のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

馬前撥水

2011年05月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 「天に天堂あり、地に蘇・杭あり」天に極楽浄土があるように、地には蘇州・杭州と言う楽園がある。という意味です。蘇州・杭州と言えば風光明媚で水の都、美人の都として名高い地方です。

 水はドブ臭いし観光客目当ての物売りはしつこいし「どこが楽園じゃい」と行ってから腹が立ちますが、北朝鮮を楽園だと思い込んでいる人よりは幸せかもしれません。

 漢の時代、蘇州に朱買臣という真面目な男が寝る間も惜しんで読書に励んでおりました。彼の妻は生粋の蘇州美人でした。

 美人と言っても見た目だけで中身の伴わない美人もいるもので、朱の妻もその類の美人でした。「私のような美人なら、もっとリッチでゴージャスな生活ができるはず。何でこんな真面目だけがとりえで出世もできない男と一緒にいなければならないのか?」と夫に離婚を迫ります。

 「絶対に出世するから、50歳まで待ってくれ」と頼む夫に「ざけんじゃないわよこの宿六が。あんたについていったら飢え死にしちゃうわよ!」と夫を見限って出て行ってしまいます。

 朱買臣はそんな逆境にもめげず勉学に励み、都に赴き官吏登用試験に合格します。約束どおりに出世して太守となって凱旋します。太守と言えば地方を県知事のようなものです。

 太守となった朱買臣の一行が蘇州に戻ってきて盛大なパレードになります。その行列の前に人ごみを掻き分けて一人の女乞食が這い出てきます。女乞食は地面に頭をこすりつけ号泣しながら太守に何かを訴えています。

 その意味を悟った太守朱買臣は馬から下りると家臣に水を入れた器を持ってこさせます。女乞食の前で器の水を地面にこぼし「その水を元に戻せ」と冷ややかに言います。水は地面に吸い込まれ戻すことなどかないません。

 「覆水盆に返らず、あんたとの復縁は不可能だよ」と怒鳴りつけます。この女乞食は朱買臣の元の妻でした。

 女乞食は泣き崩れ、朱買臣いっこうは悠々と行列を進め、行列に集まった人々は拍手と喚起の声で見送り、幕が下ります。「馬前撥水(マーチェンポーシュイ)」という劇です。

 日ごろ強い嫁さんに虐げられている中国男性にとってこの幕切れはストレス発散になるそうです。朱買臣は非情な態度ですが、物欲に目のくらんだ女などどこで裏切るかわかりませんし、夫の地位をかさに害悪撒き散らすこと請け合いです。情けをかけても逆手に取るだけです。愛憎以前に悪い種は冷たく切り捨てることも人の上に立つ立場として大切です。

 さて、女乞食に身を落とした朱買臣の妻はその後どうなったかと言うと、水面へと身を投げ死んでしまいます。蘇州には「死亭湾」と言う観光名所になっているようです。自業自得ともいえますが、「運敗時哀鬼弄(運破れ時衰え鬼弄ぶ)」志の低さは鬼のおもちゃになるのが成れの果てです。

 朱買臣の妻のごとき愚かな女はいつの世にもいるようです。惨めな末路しか待っていません。遠く日本の日本の繁華街でも・・・

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二人

2011年05月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 90年代末、ウラジオストクには市長が二人いて互いに争っていました。どういうこと?と首をかしげてしまいますが、政治的混乱期なんてこんなものです。 

 どちらが正規の市長になるかと競った結果、電話料が無料になり、電気料も無料になり、トロリーバスや路面電車が無料になり、競争原理が働いた無秩序がうらやましい次第でした。市町村合併が取りざたされる昨今の日本、こうなってくれねぇかな~と淡い期待をしております。

 日本の政党も「民間のできることは民間に」「地方にできることは地方に」とマニフェストを掲げていますので、税務署なども競争させて納税額の安いほうを選べるなんてことにあれば嬉しい次第です。税務署の取立てが民間に委託されたら困ることになりそうですが、つい2-3年前までロシアでは政府のやることを民間が代わってやっていたこともありました。こうした政府に成り代わった民間の人々を「マフィア」と呼びます。

 一頃エリツィンの後の大統領を巡って名前のあがった人物にモスクワの市長がいましたが、ロシア人が言うにはマフィアだったとか。ロシアに行くとマフィアの定義が良くわからなくなります。政府与党と共産党でなければみんなマフィアなのかな?などと思えたりもしますが、「このあたりどうなってるの?」と聞いた所で「ニズナーユ(知らないわよ)」としか答えが返ってきません。

 ご多分に漏れず、二人いたウラジオストク市長のどちらかもしくは両方がマフィアだったようで、なんだかわからないけれど生活できているのだから難しいこと考えないでこんなものなんだろうと思っていました。

 エリツィンの後釜の大統領としてプーチンの名前が挙がり、どうもこのあたりが本命かな?と思えるようになった頃ウラジオストクに出かけて、帰りに空港のキオスクで雑誌「アガニョーク」を買って出国手続きのロビーに入りました。アガニョークの表紙にはプーチンの写真が掲載されており、係官の女性が「私たちの次の指導者!」と指さして教えてくれました。

 プーチン以降、マフィアについてはあまり耳にしなくなりまして、はたして現在のウラジオストク市長がマフィアなのか堅気なのかわかりませんが、無秩序からの脱却はあったようです。

 普段着の生活を見ていると誰が立派な人なのかわからない部分があり、以前、向こうの友人と本の市場に行ったら箒を持ってビルの中を掃除しているオバチャンがいました。通り過ぎた後友人が言うには「彼女は市会議員です。」え?と振り返って見てしまいました。

 そういえば、向こうのおっかさんのお茶のみ仲間にも現役の市会議員がいるときいていますが、みんなおせっかいで口やかましいそこら辺のオバサンたちばかりなので、どのオバサンが議員なのかわかりません。

 私の村の議員なども言われなければただの田舎のおじさんたちですから似たようなものですが、社会主義国の末期のようなもので、役場の職員は議員の子供か縁故採用ばかりですし、中身の伴わない箱物ばかり作ったもので、財政が悪化しすぎて次期村長のなり手もない状況なのでソビエト末期のようなものです。ソビエトは分割しましたが、私の村は合併で生き残りを模索しているところが違うところでしょう。

 現在のロシアでは市長に経営手腕が問われるようになりましたが、対岸の火事と笑っていられない状況が日本にもあるのではないでしょうか?二人の総理大臣と政府が争う。何かと問題の役所も二つに分けて、競争させることで負けた側についた役所はお払い箱。このくらいやらねば。

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杞憂

2011年05月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 予想外に早い入梅でうっとうしいところに、娑婆の話題に振り回され、いろいろ先行きを杞憂(きゆう)されておられる方も多いかと思います。

 今の河南省あたりにという国があり、そこに住む一人の男は「もし天と地が崩れてしまったら、身のよせるところがなくなってしまいどうすればいいんだろう。」と考えると心配で、飯ものどを通らず、夜も眠れませんでした。

 一方、そんな友人を見ていて心配をした男がおり、出かけていって言い聞かせました。

 「天なんてものは空気が積もっただけなんだ。空気のないところなんてありゃしないよ。体を曲げたり伸ばしたりだって天の中でやっているんだ。どうして天がなくなるなんて心配するんだね。」

 「天が空気の積もったものならお日様や月や星が何で落ちてこないんだね。」

 「お日様や月や星などは空気が積もった中で輝いている部分なので、落ちてきたって当たって怪我をさせるようなことはしないよ。」

 「それなら、どうして大地は壊れないんだね?」

 「大地は土が積もっただけで、それが四方に満ち満ちているいるので、土のないところなんかありゃしない。トンだってはねたって、いつも大地の上にいるじゃないか。なぜ、大地が壊れるなんて心配するんだね?」

 そこで心配していた男は胸がさっぱりしてたいそう喜んだそうです。言い聞かせた男も気が晴れて安心しました。

 「杞憂」(いらぬ取り越し苦労をする)(いわれなき心配をする)の語源となったエピソードです。「杞憂」は列子の「天瑞篇」に出展されています。列氏はその解釈として付け加えています。

 「天地が壊れるという者も、壊れないという者も間違えている。壊れるとか壊れないとかは我々の知ることのできないものだ。さりとて、壊れるという者にもひとつの道理があり、壊れないというものにもひとつの道理がある。生は死を知らないし、死は生を知らない。将来は過去を知らないし、過去は将来を知らない。天地が壊れるとか、壊れないとかをどうして我々が心に入れて考慮できようか?」

 ノストラダムスの予言ブームを思い出してしまいます。

 唐の時代になり、李白は「杞の国人は無事なれや、天の傾ぐを憂うなり」とうたっています。李白は取り越し苦労など味気ないという風潮に対して、古代の人たちの実直で虚心のない人柄を温かく肯定しています。

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え?入梅?

2011年05月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 まだ5月なのにいきなり入梅した模様です。梅雨前にやっておきたいことがまだありますが、雨の影響を受けそうです。入梅宣言がないまま夏を追えた年もありましたが、こうした早い入梅の年は、梅雨明けも早いのだろうか?

 例年よりも2週間も早く前倒しで入梅したのに、前倒しどころか先延ばしになる一方の復興対策。8月だのお盆明けだのと、現場を無視して不作為の罪を上塗りしているみたいです。

 緯度が高いほど梅雨時のえ目の影響が少なくなるとは言うものの、体育館などで避難所生活している方々には蒸し暑く苦しい季節が訪れました。

 午前10時ごろ、山菜取りに行った出先で雨が激しくなり、雨の降りが収まるまでミズキの木の下で雨宿りをしました。

 「なんか降ってきたな?」と感じていましたが、木の葉の間から雨が降ってきたのだろうか?それにしても冷たくない。ふと、足元を見ると尺取虫のようにヤマヒルが這っているではありませんか。

 「まさか!」と思いついたところでそのまさかが起きていまして、頭上の木の葉と足元からヒルが私に侵攻していました。

 こうなったら雨などかまっていられないと、自動車まで走っていき、着ているシャツを脱ぐとパタパタとヒルが2匹落ちました。体に張り付いているといけないので、シャツで体を叩き、髪の毛をこすると、髪の毛の中からもヒルが落ちてきました。

 靴を脱いだら中から2匹、靴下を脱ぐと左足のふくらはぎにヒルが吸い付いており、血だらけになっていました。車内に合った買い物袋に衣服を詰め込み、パンツ一丁で家まで戻りました。

 家に着いて、自動車から降りるときにも要注意で、こんなところでヒルが逃げて繁殖したら家の周りが大変なことになります。家に戻るなり浴室に飛び込み、来ていた物を再点検して洗濯機に放り込みハイターで塩素消毒。ヒルに食われたふくらはぎは出血が止まらず、絆創膏を貼っておきましたが、夜、入浴してカサブタがはがれるとまた出血を始めました。

 山ヒルのおかげでとんでもない一日になってしまいました。

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ナージャの村

2011年05月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 福島の原発事故が世界に影響を与えています。ソビエト末期1986年、現在のウクライナ北部にあるチェルノブイリ原子力発電所4号炉が暴走し大爆発を起こしたことは良くご存知のことでしょう。

110526  チェルノブイリの死の灰は南東からの風に乗りロシア西部やベラルーシを汚染しました。

 1997年日本とベラルーシの共同制作で映画「ナージャの村(原題Надедаナヂェージダ)」が製作されました。

 電力の恩恵もないベラルーシのゴメリ州ドゥヂチ村という農村が皮肉なことに原発事故の一番大きな被害をこうむってしまいました。

 放射能に汚染された村は閉鎖され、今でも人の立ち入りも制限されています。死の灰をかぶった耕作地は汚染され農産物は売ることもできぬ土地ですが、そこを離れようとせず暮らす6組の家族をナージャという8歳の少女を通して人々の暮らしや季節の移ろいなどを記録した映画です。

 放射能に蝕まれて死を待つだけの見放された人々のような先入観を持って見てしまいましたが、そんな絶望的な暮らしの中でも夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来る。絶望の大地にジャガイモや麦の種をまいて「早く芽を出せ」と語りかける農民達。

 「生きる死ぬ」の駆け引きではなく「生きる」ためだけにひたすら生きる素朴さに心打たれる映画です。自分達を不幸だなんてこれっぽっちも卑下しないたくましさや気高さがうらやましかったです。

 ナージャはナジェージダの呼び名。ナジェージダは「希望」と言う意味です。放射能汚染で「希望の村」とは思えない絶望の村ですが、それはあくまで安全な外で生きている人の物の見方であって、そこで生まれ育ち死んでいく人にとって希望しか存在していない、歯がゆく、理不尽で、なんともいとおしい人々でした。

 とことん余分な贅肉(欲得)をそぎ落とした希望はなんて尊いものだろうと思いながらこの映画を見ました。あらゆる悲劇も悲しみもとことん行き着くところには「希望」しか残っていないようで、人がパンドラの箱を開けてあらゆる悪や厄災が世に飛び出て、最後に箱に残っていた「希望」を見る思いでした。

 私がロシア女性との結婚においてそんな素朴さと言うのか強さと言うのか、心情の奥底にあるものにそれこそ希望を託したのですが、日々の暮らしの中でだんだんと曇ってきて何事も当然のように思えるようになってしまった気もします。

 希望の芽まで摘み取ってしまわないようにもっと大切に育ててやらなければとは思っています。できれば取るに足らない世俗にまみれさせたくはないのですが、それも難しいことです。まずは自分自身がしっかり気持ちを持たなければ。

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風が吹けば

2011年05月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 世の中、出来事に関係ないようなところで影響が出ることを、落語のネタにちなんで「風が吹けば桶屋がもうかる」なんて言いますが、震災の影響で部品供給に支障が出た中小企業の影響が日本はおろか世界の自動車生産などに影響を与えているのも、このことわざに相当するものでしょうか?

 この春、ミズナラの苗木を植える計画を立てていました。ところが今回の震災の影響で苗木が入ってこない。およそ山の、それも標高の高い山の樹木であるミズナラになんで影響が?と考えられない事態です。

 ミズナラの苗木はドングリが種です。比較的寒冷な土地を好む樹木なので、緯度の高い東北は苗木を育てるには向いていたようです。農家などがサイドビジネスで発芽用のポッドにドングリを植えて発芽させ、それを苗畑に仮伏せして2-3年育て、苗木として山に植えますが、この苗畑や発芽させるハウスなどが津波で流されてしまったため、品不足になってしまったようです。

 こんなことなら山でドングリを拾ってきて、自分で発芽させればよかったと悔いていますが、諺どおり、変なところに影響は出てしまうものです。

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全員アホ

2011年05月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝、通学路で小学生に「”保安院全員アホ”を逆さに読むとどうなる?」とクイズを出されました。
 「ホアンインゼンインアホ」なるほど、逆さに呼んでも同じ「回文」と言うやつです。学校の勉強は同であれ、世の中のことをシビアに見ていなさる。侮れないぞ現代の小学生!
 さすが現役の小学生。面白いことを教わりました。大変勉強になりました。

 何のことはない。なにを守るか?が一番重要なことで、そこに自分の立場や損得が絡んでくると迷いが生じて、その迷いが結局自分を追い詰める、保安院に限ったことではありませんが、大人のおろかな醜態をさらけ出しています。

 1980年の5月だったと思いますが、池袋で森田童子のコンサートがありました。一頃猛威を振るっていた学生運動も過去のものとなり、次の時代が見えないような空虚感の漂う時代でした。

 人並みの日常に埋もれるように帰っていった人々が多かったと思いますが、自分達のしでかした失敗を振り返ることもないまま開き直ったか理解できないのか?失敗から学ぶことをしない人々が世の表で大手を振っている。学ぶことができないから「ゼンインアホ」なのかな?

 そんなこんなで「ぼくたちの失敗」

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雨降り

2011年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 だらだらと一日雨が降っていました。スプリングフラッシュと言って草が伸びる時期なので、連休ごろに草刈した家の周辺もこの数日でそれ以上に草が伸びてしまいました。間を見て草刈をしようと天気をうかがっていましたが、雨が上がらないことと、どうせまたすぐに伸びてしまうので来週に延期しました。

 毎年、こんなことを繰り返しながら草ぼうぼうになってしまいます。植生豊かで恵まれた日本の緑化環境ですが、草刈は億劫です。

 尽力のこの季節に雨が降ると、淡い緑がいっそうさえて見えるものですが、今年はどことなく空気の色が違うような気がしてなりません。大陸からの黄砂が漂っているのだろうか?

 午後、ハルビンの友人と電話絵話しをしました。雨の話をしたら、ハルビンでは雨が降ると大気中の塵が道路に積もり、これが流された排水路が目詰まりを起こす話題になりました。大気中の塵とは日本で言うなら黄砂ですが、日常大気中に舞っています。

 粒子の細かい砂なので、雨が降り水分を含むととセメントのように固まります。地面の土を水で練って四角く固めただけの日干し煉瓦が作れるのもこの細かい砂のおかげで、あの万里の長城も水で固めただけの日干し煉瓦で2千年も持っています。

 これが灰水路の中に堆積すれば当然詰まる原因になります。少し大雨になれば排水路が機能しなくなり道路が川になります。

 日本の道路の排水設備のよさは世界屈指ですが、異国に行くと道路排水の不備がどれだけひどいかよくわかります。

 もうすぐうっとうしい梅雨が始まりますが、雨の量では9月の秋雨のほうが多いと言われています。暖かくなってきたのはありがたいことですが、程なく「早く涼しくならないか」とぼやき始めるんでしょうね。

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腐敗臭

2011年05月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 不吉な夢、と言うわけでもないのでしょうが、お通夜の夢を見ました。誰が仏様かはわからなかったのですが、御通夜の席で腐敗臭が漂い「ドライアイスをもっと入れたほうがいいのでは?」なんて話をしている夢でした。

 朝、目がさめて、なんだか腐敗臭が漂っている。何の臭い?と思い出したのが昨日撒いた鹿よけの薬の臭いで、農作物などが鹿やカモシカに食い荒らされないように、忌避効果を持つ薬を散布しました。

 これが川魚が腐ったような臭いを発する薬で、たぶんこの臭いが草食野生動物を寄せ付けない効果を持っているのでしょうが、自分の体まで臭くなってしまったことには参りました。

 しばらく自分の体から腐敗臭が漂っていることでしょう。

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想い出の赤いユッケ

2011年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨年は馬刺しと鹿の刺身をご馳走になって「これで馬鹿になった」と喜んでいましたが、意外にもいまだにユッケを食べたことがありません。大体、値段が高すぎるので手が出ないこともありますが・・・

 日本で起きたユッケの食中毒事件に関して、韓国人の友人に聞いたところ、韓国ではユッケの肉にニンニクやごま油を練りこんで味付けし、ゴマや松の実や梨などを具に添えて食べますが、これが消毒の効果も持っているそうです。

 日本で刺身につき物のわさびが殺菌効果を持っているのと似たようなものなんでしょう。

 韓国ではユッケによる食中毒が起きていないのか聞いてみると、「日本だって鮮度の悪い魚の刺身を食べて腹を壊す人がいるでしょう。でもあまり騒がれないよね。」確かに衝動や旅館ででもおきなければ騒がれることもないでしょう。

 ひねくれた性格なので、こういう事件が起きて騒ぎになるとユッケを食べてみたくなります。

 学生時代、よく唄っていた♪想い出の赤いユッケ♪ じゃなくて「ヤッケ」でした。

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キャベツ

2011年05月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 この何日かお好み焼きにはまっています。というより、大玉のキャベツを3ももらったために、キャベツを効率よく食べられる方法はないかと考えた挙句、お好み焼きになりました。無理して食べるほどのものではありませんが、せっかくだからキャベツ三昧の食事をしてみようと挑戦してみました。

 千切りにした生のキャベツは思ったよりも量が食べられないものですが、お好み焼きにこれでもか!と大量のキャベツを入れて、弱火で蒸すように焼くとかなりの量が食べられます。小麦粉の生地は大量のキャベツを固めるためのつなぎのようなものです。広島風のお好み焼きにも挑戦してみました。焼きそばでも焼きうどんでもなく、ただたっぷりキャベツが入っているだけのお好み焼きですが、お好み焼きばかりだと胸焼けがするので、もちろんキャベツ主体のサラダ、コールスローを作ってみました。

 ♪雨が続くと仕事もせずにキャベツばかりをかじってた♪1970年代の若者群像のような「キャベツ」、20代前半の頃ならこんなにたのしでキャベツをかじっていなかっただろうなとノスタルジーに浸りながらキャベツを食べています。

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交通安全教室

2011年05月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 交通指導員で、地元の小学校の交通安全教室に行ってきました。

 私は1-2年生の道路横断の練習と、3-4年生の自転車の交通安全をやりました。

 この小学校にも震災被災地からの疎開児童が10人ほどいると聞いていましたが、東北なまりの子供がいたので、そういえば見たことがない顔だな、きっと疎開児童だなとわかりました。

 今回は交通安全教室でしたが、火事の避難訓練や地震の避難訓練なども学校で行っていますが、標高が高い土地だけに津波だけはまったく想定していません。確かにここで津波に会うことはまずありませんが、出先で出くわさないとは言い切れません。

 かく言う私も津波に関してはまったくどう対処すればよいものかわかりませんし、とりあえず少しでも高い場所に急いで逃げるくらいしか思い浮かびません。想定外としか言いようがありません。

 私が小学生の頃、火災の避難訓練で煙に撒かれたときの逃げ方を練習したことがあります。何のことはない体を低くして、ハンカチで口と鼻をふさいで低い姿勢で脱出する練習でしたが、オウムの地下鉄サリン事件のとき、この練習が使えたかもしれないなと思い出したことがあります。

 こうした非日常的な天災と違って、交通安全は毎日のことです。低学年児童が道路横断するときに「右を見て左を見て、もう一度右を見て」を徹底させましたが、道路事情が違う外国に行くとこれが通用しないことが多々あります。

 自動車が右側を走っている国で、ついつい日本式に右側を先に見て「自動車来ていないな」と何気なく左を見ると目の前に自動車が迫っていたなんてこともしばしばあります。

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勝てば官軍

2011年05月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 こんな混乱の中でも電気料の請求は来ます。もし今の状態で値上げすると毎月1000円程度出費が増えそうですが、こうして関東の住民から徴収した東電の電気料の中で、プルサーマル開発の費用に毎年5000億円ほど積み立てられていると聞いています。何十年も積み立てているので何兆円あることやら?広告料で成り立っているマスメディアだから追求はできないよな。

 プルサーマルの実現もめどが立たないでこうした積み立てを切り崩した賠償に当てればよいのに、これはこれで置いておき、税金と電気量値上げで国民に負担してもらうと、東電も経済産業省も財務省もお考えのようです。国民の生活より自分の天下り先なんでしょうね。ソビエト末期のようなありさまです。

 農協なら理事になる人には自分の農地などを抵当に入れてもらうことで責任を背負って代表になってもらうもので、経営が傾いた農協は大地主の農家の土地を巻き上げることで生き延びてきました。

 東電だって民間会社なんですから、役員ともなればそれなりの抵当を取って高級をもらっているのでしょうね。社長が8000万円近い年収をもらっていても、それなら納得できます。責任があるのですから。退職金をもらいながら渡りあるっている天下りだって、自己資産を抵当に渡り歩いているなら納得できます。どうなんでしょうね。

 どんなことにもリスクはつきものですが、勝てば官軍、偉くなればやりたい放題のあの中国だって間違えれば死刑が待っています。

 レーガンショックで多数の銀行がつぶれたUSAでは、金融関係で2000人の逮捕者が出ましたが、金融危機で逮捕された日本の銀行関係者は何人いただろう?トラの衣を借る狐は居心地がよさそうです。

 なんとなく太平洋戦争に向かって行った日本の状態が読めるような責任のあいまいさですが、カダフィーやカストロやフセインが集団で闊歩しているようなものですが、当人達は「聖戦」だと思っている。

 どんなことがおきるのだろう?

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あきれています。

2011年05月16日 | 日記・エッセイ・コラム

う 国会を延長せず6月22日で閉会し、補正予算は次の国会で、と、およそ当事者意識のないままのんべんだらりと延命しようとしている日本政府。あきれて何もいえない国民と言いたいところですが、ロベルト・ホイジンガーの「文明のピェリリズム」ではありませんが、こうした民意をないがしろにするとテロリズムの芽が吹くぞと懸念と期待をしています。

 恥の文化の日本と言われていますが、時として恥をかなぐり捨てて目的にがむしゃらになることも大事なことですが、厚顔無恥になるべきではない。不幸中の幸いは今回の震災でせっかく日本国民の美徳が世界に認知されたにもかかわらず、この一ヶ月ほどの指導者の決断力の欠落と無能さで、こんなものを選んだ日本人の意識の低さが世界的にあざけられるようになってしまいました。

 いざと言うときに足踏みする日本人の決断力の遅さが、この20年ほどの経済低迷にも大きな影響を与えていますが、大胆な転換ができない。現状が心地よいこともあるのでしょうが、このゆるさが通じないのが冷戦後の世界。

 こんな調子では今年のサミットのG8に呼んでもらえないのでは?と懸念していますが、一度落とされると二度と這い上がれない恐ろしさも感じています。

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砂嵐

2011年05月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 ハルビンでは先週、強烈な黄砂に見舞われたようで、黄砂と言うよりは「砂嵐」と呼べる強烈な黄色い埃がゴビから拭いてきたようです。毎年3月から5月頃にかけて砂嵐のような黄砂が吹きまくるハルビンですが、この影響は地理的に近い朝鮮半島やロシア極東部にも出ます。

 湿度が高い日本では自動車のエアクリーナーを交換することはあまり意識しませんし、大方。車検のときに修理工場で定期的に取り替えてくれているので、オイル交換などに比べると意識しないで住む消耗品交換だと思います。
 ロシアで、自動車のエアクリーナーの掃除をしている人を見かけました。エアクリーナを交換するのが高価なので、掃除機でクリーナーエレメントの埃を吸い取っていました。乾式のクリーナーですとこれが可能ですが、オイルを含んだ湿式のクリーナーならこうは行きません。それでも自分でこうした作業をしてしまうのですから器用なものです

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