のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

Масленица

2011年02月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 ロシア正教ではパースハ(復活祭)の7週間前にマースレニッツァМасленицаというお祭りがあります。グレゴリオ暦なので毎年日にちが異なりますが、今年は2月28日からの一週間です。この一週間があけるとパースハまでヴェリーキー・ポーストという精進期間に入ります。

 マースレニッツァがやってくるとロシア人は「春になった」と感じるそうです。

 マースレニッツァにはブリヌイというロシア風のクレープを食べます。

110228  苺のジャムや酸味のあるサワークリームを塗って食べるのが一般的ですが、私はホットケーキのようにメープルシロップをかけて食べるのが好みです。

 このマースレニッツァの一週間が終わると、パースハまでの6週間は一応表向きには肉食を禁じた精進の期間に入りますが、6週間も肉食をしないロシア人なんぞ見たことがありません。大体あの連中がそんな敬虔なことするわけがない。

 私もこの夏から11月頃まで、極力動物蛋白を取らないで生活しました。ダイエットと体質回線が目的でしたが、模範的なベジタリアン生活だったかといわれれば、牛乳は毎日飲んでいましたし、ラーメンは週2-3回食べていました。

 体重はそれほど減らなかったものの、この間に足腰を鍛えたので、この冬のスキーがずいぶん軽快になった気がします。それでも、イメージと実際の動きのずれは相変わらずで、若かりし頃の滑りにはなかなか戻れません。日曜にこぶの急斜面で夢中になってモーグルをやっていたら、夜から腰や首が痛くなり、夜中にふくらはぎや背筋がつって目がさめたり、朝起き上がるのに掛け声は出ても起き上がれない。しばらく後遺症にさいなまれそうです。

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復活

2011年02月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 私事ですが、レフ・トルストイの「復活(Воскре сение)」を読んだのは比較的最近のことで、1995年になってでした。

 日本では演劇と歌でヒロインのカチューシャが小説以上に有名になってしまった、ロシア人もびっくりするエピソードを持っています。

 ♪カチューシャかわいや別れの辛さ♪の歌が流行ったこともさることながら、女優・松井須磨子との不倫が原因で早稲田大学の教授を追われた島村抱月が立ち上げた芸術座が、公演で「復活」を上演し世に知らしめました。今で言うなら「冬ソナ」ブームのような人気だったそうです。

 本国ロシアでは革命のただならぬ時代に、日本では思いも寄らぬロシア文学ブームに沸き立っていたのも面白い話です。島村抱月は演劇と松井須磨子が歌う劇中歌を流行歌としてヒットさせる、今で言うならテレビや映画とその挿入歌の両面でのヒットをさせる手法の先駆者かもしれません。

 この「復活」の大ヒットに味を占めた島村抱月はツルゲーネフの「その前夜」を演劇化し、♪命短し恋せよ乙女♪で知られる”ゴンドラの歌”をヒットさせ、次にレフ・トルストイの「生ける屍」を演劇にして、現在ではあまり知られていませんが♪行こか戻ろか 北極光(オーロラ)の下を♪と歌う”さすらいの歌”が流行しています。

 貴族のネフリュードフは小間使いの田舎娘カチューシャをもてあそんで捨ててしまいます。捨てられたカチューシャは世間からつまはじきになり娼婦に身を落します。

 時は流れ、ネフリュードフは裁判の陪審員として裁判に立ち会いますが、その被告がかつて自分がもてあそんで捨てた娘カチューシャ、しかも無実の罪で裁判にかけられていました。

 自分がカチューシャをここまで貶めた原因であることを悔いたネフリュードフは罪の意識に苛まれ、カチューシャをすくうために流刑地のシベリアまで赴きます。

 悔い、悟ることで純粋だった頃の自分を取り戻すネフリュードフとカチューシャ健気さが胸を熱くする物語です。

 このモデルになった実話が存在したそうで、友人の法律家からその話を聞いたレフ・トルストイが小説にしました。現実のモデルになった話では、流刑になった女性は流刑地で病死したそうですが、小説の中ではカチューシャは同じ流刑人の男と結婚します。レフ・トルストイは当時の読者の反響なども考えて、この結末には何種類も用意していたそうです。

 人が人を裁く「法律」の愚かしさを謳っているようでもあり、実際、読み終えて感じる事は「赦す」と言うことの深く偉大なことで、小説の最後にはマタイ伝第5章の「山上の垂訓」が出てきます。人間が苦しみから唯一脱出できる道は、自分には人を罰する資格などないことを自覚することから始まり、どんな人であっても限りなく赦せと言う教えです。

 たまたま、この小説を読み終えた頃「北の国から95’秘密」が放送されました。純が付き合い始めた宮沢りえちゃん演じるシュウは元ポルノ女優で、それを知った純が苦悩しているとき、番組の最後に父親の黒板吾郎がこう説得します。

 人間生きていくうちには石鹸で洗っても落ちない汚れがたくさんついてしまうものだ、そんな汚れはどうやって落せばいいんだ?・・・・・・赦すことだ唯一の道だろう。・・・・・・

 キリスト教の「復活」はゾンビに象徴されがちな誤解をしてしまいます「北の国から」のこのテレビ番組を見ながら「復活」の深い部分の意味が見えてきた思いがしました。相手を責めるのはたやすいようで実は自分自身の首を絞めているのも同じで、謙虚になって赦すことで実は自分の心を救っているのかもしれません。心が呪縛から解き放たれたときもまた「復活」なのかもしれません。

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戒厳

2011年02月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 昭和11年の2月26日、軍事クーデター二・二六事件が起きました。

 首謀者の北一輝は新潟県の佐渡島の出身だそうで、本名は北輝次郎。中国風に一輝と名を変えていたそうです。こういう事件を起こすのだから「右翼」と思われがちですが、半天皇制の社会民主主義者だったそうで、右も左も極端に行けば同じだということかもしれません。

 二・二六事件では当時の総理大臣だった岡田啓介や、「坂の上の雲」でもおなじみの高橋是清など国の重鎮が殺害され、太平洋戦争終結時の総理大臣鈴木貫太郎も襲撃されましたが一命を取り留めました。

 鈴木貫太郎という人物。出身は大阪の堺市あたりですが、父親が群馬県庁に勤めたために前橋で育ち、今の桃井小学校や前橋高校で学び、海軍大学校に進んだ人物です。

 20年ほど前のことですが、湯治に来たお年寄りに二・二六事件の話を聞きました。徴兵されて東京の連隊に所属されたばかりのときで、事件の翌日、2月27日に突然出動命令が出て、今の四谷あたりの警備につかされたそうです。なにが起きたのか?何も知らされないまま、言われた場所に鉄砲を持って立っていたそうです。この老人が建たされた場所の近くが旧麹町付近で、鈴木貫太郎が襲撃された侍従長の官舎の付近だったそうです。

 二・二六事件だったことを理解できたのは戦後のことだったそうで、「本当に何もわからず、寒い冬空の下で突っ立っていただけだった。」と戒厳令を振り返っていました。

 日本において戒厳令は過去3回あり、明治38年、日露戦争終結におけるポーツマス条約への不満から国民の不満が高まり、日々や焼き討ち事件などの暴動が起きて出された戒厳令。大正12年の関東大震災による戒厳令。そして昭和11年の二・二六事件による戒厳令です。

 政府が機能しなくなった状態で、法を一部無視して軍に治安維持を任せるのが戒厳で、今のエジプトなどこの戒厳下にあります。このまま軍が居座れば軍事クーデターですが、そこそこ民度が高い国ならシビリアンコントロールの意味がわかっているので、どこかで軍が手を引いて政権を移譲するはずですが、アラブ諸国はどうなるのだろう?

 日本も無政府状態のようなものですから人災震災問わず大きな事件のとき、シビリアンコントロールが期待できるだろうか?それより、自衛隊に「お国のために用意はいいか?」と覚悟があるのだろうか?阪神淡路大震災のことを思い出すと、「無識」の人間によるシビリアンコントロールの危うさも考えてしまいます。

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本当は弱い

2011年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 日本がロシアを狙っている?北海道に自衛隊を終結してロシアと一戦交える準備をしている。
 ロシア極東ではこんなうわさが飛び交っているそうです。
 事の発端はロシアなんですし、もともと自分達に負い目があるからこんなうわさを流して市民を揺動しようとしているのだろうか?

 実はロシアは戦争に弱い国で、トルコとの戦争はほとんど負けっぱなし。ナポレオンだって首都モスクワを完全に制圧されたものの、お偉いさんは地下にもぐって冬の到来を待ち、ナポレオンたちが撤退するときになって砲弾をうち「俺達はナポレオンを追い出した!」と喚起する国です。

 けんかに弱い奴ほど虚勢を張り、画策するもので、中国やフランスなど戦争に弱い国ほど情報操作や「敵の敵は見方」と反対勢力と手を組むこともいとわないしたたかさを見せます。日本の場合、なまじ戦争に強いために王道を進みたがりますが、正直すぎて「狡猾」に見事に翻弄されています。

 数字上の軍事力ならロシアははるかに日本をしのいでいるはずですが、何故そんなに日本を怖れているのだろう?やはり弱いことを知っているからでしょうが、これもまた重要なことだと思います。

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民度

2011年02月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 60代の知り合いの男性は、ベトナム戦争の時代に立川の米軍基地で戦死者の遺体処理のアルバイトを経験しました。当時、1ドル360円の時代だったので、一週間足らずで月給以上の高級が得られ仕事だったものの、この歳になっても良くない思い出として忘れられない厳しい仕事だったそうです。

 巨大なプールに入れられた死体を見栄え良く見繕う仕事だったそうで、中には手足の引きちぎれたものもあり、それを当人のものと思われる「部品」を拾い集めて形にする作業だったそうです。

 どんな形であれ、遺体を本国に送り返すアメリカの考えも良くわからなかったものの、「こうした隊員や家族への配慮が、何故、日本が戦争に負けたのか?わかった気がした。」と語っていました。太平洋戦争当時の日本の場合、空っぽの白木の箱を「息子さんです」と持ってきたのですから、どちらが兵士を大切にしていたか、違いがあります。

 今回のニュージーランドの地震で間が見つからない日本人がいますが、ニュージーランドも人を粗末にしない進んだ国ですから、もし亡くなっていたとしても必ず遺体を回収してくれることでしょう。

 四川省の大地震のときは、まだ中に人が埋まっている可能性がある瓦礫を、重機で押して穴に埋めてしまいました。テレビのニュースで、安全な成都に移動する人々の集団が報道され、その仲の子供がインタビューに答えて「まだお父さんとお母さんが見つからないの」と語るシーンが移されていましたが、日本人なら親が見つかるまでその場を離れないことでしょう。

 不況の昨今、人を使い捨てにする企業が意外と元気がよいものですが、今の時代は人を粗末にする国が元気よいことも似ています。こうした経済の展開は程なく変化があることでしょうが、今回のような災害のたびに「民度」に注目しながら事態の成り行きを見守っています。

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救助隊

2011年02月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 ニュージーランドの地震で倒壊した建物に閉じ込められ生死不明のかたがたが多数います。連絡が取れず行方不明の日本人が20名を超えているようで、日本人が海外で巻き込まれた災害としては屈指の事件だと思います。日本からも災害救助の集団が派遣されました。

 そのほとんどが語学留学の学生で、女性というのも世情を映し出しているように思えます。

 ニュージーランドは治安もよく、語学留学に行くには安心していける国だと思いますが、地震に関しては日本並みに多発する土地だそうです。

 自然災害といえば、インドネシアの地震から起きた大津波で、タイのプーケットなどが大規模な被害にあいました。国外からの観光客が多い海岸なので、被害にあった日本人もいました。鯛はロシア人が入国しやすい国だったこともあり、ロシア人の観光地としても有名ですが、日本人以上に津波の被害を受けた人数が多く、一説には百人を超えるロシア人が津波に飲まれたとも言われています。

 今回のニュージーランドの地震。留学大国の中国人も被害にあっていると思いますが、どのくらいの人数がいるのだろう?はたして中国からの災害久寿の団体をニュージーランドが受け入れるだろうか?

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危うし!

2011年02月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 カダフィー危うし?リビアではネットで広がった民主化運動が国内の騒乱を招き、あの強硬な指導者といわれたカダフィーの足元が崩れています。

 テロ支援国家と名指しされUSAの目の敵だったカダフィーが、国内の不振でいとも簡単に崩れる。イノベーションの恐ろしさ、痛快があります。

 独裁者と一党独裁は微妙に違い、中国をたとえるなら、あの毛沢東でさえ大躍進運動の失敗で失脚していますが、中国共産党は残っています。その後、復権した毛沢東が文化大革命を起こすことになるのですが、「党」と「個人」の攻撃対象の曖昧さと明確さの違いだと思います。

 日本の場合?首相の首を挿げ替えることで党が延命を図ることになるのでしょうが、国民が望んでいるのは解散総選挙でしょう。

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境界

2011年02月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 家の近くの杉林に夜になるとサルの群れがたむろしているようで、ディズニーランドのジャングルなんたらのような声が一晩中響いています。サルの声は遠くまで届くので、杉林から300mほど離れた場所でもその声が聞こえていました。

 いつもなら夜になるとフクロウの鳴き声が聞こえたものですが、サルの声では夜の情緒がありません。

 世界で最も北にすむサルは青森県の下北半島のニホンザルで、20年ほど前に脇野沢に行ったときに、サルやカモシカの写真を撮っている磯山さんという写真家に会いました。

 磯山さんはもともと三重県の出身で、野生のサルの写真を撮っているうちに脇の祭に住み着いてしまった人ですが、村の人たちと同じ目線でサルの被害についても心を痛めている人物でした。その気住む人たちと、たまにその土地を訪れて自然に触れたような気持ちで満足している人たちとの目線の違いや、責任感の違いは大きいのですが、両方の目線で見ることはとても重要です。

 人と野生動物の距離感が狂っていると感じるようになったのはこの20年ほどですが、森林の乱伐が進んでいた私の幼少期は山に入っても野生動物を目にすることはまれでした。むしろ、保護活動が動き出してから野生動物に出会うことが多くなったように感じます。

 野生動物が人を怖れなくなったのだろうか?と、目線を変えると、友好や友愛などない野生の世界ではあまり好ましくない傾向だと思います。一種のアブラムシとアリのように生存の上で便宜上共存しているような野生生物間の共存はありますが、基本的に異種生物間に存在するのは食うか食われるかの生存競争です。異種生物間の出会いは捕食を意味します。

 当然、野生生物と人との間にも生存競争による対立は存在するわけで、人里に出てくれば攻撃されるから出てこないのも道理。人側の防衛・安保のたがが緩んできたから野生動物が里に出てくる。尖閣問題、竹島問題、北方領土。その基本がこの山の中に存在しています。

 やはり、人と野生動物の生存権の境界ははっきりさせなければなりません。

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どっちなんだろうね

2011年02月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 中東北アフリカの民主化要求でも発意にあのリビアにも飛び火しましたが、さすがカダフィーの国、市民に対してもやることは厳しい。200人を超える死者が出ている模様です。なぜかカダフィ-だけは応援したくなるキャラクターですが、もちろんそんな国に住んでいない気楽さから。ああいう狂人も面白いと見ているだけで、そこに住む市民にしたらたまったものではないでしょうね。

 ネットに対して重度の規制が敷かれている中国でも小規模ながらデモの動きがあり、上海や北京で逮捕者が出ている模様です。

 日本的な民主主義がよいのか?中国のような独裁強権主義がよいのか?選択に迷っているのがアジアの各国だと思いますが、日本の迷走で中国的なほうがよいのか?と迷っていると耳にしています。

 中国主導の民主主義が蔓延しているアフリカですが、声がアラブ諸国から南に飛び火すれば1950年以来のアフリカの春の再来になるかもしれません。

 国民そっちのけで内紛に明け暮れている民主党の日本はどうなるのだろう?たぶん彼らは中国的な強い政治主導の政権を作りたかったのでしょうが、思った以上に早く国民が疑念を持ち始めたことから足元をすくわれたのかもしれません。どこが民主やねん!と言いたくなります。

 デモこそ起きないものの「無視」が日本国民のプロテストなんだろうか?

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眠れなかった

2011年02月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 先週頼まれたパキスタン人の人物紹介の翻訳をやり終えました。ウルドゥー語から英語の訳されたものを日本語に訳しましたが、何が苦労したかといわれれば地名とと固有名詞の多さ。どれが個人の名詞で、どれが地名なのか?句読点がほとんどない文章にすべて大文字で書かれてきているのでどこで文が区切られているのかわからない。さらにスペルミスが多くて英語なのか?ウルドゥー語の単語をローマ字表記したのかもわからない。

 アメリカ人の友人にアドバイスを受け、スペルミスは「たぶんこの言葉だと思う」「こっちはパキスタンの言葉じゃないかな?」とチェックしてもらいましたが、英語は単語の順番が違うと意味が変わってしまう言語なので、「単語一つ一つの意味はわかってもどういうほうこの文章なのかわからない。」と首をひねっていました。こういうときに曖昧な日本語になれていると前後の流れから文脈を想像できます。

 わかる限り単語を調べて作文しながら日本語の文章を作り上げていくパズルのような作業でした。英単語の使いかtも「おおよそこんなニュアンス」程度に頭にとどめて置かないと成り立たないような言葉を使っているので、異様に疲れました。

 お互い英語が外国語なので、会話のときは必要以上の言葉を用いないので、ネイティブと会話するときより意味を理解しやすい利点のもありますが、文章にされると目茶苦茶でした。

 これで安心して眠れるろうか?

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三寒四温

2011年02月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 三寒四温といわれるごとく温かくなったり寒くなったり不安定な季節ですが、この季節なのに15日の朝など氷点下10度。もう必要ないかと水道の熱線の電源を抜いて置いたら見事に凍結しました。まさに山間死温です。

 

 私の同級生の息子が通勤途中で、突然飛び出してきたサルを轢いてしまったそうです。サルをよけようとして急ハンドルを切ったものの間に合わず、コントロールを失った自動車は石垣に激突し、修理費にかかった費用が40万円。サル派は怪我をしながらも藪の中に逃げたそうです。

 町では猿害対策に腰を上げており、サル一匹8000円の賞金首がかけられていますが、修理費40万円をまかなうには50匹のサルを捕獲しなければなりません。中規模のサルの群れを一つひき殺せば修理費を回収できるからがんばれ!と激励したら、「勘弁してくださいよ」とぼやいていました。

 ところで、この轢かれたサルはどうなったかというと、まだ元気に人里を飛び歩いており、身障者のサルとなって出現しています。このサルがたびたび出現する近辺に「西嶺の里」という老人介護施設があります。痴呆症になったお年寄りなどが入る施設ですが、近年増え続けるこうした施設の中では早い時期にできた施設です。

 最近は病院やNPOがこうした老人介護の施設を作っていますが、今の時代「成長産業」の一つかもしれません。でも、こんな調子で増え続けるとそのうち競争過多になるのではなかろうか?なんて心配しています。

 何かと軽率な発言で火の粉を振りまいている鳩山元首相ですが、そろそろ介護施設に入れて余生を過ごしてもらったほうが国のためです。外交と称してぼけたお年寄りを国外に出してトラブルを起こされたらたまったものではありませんし、外交と定年後の旅行三昧は全然意味が違います。毎月高額なお小遣いをお母さんからもらえるので、受け入れた施設は設備投資や職員の賞与などありがたい上客になることでしょう。

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太陽光発電

2011年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 夜、「このたびあなたがお住まいの地域が太陽光発電の指定地域になりました。」 と、勧誘の電話が来ました。以前トラブルが起きたことで聞いた会社で、指定地域って言ったって、どうせこの会社の内部事情で、公的な指定ではないこと明白です。

 ”その太陽光発電って、家の屋根にのせる奴でしょう。”

 「そうでございます。ぜひこの機会に導入のご検討を・・・」

 ”で、屋根の上の雪は誰が落としてくれるの?屋根の雪落としにも来てもらえるのかな?”

 「??????」

 ”あなた、こちらに来て見たことある?この雪に埋もれた土地で、どうやって冬の太陽光発電ができるのか理解して物申しているの?”

 「あくまでご紹介差し上げただけで、その辺の事情は・・・」

 ”指定地域でしょう。そんなことわからないで指定するわけないじゃない。どこが指定したの?環境省?経済産業省?当然この積雪や寒さを想定して指定しているわけだよね。”

 「それはこちらがお答えできる問題ではございませんので・・・・」

 ”それは違うでしょう。そんな無責任な答弁が通るわけないでしょう。あなたが紹介するのならあなたにも責任があります。大いにあります。説明責任なんてあいまいなことは言いませんよ。アカウタビリティ。落とし前ね。雪かきにもきてくれるんだよね。えーっと、○○社の●●さんだったね。責任者出してくれる?”

 「先ほども申し上げたように、ご紹介にあがったまでで・・・」

 ”あなたねぇ、いい若者がそんなペテンの片棒担いでいたらだめだよ。塀の上を歩くより、おテントウさまの下をどうどうと歩ける仕事をしなさい。環境という人様の善意に寄生するようなことを是としていては腰に縄つけられることになるよ。”

 説教して電話を切りました。太陽光発電はこれから大いに推奨される分野だと思いますが、怪しいベンチャーが多々いるのも現実で、こういう連中が信頼を落としています。このままではせっかくの新技術も文字通り日の目を見ないで終わってしまうでしょう。

 それにしても、山の中に捨てられている間伐材や風倒木。これをバイオマスでエネルギーにすることができれば大いに役立つと思いますが、この雪深い山の中では太陽光発電よりよほど可能性があります。

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自助論

2011年02月16日 | 日記・エッセイ・コラム

 「天は自らを助くる者を助く」 サミュエル・スマイルの自助論に出てくる言葉ですが、1856年に書かれた本です。幕末の日本にも影響を与えた本だといわれていますが、今の時代にもう一度問いたくなる書物かも知れません。

 英国のサッチャー首相もこの本を参考に傾いた英国を立て直したといわれています。

 ”自己修養においては、決断と機敏さも欠かせない。この二つの資質を伸ばすには、人間を若いうちから自立させ、自由に行動する機会をできるだけ与えておくべきだ。過保護や目に余る束縛は、自助の習慣をつける妨げともなる。”

 ”自尊心とは、人間がまとう最も尊い衣装であり、何ものにもまして精神を奮い立たせる。
 「汝自身を敬え」とはピタゴラスが弟子に命じた言葉だが、自尊心という気高い理念に支えられた人間は、確かに決して官能におぼれて身を汚したり、卑屈な考えで心を汚したりはしない。
 日常生活のすみずみまで自尊心が行き渡れば、それは清潔や沈着冷静、貞操、道義心などあらゆる美徳の基礎となるだろう。”

 ”真の人格者は自尊心に厚く、何よりも自らの品性に重きを置く。
 さらに、人格者は自分を尊ぶのと同じ理由でほかの人々をも敬う。彼らにとっては、人間性とは神聖にして侵すべからざるものだ。そしてこのような考え方から、礼節や寛容、思いやりや慈悲の心が生まれてくる。”

 現代人にも耳の痛い言葉が出てきますが、明治維新の時代にこうした教えを広めることで”貧しくもきらりと光る国日本”が世界に認知されてきたんでしょうね。経済三流、政治は四列目であっても国民は一流。これが重要だと思います。

 たまたま図書館で借りてきた本でしたが、目が覚める思いで読んでいます。

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イスラム社会

2011年02月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 さすが4千年の歴史を持つエジプトだなぁ!と感心しているのは、しばらくといいながら30年も大統領を続けていたムバラク大統領が市民のパワーに追い出されて、軍が仮に政府を管理しています。

 今がチャンス!と、軍中心に走るのかと思いきや「あくまで仮の政府ですよ」とイスラエルとも距離を保ち、平定を保っています。政治的空白ができればイスラム原理主義が入り込んでくる危うい状況の国家状態ですが、軍が管理している間はこうした一派が動くこともできないでしょうし、この間に新体制を作り軍が「私の役目はここまで」と元の位置に戻ればたいした民度の高さです。

 デモで集まった市民が、デモの後にゴミ拾いをしていた光景にも”日本以外でこんな民族がいたのか!”と驚きましたが、この政変、案外まともな方向に進むのかもしれないと期待しています。

 排他的なイスラム国とは言え、もともとは日本同様太陽神を進行する多神教の国だったエジプトですから、多神教特有の異なるものをも認める寛容さが残っているのか、こんな時にもかかわらず妙に落ち着いています。

 

 イスラムといえば、イスラムの派閥の内紛で日本に逃げてきているパキスタン人から書類の翻訳を頼まれました。ウルドゥー語から英訳したものを日本語にしてくれと頼まれましたが、イスラムやパキスタンの法律を知っていることを前提に作られた書類なので、意味のわからない言葉が山ほど出てきてそれを調べることが大仕事になっています。

 知り合いのパキスタン人に聞いても「ウルドゥー語のままならわかるけど英訳されるとかえってわからない。」「州が違うので法律も違うからはっきり言えない。」「こいつ私達と異なる宗派なので協力したくない。」「関わりたくない!」と難航しています。

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味噌

2011年02月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方から夜にかけて東京方面にも雪が積もったようです。

 どういうわけか我が家の界隈は雪が少ない冬で、日本海方面の雪雲は山脈の向こうで雪を落として新潟方面が大雪になっているにもかかわらず、こちらまで雪雲が来ない。今回のような太平洋側の雪も内陸過ぎて影響が少ない。大量の雪が降らないもののこまめに少量の雪が降っているのがこの冬の特徴です。

 夕方、山の中でシカの足跡を見つけました。その足跡をたどっていくと、途中から人の靴の後がありました。たぶん、昨日の日曜の足跡で、猟師がシカの後を追いかけたのでしょう。しばらくあとをたどっていくと、シカが急な崖を上った足跡と、シカの追跡をあきらめた猟師が坂を下った足跡に分かれていました。

 自分の足跡をたどり、元の場所に戻ることにしましたが、雪が降り始めていて先ほど歩いてきた足跡の上に雪が積もり始めていました。

 慣れた場所なので足跡が消えても戻ることに何も問題はありませんが、これも恐い山の事故につながるなと考えました。

 

 夜、父が味噌を仕込むというので手伝いに行きました。薪ストーブで煮た大豆をすりつぶす作業ですが、いつも使っている餅つき機のモーターが焼けてだめになってしまったために、スリコギで大豆をすりつぶす手作業でした。5升程度だったので簡単に終わるかと思ったら大間違いで、汗だくになって豆をすりつぶしました。

 今年は野生動物に徹底的に大豆をあらされてしまったので、知り合いをたずねて大豆を分けてもらいました。

 味噌は仕込んでから食べるまで3年ほど寝かせなければなりません。いつも越後の麹屋から買っている麦と米麹のブレンドのほか、この冬、父が味噌玉を作って我が家で作った麹を使った味噌の2種類仕込みましたが、味噌玉の麹の元は稲藁についているバクテリアです。天然の麹と、科学的に管理されてできた麹が3年後、どんな味の違いになっているだろうか?

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