のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

活躍したなぁ

2006年02月26日 | 日記・エッセイ・コラム


 トリノ五輪のアルペンスキー競技にはまったく期待していませんでした。まさか皆川選手が4位入賞がでるとは思いもしませんでした。しかも3位とは0.03秒差。
 皆川選手は隣の湯沢町の出身で苗場スキー場の近くのペンションのせがれ。お父さんは元競輪選手でしたが、お子さんは小学生の時に一緒にスキーをしたことがあります。まさかこんな選手になるなんて。

 がっちりした骨太の男性というイメージでしたが、オーストリーやフィンランドの選手に混ざっていると随分小柄に見えてしまいました。年齢も若くありませんし、ソルトレーク五輪の後大怪我をしたと聞いていたので、出場できるだけでもたいしたものと見ていましたが、快挙だと思います。

 佐々木明選手はガーラ湯沢スキー場で働いているので注目していましたが、成績は振るいませんでした。しかも、昨夜ガーラ湯沢スキー場では強風でゴンドラが停止、中の客達が3時間宙吊りになる騒ぎがありました。ロシア語でガーラは山を意味します。

 中国選手(途中棄権)や韓国選手の滑走を見ていると”俺でもいけるのでは?”と思ってしまいますが、トップ選手が次々コースアウトする難しい設定や傾斜など考えると、ゴールまで脚力が持たないことは確実です。あの強靭なトップアスリート達が後半になるとスキーの押さえが利かなくなってスキーが流れるようになっていましたから、難しいコースだったんでしょう。

 昔、員数あわせで国体予選に出たとき、スポンサー付きの選手はゴール直後にスキーをはずしてテレビだろうが報道機関だろうがアマチュアカメラマンだろうが、誰かまわずスキーメーカーのロゴを見せているので、自前で買ったスキーだけど、スポンサー付きの強化選手だと思われたいので、私もやってやろうとねらっていました。
 やっとこゴールしたら、スキーはずしてメーカーロゴ見せびらかすどころか、立っているのもつらくて、その場にへたり込んでしまいました。さらにトップ選手ならまだしもラスト選手のことなど大会審査員以外誰も見ていないし、スキークラブの役員も「なにもう終わったの?」とレースに出ていたことさえ気にしていません。枯れ木も山の賑わいもつらいものです。

 昭和11年の2月26日といえば2.26事件が起こった日。一部将校達の軍事クーデターで高橋是清などが暗殺された日です。
 よくこちらに当時に来る年配の方でこの事件をリアルタイムで経験された方がいます。今TBSテレビがある赤坂の近衛歩兵第三連隊や、今の地下鉄六本木駅付近にあった歩兵第一連隊などが軍事クーデターを企てたのですが、天皇の鶴の一声で一日にして沈静されてしまいました。
 この老人は鎮圧部隊のほうにいたのですが、朝、何があったかも知らされず、都心に連れてこられ、街頭に立って市民の警備だったそうです。どんな事件があったのか知ったのは随分たってからで、なんだかわからないけれども言われるままに雪の中を街頭に立っていたそうです。
 「こんな歴史的な事件だったらもっとよく見ておけば良かったんだけど、腹が減って兵舎に戻ったら何が食えるのかとか、そんなことばかり考えていた。下っ端なんてそんなもんだよ。」

 フィリピンは今、軍事クーデターの真っ最中。歴史的な事件だと思いますが、あまり注目されていませんね。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

千円札

2006年02月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 ガス料金を支払いにガス屋さんに行ったら、「珍しい札が手に入ったからおつりにやるよ。」と渡されたのが伊藤博文の1000円札でした。

 伊藤博文の1000円札は昭和59年か60年に夏目漱石に切り替わったと記憶していますが、20年以上前のお札です。
 伊藤博文が安重恨に暗殺されたハルビンの駅もすっかり様変わりして、歴史的現場にホームはありません。今にして思えば伊藤博文は朝鮮併合に反対だったのですが、この事件をきっかけに一気に朝鮮併合に世論が動いた事件でした。

 現行のサイズに切り替わった時は小さくて使いにくいと感じたものですが、いつの間にか慣れてしまいました。
 一昨年末に夏目漱石から野口英世に1000円札の顔も変わりましたが、最近、夏目漱石の1000円札でさえあまり見かけなくなりました。大きさが変わらず、デザインも似たり寄ったりなので気がつかないのかもしれませんが、そのうち「夏目漱石の1000円だ!」と珍しく思うようになるのでしょうか?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

源氏物語

2006年02月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 自民党の武部幹事長の次男にホリエモンから3000万円の裏金の入金があったなかったと紛糾している国会です。
 
 大宝律令では二官八省といって天皇の下に二官(太政官・神祇官)八省(中務省・式部省・治部省・民部省・大蔵省・刑部省・宮内省・兵部省)
 式部さんは今でこそあのザマですが、昔は式部省ゆかりの方だったのだろうか?

 武部という文字を見て、なぜか紫式部を思い出してしまいました。源氏物語はロシアでもよく読まれている人類史上初の女性作家による文学です。
 主役の光源氏は太政大臣にまで上り詰めた男ですから、今で言うなら総理大臣のようなものです。
 ところが、”源氏物語”には政に関しては何もでてこないんですね。一国の行政の長がやってることときたら女の尻追っかけているだけで、これで国が成り立ったんだから、まさに平安時代だったんですね。
 ”女性が書いた物語だから”と言うなかれ、紫式部は式部職の官僚。政に関わっていないはずもありません。

 菅原道真が遣唐使を廃止して「脱中華」したのが894年。源氏物語が書かれたといわれるのは1017年。外敵がないというのはこういう時代を作ったんですね。エネルギーの全てを繁殖に向けられた?

 光源氏は母親の面影を求めて藤壺(帝の后、つまり自分の義理の母)と不義を犯してしまう、今で言うならマザコン願望や、幼い少女の頃から自分の思うような女性に育てようとするロリコン願望など日本男性のルーツここにありという一面があります。
 浮名を流した光源氏ですが、それでも安泰ではありません。通い夫の時代ですから手を抜けば寝取られてしまいます。若妻、女三宮が浮気して不義の子供を産んでしまうし、心から惚れた妻、紫上には先立たれ最後は出家してしまいます。
 その後は光源氏の子供、孫の恋物語ですが、考えてみればすごい小説だなぁと今頃になって感心してしまいます。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ガンブルゲル

2006年02月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 滋賀県の幼稚園児殺害事件。犯人が中国人の母親でハルビン出身。ハルビン側ではどう見ているかと聞いてみたら、まったく報道されていないそうです。ハルビンスタッフは日本の衛星放送でこの事件のことを知っていましたが、犯人がハルビン出身だとはわからなかったそうです。
 ハルビンで日本人が絡んだ事件を日本のマスメディアが報道しないのと同じ図式で、相手が反撃せず攻撃しやすい対象かどうかもマスメディアにとっては重要なことなのでしょう。

 それにしても、こういう事件が普通に暮らしている国際カップルに偏見を与えないことを願っているのですが、最近の日本では身の回りに国際カップルが増えてきたこともあって、実感が異なるようになってきたので、ステロタイプの偏見と区別できるようになってきているように思えます。

 自分や自分の子供が差別されていると感じることは外国人にはつき物かもしれません。それゆえに、何とか人様に認めてもらうような一芸をと教育熱心になる親や、しつけに厳しい親も少なくはありません。
 これは必ずしも悪いことではないと思います。”優越感”に驕って見下しているよりは、自分が”劣っていると”努力”することははるかに重要なことで、その壁を破れず”卑屈”にならなければいいだけです。とは言うものの、心の強い人にたやすく出会えるわけでもありません。

 昨日の日記に書いた同級生はかつて大手企業に勤務して都心で社宅暮らしでしたが、奥さんが社宅内でいじめられ、子供ができたらできたで”公園デビュー”でまた意地悪をされ、腹を決めて仕事までやめてJターンしてきました。
 奥さんが円形脱毛症になったときはびっくりしたそうです。休日、一緒にテレビを見ていたら、目の前でパラパラと奥さんの髪の毛が落ちて、見る見る500円玉くらいの地肌が見え出したそうです。
 今まで、愚痴を聞いてはいたものの、些細なこととたかをくくっていたものの、「こりゃぁまずいぞ!」と決心するきっかけになったそうです。

 目で見せて、耳で聞かせてして見、ほめてやらねば人は出来ぬよ。」

 夜、ビートたけしの”世界丸見え”を見ていたらハンバーグの歴史が紹介されました。その名のとおりドイツのハンブルグ発祥の料理だと思ったら、元々はロシアのタタール人達が馬と鞍の間に肉を挟んで柔らかくして食べていたのが発祥だと紹介していました。タルタルソースもタタール発祥でしたね。

 今日の電話でもハンバーグの話題になりまして、ウラジオストクにもハンバーガーショップが出来て盛っているようですが、相変わらず「あれは中国のミミズの肉で作っている。」とか「アメリカ人のように太って死にたくない」とか「あんなものを食べると味覚異常になる。」とボロクソなことを言っていました。
 ロシアの肉料理、ステーキなどぎざぎざのついた器具でよく肉を叩いて繊維をつぶして柔らかくし、一枚肉のハンバーグのようにして食べるのですが、「ロシアの肉料理は一枚の肉ですが、アメリカは刻んだ肉にミミズやネズミの肉を混ぜて食べる。」とアメリカに対しては敵意むき出しになっていました。

 アメリカの”サンドウィッチ”は巨大なハンバーグのようなもので、あんなの毎日食べていたら心臓発作起こすだろうなと思います。日本時が太りやすい民族だということが食べ物を見ていてわかります。粗食でも日本人は太れます。アメリカ料理を毎日食べたら、顔中吹き出物だらけになることうけあいです。
 私もハンバーガーという食べ物は好きではありませんが、ハンバーグ料理はよく作って食べています。

 「ガンブルゲ(ハンバーグ)は地上でもっとも汚い料理。」
 ところがその発祥がロシア人が忌み嫌うタタール人の料理とは言え、ロシアの草原が生み出した料理だったとは。

 まだ、マクドナルドがないウラジオストク。日本に来るとマクドナルドに行ってご満悦の人は多いのですが。

 「オリンピックに興味はない」とクールを装っているウラジオストクスタッフですが、ロシアがフィンランドとポーランドに負けると悔しいようです。こういうことになるとロシア・アズ・ナンバーワンの人たちですから。
 バルト三国やウクライナなどは「元々ソビエト。ソビエトの遺産で強くなっただけ。」と言っていますが、ポーランドやフィンランドに対しては「生意気」と面白くないようです。隣国が仲良いはずはありません。

 USAや中国に対しては「アメリカはロシア系移民で勝っているだけ、彼らはスポーツではなくビジネス。中国はロシアの10倍の人がいてあの程度の力。たいしたことはない。」
 日本など問題外。「出て来るだけでもたいしたもの。」

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジャガイモ

2006年02月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 大雪や寒い冬など何するものぞと、物置のジャガイモが芽を出し始めたので春は来るんですね。3年前にウラジオストクに日本のキタアカリとメークインの種芋を持っていき、ダーチャで栽培してもらっていますが、”おいしい”と評判がよいみたいです。
 ロシアのジャガイモがこれまたうまいのです。ロシア人がそう思っていないだけで、あの寒い大地で鍛えられたジャガイモはおいしいです。

 昨夜、結婚式の二次回で近所の家でフラダンスを踊っていた頃、同級生のダンス同好会のパーティは盛り上がっていたようです。これからはゴルフのシーズンになるので、次回ダンスパーティは年末になりそうです。
 今朝、前橋から参加した同級生に久々に会って、昼過ぎに駅まで送っていきました。奥さんはお子さんの塾があるとかで昨夜のうちに前橋に戻ってしまい、彼1人実家に泊まったそうです。

 電車が行ってしまい、次の電車まで待ち時間がたっぷりにあったので、ジャガイモ料理食いたいなぁとドイツおやじの店に行きました。

 高校時代、この店には女子高生がよく集まっていたので、それ目当てに私達が行くようになると、いつの間にか女子高生の姿がなくなっていました。

 ドイツおやじは女子高生の悩み事などを聞く人生の指南役でしたが、我々が行くようになると次第に軍事色が濃くなり、メニューに野戦料理などが登場するようになりました。ご飯を飯ごうに入れて、残り物の野菜をフライパンで炒めてフライパンのまま出すだけですが。

 天井に所狭しとぶら下がっていた戦闘機の模型がなくなっていました。ストーブの上の戦闘機が突然炎上したり、メッサーシュミットが客の頭に刺さったりとトラブルがあったので撤去したそうです。

 アンティークな時計たち。それぞれのリズムで時を刻み、それぞれ好きなときに鳴っています。これがロシアの時計だったらただ単に不正確なだけですが、論理明快なドイツの時計ですから独自の理論があって独自の時を刻んでいるのでしょう。

 水は各自軍用水筒にて配給されます。水の管理は個人責任です。水の管理は生死を分ける重要な責務であります。

 女性と男性では扱い方がぜんぜん違うので、この顔ぶれですと、軍人たるもの出されたものは残さず食べ、有事に備えていかなる食材でも食せるようにならねばならぬというドイツおやじの信念で、いつもメニューに関係なくドイツおやじが作りたいものを作り我々は食べるという図式です。
 野戦料理を覚悟していたのですが、昼飯を食べてから出かけたのでソーセージとコーヒーということになりました。

 メニューはドイツおやじの手作り。かわいいイラストを描きます。

 太平洋戦線最前線で生き延びて帰ってきた人ですが、子供は女の子ばかりなので、軍人にすることができませんでした。自分の娘と同世代の私達にはなぜか軍国喫茶です。
 女性客には「この料理はチロルの家庭料理で…」などとモダ?ンなおやじさんですが、我々には「おじさんの中隊が任務遂行のため敵地に乗り込んだときには…砲弾が雨のように降り注ぎ・・・」とこんな話ばかりでした。

 洋ガラシを入れる便器の器。この横には忘れ物がビニール袋に入ってつるされています。
 ○月○日40代後半のオバタリアン。化粧用品の無駄遣いといえる厚化粧。とか、×月×日落ち着きのない20代の女性。忘れ物するのも無理はない。将来が心配。などと、コメントが入っています。

 ボリュームたっぷりなので、1人で食べると腹がきつくなります。ソーセージの皮はこれでもか!と分厚いので、ナイフを刺して切ります。ジャガイモにチーズを混ぜたソースが絶品です。ドイツではソフトボールくらいある巨大なジャガイモを食べていますが、食べる量も違うのですからオリンピックで強いはずです。
 手前中央がSauerkraut(ザワークラウト)。酸っぱいキャベツの温かいサラダです。

 今日はオーストリー風コーヒー。ウィンナーコーヒーですね。熱いコーヒーと冷たいクリームの隙間を楽しむコーヒーです。

 デザートはレモンのババロア。みんなドイツおやじの手作りです。最近はジャガイモのパンケーキつくりに熱中しているようです。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ウェディング

2006年02月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝、およばれしているご近所の親戚の結婚式のご祝儀袋に、毛筆で名前を書こうとして、発泡スチロールのトレーに墨汁を入れて、筆に墨を含ませて書く瞬間、ボテっと墨が祝儀袋の上に落ちてしまいました。

 買い置きがなかったのであわててコンビニにすっ飛んでいくと、群馬県のスキークラブの会長の林辰夫さんに会いました。トリノオリンピックのスキーフリースタイルの監督で向こうに行っているものだと思っていたら、競技も終わったのでもう帰国して来ていて、国体の運営でまた忙しいようです。婿に行って姓が変わっているので、名簿に名前を見つけたときにはピンとこなかったのですが、開会式の行進に参加していたので気がつきました。
 私の村出身・在住のアルペンの選手でしたが、いまや上村愛子さんや里谷多恵選手たちの監督です。世間が騒ぐほどの成績を上げられなかったのですっきりしないようです。

 昨日、昼間救急車が上がっていったので交通事故でもあったのだろうと思っていましたら、小学校で先生が屋根から落ちてきた雪の下敷きになって大怪我をしたんだそうです。子供達でなかったのが不幸中の幸いでしたが、屋根の下に子供達が入り込まないよう柵を作っている最中の事故だったそうです。

 午後から結婚式に出席しました。新婦の父がエスコートして式場に現れます。


 多様な宗教が入り混じっているため、宗教色抜きで人前式です。
 花嫁は父親から婿に引き渡されます。交際数年、ようやくここまでたどり着きました。


 立会人の前で誓約書を読み上げます。

 ブチュ!です。

 新郎の出身地ギニアの先輩オースマンサンコンさんも結婚式に来てくれました。
 新婦が早くに母親を亡くし、仕事をやめて1年半看病に専念していた病気の妹を3年前の6月に亡くし、気丈に父親を支えてきた話を聞いて「アフリカ女性のようです」ともらい泣きしていました。

 サンコンさんは私の村の成人式に講演に来てくれたり、なじみがある人です。近所の人たちと記念撮影。 

 披露宴の始まりはドラムの演奏で始まります。ケニアとガーナ出身の新郎の友人。国がどうのこうのではなく、”アフリカ”という枠で結びつくのですからすごいものです。コートジボワール、ジンバブエ、スーダンなど出席者がアフリカ各国です。

 ものすごいビートにのせて新郎新婦が入場。新郎の家族はお兄さんが日本人と結婚しているので来ていましたが、両親は来られないので、新郎のお母さんが花嫁のために手作りの民族衣装を作って贈ってくれました。


 乾杯の挨拶はサンコンさん。「イッコン、ニコン、サンコン!」を期待していたのですが、サンコンさんも日本在住35年だそうです。新婦なんかまだ二十数年しか人間を営んでいません。

 お色直しでは洋装。

 ケーキは日本アフリカカップルの女性たちが手作り。

 新郎から新婦へカクテルのサービス。生バンドがレゲエのリズムでギンギンに演奏している中です。

 新郎はパリに留学していたこともあって、こういうことが嫌味なくこなせる社交術を身につけています。

 ”ルーツ”がしっかりしているからでしょうか、アフリカ系USA市民とは違う地に足が着いた気高さや、気取らず気負わない自然な気さくさのようなものがあります。

 レゲエバンドの演奏。披露宴開始から延々演奏していましたし、会場後方はダンスホールでした。

 新郎新婦もダンスを踊っていました。

 世界は日に日に距離が短くなっています。
 新婦は私の父方の親戚です。
 なんと右の新郎の友人、私の母方の従兄弟の嫁さん(アフリカ系フランス人)の親戚でした。話してみてびっくりしました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

城跡

2006年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 高校時代、柔道部がたむろしていたお城の跡地。女子高の生徒がベンチで本を読んでいたり、なんだかわからないけど放課後にここにいた場所で、女子高生を見るために柔道部はここでランニングしていました。男子校でしたから。
 お母さんが沼田出身の夏目雅子さんがここからの眺めが好きだったそうで、たまたま通りがかったら地元の写真クラブが夏目雅子さんをモデルに写真撮影をしていて、どさくさにまぎれて和服姿の夏目雅子さんとツーショットの写真を写してもらいました。
 エルミタージュ美術館にもない、この歴史的文化財をロシア女性は”ホステスと一緒に写した写真”と決め付けて燃やしてしまいました。学ラン着て柔道着持った高校生がキャバレーなんか行くか!って。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ゲージツ

2006年02月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 福祉作業所や養護学級の生徒達の文化展に行ってきました。”ウッ”とくるような作品もあり、楽しかったです。
 ”天使のような”などのきれいごとが要求されるような”偏見”がありますが、そうした”偏見”にとらわれないよう見ようと心がけていましたが、「一本とられた!」と思わせる作品もありました。頭をひねっても”心”には歯が立ちません。

 みんなの手という作品です。

 ”かにみそ”ぐっと来る言葉です。目の当たりにした字がまさに”かにみそ”と迫るような文字でした。私はカニを食べられないのですが、この文字がまたすごくいいのでしばらく釘付けになってしまいました。あまりに素朴な言葉に涙がこみ上げてきましたが、かにみそ眺めながら泣くわけにも行かないので、アルゼンチンタンゴに”カニミート(小径)”という名曲があったななどと思いながら眺めました。

 ”いくら丼”言葉の選択が斬新で素敵です。押し付けられた言葉ではなく、自分のうちから湧き上がってくる言葉は素朴でもいいものです。イクラも私が食べられない食材なんですが、いくら丼食ってうまかったんだろうな。筆を握ったときにいくら丼が浮かんできたんだろうななどと思いながら見てると、かまぼこが思い浮かんできました。ワサビと醤油も。
 他人の目を意識しないのには2種類あると思います。一つは”自己中心の恥知らず”、もう一つは”無邪気”です。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小噺

2006年02月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 アメリカのチェイニー副大統領がウズラ猟に行って、間違えて狩猟仲間を散弾銃で撃ってしまったニュースが、ウラジオストクの友人の間では話題になっているようです。
 誤爆はアメリカ軍のお得意だとか、ボケていて人とウズラの区別もつかない、エリツィンなら泥酔していたってウズラと人間の区別くらいつく、子分にウズラの格好をさせて撃ったのだなどと盛り上がっているようです。
 日本では1588年に豊臣秀吉が刀狩令を発令しています。

 プーチン「ここはどこかわかりますか?」
 ブッシュ「フロリダでしょう。弟が知事やってるんだ!」
 プーチン「え?ここロシアじゃなかったけ?」

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

肉食

2006年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 スノーボード男子ハーフパイプ。日本選手4人全て予選落ちでしたね。スキーの女子モーグルも上村選手が何とか5位に食い込んだものの、メダルには届きませんでした。
 現実はこんなものなんだろうなと思いながら観ました。骨格からして日本人は華奢なのですから、これでも大健闘していると思いながら観ています。

 日露カップルは女性のほうが男性より身長が高いカップルが多いですが、ロシア人は決して大柄な民族だとは思いません。
 ゲルマン系を中心にいろいろな人種が混ざったアメリカ大陸は体格も大きい人が多いですし、ヨーロッパでも北欧やオランダなど2mクラスがぞろぞろいるのですから、スピードスケートの長距離などストライドの長さがぜんぜん違います。ロシア人が「巨人が多い国だから体力勝負では負ける」と言っているくらいです。

 大柄なゲルマン系民族が活躍する冬のオリンピックでは日本人がフィジカル的にいかにハンディを背負っておるのか良くわかります。
 牛と共に田んぼを耕してきた民族と、牛を食って生きてきた民族では体の作りも違います。
 何がすごいったって、ソースもたれも何も必要なし、焼いた肉に塩かけただけで食ってしまうのですから食文化がぜんぜん違います。

 猟師をしている知り合いに、イノシシの肉をもらいました。運動量が豊富な野生動物の肉はスジが硬いので、入念に筋を取って、一晩漬け込んで臭みを抜いてから食べます。
 冬は脂が乗っていると言われていますが、実際には脂身はほんのわずかです。イノシシから家畜となった豚がいかに異様なまでの体脂肪を持っているかわかるかと思います。

 生命は生命を食すことで命をつないでいるものですが、こうなってしまうと後ろめたい思いもします。さりとて、私の畑のトウモロコシやサツマイモを散々荒らしまわる連中です。芋が肉になって帰ってきました。

 食肉に禁忌があった日本ではイノシシの肉はボタンの木の肉であると言い訳してボタン肉。馬は桜の木の肉だということでサクラ肉。ウサギなんかあれははねているのではなく、長い耳で空を飛んでいると言うことで1羽、2羽と数えた国です。

 中国では”猪”は豚のことを意味します。頻繁に猪の文字を見かけるので目が慣れないと奇妙に感じるものです。

 ロシアにも野生のイノシシはいます。鹿と並んで猟師達の格好の獲物です。
 ウラジオストク事務所のスタッフにも狩を趣味とするスタッフがおり、土日は泊りがけで猟に出かけます。焚き火を囲んで野営をしながら過ごす夜も楽しいようです。

 日本ではバイアスロンはあまり一般に縁がないスポーツですが、自衛隊の独壇場ですが、ロシアでは鉄砲かついでスキーを履いてイノシシ追いかけている人たちがいるので選手層は豊富かと思いきや、「あの競技のルールで狩りに出たら、ウサギ一匹捕れない」そうです。

 最近は何でもパック詰めになっている日本ですが、魚が切り身で泳いでいると勘違いしているとんでもない女性もいるそうです。血を流しながら胃の中に入ることを見ないというのは果たしてよいことだろうか?上面だけのきれいごとのようにも思えてしまいます。
 
 ロシアでは皮をむいただけの肉がなまめかしく肉屋につるしてあり、自分の好みの部分を切り取ってもらって買ってきます。私達にはちょっと抵抗がありますが、愚かしいセンチメンタリズムかもしれません。
 それでも、狩猟の現場ではこんな光景を生唾飲んで見られるのですから、やっぱり違うなと感じてしまいます。

 メダルなんて贅沢言わないで、”よく健闘している”と感心していれば悔しくもありません。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ドイツおやじ

2006年02月09日 | 日記・エッセイ・コラム

 久し振りにこってりしたドイツ式のチョコレートコーヒーを飲みたくなって、後閑駅前のドイツ風喫茶店に行ってきました。変わり者のおやじさんがやっている店で、店の中は天井からプロペラ機の模型が所狭しとつるされ、おでんやドイツ直輸入のソーセージには便器の形をした器に洋ガラシが入ってでてくる変な店です。
 喫茶店ブームだった70年代でも、かなり異彩を放っていた店で、お薦めは”ミェルヒ”。ミルクです。哺乳瓶に入ってでてきます。これが一番おいしいミルクの飲み方だそうです。

 いつもはチロル風のワルツが流れているのですが、今日は重々しく”TANGO NOTTURNO(夜のタンゴ)”が流れていました。
 古い音源だったのでもしかしたらポーランドの女優ポーラ・ネグリが歌ったオリジナルのではなかろうか?戦中に発表された歌ですが、同盟国ドイツの音楽ということで日本でも演奏を許されたコンチネンタルタンゴです。個人的にはイタリアのミルバの歌が好きです。
 この店でも同盟国のドイツの音楽かイタリアの音楽しかBGMで許されていない時代もありましたが、昨年来たときはイーグルスのホテルカリフォルニアが流れていました。

 変わり者のおやじさん(通称ドイツおやじ)とはかれこれ30年に及ぶ付き合いですが、ここの娘さんが私の先輩と結婚していて、我が家の界隈の女ボスの1人なのでこのところ足が遠のいていました。高校生の時はモダーンで憧れのお姉様でしたが、今では恐いおば様の一角を占めています。

 ドイツおやじは昭和ひと桁世代なので、敗戦の腹いせをかつての同盟国ドイツにシンパシーを見出すことで紛らわせているようなところがありますが、ドイツは年々遠くに行ってしまう気がします。
 ドイツと日本の共通の敵はソビエトだ!と盛り上がるのですが。
 酸っぱいキャベツ料理のSauerkraut(ザワークラウト)が私のお気に入りで、世間一般ではソーセージの付けあわせでビールを飲みながらこれをつまむのだそうですが、私は甘いコーヒーのおつまみに食べます。

 大学受験で上京する時この店でコーヒー飲んでいて電車に乗り遅れたことがありました。今頃の季節でした。事件の前日だったのであわてもしませんでしたが、随分な時間が経ってしまったものです。

 店の中で同級生の女性と会いました。高校に行っている娘さんがこの駅まで電車で帰ってくるので向かえついでにコーヒー飲んで時間つぶしだそうです。彼女も昔からの常連でした。

 「ヘコムってどういう意味か知ってる?」ときかれました。彼女の子供達がよく使う言葉だそうです。
 がっかりするとか出鼻をくじかれた時に使うそうです。
 「私達の時代は”落ち込む”だったけどねぇ。」”落ち込む”ほど深く突き落とされていないので立ち直るもの早いし、反省もないのが”へこむ”だそうです。
 ”落ち込む”に至るまで突き落とされると開き直って責任を他人に押し付けて”すねる”ようで、決して自分のことと受け止めないご都合主義。これが時流なんでしょうか?
 「まあ、思い込まれて自殺されるよりはいいけど、軽いんだよねぇ。本当に、時代は平成だよねぇ。」
 思い込まずにネット心中するご時勢です、軽い、明るいからとのんびりできません。

 最近増えているんだそうです。気に入らないと「だったらこうしてやる」とすねる男性。こういう条件を出して安っぽく脅すのは女性の特権ですが、いまや女々しさも男女平等?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ニンニク

2006年02月08日 | 日記・エッセイ・コラム

 紀子さんご懐妊でお祭ムードですが、ここまで騒いで”女の子です”だったらどうなるのだろう?「残念!」のギター侍、波多陽区も最近はすっかり見かけなくなってしまいました。
 昔、手塚治虫の”リボンの騎士”と言う漫画がありました。本当は王女なのだが、王位継承のため男として育てられたサファイアが主人公でした。こうならないことを願っています。
 皇室典範問題など30年40年先の問題で、その時代に生きていない人たちが責任ある判断ができるのだろうか?と思います。
 近所の小学校一年生に”お前さん愛子ちゃんと結婚して皇室に婿に行け。”と言ったら”いいよ”と学習院へ行くためにクレヨンしんちゃんを勉強していました。


 少し風邪気味なので餃子を食べに行きました。ニンニクとねぎとにらで風邪を吹き飛ばしてインフルエンザにならないよう体力つけようと、餃子ふた皿食べてきました。
 餃子にニンニクがつき物の日本ですが、中国の餃子にはニンニクは入っていません。中国人が日本の餃子を食べて違和感を感じるのは、ニンニクが入っていることと、日本の餃子のほとんどは焼き餃子であること。
 ハルビンでは通常蒸かした蒸し餃子で、食べ残して冷めた餃子をもう一度温めなおして食べる時に焼き餃子にすることはあります。いわば焼き餃子は残飯料理?
 ニンニクは中国ではあまりお目にかからない食材で、南のほうではほとんど食べません。スワンミョウというニンニクの芽を炒めて食べますが、地下茎は漢方薬などにするほうが多いようです。
 韓国に行くと行った初日はすれ違う人の体臭が妙に気になりますが、ニンイクの匂いですね。

 禅寺の参道入口に必ず書かれている「葷酒山門に入るを許さず」。”葷”はニラやラッキョウやニンニクなどネギの仲間で勢力がつくから禅の修行にふさわしくないという考えでした。

 ラーメン屋の張り紙に面白いことを発見しました。

 拡大すると”発刊作用”と書かれています。”発汗作用”の間違いだと思うのですが、20世紀の時代から張られていたこのポスターの誤字に誰も気がつかなかったようです。私も風邪気味だったのでまじまじと読みましたが、今まで何回も目にしていて読むこともなかったようですね。これも”怪我の功名”というのだろうか?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ライブドア事件

2006年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

 ライブドア事件のニュースは日本以外でも報道され、ウラジオストクやハルビンでも知られています。でも、何が問題でホリエモンが逮捕されたのか?大方のウラジオストク市民やハルビン市民と一部の日本人は理解できません。

 最近は”日本”よりも”日本人”があまり評判よろしくないようです。個性が薄いおかげで今まで顔が見えない日本人でしたが、最近は個人名が出るようになって来ました。

 沖縄で亡くなったライブドア幹部が暗殺されたのではなかろうかと今話題になっていますが、ウラジオストクの友人は「ホリエは部下を殺して逮捕になったのか?武器はどんなものを使った?普通の市民も殺したのか?」と勘違いしていました。と、言うより、政府転覆をねらったテロリスト集団と某友人は思い込んでいます。ホリエモンが昨年衆議院選に立候補したことが報道されたようで、これで政治犯だと思い込んだようです。
 ホリエモンがチェ・ゲバラが同業者だと思っている彼らに、証券取引法と言っても、どうやって説明すればいいのだろう?
 簡単に言えばカジノでいかさまバクチをやったディーラーのようなものだ。と言ったら「それはとんでもない悪人です。シベリアの収容所送りです。でも、国にとって大きな問題ではない。」と、ようやくわかってくれたようです。「でも、カジノに行くならインチキがあることも覚悟すべきで、それはかける人の責任。」と、鋭いところも突いていました。

 さすがにハルビンの西郷ドンは証券の意味がわかっていましたが、そこは中国人。「もう死刑になりましたか?」
 裁判のスピードが速い中国ならもう死刑になっているかもしれません。疑惑が晴れたところで”名誉を回復する”と当人がこの世にいないまま一声政府が発表すればいいんですし、爽やかなもんです。

 とある村の”ご長寿早押しクイズ”クラスのおばあさん達のお茶飲みでは”証券取引法”がいつの間にか萩原健一が覚せい剤不法所持で逮捕された時の話題に変わってしまいました。そういえば去年でしたっけ?あの事件は。
 おばあさん達の会話はネットサーフィンのようなものなので、キーワードが出てくるといつの間にかそこから話題が飛んでしまいます。

 今月結婚する近所の娘さんの婿さんがガーナ人だのロッテの人だのとこの顔ぶれの中では一転二転しています。グリコや森永になるのかと思ったら、昨日はギニア人という新説が飛び出してきました。
 どちらにせよ西アフリカの大西洋よりの国だなとはわかりました。近々この家に結婚式の打ち合わせに行くのではっきりするでしょう。
 フランス語を喋ると言っていたのでかつて英国領だったガーナよりも、フランスから独立したギニアのほうが正解ではなかろうか?と思いますが、程なくこのおばあさん達の会話はニューギニアとギニアがごちゃごちゃになっていることでしょう。手ごわい連中です。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

寒い朝

2006年02月05日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日のテニス・東レ・パン・パンパシフィック・オープン準決勝で、大方の予想を覆すかのようにスロバキア生まれでスイス国籍のマルチナ・ヒンギスがロシアのマリア・シャラポワを子ども扱いするかのごとくストレートで下しました。

 ロシアでは人気がないテニスですが、今大会ではベスト4の3人がロシア人。シャラポワは7歳の時からUSA生活で、ロシア人特有の発音の英語を喋るくせにロシア語は流暢ではなく、ロシア軽視の言動からロシアではあまり評判が良くないようです。
 2002年のITF群馬大会でプロ初優勝したのですが、隣町のロシア人奥さんが応援に行ったものの「ロシア語を聞いてわからないふりをした。」と憤慨していました。「エレーナ・イシンバエワ(棒高跳び)はロシアのために競技に出ているが、シャラポワはロシアで生まれたと言うだけ。」
 負ければボロクソです。

 シャラポワは上り坂の19歳。ヒンギスは25歳ですが一度は引退して、コーチ業についていました。一念発起して復帰4戦目。ここまで上がってくるなんて思いもしませんでしたが、蓋を開けてみるとシャラポワの圧倒的なパワーを神経戦でかく乱して自滅させたような試合でした。
 結局ヒンギスは決勝でロシアのデメンチュワに負けてしまいましたが、シャラポワを負かすために復活したようなものです。

 弱いシャラポワを見ていると、ロシア女性によく見られる型にはまると強いが、精神的なもろさと言うのか、歯車が狂ってくると修正がきかず、切れてしまう。あきらめてしまうだらしなさを垣間見た思いでした。ヒンギスが”こうやってつぶすのよ”と見本を見せてくれたので、弱肉強食の世界、これでしばらくシャラポワは他の選手からも食い物にされるでしょう。
 マタニティードレスのようなはたまた「うちのお父ちゃん・・・」の大屋政子さんのゴルフウェアのようなシャラポワのドレスにも笑ってしまいました。

 アテネ五輪の女子バレーボールのロシア・中国戦で最初は圧倒していたロシアが、最後は中国の粘り越しにひっくり返された時を思い出しました。これなんかいじめの構造のようなもので、相手の落ち度を見つけたらそれを徹底的にせめてしまう中国と、弱みを握られたらどうしていいのかわからずパニックになるロシア、育ちの悪さが勝負の分け目か?と思ったものです。
 守勢に回ると脆いロシア女性ですが、男性はのらりくらりと粘り強い感じがします。ロシア男性、虐げられてますから。
 

 寒い朝でした。居間の温度計は1℃強。外はマイナス二桁だったでしょう。しかもこの湿度。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加