のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

お前さん

2008年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 NHKの篤姫ブームなのか、幕末の江戸幕府を取り上げた教養系のテレビ番組が多く見受けられます。今で言うなら内戦まで起きた幕末の日本。一見男達が作ってきたような歴史に篤姫と言う女性が大きく関わっていたことなど意外なことかもしれません。

 「奥様」「お前さん」の語源は江戸時代の庶民から生まれたようで、庶民達は将軍夫人は江戸城の大奥にいるにいるので「奥様」で、それに対して自分の嫁さんを「お前さん」と呼んだのだそうです。元々「お前さん」は自分の妻に対する呼びかけの言葉だったようです。

 江戸時代は平和な時代で庶民文化が花開いた時代だったのですが、平和な時代には女性が強くなるのだそうで、離婚率も高かったそうです。時代はまさに女尊男卑でした。

 「三行半を突きつける」と言う言葉がありますが、離縁は男性からばかりではなく、亭主がダメなら周囲の人が「あんな男見限っちまいな」と離婚させてしまうような時代だったそうです。

 飲んだくれのドメスティック・バイオレンス亭主も多かったようですが、今のロシアや中国に似通った一面があります。そういえば周囲の人がたちが一体になって子供を育てるようなところも似ているかもしれません。

 日本で男性の権限が強くなったのは明治以降、「戦争」が大きく人々にのしかかってくるようになってからのことだそうで、男尊女卑の風潮が強くなっていきます。頂点に達した頃が第二次大戦の時代でしょうが、戦後、進駐軍の影響があったとはいえ、「男女平等」を憲法でうたった最初の国でもあります。

 戦後強くなったのは女と靴下などといえたのは昭和30年代まででしょう。

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日焼け

2008年07月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 あと2週間も耐え忍べば多少は涼しくなる。と信じて熱さと向き合っています。
 1日外にいたら首から上がすっかり日焼けして、まぶたなどむくんでしまい、わが顔ながらどこの国の人間の顔なのかわからない有様になってしまいました。

 昨夜はサウナでたっぷり汗を流して心地よく寝る予定だったのですが、もうひとがんばりと無理しすぎたために頭が痛くなって、今朝まで頭痛を引きずってしまいました。

080730  女性というのは不思議な生き物で、夏の最中に着物を着ても生きていられるし、冬の寒さの中ミニスカートでも生き延びられる。男性にはできない芸当だと言いたいところですが、この蒸し暑い中背広を着て街中を歩いているビジネスマン諸氏も多数いるので、こういう人たちってサーモスタットが壊れているのだろうか?

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夏休み

2008年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 ♪麦わら帽子は もう消えたたんぼの蛙は もう消えたそれでも待ってる 夏休み♪
 吉田たくろうの”夏休み”という歌です。
 この歌の意味がわかったのは社会に出てからで、気がついて見れば夏休みがなくなっていた。

 冬が厳しい土地柄だったので、小中学校の頃は他の土地より夏休みが2週間程度短く、6月の養蚕の頃に農繁休暇、1月後半から2月初旬まで小正月休みと言うのがありました。

 高校は世間並みに8月一杯の夏休みがありましたが、大学時代は生活費を稼ぐためにきついアルバイトをしたり、工学部だったので実験室に泊まり込んでの授業など、逆に忙しい夏休みでした。いまだに、夏休み=アルバイトという概念が消えません。
 
 社会に出ると、夏休みと言う名の数日のお盆休みであったり、そんなこと関係なく仕事尽くめの年でしたが、とりたてて出来事も無いのに1年が年々短く感じられるようになりました。

 今日、たまたま顔を合わせた恩師に「娑婆に出ると夏休みがなくなってしまいますね。」と話したのですが、その裏には「先生なんかなんだかんだ言っても生徒がいなくて気楽な夏休みがあるじゃないか。」と言う皮肉もありました。 
 が、「俺なんか定年退職してから夏休みに冬休みに春休みに秋休みまでみんないっぺんに来ちゃった。住所こそ定住しているものの、無職だぜ。年金だ、恩給だなんていっても、社会に寄生しているだけの肩身の狭い日陰者さ。」と威張られました。 

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雷雨

2008年07月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 この何日か昼過ぎになると雷と激しい雨に見舞われています。
 
 今日は昼過ぎからの大雨洪水警報発令で、花火大会が明日に延期になりました。
 1日順延と簡単に言いますが、日曜と月曜ではそれに関わるスタッフにも大きな影響が出てしまいます。
 明日、イベントに間に合うだけの頭数が集まるのか?イヤァな予感がしています。

 午後になって一気に大量の雨が降ったので、被害が出るだろうなと懸念はしていましたが、湯檜曽方面では、急激に増水した川に流されて亡くなった人や行方不明者が出ている模様です。

 実はお昼時に友人たちと川原でバーベキューの計画を立てていましたが、買出しに行く中で「どうやら雲行きが怪しいぞ」と取りやめにしました。ざるそばを食べて家に戻るとほどなく雷が鳴り響き、電気がストップし、大雨になりました。

 苗場スキー場ではフジロックフェスティバルが開催されているようで、コンビニには怪しげな風体の若者がたくさん立ち寄っていますが、屋外の仮設テントの会場など出演者も観客も大変だと思います。

 20年も前なら雨の野外ステージでロックコンサートなんてことになれば、逆に「熱く」なったものです。

 昭和末期、雨の日比谷の野音で、浜田マリがびしょ濡れになって歌っていたときなど「感動的な一体感!」と盛り上がったものでしたが、最近はすっかりおじさんになってしまい、そんな気力も出ませんし、「風邪ひかないでね」と他人事です。

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2008年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 学生時代の同級生に三人目の子供が生まれました。「これで、多少なりとも少子化歯止めに貢献できた。」と照れていましたが、40歳過ぎて出産する奥さんのことが気がかりでした。 
 「いたって元気で、もう一人がんばれるって強気だったよ。」
 男性と違って女性には「年齢」が大きくのしかかってきます。英断だったんだろうなと見上げてしまいます。

 少子化が将来の不安材料として取り上げられる日本ですが、不安に思っているだけで有効な対策は立てられているのだろうか?
 母親が子供を預けて働きに出られる環境作りなどが取り上げられていますが、それより前の段階でもっと刮目してもらいたい問題も多くあります。

 自然分娩の出産には保険が利かない。妊婦の検診だって実費です。後に還付があるとは言え、そのときに支払う現金を用意することだって大変です。
 不妊治療など一回数十万円。もちろん保険など適用されません。

 きつく言えば子供を持つことなんで趣味の延長線上と言わんばかりの厚生労働省。後期高齢者には選挙権があるけれど、新生児にはそんなもの無いから政治化も強気?

 一寸法師にしても、桃太郎にしても、かぐや姫にしても善良な老夫婦に「子供」と言う「宝」が授かるのが昔話ですが、一寸法師は都へ、桃太郎は鬼退治に鬼が島へ旅立ち、かぐや姫など月に帰ってしまいます。
 やはりどこかで自立して巣立つ時が来るのでしょうが、その巣立ちをさせない昨今の親子事情を見ると、異国から巣立ってきた若者にやられてしまう時代が来るのだろうな、と、予感もしあります。

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モスクワ

2008年07月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 仕事でモスクワに行ってきた東京の知人。「市内をポルシェ・カイエンがバンバン走っているんでびっくりしましたよ。リッチな人が多いですねぇ。」
 ポルシェ・カイエンと言えば一千万円を越える高級車ですが、私もまだ一度しか見たことがありません。前橋の自動車屋の社長さんが乗っていたものですが、てっきりマツダ・ベリーザだと思って、「ベリーザって意外と大きいんですね。」と言ってしまい。「ゴメンネ。とってもそんなふうに見えないだろうけどポルシェなんだ。僕が乗るとポルシェに見えなくてごめんね。」と嫌味を言われたことがあります。

 モスクワは東京を抜いて世界一物価が高い年になりましたが、この知人が言うには「コカコーラが300円。スシなんか一貫500円。」
 物価高ではウラジオストクも負けていませんが、モスクワのホテルはさらに高い。会社の仲間と向こうの取引会社に紹介されたアパートに泊まり、自炊生活だったそうです。
 「バブルの日本だってこんなばかげた様相ではなかったと思う。」と半ばあきれたような口調で語っていました。

 一ヶ月の夏休みを取り、モスクワに出かけているウラジオストクの友人。巷の声では親戚の家に居候してアルバイトに精を出しているようです。飛行機の燃料サーチャージ代を稼ぐと言う話ですが、隙あらばなにやら新しいビジネスでも見つける気ではなかろうか?
 ロシアの中の外国と呼ばれるモスクワは、居住権がなければ住むことができませんが、このところの好景気でそのあたりも曖昧になっているようです。

 いつバブル崩壊が起こるだろうか?と遠くから他人事のように眺めていますが、原油価格は相変わらず高値安定です。

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歯痛

2008年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 右奥歯のおやしらずが虫歯になり、この1年ほどで随分穴が大きくなり、歯医者に行くタイミングを見計らっていました。近場の廃車が完全予約制のため、一ヶ月先を見越して予約を入れなければならず、お盆明けに行く予定にしていましたが、その前に歯のほうが臨界点に達してしまいました。

 20日のアレックス君の結婚式で夜遅くまで汗だくになって過ごしたことや、この何日かの暑さで布団蹴飛ばして寝て風邪気味だったこともありますが、体力が衰えたことで歯茎が腫れだしました。

 クリニックから「痛みが治まるまで治療はできないが、応急処置してやるからすぐに来い」と言われ、歯の穴に詰め物をしてもらい、痛み止めの薬をもらってきました。
 極力飲まないようにしてはいますが、歯茎ばかりではなく目や耳や肩にまで痛みの影響が出て、じっとしているのつらい一日でした。

 「痛みが治まってから治療」と言うのもおかしな話ですが、予約しなければ治療もできない歯の病。救急歯科なんてのも必要になるかも。

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地図

2008年07月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 猛烈な暑さに見舞われた一日でした。これから1-2週間が暑さのピークだと思いますが、年々乗り越えるのが厳しくなるような思いです。

 中国の昆明ではバスが爆発炎上する事件が起きました。オリンピック間近で気にかかる事件です。内陸部では住民の暴動が相次いでいるようです。
 80年のモスクワ、84年のロスアンジェルス、大国のオリンピックには政治的なトラブルがつき物ですが、ここまであからさまに治安を脅かす辞退が続いているオリンピックは今まで無いのではなかろうか?

 「人は城、人は石垣、人は掘り、情けは見方、あだは敵なり」と言ったのは武田信玄ですが、人を粗末にした結果国が滅びるのは毎度おなじみの中国の歴史です。

080721a  「極東」「極東の島国日本」。まだ東側には太平洋はじめ島々や、アメリカ大陸もあるのに。日本に住んでいると、極東と呼ばれることに違和感があります。
 どこの国の地図でも自分の国が中央に位置しているものです。USAで見た地図もアメリカ大陸が中央に位置して、ユーラシア大陸は右と左に半分に分かれていました。この地図で見ると日本は極東どころか、西の近場の国でした。

 ロシアでは当然あの巨大な大陸が中央に位置しますが、日本などカムチャッカの延長のように見えてしまいます。

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The Wedding!

2008年07月20日 | 日記・エッセイ・コラム

080720  高崎で催されたアレックス君のウェディングパーティーに行ってきました。ちなみにアレックス君はイラン人で、奥さんはフィリピン人。イラン、フィリピンはもとより、フットサル相手のブラジル人や、わずかばかりの日本人などが集まりました。

 律儀な日本人である私は予定時間の30分前に会場に到着したものの、誰も来ていない。そのうちぞろぞろ人が集まり始め、勝手に飲み食いを始め、会場が賑わい始めて時間より30分遅れて新郎新婦が到着。

080720b  本来はフィリピン料理のレストランらしいのですが、イラン人のコック(フィリンピン人とイラン人のカップルが経営しているらしい)がいて、どこの国の料理?と首をかしげる料理が並んでいました。

 イランフィリピン合作の肉じゃがなど思い切り豚肉が入っていましたが、「防音設備が整ったレストランだから神様は見ていない。」「日本でもほっとけ様って言うでしょう。」

080720a ようやく1歳になって歩けるようになったイラン・日本合作の赤ちゃん。

 愛嬌者で人見知りしないのでみんなに抱きかかえられてもみくちゃの人気者になっていました。

 野球をやらせるか、サッカーをやらせるべきか、当人の意志と関係なく大人たちが期待しています。サッカーならイランと日本が対戦することもあるけど、野球なら日本だけで活躍できる。彼が大人になる頃にはダルビッシュも現役引退しているだろう。と、話は順調に進んでいます。

080720d  店の中の売店にはシシャー(水パイプ)が販売されていました。アラブなど中東で街中の喫茶店で水パイプのタバコを吸う男たちをはよく見かけますが、中東から中央アジアにかけておなじみです。

 北京に行った時にこれで一服しているウイグル人の老人達がいました。

080720c
  カウンターの中は水パイプのコーナーで、濃い顔つきの男達が一服していました。

 蒸気機関車のような白い煙が大量に出ます。甘い香りがしました。

080720e
 普通の白いご飯に、小魚が大量に入ったご飯。なんだかわからないけれど何かたっぷり混ぜたご飯が並んでいました。

080720i  レストラン全体がディスコと化し、宴もたけなわになった頃ようやく司会のイラン人が到着して、乾杯の後、余興のベリーダンスが始まりました。

 ちなみ、このスキンヘッドのおじさんが1時間半遅れて到着した今夜の司会進行役。乾杯の音頭とっただけであとは職務を忘れて踊り狂っていました。

080720f  式次第も何もあったもんじゃないのですが、司会が到着しないまま宴は盛り上がり、いつ出番なのかタイミングもつかめないままこの格好で会場の隅で待っている光景も不憫でした。

080720j  お父さんがどの国でお母さんがどの国なのか?レシピは良くわかりませんが、子供達も臆することなくステージで飛び跳ねていました。

080720g  おひねり。一万円札ですね。新郎新婦がおひねりをはさんで行きました。

 ”おお~!高天原で天岩戸にお隠れになったアマテラスを引っ張り出すために、アメノウズメノミコトが舞ったのはこういう踊りに違いない!」。

 目のやり場に困ったのが最初のうちで、そのうち慣れました。

080720k   イラン人のおばあさんまでステージで踊りまくっていました。

080720l  「日本最高!」イラン人のコックさんとフィリピン人のママさん。宗教による差別が無いことが嬉しいそうです。宗教の違いでお互いの国では夫婦になることも難しいけれど、日本では認めてもらえることがありがたいことだそうです。「相手を批判することから何も生まれないでしょう。認めてもらえる。認めることって、とても素晴らしいことなんです。」

 後ろの壁にはダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵が掲げられていました。

080720m  こちら、サンバの国の日系人。「中東は奇妙なリズムだから感覚がうまくつかめない。」と当初は困惑していました。

 たしかに平衡感覚がおかしくなるような奇妙なリズムとメロディーライン。

080720n  友人の通称ジローさん。当人はよくサッカーの番組に出るイタリア人のジローラモさんのことかと勘違いしており、「僕がイタリア人に見えるらしい。」と思い込んでいます。が、奥さん(日本人)は自分の夫が坂上二郎さんに似ているからそう呼ばれていることを察しています。「もう、なんとでも呼んで下さい。当人はご満悦なんですから。」

 ちなみ彼は私のことを「カスピ海を越えて貿易に来るカザフスタン人に良く似た人がいる。彼は日本国籍を持っているけど、元々日本人ではないと思う。」と話しているようです。もう、なんとでも言ってください。
080720o   私と親しいイラン人の社長は元サッカーナショナルチームのユースの選手でした。

 「イメージどおりに体が動かなくなった」と、ブラジルチームとのフットサルの試合で足を負傷したものの、ダンスが踊れるようにとパーティまでに完治させました。

080720p  夜中11時過ぎまでがんばっていたプレイボーイの赤ちゃんもこの後ほどなく体力が尽きて、哺乳瓶でリンゴジュース飲んで眠りこけていました。

 私は日付変更直後に退散しましたが、たぶん、明るくなるまで宴は続いたと思います。

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炒飯

2008年07月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 マレーシア人のファーファイア君の得意料理はナシゴレン。インドネシアやマレーシアの炒飯の一種。

 ナシゴレンとは「炒めた飯」という意味で、その通り炒飯です。
 
080718  今度の連休にキャンプ場に泊まり猪苗代湖にジェットスキーに連れて行ってもらえるファーファイアー君は「みんなにナシゴレンをご馳走する!」と、大きなフライパンまで買いこんで力が入っています。
 力が入るのも当然で、彼の心の恋人もこのキャンプに参加するからで、「私、料理上手のこと見せたいな。喜んでもらいたいなぁ。」と気合が入っています。

 ファーファイア君的にはいつでも結婚OKで、周囲も結婚式の話から彼の葬式の話までまとまっており、あとは相手女性がOKすればという段階です。ちなみに、私は総議員長を承ることになっています。

 つまり、一番肝心な部分で現実は頓挫しているのですが、それは別にして「今、私と手も幸せなぁ。愛するの人いるのことは幸せなぁ!」と喜んでいるのがファーファイア君。 苔の一念岩をも通す。100パーセント彼の失恋に終わることでしょうが、どうなるかわからないので希望だけは捨てられません。

 この男の凄みとい運べきでしょうが、自分が好きな女性に喜んでもらいたい一心で、相手の見返りなど求めていないことで、大化けしてもらいたいなぁと願っています。

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海水浴

2008年07月17日 | 日記・エッセイ・コラム

080717  「今年も海に行かないのですか?」と友人に言われました。最後に海水浴に行ったのが昭和49年。海の中で溺死者の死体と出くわす恐ろしい思いをして以来、以後三十数年間海水浴に行っていないというだけで、海に行っていないわけではありません。

 「あらゆる生き物は海から生まれたといわれるように、海水は信じられないようなパワーを持っている。アセモなんか海に浸かれば一発でなおる。」
 その友人が言うには、まだ彼の子供が幼かった頃、ひどい肌荒れが海水浴でそれがなおったそうで、以後、海水の持つ治癒力に注目しているそうです。

 今年あたり海に行ってみようかな?と思ってもいますが、これほど蒸し暑い日が続くと標高の低いところに行くのも億劫です。

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芥川賞

2008年07月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 中国ハルビン出身の中国人、楊逸さんが「時が滲む朝」で芥川賞を受賞しました。テレビのインタビューを見ていたら、流暢な日本語を喋ってはいるものの、日本人とは違う中国人特有のイントネーションが見え隠れした、日本語を母国語にしていないことがわかる喋り方でした。

 ひらがなカタカナは読めるけれど漢字は読めないイラン人と、漢字は読めるけれどひらがなカタカナが読めない中国系マレーシア人と、「半額」「五割引」「ニ割引」とファミレスのメニューしか日本語を読めないロシア人と一緒に同じニュース映像を見ていました。
 
 外国人が日本語を駆使して日本の文学賞を受賞したことより、「時が滲む朝」が天安門事件をテーマにしたことが話題の中心で、「中国で書いていたらきっと殺されるだろう。」「日本の文学賞をもらえば、中国政府も彼女を殺せないだろう。」
 血なまぐさい話題で盛り上がってしまいました。

 「日本は外国人でも文学賞をもらえるのだから、自由で公平な国だと思う」と評価してくれるのは嬉しかったものの、その日本語の「乱れ」も気になります。

 楊逸さんは日本のお茶の水女子大に留学していたそうですが、ハルビンの西郷ドンのお姉さんも同じ世代でお茶の水女子大に留学していたので、面識があるかもしれません。
 西郷ドンはどこかに出かけていたので、連絡がつきませんでした。そのうち、鼻高々で「ハルビン人は優秀なんです!」とメールが来ることでしょう。

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燃油サーチャージ

2008年07月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 全国の漁業関係者が一斉に操業停止?全国20万隻の漁船が1日ストップしたようです。原油高の影響で漁船の燃料代金が魚介類の市場価格に大きく響くことになるでしょう。

 原油高で飛行機の運賃以外に徴収される燃油サーチャージ。現在、新潟-ウラジオストク間で片道5000円前後追加徴収されます。
 
 仕事でバンコクへ出張してきた知人は、航空券こそ会社で買ってくれたものの、往復1万円強の燃油サーチャージは自分持ちだったそうです。

 サンマの価格に別途燃油サーチャージなんてことは無いでしょうが、値段が高くなることは間違いなし。
 海から遠い我が家の界隈。子供の頃、海の魚はどれも皆高級な食材に思えたものです。三十数年遡れば、マグロの刺身など予約注文しなければ買えない物でした。流通の進化で「当たり前」だったものが、意外にも原油高で「ありがたみ」の再発見をすることになることでしょう。

 今月から値上がりした食品類も多く、原油高のジャブがじわりじわりと生活を蝕んできていますが、その原油も投機対象としての価格高騰の色合いが濃くなってきました。

 原油高に関係なく横着の延長で畑を放置していたら、ジャガイモ畑を猿に荒らされてしまいました。この冬への蓄えが・・・・

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2008年07月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 「最近、影が薄くなったんではないか?自分の影がちゃんとくっついているか良く見たほうがいいぞ!」山岳会の先輩に指摘されました。

 理解力と物分りは別物で、物事道理はわかっていても物分りが悪く、人様の言うことなど耳も貸さない暴走ぶりが私の特長だったらしいのですが、「最近、『人間ができてきた』と感じることが多々ある。元々そういうタイプの人間じゃないんだから、つまりお前さんの生命力が弱くなっているからで、今、山に行ったら死ぬぞ!」

 そういえば、ヒマラヤ登山家の山田昇さんがマッキンレーで遭難する前に沼田に来たとき、「今まで山で亡くなった仲間たちのことを思い、百八つ数えながら山に登っているんだ。」と、およそ生前のメチャクチャぶりを知る人たちには想像もつかなかった立派なことを言い、「山田も立派になった。」と感心させてほどなく亡くなってしまいました。

 20年前にアンナプルナ南壁で行方不明になった小林君など、生意気でふてぶてしい若造でしたが、登頂して「皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。」と感謝の意を伝えて一時間も経たずどこかに消えちゃった。

 「だいたい、お前なんか反社会的、非生産的人間の最たるもんで、世のため人のためとは相反する座標に生きているアウトローだから山が受け入れてくれるんで、まともな人間になっちゃぁ世俗に埋まっているほうが無難だぞ。」

 良識をわきまえたまともな人間になろうと奮闘努力しているのですが、ただ単に世間様がそういう目線でみてくれないだけの事で、アウトローであろうなんてこれっぽっちも思っていないのですが。

 それにしても最近、疲れが取れないというのか、自分自身でも体力気力の衰えに苛まれているので、どこかでリズムを取り戻さなければ・・・・

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いじめっ子

2008年07月11日 | 日記・エッセイ・コラム

 オーストラリア在住の一歳上の先輩が急死した訃報が入りました。船の上で心筋梗塞による急死だったそうです。
 親戚筋だったために、中学高校時代はよく周囲に比較されたこともあって、お互いあまり快く思っていない仲でした。

 教育者だったこの先輩の両親が離婚して「白い目で見られた」という負い目があったのか、妙にゆがんだところがあって、それがパワーになってがむしゃらになるようなところがある人でしたが、あの時代「離婚」は珍しいどころか何か悪いことでもしたかのような気配がありました。また周囲がそれに気遣うので、子供とすれば余計いたたまれない部分があったのかもしれません。

 世間的にはしっかりした躾を受けた優等生でしたが、裏の顔は無抵抗な後輩をいたぶるようなところがあって、幸い私はガタイも大きかったし、柔道部で腕っ節も強かったこともあっていじめられることもありませんでしたが、この先輩に痛い目にあわされた後輩も多いです。

 20代で日本を離れて海外での生活を選んだ背景にも、こうしたトラウマが根深く残っていた感があり、希望を持って海の向こうに出たというよりも、二度と帰るまいと恨み節で日本を離れたような感がありました。

 そういえば、先月の同窓会で市街地の小学校に子供を通わせている同級生が、その学校では「両親がそろっていない家庭や、父母のどちらかが実の親では無い家庭が45%を占めている。」と話していました。その予備軍も含めれば6割強がこうした家庭に含まれるようで、離婚が珍しくなくなるどころか、両親がそろっている普通の家庭が稀有になっていると語っていました。
 今の時代ならこの先輩も負い目など感じることなどなかったのでしょうが、親の不始末を背に負わされたような目線で見られた時代に多感な頃を過ごしています。

 見る角度を帰れば「家庭」は締め付けであり、足かせでもありますが、「家庭」に対しての「忍耐」が時代によって変化したのでしょうか?
 「家庭」があるから「我慢」して、それができないから白眼視された時代から、「我慢」するくらいなら「家庭」を捨てることが足かせではなくなった時代。

 「家庭」にか限らず「組織」の中では自分が「脇役」回らなければならないことは多々あるのですが、どんな「場」でも自分が主役でなければ気がすまない人が増えたということなんでしょうか?
 思えば、「ここは子供達の世界」と一歩引き下がることができない親たちがモンスターペアレンツと呼ばれ、人生終焉近い「後期高齢者」がいつまでも次世代のやることにちょっかいを出し、どこか歯車が狂っているようなご時勢です。

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