8月25日付朝日新聞朝刊(東京)1面は
福島第一 処理水放出
国産全水産物 中国が禁輸
日本政府抗議、撤回求める
という3本建ての見出しで「東京電力は24日、福島第一原発の処理水の海への放出を始めた。増え続ける汚染水対策の一環で、少なくとも約30年は放出が続く。これを受けて中国政府は24日、日本産の水産物輸入を同日から全面的に停止すると発表した」と伝えた。
24日前後のいくつかの英語ニュース・メディアのサイトをのぞくと、
*Japan began a controversial discharge of treated tritium-laced water (Japan Times)
*China retaliates as Japan releases treated nuclear water(BBC)
*After months of controversy and anticipation, Japan is set to begin releasing treated radioactive wastewater from its Fukushima nuclear plant (CNN)
*China bans Japanese seafood over Fukushima nuclear waste water release(South China Morning Post)
と報道されている。
福島第一原発敷地内には放射性物質に汚染された水と、62種類の放射性物質をほぼ除去できるALPS (多核種除去設備)を通した処理水の2種類の水を貯めたタンクがある。東電と政府はALPSでの除去が難しいトリチウムが残る処理水を海水で希釈したうえで福島沖に排出するとしている。処理水は環境中に放出するにあたって基準値を下回っており、安全であるというのが、東電と日本政府の説明である。日本国内で発行される日本語新聞の多くは東電・政府の説明を受け入れて、「処理水」という言葉を前面に出した。東電や日本政府の立場を擁護する必要を感じない英語ニュース・メディアは “treated tritium-laced water” “treated nuclear water” “treated radioactive wastewater” と「処理済み放射能廃水」という名称にこだわった。日本政府に不信感を持つ人たちにとっては、こうした名称は恐怖を呼び起こし、日本政府に不信感を持たない人をも不安な気持ちにさせる。
中国政府の日本産全水産物輸入措置は想定外だったと25日の朝日新聞は伝えたが、岸田・日本国首相はその直前に米国を訪れてバイデン大統領、ユン韓国大統領との3人で、対中国安全保障強化の相談をしていた。日本国は北京に大使館を置いており、大使館の機能が空転していない限り、中国の対抗措置の強弱については感触を得ていて当然だから、「想定外」という表現には理解しにくいところがある。
中国の輸入禁止を日本政府は科学的根拠をないがしろにした措置であるとして撤回を求めた。そういうことであれば、これは大口の風評被害第1号である。東電・政府はきちんと対応・補償しなければならない。
福島の放射能ほぼ除去済みの処理水が排出される前日の23日には、西村経済産業大臣が全国の水産物などを集めた催しで、東北地方の魚介類を使った海鮮丼などを試食してみせた。この種の風景は過去よく見かけた。1991年にペルーでコレラが流行し、ペルーでとれた海の魚が輸出しにくくなった。保健担当の大臣は生の海産物を使ったペルーの名物料理「セビーチェ」を食べないようにと訴えた。一方で、水産物の輸出不振を解消しようと、当時のフジモリ大統領がテレビの前で何度もセビーチェを食べて見せた。
それから10年ほどたった2002年にはリー・クアンユー首相退陣後、子息のリー・シェンロン氏の首相就任までのつなぎ役だったゴー・チョクトン・シンガポール首相がNEWaterを試飲して見せた。シンガポールは小さな島の都市国家でダムが少ない。水を隣国のマレーシアから長期契約で輸入している。これはシンガポールにとっては国家安全保障上の大きな問題である。シンガポールは海水の淡水化処理施設をつくり、廃水を浄化して利用する方法を試みていた。2002年にこの下水浄水化システムが完成、処理水を “NEWater” と命名、ゴー首相以下この水で乾杯した。
職務とは言いながら、お役目ご苦労さんなことだ。ところで、福島の廃水処理は全タンクが空になるまでに30年かかるという。似たような風景が繰りかえされないことを祈る。
日本には、東京都が太平洋戦争をはさんで1935年から1999年までの間、くみ取り便所から出た糞尿を船に積んで東京湾をぬけ外洋に運んで海洋投棄してきた過去がある。海洋投棄を禁止するロンドン条約が改正され、一般廃棄物である「し尿」も海洋投棄できなくなることから、東京都は64年間にわたる糞尿の海洋投棄をあきらめた。
「黄金のジパング」の国柄はそんなものである。
(2023.8.26 花崎泰雄)