風の数え方

私の身の回りのちょっとした出来事

涼しい朝の散歩

2022年08月29日 | さんぽ帳
秋らしさを感じられる涼しかった今朝。
空には星も見えたので、散歩へ出かける気持ちになった。

午前5時35分、バイパスの高架下に朝日が差し始めてきた。
おお、まぶしい  エネルギーチャージ!



2ヵ月ぶりの塩田川(しょだがわ)沿い。
この前来たのは6月30日。そのときは今シーズン初の蝉の鳴き声を聞いた。
桜がもう葉を落とし始めている。



うっすらとだけど、富士山のシルエット。



塩田川から西へ、大内方面に足を延ばす。
コスモスが咲き始めていて、ここにも秋が。



みかんの実も大きくなり始めている。



このあたりには梨の直売所が点在している。



先日、この直売所で買った梨が、瑞々しくて甘さも充分で、たいそうおいしかった。
また近いうちに買いに来たい。



帰り道、稲がそよぐ田んぼのそばを通った。
稲穂が出てくるまではまだもうちょっとかかりそう。



この田んぼ、2月末に来たときはケリがいた。


(今年2月28日撮影)

今朝は涼しい風を受けながら心地よく歩けた。
日陰を探さなくてもいいくらいだったので、巴川のキラキラを眺めながら、川沿いをてくてくと帰った





秋葉山公園

2022年08月19日 | さんぽ帳


今朝、窓を開けたとき、外から流れ込んだ空気が涼しく感じ、散歩へ出ようかという気持ちになった。
行き先は、秋葉山(あきはやま)公園。
歩き始めて10分ほどで汗が出始め、やっぱりまだまだ暑い
途中、菜園にはケイトウの花が。
しばらく散歩に出ない間に、菜園もちょっと秋の装い。



午前5時55分、秋葉山公園に到着。
ここに来るのは約2ヵ月半ぶり。



サルスベリの花が鮮やか。
この夏、初めてじっくり眺めるサルスベリ。
車で走っていると、あちこちで見かけはするものの、なかなか車を止めて見られない。





公園の緑の中はさぞ蝉がにぎやかかと思いきや、すっかりトーンダウンしている。
木々の上の方で鳴く蝉に対して、秋の虫たちは足元で涼やかにその音を奏でている。



そろそろ山にも出かけたい。
公園の起伏で足馴らし。



埠頭の方に目をやると、朝日を浴びて海がキラキラ。



栗が生って、ここにも秋の色。



季節を感じる朝の散歩でした


今日の富士山

2022年08月18日 | 静岡
朝の土砂降りの雨がうそのように青空が広がった午後。
用事があって車で出かけた。

清水マリンビルのあたりへ来たら富士山が見えた。
山裾に雲がかかっているけど、シルエットがくっきり。



そのあと、ショッピングセンターへ。
さっき見たときよりも雲が取れて、いい姿。



久しぶりに眺められた


〈午後3時47分 駒越(こまごえ)からの富士山〉

このところ日の出が遅くなり、日の入りも早くなってきた。
富士山はもう秋の気配なんだろうなぁ。


久しぶりの筆は「西瓜」

2022年08月14日 | 俳句・俳画・墨彩画
先日、西瓜をいただいた。
妹のだんなさん(義弟 おとうと)のおかあさんが趣味で育てたもの。
おかあさんは80代半ば。
毎日 畑に出かけては、いろんな野菜を育てていて、私たち夫婦も旬のものをいただくことが多い。

西瓜を作るのはプロでも大変、と農家の方に聞いたことがある。
それだけに、「おかあさんスゴイね」って夫と話しながら、口に運ぶ。
自然に左右されることもあるはずなのに、毎年とても立派な西瓜を収穫されていて、今年も。

おいしさに感激して、筆を持たずにいられなくなった。
このところ、羊毛フェルトや読書に時間を費やしていたから、俳画は久しぶり。
手本を見ながら葉書に描いた。



暑さのなかの外出から帰ったときやお風呂上りに、西瓜で人心地。たまらないひとときだ



早朝の墓参

2022年08月04日 | 清水ともゑ帳
今朝 早い時間に両親が眠るお墓に行ってきた。
雨が降りそうとは思ったけれど、時間ごとの降水確率を見たところ、なんとか天気は持ちそう。
厚い雲の合い間からは少し青空ものぞいている。



花立てに香花を差し、お線香をあげていたら、ぽつりぽつりと雨が落ちてきた。
急いで片付けをして、車に。



家に着いてしばらくしたら雷の音とともに雨が降り出した。

今朝はもう少し天気がもつようなら、墓地の周囲の緑の中を歩いてみようと思っていた。
このところまったく散歩に出ていないので、足が衰えた気がしている。
たまにショッピングセンターやホームセンターなど、面積の広い店へ買い物に出ると、とても疲れてしまう
早く涼しくならないかな。そしたら散歩の再開
そういえば、昨日の朝と夕方に虫の声を聞いた。
リーリーリーという声がなんとも涼やか。いっとき暑さを忘れる。
酷暑が続くなか、虫たちは一足早く暦の立秋を感じているのかもしれない。