のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

ラジオ

2013年11月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 学問のさびしさに堪へ炭をつぐ
 山口誓子だったけかな?

 知人からビデオがごっそり届きました。「労働基準監督官ダンダリン」「海の上の診療所」「科捜研の女」「独身貴族」
 小さな親切大きなお世話?テレビが映らなくなってからの方がテレビを見るようになってしまいました。半分早送りで見ていますが・・・、誰がどのドラマにでているのか?ごちゃごちゃになって訳が分からなくなりました。

 さらに、昨夜「ゴルゴ13」を20冊借りてきたので、ビデオでドラマを流しながら漫画を読む離れ業をこなしております。おかげで、さらにごちゃごちゃになっています。

131129  知人宅にあった1970年代の古いトランジスターラジオをいじくっていたら音が出るようになりました。と、言うより、電池の接点の部分が液漏れでさびていたのを磨いたら電源が入るようになりました。さすが日本製です!メーカーはナショナル。

 昔、ジャンボーグAだったけかな、ロボットの怪獣ものドラマがあって、操縦室の壁にこのナショナルクーガー7が並んでいました。

 あの時代、2万円近くするラジオだったと記憶していますが、さすがに良く鳴ります。山歩きのクマよけにポケットタイプのラジオをつけて歩いていますが、メーカーもわからないニーハオ国の1980円のラジオなので、NHKがかろうじて入るだけ。それから比べれば月とスッポン。

 ただ単に電池の接点を磨いただけで治ってしまった代物ですが、持ち主には「さすがだ!」と妙に尊敬されてしまいました。
 

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カイロ

2013年11月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 今朝は冷え込みました。予想していたことだけどね。
 スーパーに行ったついでに使い捨てカイロを買ってきました。夜寝るときに腰に当てておくと腰痛が緩和されたり、膝や肘の古傷が寒さで痛むときにサポーターの中にしのばせておくと霊剣あらたかです。
 使い捨てカイロってすごい発明だと思うけどな。

 

 
 おぼえている人も少なくなったかと思いますが、鳩山って少し頭のいかれた総理大臣がいたでしょ。本来なら座敷牢に閉じこめて幽閉するのが世の為なのに、「人権」を拡大解釈する日本ですから、政界引退後にも中国に行かせちゃったことがありました。今年だったと思います。
 カイロ宣言に基づいて尖閣諸島は中国のもの。とバカな発言をした、中国にとっては「良心的な日本の首相」でしたね。
 カイロ宣言は戦中の1943年にルーズベルトとチャーチルと蒋介石が発表したと伝えられていますが、原本がない。チャーチルは1955年にカイロ宣言なんぞ存在しないと否定しています。
 「宣言」と国際的に発表するのですから、このとき立ち会った3人の首相のサインが入った原本を各国が保有していなければならない。それがないってことは、そもそも存在していない。どこかの国の歴史のようなものだったんですね。

 

 本来なら花を開く「時」ではないのに、狂い咲く「人物」もいるようですが、狂い咲きは狂い咲きでしかないのですね。物珍しいだけで「本物」ではない。

131127x 山の中でつつじが咲いているのを発見しました。

 当然、今の時期に咲く花ではないので「狂い咲き」です。

 たまたま気候や条件の関係で勘違いして咲いたのか?

 体内時計が狂っていて、稀にこの時期に咲く個体などもあるようですが、ずれているので身を結ぶことはありません。目の保養になりました。

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彗星

2013年11月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 小春日和の暖かい膝塩午前でしたが、すぐ北にどす黒い雪雲が・・・。
 日が陰れば急激に寒さを増し雪がちらつきました。

 このところ夜になると雲がでるのでアイソン彗星を見ることができないのですが、太陽を周回して無事戻ってくれば来月にまたみるチャンスがきます。可能性とすれば太陽に近づいた時点で溶けて消えてしまう可能性も大いにあるみたいです。
 彗星が発光するのは彗星が発生するガスにネオンなどの発光分子が入っているかららしいのですが、彗星が発しているガスの中に酸素も含まれているようです。
 地球が誕生して間もない時代。約40億年前ですね。氷の彗星が地球にぶつかった活動期があったようで、これらの彗星地球に水をがもたらしたと言われています。その水の中の有機物質が生命誕生の鍵だったんではなかろうか?と近年では考えられています。
 
 ニュートンの万有引力の法則と言えば、木から落ちるリンゴが象徴的に使われていますが、実は彗星の軌道の原理を発見証明することで万有引力が認められています。
 ニュートン時代にハレーという学者が約75年ごとに定期的出現する彗星を発見し、次の出現を予言します。これがハレー彗星ですが、ハレーもニュートンも亡くなってからこの彗星は予告通りに出現しました。

 ニュートンが万有引力の法則を見つけるために大いに貢献したのは、天体の引き合う力で彗星が進むルートを予測する研究で、こうした研究の中で万有引力の法則が築かれたと言う話です。

 

 しかしながら、こうした新しい事実の発見によって不幸におとしめられる人たちもいます。占い師です。人々に不幸をもたらす彗星が実は定期的に地球に近づいてくる自然現象だったと証明されてしまったため、民主党並に人々の信頼を失ってしまいました。

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森の中で

2013年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム

131127 山の林道を歩いていて奇妙なものを発見しました。

 道に倒れた風倒木。道をふさいでいる部分は切断されて通行に支障はありません。

 何の問題もない風倒木ですが、根元に二近い幹の部分に何やら穴が開いていました。

 何だろう?キツツキの穴かな?それにしても枯れた針葉樹ですから、普通はなど虫が食べるはずもないので、キツツキが穴を掘ることもないはず。

131127a 近づいてみると木の穴の中に何かいます。

 一瞬、マンガチックな容姿にケロロ軍曹?かと思いましたが、木彫りの人形が穴の中に安置されていました。

 お~!ゲージツだ!

 どこぞの変わり者が手作りの木彫りの動物を、森の枯れ木などに張り付けてモニュメントにしているようです。他にも何かあるのではなかろうか?と森を見渡すと、あちこちの枯れ木にこのいたずらが仕掛けてありました。枯れ木に細工しているところがまた素敵。

131127b こちらは松の枯れ木。多分松枯れ病にやられた気だと思いますが、根元から倒れていました。

 横たわる幹の上にはリスが走っています。

 なるほど!木製の人形ですから当然動きませんが、それにしても結構リアルです。

 接着剤でくっつけているのかな?と近くにいてのぞきこんでみたら、リスの人形を木の幹に釘で木の幹に打ち付けてありました。これなら簡単には取れて落ちません。

131127d 周囲には枯れ木をつつくキツツキの人形や、切カブツの上に鎮座するタヌキの人形もありましたが、みな手掘りの木製です。

 なかなかすぐれたリアルな彫刻ですが、森そのものを展示場にして楽しんでしまう発想も面白い。さらに、山の主(県有林だと思う)の許可なんかとらないで勝手にモニュメントを取り付けているようで、なかなかかぶいておられる。

 この借景があって映える彫刻だと思いますが、十分楽しさを満喫できました。

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減反

2013年11月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 田圃の減反政策がいよいよ廃止されるようです。田圃で米を作らなければ金をもらえるなんて、こんなふざけた政策もないと思っていましたが、要は田圃を過剰に作りすぎてしまった農地政策の間違いの尻拭い?

 米を作らず、大豆やスイカなどを作ったものですが、今や耕作放棄地で原野のように荒れ地になっていても減反扱い。

 まだ食糧庁が力を持っていた時代など、減反は地域でどのくらいの面積と連帯責任のようにやるものですから、声の大きい人は減反中しないで、おとなしい人が田圃作るな!と削られていた時代がありました。やり方の汚さときたら、との地域が目標の減反率に達していなければ金出さねえぞ!と、泣く泣く稲を刈り取る青田刈りなんて事をやらされた農家もいました。

 安定供給のためとはいえ、そもそも資本主義の原理に反していたのですが、農地解放で経営能力のない小規模農家が増えたことも大きな要因だったんでしょう。だいたい、農協そのものが資本主義にふさわしいものなのか?最近疑問に思います。緩やかなコルホーズかもね。

 農協問題については後々機会があったから書きますが、今日は農協に遊びに行ってお茶菓子ごちそうになって専務と世間話をしてきたのでとりあえず許したる。

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正気

2013年11月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 中国が勝手に沖縄周辺に「防空識別圏(ADIZ)」を発表して騒然となっていますが、第二次大戦突入直前の日本もこうだったのかな?と想像しています。

 昭和初頭の日本の場合は陸軍の暴走でしたが、国民世論の後押しみたいな微妙な空気が漂っていました。世界恐慌や日本国内での不況満州などに移民せねば食っていけなかった時代だったこともあり、日本の軍事力の過信というより、国民のやけっぱちと妬みが陸軍暴走を後押しした感もあります。

 今の中国も人民解放軍の暴走を共産党が抑えきれないばかりか、中国国内の世論の後押しのようなものがあるのではなかろうか?表向きは経済成長したにもかかわらず、人民は相変わらずまっとうな生活もままならない不満があり、しょりゃそうだわな。

 儲けた金は一部の支配層が安全のために国外に持ち出して、ついでに自分の家族も国外に移住させ、一般ピープルのことなど眼中にない。

 軍部も拡大路線を主張したものの引くに引けない状態になっており、もはや一戦交えなければ引っ込みつかない状態になっているみたいですね。

 多分本当の狙いは南シナ海だと思うけど、南シナ海に防空識別圏発動したら即ドカンとなりかねないので、「温厚な日本なら」とちょっかいかけているのでしょう。

 正気を失っているとしか思えませんが、各国に入り込んでいる工作員対策など国際的に対策をしておかなければなりませんね。「人権」が足かせになると思うけど、人権を脅かす人権に対して正面切って向かいわねばなりませんね。 

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お札

2013年11月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 まだ早いかな?と勘繰りつつも、もしものことを考えて冬用のスタッドレスタイヤに履き替えました。なんか今年は雪の降り方が早いので、念のため。
 とは言うものの、日頃雷様の悪口を言っている報いなのでか?毎年私がタイヤをはき替えると雪が降らなくなるので、これでしばらくは雪が降らないかもしれません。

 
 
 年末になるとそれぞれの地域でお札の販売の注文書が回覧板に紛れ込んできます。地区によってそれぞれ微妙に違いますが、私の住む地区では11月半ばに大黒様参りをする家庭などもあり、11月の初めにはお札の注文が来ますが、大方の地区では神宮のお札なので、今頃お札の注文や配布が始まります。一枚500円から1000円くらいです。
 
 このお札。どうなっているのか?というと、各地区に版木があり、年末が近くなるとじいさんばあさんが公民館に集まって版画をするようにお札の印刷をします。
 各家庭からの注文の際に集めたお金を持って区長さんがお札の束を抱えて神社にもっていき、神主さんに祈祷料支払って祈祷してもらい、それを注文をもらった各家庭に配布します。

 各家庭では神棚のお札を新しい年のお札に入れ替え、古いお札は正月明けのどんど焼きの時にだるまや門松と一緒に燃やします。

 お札の販売はどのくらいの利益が出るんのか?じいさんばあさんの口が堅いのではっきりわかりませんが、老人クラブのサイドビジネスになって新年会などで用いられているようです。

 
 
 夕方、ちょっと用があって顔を出した近隣の地区のご家庭で、近所のお年寄りが集まって闇のサイドビジネスお札の印刷作業をしていました。お札は5種類ほどあり、仏教系のお札もあり、これは山伏の法院様に祈祷してもらうのだそうです。

 何気に注文書を目にしたら創価学会の人などもお札の注文をしていました。アマテラスオオミカミのお札は認められているんですね。
 「共産党員だって近所の付き合いがあるから、なんだかんだ言いながらも神事に顔出すけど、若い連中は全く興味もたねぇやな。こっちのほうがよっぽど問題だと思うぞ。」 
 私も50代になるまでこういうことに興味なかったけど、神棚なんぞないからお札を買ったこともない。

 地区の1年間の行事などほとんど「神事」に由来した行事のオンパレードで、新年顔合わせの柏手に始まりどんど焼き、豆まき、ひな祭り、春の祭り、端午の節句、夏の祇園祭、秋祭り、年末のお札販売。その他もろもろ。
 毎年そういうものだと考えもしなかったけど、宗教行事が地域の行政だったんですね。

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勤労感謝の日

2013年11月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 「勤労を尊び、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう日」なので、野良仕事をしてきました。冬に休ませる畑の養生です。

 明け方冷え込んだので、昨夜の雨が凍り付いて道路はテカテカ。そろそろ軽トラを冬タイヤにしたほうだいいかもしれないと実感しました。
131123  日本では軽トラは労働者のクルマの代表格ですが、その昔のソビエトには労働者のクルマの代表にラーダというクラシックな自動車がありました。フィアットの技術をノックダウンした自動車で、そのままモデルチェンジしないで作り続けたので、時代が極端に変化したにもかかわらずシーラカンスのように生き続けた自動車でした。
 その道のプロに言わせると、色を見ればいつ作られたのかわかるそうで、「生産性の合理化」の名のもとに難しいことを考えなかったソビエトでは、今月はこの色とペンキの在庫の都合で同じ色のクルマばかり作り続けられたそうです。まあ、軽トラだってあらかた城です、稀に青やシルバーはあるけど、だいたい白ですね。

 

 その昔、日産のブルーバードもフィアットの影響を受けたというだけあって、ラーダも懐かしいブルーバードや、ブルーバードUを思い出させる自動車です。
 
 ロシアでこのラーダを運転したことがあります。当然左ハンドルで、4速マニュアルミッションでした。50kmもスピードを出せばけっこう「飛ばしているな」と充実感があるクルマで、ふわふわしたサスペンションのおかげでカーブなど車体が思いきり傾いてなかなかスリリングです。
 
 労働を貴ぶ日ですから、日ごろ労働に従事している軽トラの洗車をしました。下回り泥だらけでした。

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マルガリータ

2013年11月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 暦を見ると「小雪(しょうせつ)」という日だそうです。

 雪になるのかな?と雲行はあやしかったんですが、夜になって雨になりました。

 スペインの裁判所では江沢民にチベットの虐殺などの罪で逮捕状がでているとか。

 なかなかやるじゃん!スペイン。スペイン製を何か買ってやろうということで、トマトケチャップを買ってきました。そんなわけで今夜はスパゲティーをナポリタンにしました。あまりスペインには関係ないけど。

 

 ナポリの人も知らないナポリタンも不思議な料理ですが、天津飯だって天津の人は聞いたことがないし、中華丼だって中華の人は食べたことがない。一種の日本料理です。

 外国の料理をご飯の上に乗せて「どんぶり」にしてしまえば、日本料理になってしまうこの懐の深さ。まさに世界遺産ものですが、ナポリタン丼は聞いたことがない。

 てわけで、ご飯の上にナポリタンを乗せて食べてみましたが、失敗したかなぁ?と言わざるをえない料理になってしまいました。

 スペインとはさらに関係ないけど、イタリアのピザのマルガリータ。どういう意味なんだろう?と考えていました。マルガリータはロシアの女性によくある名前で、ミハイル・ブルガコフは「巨匠とマルガリータ」という小説を書いています。

 マルガリータには「真珠」の意味もあります。

 なんでかな?と考えていたのですが、調べてみると、イタリアのマルガリータという女王のために考案された料理で、バジルの緑とトマトの赤にチーズが白でイタリアの国旗をあらわした、本物のナポリ料理なんだそうです。

 スーパーの冷凍食品コーナーに298円でマルガリータがあったな。今度買ってきて食べてみよう。

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異次元?

2013年11月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 「国境(くにざかい)の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。」川端康成の名作「雪国」の冒頭です。
 国境のトンネルの手前に住んでいる私たちも十分過ぎるほど雪国なのですが、まぁ、越後よりはましか。と思っていたら、越後の人が言うには「あのあたりは山が深くて雪もひどい。およそ人が住める土地ではない。」目くそ鼻くそのしのぎあいが続いています。

 私が毎年秋になると読み返す「野菊の墓」は、柴又の矢切の渡しで江戸川を越えて千葉に嫁に行ってしまった民さんが、まるで異界に嫁いで手の届かない場所に行ってしまったような描き方をしています。今年、改めて読んでみると、矢切の渡しを船に揺られて川向こうにわたる民さんが、三途の川を渡っていくような悲しさを感じてしまいました。古事記やギリシア神話なら冥土まで連れ戻しにゆくのでしょうが、それさえできない若造の悔しさなんかが妙に身にしみました。
 
 山を隔ててトンネル、川を隔てて船。ヒマラヤやアマゾンではないのですから日常生活の延長線上のような場所ですが、この世の現実とは違う別世界として描かれています。

 「雪国」で島村はこの世の現実と離れたところで、駒子と情を交わす。これ、全く女房が口出せないような別世界になっているのだからいいんでしょうね。「交差点の長い信号を抜けるとそこは世田谷区だった」では嫁と愛人のバトルを描かなければならない。

 ♪遠い世界に旅にでようか それとも赤い風船にのって♪昔こんなフォークソングがはやっていました。

 若かりし頃はね。朝目が覚めると全く違う世界にたらなんて願望がありました。たぶん、自分がやりたいと思っていることと現実の格差の中での歯がゆさが、こんなこと思わせていたのでしょうが、人生引き算した方が早くなってくるとそんな願望さえなくなります。別世界より現実の方が重要になっていますし、多少気に入らなくても受け入れる度量がある。
 遠い世界に旅にでたくても、金と暇が・・・と納得してしまうこの諦めの良さ。人格のなせる技です。


 
 と、前置きはそのくらいにして、60代の知人夫婦が3泊4日の京都・奈良旅行に行ってきたそうで、宇治茶と生八つ橋ごちそうになりながら土産話を聞きました。
 修学院離宮の予約に成功し、紅葉の借景を目にすることができたそうです。それだけでも十分価値がある旅行だったと思います。「全く別次元の世界だった」と日本人の空間演出力にあらためて感動したそうです。裏山一つが建物の景色に取り込まれるような設計をしているのですから、かつての日本人恐るべしです。
 紅葉も見事だったそうですが、スケールや自然の迫力など「こっちの圧勝!」まぁ、そうでしょう。自然を建築物の景色に取り込んでいるのではなく、我々が自然の一部に同化しているような生活環境なんですから。

 

 碁盤模様に計画して作られた都市、平安京からそう遠くないところに山々がそのまま樹木をたたえて残っている日本の都市作りは、自然と人工との調和という目線から世界でも珍しいと思いますが、自然との調和なら「我々が勝っている!」あまりにも自然が強すぎて調和しないと生きていけないんだから。

 神社仏閣の作りも不思議なもので、その空間に足を踏み入れたとたん、別の次元の世界にいるような不思議な神聖さが漂っています。最近、だお近いでは鉄筋コンクリートやビルの一角がお堂やお社になっていることがありますが、どこか空気感が違う。

 夫婦であちこち参拝してきたら参拝料だけで2万5千円を超えたそうで、これまた異次元の世界です。

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外タレ?

2013年11月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 ポール・マッカートニーの日本公演にUSA大使がキャロライン・ケネディー。外タレで日本がにぎわっていますね。
 ビートルズ世代ではないのでポール・マッカートニーが来たと言っても”はぁ、そうですか。”ですが、キャロライン・ケネディーってどんな歌を歌ってたんだろう?ボク、若いからさっぱりわからないや!
 と、ボケをかましつつ、ホント、若い人たちには何を騒いでいるのか?皆目わからないだろうけど、「こいつはめでたい!」と、お祭りには便乗しちゃうんでしょうね。そんなことで騒ぐ前に、もっと真摯に考えねばならぬ事がぎょうさんおますやろ!秘密保持に関する法律のこととか、国防のこととか。聞いてはりまっか?そこのオバハン!

 

 ポール・マッカートニー来日で気がついたんですが、奥さんが違う!リンダどないしたんや?離婚したんか?と調べたら、ガンでなくなってしまったんですね。
 そういえば、96年だったっけかな?テキサスにいたときですが、現地の新聞にリンダ・マッカートニーが末期ガンと言うニュースが載っていたことを思い出しました。

 
 私が中学生の頃、ポールとリンダは一緒に音楽活動していて、その後、ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーが「エボニー アンド アイボリー」と言う人種の融合を意味するような歌を歌っていました。ポール・マッカートニーとリンダのグループ名は忘れましたが、ビートルズ時代にトレンドマークだったカールヘフナーのバイオリン型ベースから、リッケンバッカーのベースに持ち替えたのがこの時代だったと思います。このベースとサウスポー仕様のマーチンD28(アコースティックギターだよ)が当時のポール・マッカートニーのイメージです。

 

 この機会だから久しぶりにビートルズのCD聞いてみましたが、元々のメロディーがしっかりできているからビートルズ以外が歌うと名曲が多い。
 よくよく聞いてみると、ビートルズの演奏ってコード(和音)やベースラインが微妙に曲の流れと異なっていたりします。理論整然と音符から拾い出した和音ではなく、少しずれた和音になっています。それで妙に不安定に感じてしまうのでしょうが、これってなかなか頭でやろうとしてもできないもので、その場の雰囲気か何かでコード決めちゃったのかな?って感じがします。

 
 「ヘルプ」や「シー ラブズ ユー」のように、イントロなしでいきなり歌が飛び出す手法も独特だったのかも知れません。ジョージ・ハリスンがエリック・クラプトンと作った「マイギター ジェントリー ウィープス」がビートルズらしく感じられなかったのも、泣きのイントロが入っていたかも知れませんが、リアルタイムで私が唯一買ったレコードはB面にこの曲が入っていた「オブラディ オブラダ」のシングルだけです。

 

 さて、なんだっけ?キャロライン・ケネディーだっけ?ぜんぜん知らないし興味ない。
 キャロライン・洋子ってタレントが昔いて、私より一歳年下だったけかな?かわいかったんですよ。あの時代では画期的なバイリンガルで、そりゃもう、キュートな子役でしたが、高校生になる頃にはほとんどテレビで見かけなくなっていましたね。
 上智大学に進学した同級生が、「キャロライン洋子が入学してきた」と教えてくれましたが、何処かに留学しちゃったみたいですね。
 そんでもって、キャロライン・ケネディーだっけ?誰?それ。

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お湯

2013年11月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 カップヌードルを食べるために石油ストーブの上にやかんを乗せました。お湯が必要だからです。

 
 ボンカレーならレトルトの袋から出して電子レンジにかければ1分少々。しかし、カップヌードルだけはお湯を入れて3分の時間をごまかすことはできません。ウルトラマンの能力をしてもいかんともしがたい地球上での3分は絶大なのです。

 
 
 石油ストーブの上のやかんがピーピー鳴りだす様子を横目で見ながら、蒸気機関の発明と産業革命の時代に思いをはせました。
 人類が火を使うようになって程なくお湯を沸かす発見もあったことでしょうが、そこから蒸気機関まで何千年の年月がかかったのだろう?
 今、何かと話題の原子力発電にしたって、お湯沸かして蒸気でタービン回すのですから、蒸気の利用に関してはこのやかんの笛と同じようなもの。強いてはカップヌードルと原子力発電が同じ根本を持っている。
 
 子供の頃は原子力は無限の可能性を持つ新エネルギーだと思っていました。原子力エンジンを搭載して自動車や飛行機が飛び交う時代がくるもんだと思っていました。
 流線型の未来型自動車のボンネットに搭載した原子力エンジン。その上にやかんが乗っていてお湯を沸かして発電してモーターを回す。原理的にはこう言うことになるんでしょうね。原子力エンジンの上のやかんに蛇口がついていれば、カップヌードル食べるときにお湯を沸かす手間が省けます。これってとってもエコロジカル。
 地熱発電なんか、地球のマグマのエネルギーでやることはお湯を沸かす。

 なんか今、人類史上きわめて偉大な行為を行っているんだな。と、やかんのお湯をカップヌードルに流し込みながら自らの偉大さに感服してしまいました。

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冬でも出る

2013年11月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日が幽霊の話題だったので、今日もその続きになりそうです。
 
 日本では幽霊話は夏物が多いのですが、これはぞっとして寒気を感じるのに夏がふさわしいと言うことや、幽霊の服装が寒い冬では不憫という思いやりがあるのだとか。幽霊にすれば暑い猛者無為もあまり関係ないと思うけど。
 
 ロシアでは一年のほとんどが冬みたいなものだからと言うこともありますが、幽霊話は冬を舞台にしたものが多いそうです。

 

 そういえば、私が極東大学のあい向かいの教会でみた不思議なおばあさんも10月末でしたが、分厚いコートを着ていました。
 教会の庭のベンチでピロシキを食べていたら、黒っぽい分厚いコートを着て、同じく黒いプラトーク(スカーフ)をかぶったおばあさんがあい向かいのベンチに座っており、何をしていたのかわかりませんがうつむいたままで、顔も陰になってよく見えませんでした。
 程なく、学生らしきカップルが来て、こともあろうか、そのおばあさんの座っているベンチに腰掛けましたが、既におばあさんの姿はそこにありませんでした。と言うより、若いカップルの陰になった時点でおばあさんの姿は見えなくなっていましたが、ありゃぁいったいなんだったんでしょう?

 

 この教会を越えて森を抜ければ大通りのパルチザンスキー・プロスペクトが近いので、時折利用していましたが、その後もここを通るときにベンチに腰掛けたおばあさんを一瞬目にしては、”あれ?”と、気がつくと姿がなかったことが2ー3回ありました。

 

 
 ウラジオストクの住宅地で呪いの人形をみたのも冬でした。日本ではわら人形を五寸釘で神社の杉の木に串刺しですが、ロシアでは布で作った人形に縫い針をさして木につるしておきます。
 てるてるぼうずかな?と私は何気なく通り過ぎていましたが、見る人が見ると事の重大さがわかります。後日、教会の司祭様が来てお払いをしていました。

 

 まだ混乱期にあった90年代半ばのシベリアの町、ノボクズネックと言う都市に行ったときのことですが、炭坑の町で各地からので稼ぎ労働者や真ファイアが暗躍する治安のよくない町でした。
 トンネル工法の日本の炭鉱でも落盤やガス爆発などの事故は頻発したものですが、露天掘りのロシアの炭坑でも石炭でできた壁が崩れて下敷き事故が起きたり、石炭でできた道路が陥没して重機が横転して死傷者が出たり、炭坑に事故は付き物でした。
 町の中のバーの隅っこの薄暗いテーブルに、真っ黒い男が座っているのを見たことがあります。”炭鉱労働者が仕事帰りに立ち寄ったのか?”それにしても、風呂ぐらい入ってからくればいいのに。程度にしか見ていなかったのですが、ちらちら気になってみていたものの、何も飲んでいる風でもないし、誰も注文を危機に行こうともしない。
 私が時折そちらを気にしていることに気がついたのか?バーテンダーのお姉さんが「あっちを見てはいけない。」と注意してくれました。なにやら訳ありなんだろうか?
 バーテンダーのお姉さんがボールペンで紙切れになにやら書いてくれたのですが、筆記体のロシア語わかりません。
 一緒にいたロシア人の友人が「昨年、このバーでマフィアの銃撃戦があって、あのコーナーにいた人が殺されました。だから、誰もあそこに近づかないし、誰かが見えても気がつかないことになっています。」”あなたは見えたの?”と聞くと「私には何も見えませんが・・・」。
 これも12月のことでした。

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台風の影響?

2013年11月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 天気が良く快晴だったので、幽霊がでると言われている沢筋を見に行ってきました。不気味なところなので、こんなさわやかな日でなければ行く気になりません。
 結局、そっちの方は何も出ませんでしたが、ちょっとドッキリすることがありました。時間は昼近かったのですが、沢の上の方から話し声がしました。誰かいるのかな?鉄砲撃ちかな?それにしても、何を喋っているのか聞き取れない。低い女性の声でした。


 民家が近くにあるから狩猟はできないので猟師ではない。おかしいな?と土手を上ってみたら、上に畑があり、中国人研修生のおねえちゃんが3人、仕事の手を休めて何か喋っていました。土手を上っていく途中で”あ!これって中国語!”と気がつきましたが、向こうも私が林の中から急に姿を現したので驚いたようでした。

 戦後、大規模な台風でこの沢の上あたりでも民家が流される被害が出ました。曰く付きと言えば確かにそうですが、「幽霊の招待みたり中国人。」


 
 台風と言えば、台風被害で大規模な災害になったフィリピンですが、日本の自衛隊も支援に行くみたいです。一番被害が大きかったレイテ島あたりでは難民が暴徒貸して略奪がくりひろげられる事態になっており、まずこの沈静化が下級の問題となっているようですが、これはフィリピン政府の仕事。日本の自衛隊は海上からの支援になるみたいです。
 こう言うときに「暴徒の鎮静化の手伝いしてやるあるよ。天安門事件で多大な実績持っているあるよ。」と何かと口出ししたがる臨国がしゃしゃり出てきて、勝手に旗立てて「レイテ島は中国の確信的領土」なんてやらかしたり、その子分になってついてきた国が「略奪はウリナラの起源ミダ!」とUSAのパシリで行ってきたベトナム戦争ように強姦略奪虐殺繰り広げるなんて事になりかねないので、外国の介入は極力慎重になるべきです。

 

 あのフィリピンの国民性を見ていると、中華圏の思うようにはならないと思いますが、復旧の一番の弊害が被災した住民だったなんてことにならなければいいけど…。

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武者行列

2013年11月16日 | 日記・エッセイ・コラム

131116d  来年あるかどうかわからないけれど、今年突如として復活した武者行列。

 一応この地域にゆかりがある上杉謙信を筆頭に武田信玄、北条、真田の軍団も加わり5-60人と馬4頭の行列になりました。

 馬は乗馬学校から借りてきましたが、もし暴走したら?と考え、国道は上杉謙信はじめ各武将は馬から降りて歩いて行列になりました。足軽の中に家中を身に着けた武将が混ざって歩くと意外とみじめです。

131116c 甲冑愛好家の皆さんも参加してくれましたが、重い甲冑を身に着けて歩く距離約5km。かなりハードなコースだったみたいです。

 個人持ち込みの甲冑は骨董品を買ってきて使っている人もいれば、お手製のプラスチックの甲冑もありました。面と向かっては言えないけれど、歴史を背負った戦国秋葉系です。この人たち。休憩時間に甲冑について聞いたら熱く語ること熱く語ること。それにしても、こんなに重たいものを身に着けて本当の実戦で戦えたのだろうか?本物は重いもので20㎏を超えるそうです。

131116b 観光客にはなぜ上杉に真田に武田に北条が一緒に行列しているのか不思議だったそうで、文化の十字路の説明係として結構忙しかった。

 真田の頭首を演じた秀樹君はスキーの国体選手でしたが、馬は初めて。しかもこの馬が神経質でスラロームしながら歩く困った馬でした。

 またこの馬がウンコ垂れ流しながら歩く馬で、皆に「マキバオー」と呼ばれるようになりました。乗馬学校のお姉さんが一輪車を押しながら後についてきて、馬のウンコ拾いながらの行列になりました。

131116a ご婦人方のくのいち武者の行列もあり、一応40代以下の参加者を募集していましたが、最後尾のなぎなた隊など20年以上昔に40代だったようなおばさんたちが参加していました。

 昨日は冷たい雨が降ったので、今日の晴天はありがたい限り。もし機能の天気だったら?と考えると、さすがにこの季節のアウトドアでのイベントは恐ろしい。

 約束通りお昼は出なかったけどお茶は出ました。つめたいお茶を紙コップ二杯。

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