とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

『ちむどんどん』を「いじめ」すぎ

2022-08-29 18:09:56 | TV
 朝ドラ『ちむどんどん』に関しては、私もかつて批判的な文章をここに書いた。確かに脚本が雑すぎる。だからみんなが一言言いたくなる気持ちはよくわかる。しかし最近のネットの反応を見ているとそこまで言わなくてもいいんじゃないかと思われる単なる悪口のような意見が多くなってきた。これでは「いじめ」と同じだ。共通の攻撃対象を見つけると、みんなで何を言ってもいいという雰囲気ができてしまうのだ。さすがにそれはひどい。

 繰り返しになるが『ちむどんどん』は脚本が雑すぎる。しかし役者の演技はとてもいい。みんながよく頑張っている。
 仲間由紀恵さん、大森南朋さんはとてもいい両親を演じていた。
 原田美枝子さん、片岡鶴太郎さん、高嶋政伸さん、鈴木保奈美さん、山中崇さん、長野里美さんなどのベテランもしっかりとわきを支えている。特に原田美枝子さんと片岡鶴太郎さんは存在感がある。
 黒島結菜さん、竜星涼さん、川口春奈さん、上白石萌歌さん、飯豊まりえさんなどの若手もしっかりとした演技をしている。
 その他の役者さんも、ベテランも若手もバランスよくとてもいい演技をしている。脚本のせいでドタバタに感じるところも、役者さんの演技でそれなりにうまくまとめているのだ。

 しかも脚本についても、暗くならないのがいい。暗くなってしまうと途中で見るのがいやになってしまうのだが、『ちむどんどん』に関してはそれがない。あれこれ文句を言いながら、それでも結構楽しんでいるのである。

 ネット記事で脚本をチーム制にしたという記事があった。どこまで真実なのかわからないが、それ自体はいいことだと思う。こんなに長丁場で注目の高いドラマをひとりの脚本家に全て責任を負わせるのは負担が大きすぎる。これからは日本もチームで脚本を仕上げる必要がある。ただし、その方法がまだ確立していないのではないか。みんなが遠慮して結局中途半端な脚本になってしまったのではないかと推測する。

 作品を批判するのはいい。批判がなく何でもほめる最近の風潮もどうかと思う。しかしそれが単なる罵詈雑言になるのは絶対にやめるべきだ。批判をする際はきちんと根拠をしめして、改善点を見いだせるようにしなければなるまい。そうでなければ単なる「いじめ」でしかない。「いじめ」に対しては正義感を振りかざすくせに、ネットによる誹謗中傷には何も言わないのはおかしい。

 自戒をこめて申し上げる。
コメント (1)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「夏の柊」ライブに行きました。

2022-08-28 07:44:35 | 音楽
 「夏の柊」は吉田美奈子、森 俊之、石井 彰、石井智大、金澤英明によるバンド(?)です。そのメンバーによるライブが新宿Pitinnで開催されました。8月26日の初日に聞きにいきました。すばらしいライブでした。

 吉田美奈子さんは、ここしばらく石井彰さんと、金澤英明さんのデュオ「譚歌」に参加して、スタンダードなジャズナンバーを歌っています。以前、吉田美奈子さんは森俊之さんと全国を回っていました。そのツアーは主に吉田さんの曲を歌うものです。それに石井彰さんの息子さんの、弦楽器奏者石井智大さんが加わり、主に吉田美奈子さんの曲を歌うのが、この「柊」というプロジェクトで、夏に関する曲を歌うのがこの「夏の柊」ということのようです。

 メンバーはみんな一流のミュージシャンです。とにかくうまいし、作りあがられた音楽はかっこいいし心地いい。しかしライブならではの緊張感も伝わってきます。音楽に身をゆだねながら、それでいて刺激がビンビンと伝わってきます。

 今回のライブではジョニミッチェルの「リバー」を歌ってくれました。ジョニミッチェルの名曲です。私の大好きな曲です。「川があれば、スケートに乗って遠くに行けるのに」という、今は遠くにいる人に会いに行きたいという曲です。亡くなったかつての仲間たちへの追憶なのかもしれません。

 吉田美奈子さんの歌はいよいよ円熟をましてきました。これからのさらなる活力を期待します。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

近代の個人主義があらゆるものを個人作業にした。

2022-08-26 13:45:28 | 国語
 近代について考えている。

 近代は個人の時代である。ひとりひとりが独立している。それによって個人は自由を得た。

 それに対して前近代は個人にあまり自由はなかった。そのためにあらゆる作業は指導者の命令による集団作業になった。これは一方では個人の能力を生かせないのでデメリットもある。しかし一方では集団による作業は発想の幅が広がるし、効率的である。メリットもあったはずだ。

 例えば歌舞伎の脚本は共同作業で作られていた。一応作者の名前がつくが、それは作家グループのリーダーであった。脚本会社みたいなものだ。

 我々は、小説は個人の力で書くものと思い込んでいるが、それは近代の常識である。近代特有の現象なのだ。

 しかしこの近代の個人作業はやはり効率が悪い。効率が悪いどころか、一人よがりになってしまい、しかもすぐに壁にぶつかり、作者は精神的に追い詰められる。

 近代の国語教育では、作者の意図を考えることが重要である。そして個人の作業を高く評価しようとする。しかし、もはや近代小説は限界に来ていると考えれば、その教育方針はは根底から覆される。

 自由な共同作業、それが脱近代なのではないかという仮説を、今考えている。まだ思い付きでしかなく、メモ的な文章になっていて申し訳ないが、とにかく書いておく。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

立川志の輔独演会に行きました。

2022-08-25 10:00:53 | 落語
 山形市中央公民館ホールで開催された『立川志の輔独演会』に行きました。志の輔師匠はもはや人間国宝級と言ってもいいのではないかと思えます。すばらしい話芸でした。

 山形県の山辺町の「やまのべどんぶり亭」が主催の落語会です。山辺町の峯田さんという方が努力なさって山形にたくさんの落語家を呼んできます。峯田さんは明治大学の落研出身で、志の輔師匠の後輩にあたる方だそうです。その縁で志の輔師匠が毎年山形で独演会を開催しています。

 今回は「異議なし」と「唐茄子屋政談」の2席。

 「異議なし」は志の輔師匠による創作落語。マンションのエレベーターに監視カメラをつけるかつけないかでマンション住民がもめるという話。人間描写が見事です。そんなことありえないだろうと思いながら、でも実際の会議でありえるような会話です。

「唐茄子屋政談」は、親から勘当され、食うこともできない生活をしていたボンボンの若旦那の話。世をはかなんで身を投げようとしていたところを叔父に助けられる。叔父は若旦那に唐茄子を売るように命じるが、若旦那は売ることができない。重くて街中で倒れたところを町民が助けてほとんど売ってしまう。のこり二つになったところで自分で売ろうとしたところに、貧乏な母親が唐茄子を半分売ってくれと言ってくる。その貧乏さを哀れんだ若旦那が自分の稼いだお金を母親に渡してしまう。それが大事件を起こしてしまうのだが、そ結局は丸く収まるという話。厳しさと優しさそして、様々な身分の人間の描写が見事に演じ分けられます。

 小三治師匠が亡くなって、落語家の人間国宝がいなくなったという記事を読みました。確かに最近の落語ブームを考えても、落語家がもう少し優遇されてもいいのかなと思いますし、それだけの話芸を持っている落語家は多いと思います。ですからたくさんの人間国宝候補がいると思います。その中でも志の輔師匠はそれに値する落語家だと思います。立川流の落語家は人間国宝にはなりづらいのかなという気もしますが、これだけ客を呼べる落語家はほかにはいません。

 私が子供のころは落語は当たり前の芸能でした。しかし今は落語はたくさんの芸能のうちのひとつにすぎません。そんな落語が今輝いているのは、志の輔師匠をはじめとする優れた落語家さんが努力してきたからです。ぜひ落語家さんをもっと評価してほしいと思います。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画『サバカン』を見ました。

2022-08-21 07:45:52 | 映画
 映画『サバカン』を見ました。子ども時代の夏休みの様々な体験を描いたノスタルジックな佳作でした。それぞれの役者が魅力的な映画です。

監督       金沢知樹
出演者   番家一路 原田琥之佑 尾野真千子 竹原ピストル 貫地谷しほり 草彅剛 岩松了 村川絵梨 福地桃子 

 長崎の海に近い町に住む、少し気弱な作文が上手な少年と、貧乏で、クラスの中で仲間外れになる絵のうまい少年が、夏休みに冒険し、仲良くなる物語です。

 小学校のころの夏休みは永遠の時間が流れていました。毎日毎日があらたな発見です。時には冒険の旅にでます。今から考えれば大した距離ではないのですが、当時はものすごい遠くへ行った気になっていました。体力と時間だけはあった時代ですので、たくさんの経験ができました。あの時代はとても貴重な時代でした。そんな子供時代のころを思い出されました。

 この物語を語る立場にいるのが、大人になった「作文の上手な少年」だった小説家です。草彅剛が演じます。昨日テレビで草彅剛さんが、この役はもともとなかったと話していました。つまりもともとは少年時代を描く物語だったのです。それが大人になった小説家が、自分の少年時代を振り返るという構造に変えたのです。それによって「現代のおとぎ話」のような物語が、リアリティのあるノスタルジックなストーリーに変化したような気がします。誰もが持っている大切な少年時代の思い出になったのです。効果的だったと思います。

 少年2人はもちろん、尾野真千子さん、竹原ピストルさん、貫地谷しほりさんなど本当に田舎の大人としか思えない演技でした。生き生きとして人間としてのやさしさが出ていました。すばらしい役者さんです。

 夏休みにぴったりの映画でした。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする