のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

大晦日

2009年12月31日 | 日記・エッセイ・コラム

 いよいよ波乱の2009年も終わります。いい年だったのか?と考えると、楽天的に考えてもいいことが少ない一年だった思いがします。これ以上悪くなりようがないと気楽に考えることにしています。

 午後から吹雪になってきたの、新潟県の友人に電話をしたら「大晦日から正月の3日間どれか1日が必ず雪になるから、いつもどおりって言うのか、変わった一年でもなかったってことだよ。」と語っていました。彼は今年両親を相次いで亡くされて大変だったようですが「天に見放されたわけでもないんだよ。この年末にパチンコで3万円稼いじまって、いい締めくくりができたって喜んでいるんだ。」このおおらかさにいつも頭が下がります。

 夜、すぐ下の弟から電話があり、今年の11月に生まれた娘を連れて正月に顔を出すという不吉な電話。それぞれ二人の子供がいる弟達が顔を出すと、甥が二人、姪が二人にお年玉が飛びます。
 正月が来るのが怖い。

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ヨールカ

2009年12月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 大晦日や元旦に雪が降ることは良くあることなので驚きはしませんが、今年も年の瀬から新年にかけて一荒れしそうな気圧配置になりました。

 追突され板金修理に出していた愛車が戻ってきましたが、長年使った古い秋春物のスタッドレスタイヤで、昨年買った新しいスタッドレスタイヤにはまだ履き変えていません。予定では年末に変える予定でしたが、肋骨骨折の影響で、右腕が物を持ち上げられない常態なので、これではボルトも回せません。
 まだまだ十分スタッドレスタイヤとして使えるので、年明け、もう少し様態がよくなったら作業に取り掛かることにしました。

091230  クリスマスの終わった日本ではクリスマスツリーのディスプレーを目にすることもなくなりましたが、1月7日がクリスマスのロシアではヨールカ(ロシアのクリスマスツリー)が新年の象徴。各課程ではこれから飾りつけが賑やかになります。

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痛み本番

2009年12月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 予想していたとは言え、肋骨骨折の痛みのピークが訪れました。
 夕方、友人宅で痛みがひどくなり、しばらく横にならせてもらいました。喉がいがらっぽく、咳をすればどうってこと内のですが、咳き込もうものなら右胸が火のように熱く痛むので、喉の奥がたんが絡んでガラガラするものを、小さく呼吸しながら痛みが治まるのを待ちました。

 夜、寝る時に汗をかいて布団を蹴飛ばせば風邪をひくことにもなりかねないので、暖房を切った冷たい部屋で、下着だけになり、シュラフに包まって寝ました。

 喉の腫れも引いたのか、明け方にはだいぶ呼吸も楽になり、汗で濡れた下着を着替え、ストーブをつけてもう一度寝袋にもぐって寝ました。

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内なる異性

2009年12月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 流行語大賞こそ取れなかったものの「草食系男子」とは言いえて妙なことばだと思います。

 以前、テレビで武田鉄也が人間は歳をとるとだんだん中性化していくと言う話をしていました。男性の中にも女性的な要素があり、女性の中にも男性的な要素がありまして、これをカール・グスタフ・ユングは「アニマ」と「アニムス」と呼んでいます。

 「繁殖」の必要がなくなった晩年なら取り立てて男であることや女である事を強調せずとも、そのエネルギーを余生に向けるために中性化した方が穏やかに過ごせるから自然の摂理かもしれません。夫婦や男女がお互いについて理解し会えるのが晩年になるのも。お互い中性化していく過程の中で、自分自身を知ることで理解できるのかもしれません。

 私自身がそんな事を感じるようになったのは40歳前後で、今まで「女々しい」と毛嫌いしていた花の栽培などをやるようになり、この何年かはすっかりはまり込んでいます。何事も理論整然としていないと気に入らない攻撃的な性格だったのですが、曖昧を許容するようになり妥協をおぼえてきたのも年齢を経て中性化している証左なのだろうか?

 ジェンダーフリーとやらで、男性と女性との境界線を取っ払う動きがでていますが、これはあくまでも社会的なことで、本来人間が持っている「野生」の部分を変化させる事は良い結果を招くとは思えません。

 少子化が問題になる国に生きる人たちには、男性の中にある女性的性格「アニマ」と、女性の中にある男性的性格「アニムス」のバランスがおかしくなっているのではなかろか?などと考えてしまいます。女性である本質を乗り越えて男性的な部分を押し出していたり、男性である本質を押さえて女性的な部分を受け止めていたり、若くして中性化しているように思えます。

 女性が働き家庭を養い子供も育ててしまうロシアでは、本来男性がすべきことまで女性が取って代わっているので男性の影と髪の毛は薄くなるばかり。「主夫」を生業としている男性も少なくないそうです。それでも彼らに「有事」において鉄砲もって立ち上がる場がありますので、戦争でもなくなれば男性の肩身は狭くなるばかりでしょう。日本ではまだ社会の中心に男性がいられますが、この先どうなることやら?

 ユング的な解釈をすれば、人は恋愛相手に対しては自分の深層心理の中にある「アニマ」「アニムス」を軸に相手の理想像を構築し強要するようで、その自分が作り出した幻影と現実のギャップを乗り越えられないと、ひどい場合には「アニマ崩壊」「アニムス崩壊」が「心の崩壊」を招くこともあるそうです。「思い入れ」と「思い込み」の違いは大きなものです。

 大きな声で言えないので、小さな文字で書きますが、昔柔道していた仲間に新宿2丁目のオミセのママを営んでる男(女)がいます。失恋が原因で「目覚めた」と言っていますが、失恋のあまりのショックに苦しんだ末たどり着いたのは「自分の理想とする女性になろう!」というとんでもない結論だそうです。

 それを転じれば、昨今の日本女性の下品さの背景に彼女らが見てきた男性の悪しき一面を垣間見る思いで心苦しいものがあります。

 若かりし頃の失恋の数々は女性たちのアニムスが理想とする男性像と私がかけ離れていた事が要因の大半を占めると思いますが、こちらも些細な事が気になって理想の女性像が崩れて失望したことも多々あるものです。

 ユング理論でも「アニマ」「アニムス」の形成にはその人が育っていく過程の中で接してきた異性の断片が大きく影響するそうです。必ずしもそれが好ましい断片でないこともありますので、理想像とする異性が違うのはそのためでしょう。何であんな素敵な女性がこんな男と?その逆を含め自分の理想とはかけ離れたカップルは多々あるものですが、「相性」「縁」とは不思議なものです。

 国際カップルに年齢差が大きいカップルが多い理由を「アニマ」「アニムス」で説明するならば、「決断」や「判断」は元々男性がもっていた「性格」で、「受容」や「感性」は男性の中の女性的性格「アニマ」が握っている性格です。年齢を経ると中性化する理論からすれば、男性は年齢を重ねるほどアニマの影響を受け「受容」や「感性」が性格に影響するようになる。自分の思い入れとは異なる性格でも「受容」する能力が高くなると言うことかもしれません。こういうのを「オトナ」になると言うのでしょうか?

 したたかなおじさんたちは決してアニマを軸にした自分の理想を放棄したわけではなく、相手を受け止めたふりをしながら、若い嫁を自分の理想の女に仕立てようとさまざまな罠を張り巡らせるのですが、敵もさるものひっかくものです。状況によっては蹴っ飛ばしもしますし、噛みつきだってあります。土鍋投げつけられた友人もいます。

 「悩み」は複数の答えが存在して、そのどれにも納得できないときに生じるものですが、体と心・感情と理論の食い違いで起こる事が多いものです。「好きなんだけど納得できない」本性とアニマ(アニムス)の対立が生み出しているのかもしれません。

 こういう状態に陥った場合後で思い起こすと情けないほど自分自身に余裕がなくなっていることに気がつき悔やむものですが、後悔役に立たず。同じ事を何度も繰り返してしまうものです。簡単な事を難しく考えるよりも、難しい事を簡単に考えることの方が「難しい」ものです。

 最近おじさんになることでしたたかになってきましたので、こうなったらどうするという状況設定で道筋をいくつも想定しているので「こんなこともあるものさ」と考えられるようになったように思えます。

 「男性」「女性」何ぞや?と考えると難しくなりますが、男性が女性を好きになることも女性が男性を好きになることも健全なことです。小さく書かれる「好き」のありかたも、「好き」になれない感情を持てぬ人よりはましかな?

 「アニマ」「アニムス」の深層心理については、1973年にユングの妻のエンマ・ユングが書いた「内なる異性」が面白いです。興味のある人は読んで参考になさる程度にして、深く考えて自滅しないように。

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スキー場

2009年12月27日 | 日記・エッセイ・コラム

091227  みつまた・かぐらスキー場に行ってきました。

 標高が高いので積雪は最高!樹氷や霧氷を目にしてきました。

 ビデオで滑りながら撮影していたら今年初めての転倒をし、わきの下の肋骨にひびが入ったかもしれません。骨に異常があれば2-3日後に本格的な痛みが襲ってくるはずですが、以前肋骨骨折で味わった痛みと同じものが、どんよりと体を蝕んでいます。

091227a  この景色を見られただけでも「来てよかった!」と感動的な景色でした。

 一番上のリフトの降り場に立ったスノーボーダーのにいちゃんがパノラマの景色を一望し、「やっべぇー!マジ、やっべぇー!こんなきれいな景色見たことがねえ!」と大声を出して感動していました。

 ズボンをひざまでずり下げた、誰がどう見てもアホ系のにいちゃんでしたが、「心が、心が洗われる!もう世の中の小さなことなんでどうでもいい!」と、奇声を発していました。同感同感とうなづきつつも、君の場合もう少し真摯に世の中の小さなことに向き合ったほうがいいと思うけど、と言ってやりたかった。

091227c  近年スノーボードのほうが勢力を増し、ゲレンデでは3分の2がスノーボーダーでした。最近スキーの主流になったカービングスキーも実はスノーボードのテクノロジーのフィードバックで、当初は馬鹿にしていましたが「画期的な技術核心」と私もカービングスキーを導入しました。

 当初戸惑いもありましたが、だんだんポイントが見えてきたこともあって、今日あたりからようやく慣れてきたようです。

091227d  リフトに乗っていたら、夕日の残照に霧氷が煌いていました。幻想的な光景でした。

 先述のスノーボーダーではないけど、余計なことを忘れてこの空間を楽しみたかったです。が、夕方になると右胸が痛み出し、悪寒が走るようになりました。「やっべぇー!マジ、やっべぇー!」はこういう時に使う言葉だと思うけど、無理しないで早めに山を降りよう。

 動いた汗ではなく痛みから来る汗がシャツの背中を濡らし始めました。

091227e  田代エリアの揚水式の人造湖。深夜電力で水をあげ、需要の増える昼間にこの水力で発電します。

 奥に見えるのは三国山脈の平票山と仙の倉山。この山の反対側が群馬県。私の村があります。

 家に戻ると共同浴場に行き1時間ほど温泉で温まりました。やはり尋常ではないと感じたのはつま先がなかなか温まらないことや、汗がでてこないことで、腰までお湯に浸かり、汗が出てくるまでじっと耐えていました。鏡で見るとわきの下のあばら骨部分に青あざができていましたが、骨折とまでは行かなくてもひびが入った状態になっていると思います。

 まずは足の疲れを取らなければ明日に影響してしまうので、腰風呂でじっくり汗を流しているうちに肋骨の痛みもいくらか治まりましたが、痛みの本番はこれから襲ってくるはずです。

 この映像を撮っている時に転倒してしまいました。ギャップを飛び越えた時にスキーの板が外れてしまい、背中のリュックには一眼レフのカメラ、手にはビデオを持っていたので、これを守らなければと無理な体勢で、コブの上の凍った部分に胸を打ちつけてしまいました。

現在かぐらスキー場で動いている一番高所のリフトは高速リフトで、2月になって雪が安定してくるとさらに上までリフトが動き始めます。林道のコースを通って山小屋の和田小屋までのコースの映像。胸を強打した後なのでまだ息が切れています。

 かぐらスキー場と田代スキー場の連絡コース。森の中の林道を滑り降ります。

 こちらは田代スキー場

 リフトから見えた樺の木の霧氷。

 夕方、最後の滑走

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そろばん

2009年12月26日 | 日記・エッセイ・コラム

091226  小学生にそろばんを見せたら何に使う道具なのかわからなかったのには驚きました。話には聞いていましたが、現実にそろばんを知らない子供が多くなっているのでしょうね。

 私が小学生の頃の塾と言えばそろばんか書道しかなかったものですが、いまやこの田舎にも学習塾が幅を利かせ、受験テクニックを授けているご時世です。
 
 久し振りにそろばんに触れてみましたが、指が思うように動きません。デジタルではなくアナログに置き換えて数字を眺めることができるので、興味深い思いがしました。

 暗算の達人は頭の中でそろばんの珠が数字にあわせて動くことをイメージするそうですが、電卓に慣れた私の場合、キーボードを叩いて数字を打ち込むところまではイメージできますが、「=」を押した途端「E」表示が出てしまいます。きっと太陽光が足りないのだ!

 ロシアにもそろばんがあります。「ショティー」といい、串に10個の珠が刺さっていて、日本のそろばんのように寝かせて使うのではなく、立てて使います。
 以前、兌換に銀行に行った時にこのショティーがカウンターに置かれていましたが、既にモニュメントになっているのか、銀行員はCASIOの電卓で計算していました。

 私が子供の頃のそろばんと言えばトニー谷。これを真似すると怒られたものですが、なぜか面白くてみんなよく真似した物でした。

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宇宙戦艦ヤマト

2009年12月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 日本のアニメーションは世界的にもずば抜けて高い評価をされていますが、ほとんどアニメーションに興味のなかったUSAの友人は、たまたまネットの動画で「宇宙戦艦ヤマト」を見つけはまってしまったそうです。

091225  最初は日本の歴史上の「大和」を検索していたらこのアニメが出てきて、ポスターで見たことがある絵だったので気になってみたところ、戦艦が空を飛び宇宙を旅する発想など「本気でこんなこと考えていたのか?」と馬鹿にしていたものの、いつのまにか夢中になり、1ヶ月かけて全てのシリーズを見終えたそうです。

 日本人は30年以上も前にこんなすごい物語を見ていたのかと、今までアニメなどのサブカルチャーを軽く見ていたことを悔いたそうですが、同じようなテーマを元に作り上げられるハリウッド映画とはヒューマニズムにおける濃さが違うと彼は分析しています。

 他方を犠牲にしながら一方を選択しなければならない状況は多々あるものですが、こうした時に優柔不断が彼の捕らえていた日本人像で、相手の痛みに配慮しつつもそれを言い訳に責任逃れする「ずるさ」に感じていたそうです。
 鳩山さんのことかな?と思いましたが、マンガ大好きの前首相と違って、こんな庶民の娯楽とは関係のないお坊ちゃま育ちですから、心苦しい選択を迫られるような血なまぐさいアニメなど見ないで育ったのでしょう。

 なんにしても、「ヤマト」は日本人だからこそ作れた物語で、USAが作ればもっと明るく派手になっていたでしょうし、中国が作れば空飛ぶ万里の長城になって、宇宙を支配しながら覇権の旅をするドラマになっていたかもしれません。

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тихая ночь

2009年12月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 тихая ночь 静かな夜という意味です。
 暦の違いからロシア正教のクリスマスは1月7日。今までロシアではあまりなじみのなかった12月25日のクリスマスは「カトリックのクリスマス」と呼んで、祝うというのか、お得意のお祭りにしています。

 1月7日のクリスマスは家族で静かに過ごすけれど、12月のカトリックのクリスマスは仲間たちと飲んで騒ぐことが昨今の慣わしのようです。

 日本在住のロシア人の友人にユダヤ系のロシア人もいますが、1月7日のクリスマス本番は「ぜんぜん関係ない」と冷ややかですが、12月のクリスマスは「日本では単なるパーティーの口実。宗教儀式ではないから問題ない」と楽しんでいます。

 例年なら今頃の日本はクリスマス商戦で賑わっているはずですが、不景気の影響なのか?草食系の若者の影響なのか?妙に静かです。
 90年代初頭なら主だったホテルは予約で一杯で、投資目的にホテルを予約して、ダフ屋のごとくカップルに売りつける闇ビジネスまで成り立っていたのに、今やそんな気配もありません。
 振り返ってみると、スーパーに行っても今年はケーキの予約さえ見かけなかったような気もします。テレビのクリスマス特番もあるのかないのか、気にもならない?

 いよいよ日本ではクリスマスが普通の日になったか!としみじみ思える今年です。

 ロシア語版きよしこの夜。

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寒かったです!

2009年12月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 この三日ほどいろいろと悪戦苦闘しました。
 
 一つはパソコンのハードディスクのクラッシュ。土曜日のことですが、夜、突然調子がおかしくなり、強制終了したらいくつかのデーターが飛んでしまいました。
 バックアップはとっておきましたが、最近の何日かはバックアップしていなかったので復旧できませんでした。

 それと気象。月曜日に山の上で吹雪に苛まれ、久々にホワイトアウトで動けなくなる経験をしました。ホワイトアウトとは真っ白で何も見えない常態です。
 標高が1500m程度の場所で、腕時計の温度計の気温は-13度。体感ですが風の瞬間風速は20mはあったと思いますが、常時10m前後の風が吹いて積雪と地面の雪が舞い上がり視界がまったく開けないどころか、目もあけていられない状態でした。

 風が長待つまで南極の皇帝ペンギンのように硬直したまま耐え、視界が開けたら目標を補足し、風が弱まった時にパタパタ歩く。また風が吹いてきたら停まって立ち尽くす。
 これはこれで楽しんでいましたが、いざとなったら雪の深そうな場所に穴を掘ってもぐりこもうと思っていたものの、軽くてさらさらの雪なので腰くらいの深さでも軽々動ける。これでは雪洞も掘れそうにありません。夕方までには風も弱くなるだろうと慌てず騒がず一人雪の中でたたずんでいました。

 それにしても上も下もわからない一面真っ白な光景の中、時折わずかにかすんで見える樹木の立ち姿とは美しいもので、絵にすることは難しいけれど絵になる光景でした。
 神秘的な時間とでも言うのか、もし吹雪の中に美しい雪女が出てきたらついて行っちゃう気持ちもわからなくはありません。

 大変だったのは山から下りてきた帰り道で、軽トラのヒーターがおかしい。フロントガラスに吹き出す温風が吹き出さない。何のことはない、足元のパイプが外れていただけでしたが、水温系は上がっているのにいつまでたってもヒーターの温風が出てこない、窓ガラスは内側から凍りだす。おかしいな?と自動車を停車して調べてみるとヒーターのパイプが外れていることを発見しました。ゴムを止めている金属のベルトが緩んで外れていました。

 北極海の寒波は膨らんだり縮んだり冬は1-2週間ごとにこの周期を繰り返すので、クリスマスごろ寒波が来ると次に1月7日頃、成人式の頃、豆まきの頃よく大雪がふったり寒波がやってきます。日本列島にかかる気圧の等高線が縦じまになっていたので、山間部もあれることは予想していましたが、あまり的中して欲しくない予想でした。
 北極海がもたらす今回の寒波はヨーロッパ各地にも影響しているようです。

 気象庁の予想では暖冬と言うことですが、確かに例年よりは総合的に温かいのかもしれません。それでも、寒い時は寒い!

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要塞

2009年12月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 朝5時40分ごろ地震で目が覚めました。随分長いこと揺れていたようなきがしましたが、すぐテレビをつけ見ていると、我が家の界隈で震度3程度の表示になっていました。震源は栃木県方面だったようです。

 昼間、新潟県の湯沢町に行ったので「今朝の地震は揺れましたか?」と聞くと「ぜんぜん感じなかったよ。そんなのあったの?」と、山を隔てて反対側では揺れを感じなかったようです。
 この人、昨日は新潟市に行ってきたそうですが、海辺の方面はものすごい大雪だったようです。大雪が降っても消えるのも早いのが海辺の雪の特徴ですが、「除雪が間に合わなかったのか道路が混雑して大変だった。」と語っていました。

 山間部はたいした雪も降らずよかったねと言えたのもつかの間で、午後から降り出した雪は見る間に膝の高さまで降り積もりました。

 お茶を飲みながら「大丈夫か?群馬に帰れるのか?」なんて話になり、これだもの、越後に攻め入った北条が雪に閉じ込められる前に逃げ帰るわけだと歴史の話題になりました。越後は天然の要塞だとこの知人は自慢していましたが、世界的にも天然の要塞の地形を持つ国はあり、代表的なのはロシア。
 ナポレオン戦争の時など、誰がどう見てもモスクワが陥落してロシアの敗戦なんだけど、そこで停戦をずるずる伸ばして冬が到来。このままではロシアに閉じ込められてしまうと引き返したナポレオン軍に追い討ちをかけて「ナポレオン撃退」したのですから、これも戦術なんだろうか?

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パウダースノー

2009年12月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜は大雪になるといわれていたにもかかわらず、美しい星空を堪能できました。
 そんなわけで、放射冷却の影響か?山の上は冷え込んでいました。雪質は抜群のパウダースノーですから踏んでも固まりません。

091217 標高が高かったので-10度の寒風の中、フルオープンのブルトーザーに乗って荷物運びをしてきました。これが数台連なって走ると異様です。
 昔、猛吹雪の中、フルオープンのブルトー座に乗って半日雪かきをしていたら、手足が寒さで感覚がおかしくなっていて、ブルトーザーから降りた途端つんのめって転がってしまったことがありました。
 今は防寒具が高機能ですからこの程度の寒さは苦になりませんが、体さえ濡らさなければ-50度でも普通に活動できることを冬のモンゴルで体験しています。

 お昼にウサギの肉鍋をご馳走になりました。肉の中から散弾銃のタマが出てきました。肉鍋食べながら、シベリア抑留者の話になり「もっとひどい環境で働かされていたんだろうな。」なんて言っていましたが、今の時代、世界的に見ても過酷な環境だと思えました。

091217a  こちらは冬のロシアの森の中。今日の雪と同じようにパウダースノーの道でした。
 環境的に大差ない土地に住んでいますが、それでもロシアよりましだと思っています。

 環境の影響なのか、山村の偏屈な人たちとロシア人の偏屈さは似通ったものがあります。妙に意地を張って孤高の人でありが足るくせに、人が集まれば嬉しくなってしまうところなんか、こうした環境の中で生き抜かなければならない厳しさと、その反動のような気もします。

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Письма в Эдем

2009年12月16日 | 日記・エッセイ・コラム

 秋田や青森方面は大雪なった模様です。今夜あたりこちらにも雪が降るのかな?と、夜空を見上げれば星空がきれいです。

 ウラジオストクは異様な寒波が猛威をふるったために気温が-25度とも-30度とも言われています。ロシアでも温暖なウラジオストクはせいぜい-20度程度が例年の冬の寒さですから、今年は異常かもしれません。4-5日たつとその寒波が日本を襲うのが例年の冬ですが、不吉な寒さが日本海を渡っている最中かもしれません。
 ロシアのクリスマスと言えばジェッド・マローズ(寒波のおじさん)。冬に凍えるような寒さが来ることによって翌春からの農作物が豊作になる、農耕民族ならでわの感性。

 日本の農耕民族の私はおむすびを持って山仕事に行ってきました。真っ白に毛の色が変わった山ウサギを見ました。お昼。汗で体から湯気を出しておむすびを食べたら半分凍りかけていてじゃりじゃりしていました。冷たいおむすびと熱いお茶のお昼でした。

 ロシアのヘビーメタル?レギオン。

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Письма в Эдем(エデンへの手紙)

Ночь. В саду под звон ручьев

Я пишу на лепестках цветов.

Но моей души печаль

Дождь потоком слёз уносит вдаль.

Как снегопад в Раю,

Перья лунных птиц.

Над головой кружат

Я зажгу в твоих глазах

Две луны и ты забудешь страх.

Как снегопад в Раю,

Перья лунных птиц.

Над головой кружат,

Вновь к тебе спешат

Вдаль, в колыбель зарниц.

Это мои стихи,

Как снегопад в Раю.

夜、下の庭に渦巻く花びらの彩を、僕は描く。

でも、僕の心は悲しみで砕け、雨は心のかけらを洗い流す。

楽園に雪は降る、 月夜に舞う羽のように 僕の頭上を飛ぶ

ボクが君の瞳に灯した二つの月明かり

君は恐怖を忘れるだろう

楽園に雪は降る、 月夜に舞う羽のように 僕の頭上を飛ぶ

僕が君の瞳に灯した二つの月明かり

またやつらは君のもとへと急いでる

遥か ゆりかごには夏の稲妻。

これらが僕の詩だよ

楽園に雪が降る。

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ドナドナ

2009年12月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 クリスマスも近くなり、和牛の肥育をしている知人宅では手塩をかけて育てたご自慢の和牛を出荷?しました。クリスマスにはどこかの家庭の鍋の中に入っていることでしょう。

 荷馬車に乗せられて売られていく子牛が、収容所に連れて行かれるユダヤ人を笑わしていると言われる名曲「ドナドナ」。1961年にジョーン・バエズの歌が世界的にヒットして知られるようになりました。

 「ドナドナ」とはユダヤの神様を意味する「アドナイ アドナイ」をナチスにさとられないように「ドナ」と言いまわしたのだとか。

 悲しい歴史が織り込まれた歌ですが、ウラジオストク人に言わせれば「私のおばあさんはシベリア鉄道の貨車につめられてウラジオストクに送られてきました。」なんて話になることでしょう。
 スターリンの時代に強制移住で極東にやって来た家族は意外なほど多いです。

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肉食系女子

2009年12月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 今年の流行語大賞にこそならなかったものの、「草食系男子」とは核心を突いていて面白い表現だと思っています。

 決してネガティブに捕らえていないので、こういう概念の人たちが現れてもおかしくない世の中なのかな?と、時代の流れを眺めています。一応定義的には「協調性が高く家庭的で優しいが、恋愛に積極的でないタイプ」を草食系男子と言うようですが、肉食形女子が求めているのは「協調性が高く、なおかつ恋愛に積極的な男性」ではなかろうか?

 夜、山岳会の事務所に行ったら、女性会員が寄贈して言った文庫本が2-30冊程度置かれていました。和久峻三やつかこうへいなどの本が目に付きましたが、作者との駆け引き無しでサラサラと読めるような本が多かった気がします。

 「本を読まないよりはいいけど、今の女の子の考え方や恋愛感がわかるような本が多いぜ。」と先輩が言っていましたが、近年の若い世代は男性のほうから「別れて欲しい」と駆け込み寺ケースが増えているのだとか。結婚や家庭ではなく、恋愛や恋人が重荷になっている価値観なんだとか。男あっての世の中なんて昭和と共に遠くなりけり。

 ヨーロッパや中国など大陸の家庭など、大方のことは母親が取り仕切っていて、夫の役割と言えば責任ある最終決定と、家庭の危機の時に武器を持って立ち上がること。割に合わない気もしますが、どうでも良いくだらないことにまであれこれ口出すくせにいざとなったら腰砕けの昨今の日本男児を見ていると、女性の選択の背景が読める気もします。故に、要求の多い女性の災禍から逃れるために必要以上に女性に踏み込まない草食系男子の増殖もうなづけます。

 もはやそこに「繁殖のため」の男女は意味を持っていない気もしますが、これも衣食住満ち足りたからなんだろうか?かつては平安が続き危機感をなくした文明は他国の攻撃を受けて文明崩壊してきたものですが、こうした危機も薄れると生存のために子孫を残す必要がなくなり、文明は下降に向かう盛衰の新たな歴史。生きるか死ぬかわからなければ危機を感じた男子は何とか遺伝子を残そうとするのでしょうが、今の時代はその必要もないのだろうか?

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ミックスクライミング

2009年12月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 山岳会のメンバーがミックスクライミングの練習をしていると言うので、また不動の滝を視察に行ってきました。この冬は例年より暖かいので滝が凍る気配もありません。これはこれで暖房代が助かっています。

091213 登山の進化は技術の進化、道具の進化、概念の変革の三つが大きな要素ではなかろうかと考えていますが、概念の変革はかつて「禁じ手」とされていた手法も「可」となるのですから興味深いものがあります。しかしながら、自然の生業から眺めれば登山など重力との戦いに他なりません。

 ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔から大小二つの鉄の玉を落として落下重量に関わらず落下速度が同じことを実験したのは16世紀のことですが、体積における空気抵抗による微妙な違いはあるにしても、太っていても痩せていても落下(転落)速度は同じなのに、登る速度と苦しさが違うのはなぜだろう?

 転落してあの世までは等しく同じ速度なのに、登ることに関しては物理上の明確な関連がないのは「登る」と言う行為が物理の自然性に反しているからに他ならない。

 なんてことを考えながら、大小体格の違う人たちが登る姿を眺めていました。

091213a  上と下の写真。どちらもベテラン、エキスパートと呼ばれる年数を経てきた人たちですが、体型の違いか天分の才の違いだろうか?細かいことは動画を見比べてください。

 本来登山なんてものは競技性の薄いもので、スポーツと呼ぶには疑問符がつく行為だと思いますが、全体行為の一部分的にピックアップすることによって競技性を持たせることができます。

 こういうことが得意なのはUSAで、新しい概念とセットで道具と経済がセットで出現します。こうして見事に社会に吸収され権威や権力に巻き込まれていく姿たるや、天孫民族に蹂躙されつつも「神」として祭り上げられてきた日本神道の「やおろずの神」にも似ています。

 要はこの世界、パイオニア競争が唯一の競技性だったんでしょうが、初登頂競争、バリエーションルートなど開拓されつくされると、次第に特化され、十数メートルのベニヤ板を登る競争にまで至っています。もはやそこに「山」はないのですが、なぜか「山」のジャンルに含まれている。

 かつて人工的な環境下での「競技」に特化されていたスキーがゲレンデから山へ、競技からアドベンチャーに裾野を広げているのに、いわゆる「登山」の世界では、山に年配者、「ゲレンデ?」に若い世代と言う不思議な現象が出ています。

 これはひとえにこうした行為(道楽)に費やせる「時間」の問題が大きいと思いますが、歩くことが嫌いな「山ヤ」も少なくない不思議な現象も出ています。歩くことが駄目な「山ヤ」こういうのを古代ギリシアではアルキダメデスの法則と呼んでいた・・・なんてことはないか。

 エキスパートによる模範的な核心部越え映像。

 最先端の高価な道具を使っていても、重力の「負荷」に耐えられない映像。

 名誉のために、核心部までは比較的スムーズに登っていました。50代半ばでこういうことができるのも立派だと思う。と付け加えておきます。

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