のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

アレチウリ

2020年07月31日 | 日記・エッセイ・コラム

 梅雨明けしたわけではないのでしょうが、久々に雨の心配なく外に出られる晴天でした。

 山のあちこちから水が湧き出ているので、地盤も緩んでいるんじゃなかろうかと思いますが、しばらく干せば地面も締まってくることでしょう。

 この何日か真田関係の遺跡の刈り払いをしてましたが、アレチウリと言う特定外来植物を見かけたので、目の敵にして駆除しました。近年猛烈な勢いで増えています。

 オオキンケイギク、オオハンゴンソウと並んで駆除対象トリオのアレチウリ。見つけ次第殺す!

 ニーハオから謎の種子が送られてくるなんてニュースが出てました。USAでも問題になっているようで、うかつに植えるとどんな植物が出てくるのかわからない。天敵がいない土地では外来雑草がはびこって在来植物を駆逐し、植生を変えてしまうこともある。

 ウィルスを持った種子でも入れれば、農作物に病気を蔓延させることもできる。一種のテロ行為ですな。

 漫画やSF物語のようなことが実現する可能性、危険性は極めて高いと思うのですが、いかがでしょう?

 生活が土から離れていることもあると思うのですが、自然だ、環境だ、植物だとのたまう割に、身近に生えている植物には注意を払わない人が多い。こうした外来雑草駆除するのに除草剤使っていたらクレームつけてきた人もいる。

 マクロでとらえるべき視点とミクロでとらえるべき視点の使い分けができていないのでしょうが、頭の中のお花畑がアレチウリに覆われたジャングルになるぞ。

 90年代初頭、ゲノムがビジネスになりUSAが先行しましたが、ゲノムと言う言葉が一般的になる前は日本が先行していた研究分野でした。たぶん、貿易摩擦問題でもめていた頃だったので、ITと同様にUSAに忖度して研究費削減したのだと思いますが、こうした農水省関連分野でも戦略兵器になりえます。

 植物に感染症をもたらして農産物に打撃を与えれば国力に影響する。爆弾作るより安上がりかもしれません。小さなことからコツコツと、侵略はできるんですね。

 とはいえ、こんなもの送りつけてくるニーハオ。大雨とバッタでえらいことになると思うのだけど、輸入しようにもよそ様がニーハオ病原体で農作物壊滅なんてことになれば、自ら首を絞めることになる。

 そうなる前にダム水害で人民減らして身軽にしておくのか?見舞金も入るし。

 肉を切らせて骨を断つ。ニーハオなかなかしたたかだな。

 でも、肉切っちゃった時点で大騒ぎして救急車呼んで泣きわめくんでしょうが。

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武士道

2020年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 台湾の李登輝総統が亡くなりました。97歳でした。

 武士道やノブレスオブリージュについて、李登輝総統の本で学んだようなものでしたが、シンガポールのリ・クワンユー、マレーシアのマハティール首相など平成時代のアジアの指導者が亡くなる時期ですね。

 台湾だってニーハオ大陸から逃げてきた蒋介石の国民党の一党独裁状態でしたが、その息子の蒋経国から引き継いだものの民主的な選挙によって総統を選ぶという相当難しい改革を成し遂げました。

 昨夜、断酒宣言をしたオヤジさんから電話で呼び出され、「李登輝ってのは俺と同い年なんだ。まだこれからなのに残念だいなぁ。一杯やりながら偲ぼうじゃねぇか。」じゃぁ、昨日もらった八海山持ってくると言うと「酒なら用意してある。」

 断酒宣言、22時間で破綻しましたが、自分のお通夜用の久保田あけるのかなぁ?と思っていたら、新たに白瀧を買ってきたようです。

 スーパーでおでん買ってきて、「李登輝って誰?」と言うしょうもないじい様たちとテレビ見ながら?偲ぶ会をしてましたら、小池都知事の緊急記者会見をやってました。

 感染拡大特別警報発令!今度は漢字の宣言だ。ロックンロールだったか?ロックフェラーだったか?この春の宣言とどっちが偉いのだろう?大雨なら急いで高台に避難しろって、堤防決壊直前に感じる。やっぱこっちの方がわかりいいよなぁ。

 今日は何とか天気がもったので、真田の高貞院殿のお墓を掃除に行ってきました。

 廃寺と言ってもアルプスの少女じゃないよ。

 お寺は沼田市に移転されちゃいましたが、その沼田城が見える場所に真田の妃のお墓が残っていて、たぶん形上は墓じまいになっているのだと思いますが、もはや歴史から忘れられています。

 それでも、たまに真田マニアがやって来るので荒らしておくのも忍びないので、我々が手入れに行っているのですが、昨年はここに来る余裕がなかった。

 昭和30年代に地元のガキどもが忍者ごっこをやっていて発見したのですが、当時は3mくらいの大きな法院塔があったそうです。それだけは移転したみたいですね。

 昭和49年ごろにNHKの人形劇で滝沢馬琴の「新・八犬伝」と言うのをやっていて、これは大人気だったんです。

 その番組が終わって柴田錬三郎の真田十勇士が始まったのですが、人気番組の後だったので評判は良くなかった。しかも、こちらは真田の悪政でおとりつぶしになった土地。祖母の一族なんかその時に百姓になることで生き延びた一族ですが、六文銭を隠れて祀ってました。なんたって真田の人気はなかった。

 ましてやこのお墓があるあたりは沼田真田おとりつぶしのきっかけの直訴をした杉木茂左衛門の地。その末裔のヒコちゃんと私が仲良しと言うご時世です。

 でも、真田十勇士あたりから世間の評判が変化してくるんですね。

 価値観なんてすし屋で言えば「時価」みたいなもので、その重さだってウニか干瓢か?いづれにしても時価。

 価値が分からないから「並」とか「上」が安心ですが、今やそれだってコンベアの上を回ってますからね。

 久々に大汗かいた。蒸し暑かったし。

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手洗い

2020年07月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 ついに岩手県に感染者が出てしまいました。感染者が出たというより発覚したと言ったほうが良いのかもしれません。 

 全国の新規感染者数も記録を塗り替える中、外国人再入国手続きが再開されるとかで、いかがなものか?と思います。

 破滅に向かってGoTo! X-JAPAN! 

 そんな中、97歳のオヤジさんがコロナ終息への祈願と自分の健康のために酒を断つ!ことにしたので、「断酒式で一杯やるべぇや!」と呼ばれで出かけてきました。

 ある程度の年配になってから生活様式を変えることは決して好ましいとは思えませんが、そういう決意なら賛同しないわけにもいきません。

 決意の証明として残った越後の銘酒八海山をもらって帰ってきました。サイドボードには久保田が2升未開封で残っていましたが。お通夜の時の清めに備蓄しておくのだそうです。たぶん来月当たりに飲まれちゃうと思うのですが、とりあえず、立派な決断!と見習わせてもらいます。

 10時過ぎに雨が小降りになったので山に入りましたが、ほどなく降り方が激しくなってびしょ濡れになって逃げ帰ってきました。

 そのまま着替えもって温泉に行きましたが、面白いもので山の水が多い時は温泉の温度が微妙に高くなります。雪解けの頃は温泉の温度も高くなり、今頃になると、いくらかぬるくなるのですが、今年はそれほどの差がありません。

 この冬の異常な雪不足を考えると、例年通りの降り方なら今頃都心の水不足が騒動になっていたでしょう。冬の段階で、夏は長雨と予想していましたが、この冬は雪が少ないおかげで仕事ができた。その一点だけ見て「異常」と騒ぐのも愚かしい。

 田んぼの様子を見ると来週あたりが稲の花の様相になってきたので、ここで半日も日が照れば何とか食える分の米は取れるでしょう。

 つい3月前まではマスク不足で悲鳴を上げていたのに、今や巷にはあふれているしニーハオマスクなんか誰も手を付けない。政府が八千万枚の布マスクを用意していると言えば「無駄」だと騒ぐ。

 のど元過ぎれば何とやら。

 マスクと消毒液くらいは備蓄しておいてもいいんじゃないの?

 幼稚園の時に「石鹸で手を洗おう」と歌まであって、洗い場には石鹸が吊るされて手の洗い方を指導されました。

 流水で手を洗う。日本では当たり前ですが、世界的には非常に珍しい習慣です。貯め置いた水で手を洗うのがせいぜいで手洗いの習慣のない国もありますが、神社の手水場から手洗いが当たり前になっているこの習慣が感染者も重篤者も少なくしている要因ではなかろうか?

 先ずは流水で手洗いですね。

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胡桃の日

2020年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 通常、梅雨時は緯度が北に行くほど雨の影響が少なくなるもので、一応、北海道には梅雨が存在しないと言われています。

 東北地方もこちらよりは雨の影響は少ないはずなのですが、山形県では最上川が暴れたようです。

 月山のふもとの大蔵村で水害が出たとニュースで知りましたが、昨年、鶴見の総持寺にお参りした時に宿坊でこの村の檀家衆と一緒になりました。

 雪深い土地なんですよと言ってましたが、そうですか、それは生活も大変でしょうと、さも雪なんか降らない土地から来ましたと言う顔をして話しましたが、豪雪地帯と言う意味ではこちらも似たようなものです。

 大蔵村では昔からお寺がある場所は住居表示が「番外地」で地番がないんだ、なんてことをその檀家衆が話してくれたことなどを思い出してます。

 名前は知らねどそこに住む人の顔が見える村なので気がかりですね。

 山には入れないので、雨降りの合間に玄光院の真田熊之助のお墓の掃除に行ってきました。4歳で第三代当主になったものの7歳で病死。沼田真田のお家騒動の幕開けとなる人物ですが、私の村にお墓があり、玄香院と言うお寺を真田が作りましたが、永平寺の直轄になっているものの今はお寺の建物もありません。

 私が小学生の頃は古いお堂があり、そこで習字やそろばん教室などが行われていました。

 結構真田マニアが来るので汚くもしておけないので、たまに行っては掃除をしてますが、いわれを書いた看板なども古くて文字がかすれてきたので、教育委員会や観光課に相談してます。

 雨で落ちたのか、胡桃の実が地面に転がっていました。

 実が熟していると外皮がぱかっと割れてコルク状の胡桃の実を取り出せるのですが、まだ中は硬くなる途中で、その中にある食べられる部分も出来上がっていません。

 胡桃があるせいなのか?この裏の森にはリスが巣を作っていて時折見かけますが、呼んでもいないのに熊が胡桃拾いにも来ます。熊之助のお墓ですしね。

 胡桃や栃は優等生で、そこそこ冷害や気象の良くない年でも実をつけます。栗よりも手堅く実をつけます。

 栃の実は手間暇かけてあく抜きしないと食べられませんが、胡桃は割れば即おやつ程度にはなりますので、縄文人も重宝したことでしょう。油を含んでいるのでコルク状の胡桃の皮は燃やすとよく燃えます。燃料にもなっていたんでしょうね。

 尖閣諸島にニーハオ偽装漁船団が100日を超えて出没しているようですが、遠くガラパゴス諸島にもニーハオ漁船団が出没しているようです。こいつらの狙いはふかひれスープみたいですが、いよいよ常軌を逸してきましたね。

 もう少し我慢していればアフリカのみならずヨーロッパも親中国家が増えたところでしょうが、天の時を間違えたかな?習ちゃん。独裁国家だから地の声は届かないし、人の輪なんてものはハナから存在しない人種。

 親中国家が一緒に心中国家となってくれるか?金の切れ目の問題でしょうが、USAの戦略国際問題研究所は二階さんと今井秘書官を名指しで「親中」と発表したようですね。認定おめでとうございます!

 ニーハオ、最近やたらとウイグルに施設や工業地帯作っているようですが、一見砂漠に見えるけど天山山脈のふもとは雪解け水が豊富です時ね。北京は砂漠化著しいし、海からスカッドミサイルも楽々届くので、いざとなったら見捨てて更なる内陸目指してウイグルかな?近隣のイランやパキはニーハオよりですし。

 でも、最後はいじめてきたイスラムに逆襲されそうな気もするけど、前門の狼、肛門のいぼ痔ってところですかね。

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ジャングル大帝

2020年07月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 巷に雨の降るごとく わが心にも涙降る

 獄中のヴェルレーヌがランボーに向けて書いた有名な詩ですが、初めて目にしたのは中学生の時でした。「巷」の意味が分からず、と言うより、勘違いして「港に雨が降るごとく」と読んでました。

 港だったらね、生活圏に関係ないから雨が降ろうが霧が出ようが関係ないのですが、山の中に雨が降っちまうと穏やかではありません。

 午前中は天気がもつかな?と山に入ったのですが、10時には雨が降り出して逃げ帰ってきました。コロナより深刻な長雨。

 ”Il pleure dans mon coeur Comme il pleut sur la ville” 彼は私の心の中で泣いてるよ 町に雨が降るみたいに って意味でしょうが、「巷」って町だったんですね。山は勘弁してもらえねぇかなぁ。

 歌手の弘田三枝子さんが亡くなったそうですね。個人的には「ジャングル大帝」のレオの歌を歌った人と言うイメージが強く、今でいうアニソン歌手だったんですね。

 ジャングル大帝は当時画期的なアニメで、映像に色がついていた。カラーテレビが出始めた頃で、新聞のテレビ欄にはカラー放送にはマークがついてました。サンヨー電機がスポンサーだったのでカラーテレビ普及への意味もあったのでしょうが、我が家でもサンヨーのカラーテレビを買いました。

 漫画を見ると馬鹿になるという時代にあって、ジャングル大帝は子供が見ても良い優等生的な漫画でした。

 考えてみるとすごいストーリーで、動物園に売られるライオンが檻の中で出産したのが白いライオンのレオで、レオは脱出して日本人少年の手を借りてジャングルに戻る。野生動物と人間の争いを抑えるために人間の言葉(日本語)を憶える。

 なんだかわかんねぇけどアフリカってすげぇ!と思ったもんでした。あの大陸で一体どれだけの数の言語があるかわからないけど、日本語は通用しないだろうな。

 今なら放映お蔵入りのアニメでしょうね。黒人が出てくるし、主人公のライオンが白いし、レオのお父さんの名前がジャパンをひっくり返したパンジャだし。これこそ表現の不自由だと思うのだけど。

 アニソンだって弘田三枝子は痴情のもつれで刺される事件を起こしたしね。

 ジャングル大帝のビデオがあるのだけど、VHSでテレビもない。

 機械に依存しない紙の本って便利だな。

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お祭りは?

2020年07月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 今年は地区の祇園祭が中止になりましたが、八坂の神様にお参りだけはしようと言うことになり、神主様を呼んで役員と呼ばれる作業員だけで参拝することになりました。

 昨日からの雨、傘をさしたり雨合羽を着て山の中腹にある薬師様の祠に行ってお参り。

 地区には神輿マニアがおりまして、「神輿くらい出さないか。」と直前までうごめいていましたが、みこしを出せば、飾りつけをしたくなる、飾りつけすれば担ぎたくなる性分の人なので、断固として、今年はなし!絶対になし!徹底的になし!

 先日、私が祠の周辺の掃除に行ったとき、イノシシの足跡があちこちにあったのですが、イノシシがもたらしたのか山猿の霊験か?山ヒルの巣窟になっておりまして、広葉樹の枯葉が集まった上などうっかり踏めない。

 例年になく役員が真摯に頭を下げていたのは、ゴム長を這いあがってくる山ヒルが気がかりで、自分の足元を凝視するため。

 私はゴム長に木酢を吹き付けて山に入りましたが、そんなこと全然知らないのが神主様。

 祝詞をあげれば山ヒル撤退だろうと思っていましたが、何か所か食われたみたいです。

 山ヒルには霊験はなかったけれど、おてんとうさまには祝詞効果が出たみたいで、参拝が終わったら雨がやみました。こうして今年の祇園祭は無事終了しました。

 祇園祭無事終了!と、お茶屋に顔を出したら、新潟から湯治に来ていたお客さんが帰るためにあいさつに来てました。

 新潟県の加茂市から月に一度くらいこちらに湯治に来ているご夫婦で、もはや半分この地域住民になっているおなじみさん。会社を経営されているようで、休日でも何かと仕事が入っていたりするので、家にいるより外に出たほうが割り切って休めるのだそうです。

 加茂市は京都の下賀茂神社に由来する町で、加茂川と言う川も流れています。これが数十年前までは時折氾濫していたらしいのですが、堤防などをしっかりと整備して水害対策をしています。

 市長は若い女性市長で私の大学の後輩らしいのですが、数学専攻だったらしいです。

 東西南北どこを見ても田んぼばかりの土地ですが、雨が降っても降らなくても影響を受けるので、行きつくところは神頼み。新潟は神社が多いわけです。

 茶屋で90代のオヤジさんに「日陰になるから切ってもらいたい庭木がある。」と言われて、チェーンソー持って伺い、はしごをかけて支障になる枝だけ落としてきました。

 例年なら、お祭りに使う稲藁などを任せている老人ですが、今年はお祭り中止で仕事がなくなってしまい、こんなところにもコロナの影響が出ています。

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祇園祭イブ

2020年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 ジトジトと一日雨が降り続きました。梅雨時って感じの雨でした。

 地区の祇園祭、お祭りそのものはやらないけれど、神主様を呼んで八坂の神様へのお参りだけはすることになったので、その祠の周辺は連休前に私が掃除しておきましたが、何か腑に落ちないものがある。

 そうか、今年は神輿を出したり飾り付けをしないので、忠霊塔の掃除をしていなかった。

 雨はやみそうにないので、降り方が収まりそうになった隙に出かけて行って、忠霊塔と地区の守り神の薬師様の草刈り作業だけやってきました。

 岩手県に住んでいる70代のおじさんが里帰りしてきて、岩手県感染者ゼロの秘訣を聞きました。

 むやみやたらにPCR検査なんかしないんだそうです。小沢さんと知事が一丸になっているから、よほどでなければ検査しない。結果ゼロが保たれてんだ。実際は感染者がいるかもしれないけど、発病しているわけじゃないから問題にしないってことよ。

 田舎住民とすればそのやり方いいね!ですが、重症化しなければ今のところはただの夏風邪かもしれない。とはいえ、高齢者や持病持ちには危険な病を招きかねないので、警戒は怠れません。

 国でできる一番有効な対策は?給付金第二段!

 こちらでできる究極の予防策。神頼み。

 今月はまだ台風が発生していないのだそうで、7月に台風発生がなかった年は観測史上はじめてになるそうです。まだ、一週間あるから何とも言えませんが、台風が発生しなければしないで梅雨前線が停滞して雨を降らせるのだから痛しかゆし。

 エル・ニーニョの逆を行くラ・ニーニャの影響だと思いますが、今年は今のところ二つ発生しただけかな?だいたい、1年間に25-6発生するので、雷様が後半に頑張りを見せるのか?は謎ですが、量より質で勝負に出られても困ります。

 やけに梅雨が長いなと記憶に残っているのは昭和63年で、私はお江戸に住んでいましたが、この年はかび臭い夏だったおぼえがあります。それでも蒸し暑かった。

 平成5年の冷害の時は春先から様子がおかしく、種子が芽吹かないような寒さが続き、今頃から8月半ばにかけて長袖が欲しい寒さが続きました。

 どちらの年も秋は晴天に恵まれたと記憶していますが、今年はどうなるのだろう?

 祇園祭の頃に食べられることを想定して植えたトウモロコシ。積算温度が少ないのでまだ1週間ほどかかりそうです。

 毎日空を見上げておてんとうさまとの駆け引きが続いてます。

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忍びの旅

2020年07月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 オリンピック開会式は雨天順延になりました。開催されるときには開催されることでしょうから気長に待ちましょう。

 苗場の別荘地に薪の配達があったので、軽トラに薪を積んで持っていきましたが、標高1000m、11時少し前で気温が18度。涼しい通り越して寒いくらいでした。

 せっかくですから越後の下界を見てこようと峠を下りて湯沢の街に行くと、温泉街には結構観光客が出て歩いてました。せっかくだから信濃川の様子も見ておこうと、峠を越えて十日町に入りましたが、雨がポツポツ降ってきました。川の水量は特に増えている気配でもありません。

 せっかくだから松之山温泉に行って風呂に入っていこうと、また峠を登って松之山に行きました。

 お昼の時間帯でしたので、毎度おなじみの柳屋さんで手打ちラーメン。

 最近のお決まりパターンです。

 香川ナンバーのクルマが停まって、客が入ってきました。今頃香川県は近畿の都市からウドン食べに来る人でごった返していると思いますが、その前に脱出したようです。ウドン県なので、さすがによそに行ってもウドンを食べないか。

 長野県を通過するとうるさそうだから北陸周りで越後に入国したそうですが、そもそも讃岐がどこにあるのかなんてこの界隈の人ならわからないかもしれない。

 和歌山県の友人はこの連休に長野県に山歩きに行きたかったらしいのですが、奈良や和歌山からは入国規制がかかっているとのこと。

 まぁ、確かにお諏訪さまと平城京を追われた物部守屋の関わりを考えると奈良は入れたくないわな。なぜ和歌山も?徳川吉宗となんぞあったか?そういう意味じゃ上杉の拠点に武田方なんぞもってのほか!と思いきや、温泉の駐車場には長野や松本ナンバーのクルマが堂々と置かれてました。信玄はこういうことも考慮して娘の菊姫を上杉景勝に嫁にやったということか!

 なるほど!戦略が読めてきた。

 温泉センターの入り口に貼られた張り紙。後北条方の間者を警戒しているな。上杉謙信の後継者をめぐって御館の乱で景勝とやりあった景虎は北条方からの養子だった。で、蝦夷は?こんなところまで五稜郭から攻めてこないと思うけど。

 山梨ナンバーのワゴンRが停まり、おばちゃんが二人出てきて温泉センターに入っていきました。武田方のスッパと呼ばれるくのいちですな。あんまり素っ裸を想像したくないおばちゃんたちでしたが、この温泉あたりはノキザルと言う上杉方忍者の地域でしょうから、信玄、なかなか大胆な手を打ってきましたな。

 そういえば、私は真田方の末裔になるから霧隠才蔵ってとこですかね?美形だし。

 様々な思惑が立ち込める温泉で、風呂につかりながら地元のおじさんと米の出来具合について話しました。

 冷夏と言うほどではないけれど、確かに気温は上がらない。私の住むあたりと違って標高が低いから、田んぼの稲に塔が立ち始めてます。稲が開花するときのわずかな時間だけ日が照ってくれれば、そこそこ結実して米はできるのですが、この1-2週間が勝負ですね。

 この冬は異様に雪が少なくて田んぼの水不足が懸念されていましたが、幸か不幸か?この梅雨の長雨で田んぼは持ちこたえられそうだと言ってました。

 風呂から出て、山の上の集落に行って棚田を眺めながら帰ろうと、軽トラだからできる気楽な旅。

 あちこちに自生したねむの木の花が咲いていました。夜になると葉っぱを閉じて眠るからねむの木らしいのですが、花の時期に来たことがなかったので見事なものでした。

 芭蕉の 象潟や雨に西施がねむの花 で、山形にもねむの木があることはわかっていましたが、元々は暖かい土地の木なので、どの辺が限界だろう?秋田で、たぶんねむの木と思われる葉っぱを通りすがりに見たことがあるので、たぶんアカシアではなくねむの木だっただろうと思いますが、葉っぱが似ています。アカシアは黄色い花ですが。

 ちなみに世間一般で言われているアカシアはニセアカシアで、白い天ぷらで食べられる花が咲きます。

 似たような葉っぱにはミモザなんてのもありますが、あれって、触ると葉っぱが縮こまるオジギソウのことですね。これは寒さに弱いので私の住むあたりでは育たない。

 ねむの木の花。なかなかいいもんだなぁとしみじみ眺めました。

 で、なんだかわかんねぇけど山道下って、街道に出ちゃ芸もなかろうと農道をさまようこと1時間少々。なぜか海に出てしまいました。

 海があるってことは、私の推測が正しければおそらくここは群馬ではないと思います。上杉め、幻術を使いおったな。

 例年なら夏休みに入って海水浴客でごった返していることでしょうが、海水浴場に人なんかいない。柏崎の港に行ってみたら長野ナンバーの車が停まっていて、釣りをしてました。鮎は釣れないと思うけど。

 海水浴。最後に来たのが昭和49年だからしばらく海の水に入っていませんが、ここまで来たら寺泊や弥彦神社などにも行ってみたいものの、雨は激しくなるし日も暮れてきた。

 長岡は混むから、小千谷か堀の内で国道に合流しようと、また裏街道を帰路に就き、本日二杯目のラーメン(今度は背油たっぷり)を食べて帰りました。

 各国諸事情を探訪できた忍びの旅でした。

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そんな一日でした

2020年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 オリンピックイブになる日でした。ニーハオウィルス騒ぎがなければ、今頃日本各地にテルテル坊主が吊るされて雨雲追い払う祈願していたんでしょうが、線状降水帯は九州付近をうろついているみたいですね。

 先週末、たまたまスーパーで顔を合わせた81歳のオヤジさんと、オリンピック開かれていたらどうなってたんだろうな?なんて話をしたんです。

 このオヤジさんの同級生が昭和39年の東京オリンピックの時に近代五種だった十種の選手で出場していて、晩年はこちらに戻ってきて土木作業員のようなことをしていたのですが、「スポーツ選手ってのは体を酷使するから長生きはしないやなぁ。」

 日大文理学部で学んだ人だったので、今でこそ相撲とアメフト問題ですが、当時は水の覇者日大と呼ばれた水泳王国。オランウータンみたいな体型の人たちがぞろぞろいたそうです。「俺たちが頭でやることを体でやっちまう、基本的に種族の違う人たちっているんだぜ。」なんてことを話してました。

 週明け、このオヤジさんが朝、布団の中でぽっくり亡くなっていて、今日はお通夜に行ってきました。息子さんが私の弟と同級生で年中遊びに来ていたのですが、みんなに「トンペイ」と呼ばれていたので、うっかり「トンペイ君。急なことで大変だったね。」と言ってしまってから、戸籍上の名前なんだっけ?

 お通夜から帰ってきて夜はお寺の会議。夕食の用意をしてから会議に出かけたのですが、数年前から検討されてきたお寺の前の沢にかかる橋の普請事業のことで会議は踊り、帰ってきたのは10時過ぎでした。

 誰が言いだすか「寄付金を募る」をめぐって静かな攻防が繰り広げられて、これはこれで一つのサスペンス。現実はズシリとのしかかるのは、寄付金について説明せねばならない役割と言うことで、これまた頭が痛い。

 バブル崩壊よりもリーマンショックあたりからこうした景気の「気」の息の根を断たれた感がありますが、おまけにコロナ騒動とくれば泣き面に蜂。

 ニーハオに賠償させろって言いたくなる。

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新しいコーラ

2020年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 ノストラダムスの大予言の五島勉さんが先月90歳で亡くなっていたんですね。それでGoTo問題だったのか!これにて一件落着!書を捨てよ町に出よう!と言いたいところですが、えらい勢いでまたニーハオコロナが蔓延しているみたいですね。

 ノストラダムスの大予言って、昭和49年ごろだったかな?中学生の時で、女子たちの間で「1999年6月に人類は滅亡するんだって。」なんてうわさが流れていました。当時は1999年なんて25年も先のことですし、ずいぶん遠い未来に思えたものですが、その1999年から20年過ぎています。こちらはやけに早かった。光陰矢の如しだった。

 五島勉さんってポルノ小説の作家だったらしいのですが、畑違いの予言本なんか出したときは1999年まで自分が生きているなんて考えてもいなかったんでしょうね。それでも「ノストラダムスの大予言」は大ヒットしてしまった。

 昭和55年の夏休み明けでしたが、新宿の紀伊国屋で小室直樹の「ソビエトと帝国の崩壊」と言う本を買いました。カッパブックスだったかな。今でいうなら「とんでも本」の類なんでしょうが、理にかなっていたし、左がかった人たちを論破するのにいいネタが入っていた本でした。

 ソビエトも当時はブレジネフのガチガチ共産主義時代で、およそあの国が崩壊するなんて想像もつかなかったのですが、10年もたたないうちに現実となってしまった。

 あれから30年。東西冷戦と言う戦争が終了して。

 東西冷戦よりももっと深刻な糖尿冷戦と対峙しているキュウリ農家のまさのりちゃんが言うには、血糖値が下がったときはコーラが一番いいとのことで、常時自宅にコーラを用意しているそうですが、最近、もっと効果があるコーラを発見したと箱買いしたので、分け前をもらってきました。

 もともとコーラって薬局で作っていた医薬品だったらしいのですが、当時の栄養ドリンクみたいなもんだったんでしょうね。

 早朝から朝取りキュウリを収穫、出荷して、家に帰ってひと風呂浴びて、きゅうりの漬物と一緒にこのコーラを飲んで、朝飯食べて昼寝する。夏バテ対策に最高だそうです。

 コカ・コーラではなく、サントリーのコーラで、飲んだ後とってもほんわかした気分になれてよく眠れるんだそうです。幼稚園児の孫が飲んで大騒ぎしたらしいけど。よい子にはご禁制のコーラです。

 あまりの暑さに猫がぐったりしていました。

 いつ、どこで、誰がやっているのかわからない大相撲。始まっているようですが、全然気にしなかなかった。

 不意に思い出してしまった。

 ニーハオウィルス騒動がなければ、今頃オリンピック開催で大賑わいだったんでしょうが、こんな雨です。「熊本や九州が大変な時にオリンピックなんか。」と騒ぐヤカラがいてことでしょうね。

 この種の手合いは何をやっても声を上げるので、耳を傾ける気も失せてしまいますが、オオカミ少年はこうしてオオカミに食べられてしまうのでした。

 愛知県では大村知事リコールに向けて署名が始まるみたいですね。今まで知事のリコールよ言うのは歴史上なかったので、辞任される前に早急に署名集めてリコール成立は歴史的事業になるかもしれません。

 無能故に社会をダメにする顔ってあるんですね。

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土用丑の日

2020年07月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 蒸し暑い一日でした。汗が全然乾かないので何とも不快な気候で、体中がべたつく感じです。

 適度なソシアルディスタンス。今日一日で喋った相手は馬のカン太君と、床下に住む自営業の猫がえさをもらいに来た時だけでした。人間?見かけたけど会話はしなかったな。

 今日は土用丑の日だったんですね。ウナギの受難日です。

 もともと平賀源内がウナギ屋さんに頼まれて土用にウナギをのCMを始めたのが日本の習慣になってしまったそうで、どこから文化が生まれるかわかりません。

 平賀源内の頃は「かば焼き」と言うスタイルはなく、明治になってから蒸かしてから焼くかば焼きが出現したそうです。

 学生時代ウナギの加工所で、この「蒸す」工程のバイトをしたのですが、ものすごい匂いなんでよ。生臭いというのか草の匂いと言うのか。かば焼きで甘いたれをつけてもこの時の匂いがうっすら残っているので、いまだにウナギは食べられない。

 ウナギもどきのかまぼこで作っているのかな?「ウナ次郎」は食べられるのですが、かば焼きと言ったらサンマですね。

 文字面はウナギとよく似たウサギさん。あまりの蒸し暑さでヘタってました。床に寝っ転がったまま首を持ち上げてこちらを見るのですが、食べ物を持っていないとわかると「やってたれねぇや」とまたぐったり寝っ転がってました。

 この天気ではお月様も出ないので餅つきの仕事もできないでしょうから、ウサギさんも在宅ワークですな。

 土用の丑の日に無残な姿をさらしたのは牛さん。バーベキューシーズンなので肉がなくなって骨格標本になってました。

 世間一般は木曜から4連休らしいのですが、ニーハオコロナがまた流行しているので外出もままならないことでしょう。

 考えてみれば、この騒ぎがなければ今頃オリンピックでにぎやかになっていたことでしょうが、この連休は天気が悪いみたいなので、雷雨の開会式なんてことになっていたかもしれません。

 それなら、物事良い方向に考えておくべきで、悪天免れてよかったね。小池都知事のパフォーマンスで遅れた幹線道路も間に合うことですし。

 果たして、来年やるのか?2年後か?はたまた一つ飛ばしてか?白紙になるかわからないけれど、時間があるのだから10月開催検討してもいいんじゃなかろうか?アメリカのプロスポーツに遠慮しないで。

 その前にニーハオ周辺がきな臭くなっているので、「平和の祭典」もどうなることやら?

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タチアオイ

2020年07月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 何とか雨は持ちこたえたものの、体がべたつく蒸し暑い一日でした。.

 マフラーが壊れて暴走族仕様のサウンドを響かせていた軽トラ。無事修理完了して普通の音になってしまいました。

 梅雨時になると見かけるタチアオイの花。2-3mくらいの高さまで育つので、ほとんどお邪魔な雑草化し始めました。

 クルマが出入りするT字路に生えていたので「視界の妨げになるから、遠慮しないで根こそぎ刈り取ってくれ。」と言われて刈り払い機でバッタバッタと切り倒しましたが、なんたってものがでかいから生け花にするには不向き。

 でも、せっかく咲いた花だから、花だけ摘み取って雨で増水している水路に流すと、浮き花の流しそうめんバージョンみたいで華やかでした。あっという間に流れていきましたが。

 花の命は短くて苦しきことのみ多かりき 

 「放浪記」の林芙美子の名詩ですが、この名前を思い出すと芙蓉の花が連想されてしまう。「芙」繋がりかな。

 むくげの花と似ているのですが、こちらでは冬寒いのでそれなりの手をかけないと芙蓉は育ちませんが、むくげは放っておけば藪になります。

 一頃、庭でむくげを育ててましたが、南ニダの国花だそうで、自衛隊機にレーダー照射したときに叩き切ってやりました。それでも生命力が強いので根っこが残っていれば簡単に新芽を出すので、民族性を象徴している。アメリカ由来の除草剤ぶち込んで根ごと枯らしました。

 その跡地にアジサイを挿し木しようかと、アジサイの枝もらってきました。

 花はお寺の手水場の浮き花にしてみました。

 今年はサンマ漁が記録的な不良らしく、凍ったさんましか食べていないから今のところ影響ないけれど、たぶんこちらも値上がりするんだろうな。自営業の猫にどう納得してもらうか?

 こういう年もあろうかと、サンマのかば焼きの缶詰は備蓄してありますが、そろそろウナギの受難日の土用ですね。ニーハオ産ウナギが出回っているようですが、ウナギ食べないので気になりません。

 昭和の時代、台湾が日本向けウナギの一大供給地でしたが、安い労働賃金当て粉でニーハオ大陸に移り、いつの間にか乗っ取られるお決まりのパターン。90年代には台湾のウナギ養殖の社長や重役が大陸で不審死する事件が相次ぎました。ニーハオウナギ地帯も水害の真っただ中のはずですが、今後どうなるのかねぇ?

 大陸で養殖されるウナギはヨーロッパ種のウナギで、日本のウナギとは種類も違うのですが、稚魚はどこから持ってくるのだろう?何でも欲しがる貪欲な連中ですから適正な数なんて眼中にないのでしょうが、この異常気象で昨年不良だった日本のウナギの稚魚の遡上は大量みたいです。

 かば焼きの陰で暗躍するウナギマフィア。

 今度はサンママフィアが出てくるのかな?

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花の色は

2020年07月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 NPOの山の整備に行ってきました。

 久々におてんとうさまが顔を出してくれたのは大いにありがたかったのですが、季節相応の蒸し暑さになりました。

 作業道わきにアジサイが植えられているのですが、今年は色があまりはっきりしません。雨続きで土壌の成分が安定していないのかもしれません。

 山の奥に行けば日本古来のアジサイが自生していますが、世にいうアジサイはシーボルトがオランダに持ち込んで改良されたハイドランジャーと言う帰国子女。

 固有のアジサイはたかが雨くらいで色が変わるようなことはないのですが、帰国子女は感情表現豊かですからね。見方を変えれば英語できなきゃただのバカみたいな者もいますが、尻が軽いところなんか…なんていうと問題になるか?

 例年になく勢いがあるのは湿地帯を好むトラノオで、勢力拡大の年みたいです。

 こういう気象の年は植生も勢力図が変わることがありますが、どう見ても立憲民主党や国民民主党のように自分たちが吐き出す毒で消滅する勢力だって出てきます。

 絶滅の危機、レッドデーターブックに載ったからと、余計な保護をしてはかえって自然の生業に反します。なんだかんだとしぶとく生き残っているのが自然の力。社民党だって残っているじゃありませんか。

 池の水全部はらいます!じゃないけれど、まず駆除せねばならないのは特定外来雑草や外来生物。こういうのが日本固有種を絶滅させる一番危険な動植物なので、キンケイギクやオオハンゴンソウ、アレチウリやチョウセンソウレンなど見かけたら引っこ抜いて焼き払うのが一番です。

 外敵は外から持ち込まれるばかりではなく、こちらから国外に出てひんしゅくを買う連中だっています。

 国外で日本出身の駆除対象の外来雑草としては、イタドリ、クズ、レンゴウセキグンなどがあります。

 イタドリなんか日本では山菜ですが、天敵のいない英国ではやたら増えて環境破壊しているようですし、葛切りを作れるクズだってアメリカではグリーンモンスターと呼ばれ山林破壊の元凶です。レンゴウセキグンもかつては中東で悪いことしまくってレッドアーミーと呼ばれて駆除対象です。

 雑草と言う名の草はない。確かにそうなのですが、本来そこにあってはならず秩序を破壊するルールに従わない草は雑草と呼ばれる駆除対象でしかない。

 こいつら、手を変え品を変え、あっちにくっつきこっちに寄生しながらしぶとく生き残っていますが、見かけたら静かに駆除の繰り返しが一番いいのかな?

 セイタカアワダチソウに駆逐されそうになった日本のススキですが、近年、セイタカアワダチソウの出す毒に耐性を持つススキが出てきたようなので、固有種だって進化してます。

 あくせくと野良作業ばかりではなく、こうして眺めてみることもしばしの息抜き。

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勤労奉仕

2020年07月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜からパソコンの調子が極端におかしくなりました。またウィンドウズが余計なアップデートをしたのでしょうが、毎度アップデートのたびにバカになっていくのがワープロソフトのIMEで、何?この漢字変換!と思えるような変換が相次ぐ。

 おそらく統計でコンピューターが選んでいるのだろうけど、こうなるとAIの判断ってやつもあまりあてにはならないでしょうね。

 今回はパスワードを全て忘れたようで、ブログもメールもいちいち打ち直さなければ入れない。面倒だから夜に落ち着いてやろうと接続しなかった。

 朝から地区の若手が開催する映画会の会場設営に行きました。ドライブインシアターとか言って、クルマに乗ったまま映画を見るスタイルだそうで、以前のように椅子を並べる必要はないけれど、スクリーンを作るのが大仕事。

 今回は大学生たちが主体なので、足場を組んでの高所作業になるのでおぢさんたちの協力が必要になりますが、「若い衆が何かやるっていいね!」と趣旨に賛同しながらも、足が悪いから、腰が悪いから、酒癖が悪いからと作業には出てきません。

 結局私と、一年先輩の二人のおぢさんたちだけが顔を出しました。

 PTAに手伝ってもらっての学園祭みたいなものですが、若い連中もそれぞれ自分の役割見つけて、看板立てや防護幕を張るなどの作業をやってくれました。

 日大や立教や千葉工大など小生意気な学生たちですが、赤ん坊の頃から見知った連中なのでよくぞまともに育ってくれた!と親の顔思い浮かべて感心してます。

 授業がパソコンで行われているので東京にいることはないと、このところちょくちょく顔を見ていたのですが、学校によっては夏休みが8月半ばからになるそうです。毎日夏休みみたいなもんでしょうけど。

 前期試験もなかったようで、ネットでの出席が評価になるのだとか。でも学費は取られるみたいです。

 4年生は就職も内定しているようで、あとは卒業だけなのですが、いつ卒業になるのか先伸びしそうな気もすると心配してました。

 久々に若い連中とわいわい騒ぎながらの作業は楽しかったのですが、そのあとは河川敷の草刈り。これもまた言い出しっぺたちが、足が悪い、腰が悪い、酒癖が悪いと作業辞退するので、一人で黙々夕方まで働いてきました。

 映画と河川敷作業慰労会のビアガーデンは同時刻開催でしたが、その時間、一日勤労奉仕の私は家で寝てました。

 目が覚めたのが夜の9時ごろで、パソコンに設定などをやり直しましたが、ネットニュースで「訃報、春馬さん自殺か?」の文字。

 落語家も寄席が閉鎖になっていたからなぁ。と、勝手に思い込んでしまったのは、ネットニュースの見出しに何やらタイトルを取った高校生棋士の和服姿が出ていたからでした。

 桂三木助、上方落語の桂枝雀、ヤングオーオーに出ていた林家小染なんて落語家が自ら命を絶ってますね。で、春馬さんって?イケメン俳優?落語家さんではなかったんですね。存じ上げなかったもので。

 なんだかねぇ。とんでもない勢いで感染者が増えているようですが、重症化する患者数は少ないみたいですね。不幸中の幸いです。

 非核三原則じゃないけど、「持ち込ませない」を早期にやっていればと言う悔いは残りますが、世界的にニーハオパージが動き始めましたね。

 感情で動いている相手に何を言っても無駄なので、静かに立ち去るが一番無難な解決だと思いますが、これもまたソーシャルディスタンス。

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つかの間のうどん

2020年07月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 なんだかんだと一日霧雨が降ってました。

 こういう薄暗い時には日が暮れたと勘違いした野生動物が出てくるの要注意ですが、思わぬところに祠があるともっと異形なものが出てきそうでこれまた怖い。でも、やはり化け物より獣のほうがリアルで怖いかな?

 雨のせいなのか?気圧のせいなのか?一日膝の古傷がズキズキしてました。

 笹に覆われた古道を刈り払っていると祠があったのでお参りしたら、なんと!膝の痛みが全然治ってない。だめだこりゃ。と家に帰ってボルタレン軟膏塗りこみました。やっぱ、間違えて買ったボラギノールより効果ありますわ。

 野放しになってから増え続けるニーハオコロナ感染者。案外ダイジョブ?と思っていた香川県でも感染者が出ている模様ですね。夜のクラブ活動じゃなくて讃岐うどん食べに来てばらまいたのかな?

 恐るべきうどん。

 私が幼少の頃はうどんは自宅で打って食べるものでした。農業が忙しい時期にはぶっかけうどんと言って、茹でたてのうどんに生卵入れて醤油をかけて鰹節をまぶして食べたものですが、戦前は蕎麦かきと同様、横着料理として出征前の男子が食べるものではなかったそうです。なんだかんだ言いながら女性たちが自分たちだけで美味しい食べ方をしていたんですね。

 母型の親戚が香川県の坂出や琴平にあったので、幼少の時に行ったことがありましたが、「釜揚げうどん」と称して男の人も食べていました。

 私は昆布出汁が苦手で、関西の味になじまなかったのですが、四国のいりこ出汁は煮干しを多用するこちらの味に近くてなじめました。

 山の中で食べるうどんも楽しいですよ。

 GoToに関係なく県外に出るとラーメンを食べてしまうのですが、うどん文化圏と言うのも実に興味深いです。

 越後の糸魚川あたりから文化県が変わるんですね。魚なら鮭からブリに。うどんはかつおだしから昆布だしに。その微妙な地帯にタラ汁文化圏があります。

 富山の昆布だしは大好きで、富山に入ったら必ず白エビのかき揚げが入ったうどんを食べますが、まぁなんたって海産物から縁遠い土地に生まれ育っていますので。

 福岡のゴボウのかき揚げと混ぜご飯のうどんも良かったし、個人的には秋田県南の稲庭うどんが一番好きかな?

 うどんでGoToモードになってきましたが、こういうご時世なので。

 非常食用に保存しておいた、と言うよりたまたまもらったのですが、明星チャルメラの賞味期限が来月半ばで切れるので、当分山ご飯はラーメンになりそうです。

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