のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

冷やし中華

2012年07月31日 | 日記・エッセイ・コラム

  日本の夏を象徴する料理になってしまった冷し中華。これは日本生まれで中国にはない料理です。横浜の中華街が発祥といわれています。

 麺類の類は温菜といって温かくして食べるものとされています。冷し中華はそういう意味では邪道になります。

 一度中国で冷やし中華を披露してやろうかと思っているのですが、なかなか難しい問題があります。

 まず第一に水、湯がいた麺を冷やすためには冷たい水で洗い流さなければなりません。もちろん中国にだって水道をひねれば冷たい水ぐらいは出てきますが、なんといっても、水が水ですから、人に薦めても自分で食べるには度胸がいります。ミネラルウォーターで、と言う方法もありますが、そこまでお金をかけてまで作りたくはありません。

 水と言えば、夏に外国に行って思わぬ落とし穴に「氷」があります。水には注意していても氷には油断をしてしまうようです。飲み物に入っている氷を口に含んだために苦しむ羽目になった話はよく耳にします。暑いときに冷たいものはありがたいけれど、注意は必要です。

 冷し中華にはたくさんの具が乗りますが、これも冷たいものだけに神経を使います。通常冷し中華の具といえば、きゅうりの千切り、玉子焼きの千切り、チャーシューもしくはハムの千切りとトマトが王道ですが、どれもこれも危ないといえば危ないような。

 何より、冷たい麺を中国の人々が受け入れるかと言う心配もありますが、日本でしか食べられない中華料理でしょうから一度は体験させてみたいです。

 最近の黒酢ブームで注目されるようになりましたが、中国の料理には黒酢を使った料理が多く、酸っぱいものが好きなんだなと言う印象を受けます。冷し中華の酸っぱいタレは好まれるかも?

 中華料理って何だろう?と考えると。丸底の中華鍋に油を敷いて強火で炒めれば何でも中華料理になってしまうみたいで、それでは冷し中華はその定義から外れるぞ!と考えてしまいます。

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ヒメカイオウ

2012年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム

120729l1  一見ミズバショウに見えますが、ヒメカイオウの花です。ミズバショウは花月ほど前に花の季節が終わっています。

 今頃の季節に咲くので花の時期も違います。

 このヒメカイオウの名前が思い出せなくて悶々としていました。ヒメまでは思い出せたんですが、そこから先がすっぽり抜け落ちて、どうにもこうにも思い出せない。家に戻って図鑑を調べようと考えていたんですが、家に帰って「何か図鑑で調べるはずだった。」までは思い出せましたが「何を探すんだったっけな」とそれが思い出せない。

 やばい!ボケが始まっているの?

 デジカメの写真見ながら、そうだった!と何を調べようと考えていたのか思い出せました。

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武尊山

2012年07月29日 | 日記・エッセイ・コラム

120729e  武尊山(2158m)に登ってきました。

 稜線を昇って前武尊(2039m)の少し手前に、あれ?と興味深い仏様を発見しました。

 一見どこにでもありそうなお地蔵様ですが、錫杖(シャクジョウ)の頭の部分が気になりました。

 丸い円の中に十字が・・・それも妙に形が不自然な十字。

 隠れキリシタンの十字架でしょう。あえてご禁制の危険を犯しても主張するところが偉いと思いますが、案外、何の違和感もなく「こういうもの」と言う感覚で設置したのかもしれません。

 よく気をつけてみると、地蔵様の手の上に衣の襟が掛かっている。これも不自然。キリスト教の司祭が首にかけるストラと呼ばれる帯を模したものでしょう。

 利根・沼田地区はキリシタン禁止令が出た後も、真田藩が30年以上黙認していたために、隠れキリシタンが普通に生活していた稀有な土地。こうした異物があちこちにあります。

120729e1

 普通、錫杖の頭は円系の飾り物になるのが多いのですが、妙に形が歪んでいて、その円をつなぐ筋交いが途中で途切れて、そのものズバリ大胆に十字架になっている。

 隠れキリシタンと山岳信仰の接点がかみ合いませんが、こうして排他性を持たないことで生き延びていたんでしょうね。

 このあたりの山人には十二様信仰という山岳信仰がありますが、この十二という数字も怪しいですね。十二様信仰のある山里には不思議と隠れキリシタン遺跡が多い。

 隠れキリシタンの多くは「転び」と言って、仏教などに表向きを買え、やがて自分達が隠れキリシタンであったことも忘れられたようですが、明治維新以降、内村鑑三や新島襄などのキリスト教徒が群馬県から続出します。

120729f2  武尊山の言われは日本武尊(やまとたけるのみこと)で、前橋あたりで土着民に破れて逃げ帰ったはずですが、群馬県は日本武尊由来の地名が多い土地です。

 前武尊には日本武尊像があります。いかりや長介の「オ~ッス」の姿に似ているので「オッスの像」と私達は呼んでいますが、この銅像を設置したのはこの稜線の下に住む花咲集落の人たちで、集落の人たちがセメントや砂利などを背負って設置したそうです。

 地元の人の裏話では、銅像の下のコンクリートの台を作るとき、セメントを練る水まで下から持ち上げたそうですが、ここに到着した途端に土砂降りの雨になり、ビニールシートにためた雨水でコンクリート作りに事足りたそうです。

 山開きには修験道の行者が登って来てお祭りをします。

 ここから山頂までは緩やかな稜線なので、トレールランニング気取りで走ったのですが、これが足腰に負担をかけ、下山のときはヒザががたがたでした。

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審判

2012年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 地区の祇園祭でした。

 例年のごとく、お祭りの宴の外で交通整理。事故もなく無事に済みましたので今年の一大行事も完了。

 オリンピックの柔道競技はどうなったのだろう?と、さっさと家に戻りテレビに見入っていましたが、ルールの改正もありますが審判のレベルが上がったなと感じました。

 海外では競技者ではない名誉職のような審判がいるので、シドニー五輪のように誤審が相次ぐ情けない試合が続く事態がありました。

 メダルは男子の銀メダルだけでしたが、それもよしとしておきます。

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秘書

2012年07月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 蒸し暑い日が続きます。一応避暑地に属する土地に住んでいるはずですが、暑いものは暑い!

 電力不足でも都会ではエアコンが作動しているのでしょうから、都会に涼みに行きたい。

 巷では、野田首相の弟と秘書にまつわる黒い疑惑が。ここでも「ヒショ」か。まあ、怪しいお金が動くのは秘めた所なんでしょうが、野田首相の秘書といえば昨年の秋にキャバクラのお姉ちゃん相手に変体プレーしていたと週刊誌に書きたてられていました。

 まさかまたその秘書だったりして。

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試合

2012年07月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 ロンドンオリンピックはまだ開催されていませんが、サッカー競技の予選は始まりました。

 日本との時差が大きいのでどうしようかな?と興味を持たないようにしていましたが、目覚ましをかけて夜中になでしこジャパンとカナダの試合を見てしまいました。

 人ねいい利している間に蜂に指された顔の左半分が更に晴れ上がり、左目を開けられない状態で、冷蔵庫から氷を持ってきて顔を冷やしながら、うとうとと試合を見ました。

 気がついたらハーフタイムになっており、日本が2-0でリードしていました。

 「まだ油断はできないな」と後半戦が始まるのを待ちながらうとうとしてしまい、朝のニュースで2-1で日本が勝ったことを知りました。

 何のために早く寝たのかわかりませんが、こういうことが繰り返されそうな2週間になりそうです。

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2012年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方、自動車の窓を開けて走っていたら、虫が飛び込んできて、顔にたかりました。何かな?と手で払おうとしたら、チクリ顔をと刺されました。

 アローバチと呼んでいる小さな蜂で、バックミラーで顔を見ると、そのときは幹部が少し膨らんでいましたが、夜になって、左目が開けられないほど腫れてきました。今もずきんずきんと痛みを感じながら、片目だけで画面を見ています、

 そんなわけで今日はこれまで。

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うなぎ

2012年07月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 私はウナギを食べないので関係ありませんが今年はウナギの価格が高騰しているそうです、異常気象で稚魚が取れないこともありますが、中国人がウナギの味を覚えたことが原因ではなかろうか?

 日本の市場を席巻しているのはほとんど中国からの輸入ウナギです。国産のウナギは相変わらず手の届かない高嶺の花です。

 中国物の養殖ウナギは沿海部では日本と同じアンギラ・ジャポニカ種ですが、はヨーロッパの種類のウナギだそうです。

 ウナギの養殖と言えば日本の独壇場だったのですが、輸入物のウナギが広まったのは昭和末期の台湾製のウナギだったと思います。

 学生時代にウナギの加工場でアルバイトをしたことがあります。開いたウナギを蒸すのが私の仕事でしたが、あの独特なウナギの脂のにおいにまいってしまって、それ以降ウナギが食べられなくなりました。

 この頃の台湾のウナギ養殖業は日本相手に荒稼ぎしていたようで、私などアルバイトの身分で台湾宴会慰安旅行に招待されたくらいでした。

 台湾は一応国交がないと言うことで、台湾行きの飛行機は羽田から民航が出ていまして、朝一番の飛行機で台湾に行き、宴会やって翌日帰国する一泊二日のとんでもないスケジュールでした。

 この頃既にウナギの養殖が台湾から本土のほうに移行し始めた頃で、私達を招待してくれた台湾の社長も四川省でのウナギの養殖に取り組んでいると言うようなことを言っていました。何であんな内陸の四川省で?と言う不思議な気もしましたが、水の質や気候、人件費などの条件がよかったようです。何よりこの社長が四川省出身の外省人だったこともあります。

 このときはよもや台湾のウナギ養殖が本土に席巻されて壊滅するとは思ってもいませんでした。

 台湾の人は中国本土の人とは異なる気質を持っていますが、登ると舞い上がるようなところは相通じるものがあります。この社長など本土には別の家庭を持っていました。いわゆる大陸妻と言うやつです。

 法があって法が機能しない中国本土、しかも南の方は気性も荒く残忍です。乗っ取りなどは政府がらみで乗り込んできます。技術はもとより設備もろとものっとられたり、殺されてしまった台湾人資本家も少なくはないそうです。

 富の移動と言うわけではないのでしょうが、台湾が中国にウナギの養殖をもっていき、中国はアフリカにウナギの養殖を持って行くようです。そのうちアフリカ産のウナギが世に広まるかもしれません。

 うろこのない魚は食べない戒律のユダヤ教はウナギを食べないでしょうが、欧米ではフランス料理や地中海料理にウナギの料理があるそうです。ウナギの消費量に関してはの日本の独壇場でしょうし、それらのウナギのほとんどがこの土用の直前になって命を落とすことになります。

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知らなかった

2012年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 まだ時代が昭和だった頃、よくレコードを聴いていたゲーリームーアが今年の2月6日に滞在先のスペインで亡くなっていた事を先週知りました。

 ブルージーなぎ多を奏でる人物でしたが、ゲーリームーアは北アイルランド系で、ベルファストの出身です。私がアイルランド情勢に興味を持つきっかけにななりました。

 白血病で亡くなった本田美奈子さんの実力を見抜いていた人物で、彼女に曲も提供していました。

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謎?

2012年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

722s  何気に遊歩道に見える道ですが、いろいろ調べると面白い歴史がありました。

 場所は玉原高原の湿原の東側の遊歩道。標高にすれば1200m弱のところです。

 この道はかつてトロッコが走った道で、この奥にトロッコのレールの枕木に使った木が残っているそうです。

 戦前は人里から思い切り離れたこの山奥に50件ほどの集落があり、学校の分光もあったそうで、戦中は軍需で材木や炭が重用されましたが、戦後は少しずつ姿を消し、人気のない山になりました。

 この道の置くにはかつて人が住んでいた集落の土地がありますが、今はブナなどの雑木が育ってそのかけらも見当たりません。

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マイナスイオン

2012年07月21日 | 日記・エッセイ・コラム

721m  朝から強い雨でしたが、涼しくて心地よい一日でした。

 シベリアからの冷たい高気圧と、南からの湿った空気がぶつかってこうした天気になっているようですが、月曜にはまた暑くなるみたいなので、湿度が吹き飛ぶまでの蒸し暑さがつらそうです。

 午後、ホワイトアウトと言うほどではありませんが山の中は霧が深くて視界は10m程度でした。たぶん下界から見れば雲の中だったんでしょうが、霧の粒が漂っているのが見えるような天気で、その霧の粒がなかなか地面に落下せず、右へ左へとさまよっているようでした。

 水滴のように森の中をさまよってきました。

721m2  一面白っぽくなった森の中でサワグルミの幹が妙に赤っぽく目立っていました。

 サワグルミは花をつけても実がつかない不憫な木で、まったく実がつかないと言うことはないのでしょうが、とにかく人様の口に入るような食べ物になる実はつけない木です。

 木の上を眺めれば、花らしいものが咲いていましたが、どうせ食い物にならないのですから。

 たぶん、マイナスイオンが漂う健康に良い森の散歩だったはずですが、本当にマイナスイオンって体に良いのだろうか?湿ってシャツが濡れて、風邪の元になってしまったような気もするけど・・・

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海の底で

2012年07月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 同級生宅に顔を出したら海水浴に行く準備をしていました。それも、2歳の孫を連れて。

 民宿泊で新潟方面の海に行くようで、あさっての天気はともかく明日の天気が気になります。

 私が最後に海水浴に行ったのは38年前のことですから、そこそこ長く海水浴など縁がない生活をしています。私の最後の海水浴にこの同級生も一緒に行っていました。

 私は泳ぎが達者だったので、少し沖まで泳いでいったら何かが足に絡まる。海のそこから足を引っ張られるような妙な感覚。釣り糸が絡まってその先に釣り人の死体がくっついていたのですが、そりゃもう大パニックでしたい引きずりながら海岸まで戻ってきました。

 以後、今年こそは海水浴に行こうと思いつつ年月だけが過ぎてしまいましたが、今年も行く予定はありません。

 「そういえば、昔こんな歌が流行ったよな。」「なんて題名だったっけ?」「インド人の女子がいたよな。」と話題になって、やっとこ思い出したのがモコ・ビーバー・オリーブの「海のそこでうたう唄」でした。

 私が海の底で出会った現実の体験とは随分違う。

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不気味?

2012年07月19日 | 日記・エッセイ・コラム

120722z  シラカバの幹に生える不気味な寄生生物。キノコの一種です。

 カバノアナタケ、とか、白樺茸などと呼ばれていますが、ロシアではチャーガといって、一頃、抗癌作用があるとかで日本に輸入されたこともありました。

 抗癌作用どころか白樺にとっては腫瘍のように見えるキノコですが・・・

 チャーガがロシアの民間療法として用いられていた歴史は古く、キエフ大公ウラジミール・モマノフが口の周りにできた腫瘍をチャガで治したそうです。ソルジェーニツィンの小説「ガン病棟」のなかで広く知られるようになったそうです。

 ある種のインフルエンザにも効能があるとかで、昨年の中国のSARS騒動のときにチャガを服用する人も多かったようです。

 キノコ類にはフィトケミカルと呼ばれる免疫能力を高める成分を豊富に持つ種類もあり、マイタケやシイタケに多量に含まれていますし、チャーガにも大量に含まれています。

 研究者の話では気温が低い地方で育ったチャーガほど効能が強いそうで、冬は氷点下40度を越えるシベリア産のチャーガが一級品とされています。

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三種の神器

2012年07月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 日本の神道では「三種の神器」と呼ばれるものがあります。八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)・草薙の剣(クサナギノツルギ)・八咫鏡(ヤタノカガミ)の三つです。これは国を維持するために必要な経済力・武力・知力の象徴と言われています。

 この三つのバランスが取れないと国は滅びてしまうそうで、太平洋戦争前の日本もこの三つの力のバランスが崩れたときに戦争に突入せざるを得なくなったことがありました。

 最先端の科学力を持ち、世界を二分する兵力を持ったソ連も勾玉(経済力)の衰弱によってバランスを失い、地図の上から消えてしまいました。

 現代日本にかけているのは?と考えると、なんだかんだいっても勾玉(経済力)はまだありますし、いろいろ法的な規制が多いとは言え草薙の剣(軍事力)は他国が攻め入らない盾になっています。

 平均的にバランスが取れているのではなかろうか?と思いますが、一般国民はしっかりしているものの「権威」手にした上に立つ人たちの八咫鏡(知力)は論外かもしれません。自分の保身しか頭にない。こりゃまずいぞと危機感を感じてしまいます。

 そろそろ波乱があるのかな?と不吉な台風の予感をしていますが、政府が機能しなくなったときの「戒厳令」の備えも必要かもしれません。

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2012年07月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 梅雨明けしちゃったみたいですね。猛烈な暑さでした。

 台風7号が通り過ぎたら梅雨前線を蹴散らして梅雨明けするのかな?と思っていましたが、予想より早く梅雨明けしてしまいました。ところで、この台風7号の進路。日本の南部を北上し、朝鮮半島を襲撃するようです。ちょっと雨が降ればすぐ洪水になる金ちゃん王国。大丈夫かな?

 大津氏の中学生自殺事件で、隠蔽をした市や教育委員会をこれ見よがしにマスメディアが叩き始めましたが、自分がやっていることがどこまで「善」なのか疑いながら叩かないと、いじめをした連中と変わらなくなってきます。

 相手が下手になったところで叩こうとするその性根が非常に胡散臭い。この中学生が存命中にマスメディアが立ち上がればその情報力の含めて「たいしたものだ」になったのですが、毎度のごとく相手の様子を見て上目からつつきだすので、逆に真実がおかしくなる。

 十数年前、テレビでローラ・インガルス・ワイルダーの「大草原の小さな家」を放送していましたが、あれはいろいろな意味で勉強になったし、フロンティアスピリッツについて考えさせられました。

 戦前の日本なども巣立ったんでしょうが、興味深かったのは教師がいわゆる「資格」ではなく、「仕事」の一つで、教養や人格に優れた人物がいれば「子供達に教えてやってくれ」と教師をさせ、だめなら追い出される。至極簡単な原則で教育が行われていましたが、ここにこそ教育委員の原点があるのではなかろうか?いつクビになるかわからないからクビになった教師の当面の生活のために教員組合ができる。これならその意義がわかります。原点を離れて意義を持たなくなったら役割を終えるべきで、老兵がいつまでも居座っているとろくなことにならない。

 どちらも「権威」となって形骸化しているんですよね。現代の日本。教員のなり手なんぞいくらでもいるのですから、ダメなやつはお引取り願って入れ替えながら再構築すればいいじゃないですか。

 一定の資格の元に報酬が決められているのだったら教師の「師」は「士」に変えて「教士」にすべきでしょう。「師」は自らの犠牲で世のためにことをなす人物につけられる称号ですから、「医師」や「教師」が尊敬の対象になっていたので、その上にあぐらをかいて権威を保身するようになっては意義を失います。

 政治家なんぞ画家や音楽家のように趣味の延長線上にある「家」です。

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