経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

彼我を分けた20年の歳月

2016年10月09日 | 経済
 1990年代半ば、少子化の底にあったフランスは、保育などを充実させ、出生率が2.00人を超えるまでになっている。同時期にオランダは、労働時間の長短の差別禁止に踏み切り、今では賃金格差が極めて小さい。日本は、1997年の度外れた緊縮財政でデフレに転落し、無益な構造改革に血道を上げてきたために、深刻な社会問題を未だに抱えたままである。節度を欠いた財政再建至上主義は、ここまで彼我を分けてしまった。

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 先日、『給食費未納』(鳫咲子著)という新書を読ませてもらったが、正直、愕然とした。子供の貧困が深刻化し、学校給食で栄養補給を保障しなければならない時代へと逆戻りしているのである。敗戦から1997年までの、「経済成長を実現し、福祉国家を建設する」という日本人の営々たる努力は何だったのか。その頃までに、「欠食児童」など、死語となっていたものだった。

 新書では、給食費の未納は、他の公課より少なく、子供が窮地にあるサインとして受け取るべきこと、就学援助の利用を親身になって促すことが重要なこと、困窮者に限らず誰もが利用できる制度の大切さなどが指摘されている。そして、韓国では既に無料化が実現しているのに、日本では、経済財政諮問会議で必要性が議論されるにとどまるとする。我々の遅れぶりは、欧州と比べてというだけではない。

 昨年の最大の政策テーマである「一億総活躍」では、待機児童解消のために、保育士の処遇改善が焦点だったが、結局、見送られ、後で強い批判を受けて、措置せざるを得なくなる事態に追い込まれた。また、今年のテーマの「働き方改革」では、「103万円の壁」解消の切り札となる「夫婦控除」の導入は、早くも頓挫したようである。その最大の要因は、財源の問題で、要は、財政再建の方が何より優先されているわけだ。

 その一方、補正予算では、そのとき限りのバラマキが毎年3~4兆円もなされる。つまり、本予算で絞り過ぎ、景気を停滞させ、補正でテコ入れすることが常態化している。それくらいなら、待機児童対策でも、働き方改革でも、本予算で初めから措置し、その分だけ、計画的に補正を減らせば良い。本当は財源がないのではなく、場当たり的で、硬直した予算編成の慣行を変えられないから、成長も、財政再建もできず、社会も劣化しているのである。

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 社会保険においても、被用者保険の適用拡大で、一切、保険料を負けないというのは硬直的過ぎると思う。例えば、専業主婦が130万円を超えた場合、健康保険で保険料を減免しても、制度全体では、まったく負担にならない。既に夫の負担で健康保険を利用しているからだ。もし、保険料を取るなら、その分、夫の保険料を軽くできるようになる。

 また、母子家庭の母の場合は、国保で保険料を納めているので、本人には、130万円の壁自体がなく、むしろ、負担の半分が事業者に移って軽くなる。その事業者負担を軽減することは、母子家庭の母の就業促進に補助金を出すのと同じである。これは出し得ないものなのか。しかも、多くの母子家庭の母は、少しでも多く働き、軽減のレンジを超える年収を得ようと頑張るはずである。

 厚生年金に関しては、保険料を軽減すると、保険料に見合わない受給権を付与することになるので、年金財政は悪化する。その分は、マクロ経済スライドをかけて、全体の給付水準を下げることで調整し、長期的に均衡を取り戻すことになる。つまり、低所得者や女性の年金を手厚くするように、全体のパイの切り分け方を変えるということだ。負担増というより、再分配なのである。

 それどころか、これをする方が全員にとっても有利とさえ言える。今のまま放置しても、低年金の者は生活保護など別の手段で救わざるを得ず、そちらで負担を求められるからだ。弱者を見捨てる非情さがないのなら、低所得者を迎え入れ、130万円の壁を超えて、精一杯、働いてもらう方が、パイが大きくなって、結局は得になる。それは、若者の所得を底上げし、出生率を向上させ、年金に大きく貢献する可能性もある。

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 さて、今週は、日銀の9月短観があり、結果は横ばいであった。不思議なのは、現状や見通しについては弱気なのに、更に人手は不足すると思っているところだ。円高による物価安で、名目は伸び悩んでも、実質では成長しているからかもしれない。いずれにせよ、中堅中小の景況感が堅調なこともあり、人手不足→賃金高→消費増→売上増の展開を通じ、徐々に矛盾は解かれていくだろう。

 折しも、9月の消費動向調査は、消費者態度指数が2か月連続の上昇となり、消費増税後の最高値を記録した。中でも、雇用環境は、前月比+1.7と、2か月連続で大幅に回復した。また、8月の毎月勤労統計も、常用雇用が前月比+0.3と着実に積み上げている。実質賃金は、前月の急伸の反動で大きく下がったものの、賃金×雇用で見れば、上昇トレンドを着実に歩んでいる。

 8月の景気動向指数も、一致指数が前月比-0.1と、ほぼ横ばいだったことから、第一生命研の新家義貴さんによれば、10月分で基調判断が「改善」に上方修正される可能性が十分あるようだ。むろん、先行指数は、2月頃を底に、揺れつつも、緩やかな回復傾向を示している。これは、先週のコラムで取り上げた家計調査や商業動態とも軌を一にする。景気の課題は、いかに労働供給を促し、消費を加速させるかに移って来ている。

(図)



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 財政再建は重要だし、保険原理も大切だ。しかし、それらは成長があってこそである。日本は、1990年代前半までは、成長率でフランスを大きくリードしていたが、1990年代後半以降は、フランスが上回るようになり、成長率の差の累積は15%にもなる。少子化対策だけでなく、成長政策でも、財政再建至上主義の日本がいかに稚拙だったかが分かる。ここには、少子化対策という労働供給の促進策がフランスの成長を支えた面もあろう。

 20年遅れで、日本は、フランスやオランダが既に解決した課題に取り組む。それも、財源論に足を取られ、未だ思うような手を打てない。しかも、本当に財源がないのではなく、本予算と補正を連結し、計画的に調整することもできないという、「しょうもない」理由で、長期的に広く利益をもたらす政策を埒外にしている。まあ、その程度の国だからこそ、体たらくも当然ではあるのだが。


(今週の日経)
 米雇用15.6万人増に鈍化。魅力山盛り!学校給食。夫婦控除 解散風に散る。NY原油、50ドル台に上昇。経済教室・同一労働同一賃金の論点(下) オランダ、労使合意で推進・権丈英子。中国、不動産バブル警戒。ノーベル賞に大隅氏。もたつく景気 長引く 9月日銀短観。英、3月末までにEU離脱通告。

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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2016-10-23 14:05:00
フランスの国債GDP比もほぼ100%ですか。あまり良くないね。
Unknown (Unknown)
2016-10-23 14:11:09
戦後の日本人は努力なんてしてないよ。東側陣営の虎の威を借りて米国から金を巻き上げていただけ。冷戦が終わってこれからは自力で資金調達するとなったとき結局どうなったかね。
Unknown (Unknown)
2016-10-23 14:12:49
韓国のほうが素直にすごいところももうかなり多いね。2chの連中ですら時々そう言ってるよ。
Unknown (Unknown)
2016-10-23 14:14:18
解雇の解禁と正社員の廃止には素直に賛成するね。私も経歴あんま良くないんで…

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