とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

書評『太陽は動かない』(吉田修一作)

2016-12-31 11:53:24 | 書評
 日本、そしてアジアの裏社会で活躍する産業スパイ(?)が命がけで活躍する姿が描かれる小説。外国映画を見ているような大きな展開があり、ハラハラドキドキの場面が次々と現れ飽きさせない、スケールの大きいアクション大作である。

 ただしあまりに登場人物が多く、しかも表と裏の顔があるために、誰が誰だかわからないくなってしまう。スピード感がある展開なのに、一瞬「この人誰だっけ」と立ち止まらなければならないので、ちょっと面倒である。

 この本に登場をするのは人間を信じられなくなった人たちである。しかし心の奥底では何かを信じたいと彼らは感じている。命がけで仕事をこなしながら、最後に人間を信じようと行動する。引き裂かれた心が描かれている。生きていることそれ自体が分裂症的なことなのである。

 振り返ってみれば私も何か得体のしれない何者かによって生かされているのではないかと感じる時がある。本当に信じられるものは何か。前を向こうと思えば思うほど、「前」ってどっちなのか不安になることがある。「生きていることは分裂症」、そんな馬鹿なことを考えないように、自分を見つめていきたい。
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映画評『この世界の片隅に』

2016-12-30 18:12:49 | 映画評
 原作 : こうの史代
 監督・脚本 : 片渕須直

 話題になっている映画なので見てきました。噂通りとてもいい映画でした。戦時中の庶民の生活が淡々と描かれて、だからこそ戦争の実情が伝わってきます。

 戦争はつらいものです。悲惨なものです。そして悲しいものです。しかしそんな中でも人々はただしかめっ面だけで生きていたわけではありません。落ち込んでばかりいたら生きていけません。つらい現実が次々襲ってきても、その傷を何かで癒しながら、なんとか「笑い」に変えながら生きていきます。重いものを心にため込みながら、生きていくしかないのです。

 この映画では淡々と戦時中の日常が描かれ、その途中、空襲や原爆でたくさんのものが失われていきます。「日常」は次第に変質していきます。しかし、それは結局は「日常」でしかない。人間が生きていくということは、「日常」の営みなのです。この映画によって私たちは戦争の意味を知ると同時に、人間の「生」への耐えきれないほどの切ない共感を得ることになるのです。

 この悲惨な状況はアニメだからこそ見ている人は耐えられます。実写でないことが私にとっては必要なことだったと思います。
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安倍総理の真珠湾訪問

2016-12-29 12:59:32 | 政治
 安倍総理が真珠湾を訪問し犠牲者を慰霊した。評価したい。安倍総理の言動には様々な問題があるが、外交面では積極的に活動しており、がんばっていると思う。
 その上で、今回のスピーチについて2点申し上げたい。
 1点目。あまりに詩的すぎる。私には政治家の言葉としては違和感を感じる。例えば次の部分である。

 75年がたったいまも、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。

 あの日、日曜の朝の明るくくつろいだ、弾む会話の声。自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。生まれてくる子の幸せを祈る声。

 1人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や恋人がいた。成長を楽しみにしている子どもたちがいたでしょう。それら、すべての思いが断たれてしまった。その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は言葉を失います。

 そのみ霊よ、安らかなれ――。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に花を投じました。


 戦後生まれの安倍総理が、さもその光景を見ていたような表現をする。私にはこの表現には違和感を感じる。

 2点目。「希望の同盟」や「和解の力」という言葉は日米の2国間だけのことならばいいのであるが、それ以上の意味を込めているとすれば、さすがに傲慢である。日本にとっての中国や韓国、ロシアなどや、アメリカにとってのムスリムの国などに対してのメッセージが込められているというすれば勘違いであろう。たとえば次の部分。

 戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。寛容の心、和解の力を、世界はいま、いまこそ必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と信頼を育てた日米は、いま、いまこそ寛容の大切さと、和解の力を世界に向かって訴え続けていく任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ「希望の同盟」なのです。


 この発言は、いま現在、日本やアメリカと対立している国にとっては傲慢で不遜な発言のように感じられるだろう。今現在日本とアメリカはいい関係ではあるが、それを対立していたからこそうまくいったのだというふうにも聞こえてくる。その単純化した論理は納得できるものではない。日米同盟のためにいまだに苦しんでいる沖縄県民に対する配慮もかけている。

 今回の安倍総理の真珠湾訪問はプラスの部分が大きいと思う。しかし、同時にそれは別の問題も引き起こす。さまざまな問題解決への安倍総理の謙虚な努力を期待する。
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自分を見つめる

2016-12-28 14:01:19 | どう思いますか
 マインドフルネスが話題になっています。以下はインターネットサイトからの引用です。

 マインドフルネスとは、単純に言えば、その一瞬に全力を傾けること、と考えることができます。MITマインドフルネスセンター所長を務めるジョン・カバットジン博士は上の動画の中で、マインドフルネスについて、「今という瞬間に、余計な判断を加えず、(中略)自分の人生がかかっているかのように真剣に、意識して注意を向けること」と定義しています。
 シンプルな定義だと思うかもしれませんが、現代の混沌とした世界では、何かに100%没頭することなど容易ではありません。それはつまり、同僚から同じ話を聞かされて、もう3度目になるという時でも、ほんのわずかでさえ気をそらさずに聞き入ることや、皿洗いや「バス停までの道」のような身近な状況でも五感をフル稼働させることを意味するのです。

 自分自身を振り返ってみると、本当のことから目をそらしていることが多いことに気付きます。いやなものを見まいと思い、ついつい嫌なことでなくともすべてのことをしっかり見ることなしに、「思い込み」で代用してしまっている気がします。

 若いころはもっとシンプルにものを考えられた。しかし今はそういかない。それが苦しみを生んでいる。恐れずに勇気をもって自分に意識を集中する、それが「前向きな生」をもたらすのではないか。

 今からでも自分を変えていかなければ、そう思います。年末年始とすこし時間があるので、すこしでも心のトレーニングをしたいと思います。
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浅田真央さん、もっとわかりやすい曲で

2016-12-27 14:59:52 | スポーツ
 浅田真央さんが全日本選手権で12位に終わった。残念ではあるが、足のケガから始まった練習不足が原因ということなのでしょうがない結果だと思う。明らかに他の選手とは表現力、スケーティング力が違うので、調子がもどればまだまだ戦えるのは明らかだ。今回は気持ちをコントロールする力も身に付けたようにも見うけられた。ここまでがんばったのだから引退は本人の気持ち次第である。だから別にここで引退しても構わないと思うが、誰もがまだまだやれそうな気がするだろう。

 ただ一つ気になるのは、浅田真央さんの使う曲である。あまりに正統派すぎてつまらない。もっとわかりやすい曲や振り付けのほうが滑っていて楽しく、浅田真央さんの魅力がでるのではないか。女王として正統派でいきたいのかもしれないが、求道者的な修行僧のようなイメージになってしまい、見ているほうも緊張感のある表情になってしまう。会場全体が重くなってしまっているような気がするのだ。

 素人がかってなことを言って申し訳ないが、ここ数年の浅田真央さんの重苦しい雰囲気を打破するためにも、わかりやすい曲にして、明るい演技を期待したい。
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