とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

シアターコクーンで『広島ジャンゴ』を見ました。

2022-04-30 07:15:52 | 演劇
 シアターコクーンで蓬莱隆太作・演出の『広島ジャンゴ』を見た。心の傷を抱えながら生きていく人々を描く感動作だった。

作・演出:蓬莱竜太
出演:天海祐希、鈴木亮平 / 
野村周平、中村ゆり、土居志央梨、芋生悠、北香那 / 
辰巳智秋、本折最強さとし、江原パジャマ、川面千晶、エリザベス・マリー、小野寺ずる、筑波竜一、木山廉彬、林大貴 / 
宮下今日子、池津祥子、藤井隆 / 
仲村トオル

【あらすじ】
 現代の広島の牡蠣工場で働きはじめた山本は周りと合わせることもしなく、残業や懇親会にも出ない。ワンマン社長の言うことを聞かない山本に対して、シフト担当の木村は困り果てていた。このままでは首を切るしかない。なんとかしようと悩んでいると、いつの間にか西部劇の世界に変わっていた。山本は荒野の一匹狼「ジャンゴ」として現れ、木村は馬「ディカプリオ」としてその世界にいた。その町の住民はワンマン社長とそっくりの町長に搾取されながら生きていた。

 仲村トオル演じる社長、あるいは町長のような権力者は世の中にたくさんいる。権力はシステムである。「権力」は守られるように増長し、いつの間にか権力者が権力を得ることが「当たり前」になるようになってしまう。「権力」と戦おうとすれば、システムと戦わなければならない。システムはすべてのものを飲み込んでいるために、「権力」と戦うためには「反権力」と戦うこともあり、場合によっては自分自身と戦うこともある。「権力」と戦うために立ち上がったものが、いつかは精神的につぶれていき、正義を守りきれなくなってしまうのだ。

 外部から批判するのは簡単である。しかし社会システムの中で「権力」と戦うのは難しい。だからこそ「権力」はさらに強固になり、いつの間にか巨大な虚像になる。

 戦うためには、じっと自分を見つめるしかない。自分だけを信じ、自分を裏切ってはいけない。しかしそんなことは無理に決まっている。それは人間だからだ。人間の心は機械ではない。何がただしいかを求め常に揺れるのだ。

 とは言えそこで開き直ってはいけない。これもまた人間だからだ。人間は「正義」を信じている。それも真実である。

 弱い正義が、巨大な虚像と戦うのはやるせない結果を生むほうが多い。しかしあきらめてはいけない。そのやるせなさの連続を信じることが大切なのだ。

 エンターテイメント性の高い作品だったが、考えさせられた。
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新国立劇場で『アンチポデス』を見ました。

2022-04-26 18:41:58 | 演劇
 新国立劇場小劇場で『アンチポデス』を見ました。物語を求める物語であり、そこに物語を失った現代人の姿が浮かび上がってきます。おもしろい作品でした。

作  アニー・ベイカー
翻訳 小田島創志
演出 小川絵梨子
出演   白井晃、高田聖子、斉藤直樹、伊達暁、チョウヨンホ、亀田佳明、草彅智文、八頭司悠友、加藤梨里香

【あらすじ】
 ある会議室に男女8人が集められている。彼らは「新しい物語」を考えるために集められたのである。「新しい物語」を生み出すために、参加者たちは競うようにして自分の「リアル」な物語を披露していく。しかしその内容は単なる下ネタだったり、あざとい内容であったりする。参加者の中にはその雰囲気に耐え切れなくなり、参加を取りやめる者も出てくる。

 新たなアイディアは生まず、参加者は現代にはもはや新たな物語りは残っていないように考え始める。追い詰められて疲れ果てた参加者の一人が、「物語の物語」を語り始める。

 物語というものは新たに作るのは難しい。どういう物語を作ってもそれは過去の焼き直しでしかありません。しかし私たち人間は物語を求めます。「新しい物語」を欲しているのです。

 「物語の物語」という足ディアは一見おもしろいものですが、それとて発想としてはありきたりです。こどもが作文が書けないという作文を書くようなものなのです。だから事態は好転するはずがありません。

 最後に参加者のひとりの、言葉を覚えたてのころの「ものがたり」が発見されます。単純な物語であり、他人にとっては他愛のない物語です。しかし物語を愛する心はそこにはあります。同時に物語が物語として成長していく過程を見ることができます。物語は自ら語り始めるのです。

 物語は人間がひねくり回して無理やり生み出すものであはなく、自然に生まれてくるものなのです。人間の能力をはるかに超えたところで物語は生まれ育っている、そんなことを考えさせられる演劇でした。

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舞台『セールスマンの死』を見ました。

2022-04-24 06:23:40 | 演劇
 東京のパルコ劇場で舞台『セールスマンの死』を見ました。アーサーミラーの有名な作品ですが、私は初めて見ました。自分を信じたいがためあらすじ
 1950年代前後のアメリカ、ニュに嘘に嘘を重ねて生きていく現代人を見事に描いた切ない作品でした。すばらしい舞台でした。


作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:ショーン・ホームズ


出演:段田安則 鈴木保奈美 福士誠治 林遣都 
 前原滉 山岸門人 町田マリー 皆本麻帆 安宅陽子 
 鶴見辰吾 高橋克実

あらすじ
 1950年代前後のアメリカ、ニューヨーク。セールスマンのウィリー・ローマンも、もう63歳。年齢のせいもありセールスの成績も上がらない。精彩を欠き厄介者として扱われている。

 妻のリンダは夫のウィリーを尊敬し献身的に支えているが、経済的な不安と家族の不和に苦しんでいる。

 ウィリーは小さい頃は子供たちのいい父親であったが、あることがきっかけで子供たちとの関係が壊れる。特に長男とは会えば喧嘩ばかりである。

 家のローン、車のローン、さまざまな修繕費、日々の生活は苦しいのに収入がほとんどない状況となっており、家族は出口が見えない暗闇に閉じ込められていく。

 現代社会はお金があれば自信をもって生きていける。ウィリーもかつては収入もあり、自信をもって生きていた。しかし年をとり思うような仕事ができない。それどころか会社の足を引っ張っているような状況になる。それは苦しい。かつてのプライドが真実を隠す。もはやどうしようもないのに、嘘を重ねて周りをだまし、自分自身もだまそうとする。

 悲しい人生である。しかし振り返れば自分も同じではないか。観客の多くが自身の問題としてとらえ、苦しくなっていく。

 しかも長男との不和は、実は自分自身の過ちのせいであった。結局は自分の過ちでバラバラになってしまったのだ。

 苦しい。ウィリーは追い詰められて自殺する。

 これはウィリーだけの問題ではない。現代人の問題だ。お金を最大の価値としてしまい、お金に支配された現代人は、多かれ少なかれ同じような過ちを繰り返す。観客はそれに気が付き、現代社会の恐怖を感じる。

 ショーン・ホームズの演出は、すべてが幻想のように描く。過去の思い出と、現実の不安定さが描かれている。しかし現実感がないわけではない。年老いた男の幻覚を見ているようである。現実を見ようとしない人間たちの虚像の世界を描いているのだ。

 恐ろしく、そして見事に現代社会を描く名作だった。
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ディスカバー・クイーン

2022-04-23 08:09:33 | 音楽
 3月までNHKのFMで『ディスカバー・クイーン』という番組をやっていた。ほぼ毎週「らじるらじる」で聞いていた。ロックバンド「クイーン」を1年間にわたって掘り下げる番組である。おもしろい番組だった。

 私が中学生のころクイーンの「ボヘミアン・アプソディ」が大ヒットした。ドラマチック曲の展開に衝撃を受けた。それをきっかけにして洋楽にのめり込んでいった。

 クイーンの楽曲はポップだが、ちょっと変わっていた。奇をてらったような楽曲が多かったので、私の好みとはずれていった。

 しかし、後で振り返ってみると、奇をてらった楽曲も「クイーン」というバンドの枠組みの中にすべてすっきりと収まっていることに気が付いた。クイーンが活動していた後半はあまり熱心には聞かなくなっていたのだが、フレディが亡くなってから、ベスト盤を何度も聞くようになっていた。わたしにとっての「懐メロ」になったのだ。

 司会はサンプラザ中野くん。サンプラザ中野くんはクイーンの曲を日本語にして歌ってくれた。それがすごい。またクイーンの曲を西脇辰弥さんが解説してくれる。この解説のオタクぶりがすごい。コード進行や、録音の秘密、さまざまな音楽技術についてわかりやすく解説してもらえた。

 さらにクイーンが好きになる番組であった。特別番組のようなものでいいので、また放送してほしい。
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円安が進む

2022-04-20 08:18:03 | 政治
 円安が進んでいる。日本経済がこれから本当に持ちこたえられるのか心配になる。これは明らかに「アベノミクス」以来の金融緩和政策の結果である。
 
 当初日銀が金融緩和政策を行ったこと自体は間違いとは言えない。経済活性化のためには金融緩和が必要だった。しかしそれによる経済効果はなかなか得られなかった。まずはその原因の分析をしなければなるまい。

 日銀は経済を活性化し、景気浮上を狙っていた。しかし結果がでず、金融緩和を続けるしかなくなった。日銀は国債を買い支え続けて、日本は借金を増やしていった。否定する人もいるようだが、日本の経済は危機的状況のように思える。それを多くの人が感じているからこそ、円に対する信用は崩れ円安が進んでいると考えるのが自然である。

 私は経済にそれほど詳しくない。だから私の意見をバカにする人は多いと思う。しかし、一般人の多くは日本の経済状況を心配している。このままで持つはずがないと思っている。この一般人の心配が円安に表れているのだ。

 日銀も政府も東日本大震災に続き、新型コロナウイルス、そしてロシアのウクライナ侵攻と、立て続けに「想定外」の出来事が続き、対応に苦慮しているのだろう。しかし「想定外」とは言っても、冷静に考えればそれぞれが想定できる出来事であった。

 今こそ、わかりやすい議論で、現状を好転させる政治をお願いしたい。
コメント (1)
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