別がつかなかった私の頭の中をのぞかれたようで恥ずかしい。
取り繕うように、「きれいですよねぇ」と答え、一緒に木を見上げた。

地元紙でも、浜松市のフラワーパークの蝋梅や、静岡市丸子梅園での梅の開花が伝えられている。

そういえばこのところ、夕方5時の空に明るさが残っている。
梅の開花、日の入りの時間にかすかな春の足音を感じる。


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90度

2006年01月12日 | 清水ともゑ帳
ふだんバスにはほとんど乗らないけれど、近ごろのバス停は見やすくなったなと思う。
時刻表は従来のまま道路と平行に掲示されているけれど、乗り場の表示は90度向きを変え、道路に対して直角になった。



私は車で出かけるときなど、途中で投函するつもりの郵便物を持ち、外出することが多い。
でも、たいていの場合、「あっ」とポストに気がついたときは、通り過ぎてしまっている。
後続車がいると止まれず、タイミングを逃したまま結局家まで持ち帰り、歩いて近所の郵便局まで行くこともあった。



バス停だけでなく、ポストも90度 向きを変えて立っているものがあることに、最近になって気がついた。
こんなふうに設置されていると、走行中の車からも認識しやすく、余裕を持って車を左に寄せ投函できるからいいなと思う。



いろんな物事に言えることだけれど、角度が変わると見え方が違う……。

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青い空、黄色の実

2006年01月09日 | 清水ともゑ帳
今日も1時間ほどの散歩に出かけた。
途中、甘い香りがどこからともなく漂ってきた。
香りの元にたどりつこうと足を速めてみた。
「おぉ!」
カリンの実がいっぱい!



住宅街の一角にカリンの木だけが何本も伸びている。
3年前、庵原を離れるまでは、毎年のようにカリン酒を造っていた。
庵原に住んでいたころ、秋が深くなると無人スタンドにカリンが出回っていたから。
寝酒のように飲んでいたけれど、風邪をひいたときなどは、喉の痛みが和らいでとても良かったっけ。

青空と黄色の実のコントラスト、カリンの香り、今日の散歩も充実。

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歩こう歩こう♪

2006年01月08日 | 清水ともゑ帳
世間より1週間遅れて私の一年を始めた。
「一年の計は元旦にあり」という言葉がどれだけ頭の中を駆け巡っても、思考も行動も止まったままの年明けだった。
なかなか浮上できない気持ちを無理やり「新年」のペースにのせることもないと思いつつ、「2006年」という名の電車に自分だけが乗り遅れているような気がしてならなかった。

悶々としていても仕方ないので、とりあえずこんなときは「歩く」のが一番と思い、今年初めての散歩に出かけてみた。
昨夜、テレビ東京で放映された『WBS』の特集が「ウォーキング」で、それにも触発された。
この番組にTAKma☆さんが出られるとのことで楽しみにしていたのにもかかわらず、私は時間を間違え、途中からになってしまいとても残念。

それにしても、ここは素足ではとても痛くて歩けない、このゴツゴツ。
足裏を刺激するのは体にいいようだけれど、かなり痛ッ



清水区の日の出埠頭から程近いところに、静清浄化センターという施設があり、写真左側↓の建物の上にある生垣の部分がこの場所。
屋上を緑化し、多目的広場として利用されている。
今日の富士山は、この公園から写した。



気持ちの歩を進めることは難しいけれど、せめて自分の足を使って体ごと一歩進めてみようと思った。
ちょっとだけ心の風通しがよくなった気がする。

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