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news commentary

日の沈むどこかの国の茶番

2010-11-27 14:20:03 | Weblog
参議院で自民党とみんなの党が出した仙谷由人官房長官の問責決議が可決された。産経新聞が電子版に掲載した問責決議案の理由の全文を読んで、失笑を禁じえなかった。

問責の理由は5つだ。

その1――尖閣諸島沖中国漁船衝突事件の不適切な対応という理由。中国人船長の釈放と証拠ビデオの非公開と流出。しかしこの問題で問責するのであれば、内閣の責任者菅直人首相が対象だろうし、問責ですむ話ではなく、衆議院に内閣不信任案を出すのが筋だろう。

その2――国権の最高機関たる国会を愚弄する、暴言、失言の数々という理由。たとえば、報道に基づいて質問した議員に、自らも過去に何度もの質問をしていたことを棚に上げて「最も拙劣な質問」だと侮辱した。あの場面、この稿の筆者も見ていたが、工夫に乏しい拙劣な質問の仕方だった。

その3――メディアの取材を「盗撮」よばわりし、自衛隊の施設内での民間人の発言を規制することを認めるなどの日本国憲法に抵触する発言を繰り返したという理由。さらに自衛隊を「暴力装置」と発言した。自衛隊を「暴力装置」と表現することは、憲法9条をはじめとする日本国憲法の精神を全く理解していないということである。自民党とみんなの党はそういっているのだが、歴代自民党政権は、①自衛のための必要最小限を超えない実力を保持することを憲法第9条第2項は禁じていない②したがってこの限界の範囲内にとどまるものである限り、核兵器であれ通常兵器であれ、これを保有することは同項の禁ずるところではないと解釈してきた。ちなみに、国家による正当な暴力の独占(英語でmonopoly on legitimate violence、ドイツ語でGewaltmonopol des Staates)という概念は世界で共有されている

その4――国会同意人事案件に対する怠慢。

その5――北朝鮮による 韓国・延坪島砲撃事件のさいの危機管理能力の欠如。北朝鮮の砲撃開始が午後2時34分、菅総理は砲撃を3時半ごろ報道で知り、官房長官もほぼ同時刻に第一報を東京都内の私邸で受け取っている。総理が官邸に入ったのは午後4時45分、仙谷官房長官は同50分。総理、官房長官ともに、砲撃から2時間以上、一報を受け取ってから1時間20分経過してから官邸に入っている。このことが問責の理由になるのであれば、なぜ菅首相は問責されなかったのだろうか?

問責理由の最後がふるっている。「菅内閣発足以来、国難ともいうべき事態が続いており、内閣の要であり、実質的に内閣を取り仕切っているといわれる仙谷大臣の官房長官としての責任は極めて重大である。菅内閣では、仙谷官房長官が実質的に重要事項の決定を主導しており……仙谷官房長官が内閣の中枢に居座ったままでは、現状の打開は望むべくもない」

菅直人もずいぶんと馬鹿にされたものだ。

(2010.11.27 花崎泰雄)
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職業としての政治

2010-11-19 13:54:43 | Weblog
マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(脇圭平訳、岩波文庫)は「すべての国家は暴力の上に基礎づけられている」というトロツキーの言葉を正しいとし、「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である」と定義し、国家は、正当なものとみなされている暴力行使という手段に支えられた、人間の人間に対する支配関係である、と説明している。

ヴェーバーに言わせれば、政治とは「要するに権力の分け前にあずかり、権力の分配関係に影響をおよぼそうとする努力」である。

以上のヴェーバーの説明はいまなお政治学の主流で、『政治学事典』(弘文堂)は「暴力をなくすためにやはり暴力を使わざるを得ないというジレンマは、常に文化や制度につきまとう。たとえば政治権力はいつでも軍隊や警察など、物理的暴力装置をもって過剰な暴力を行使できる」と説明している。

そういうわけで「一体どんな資質があれば、彼はこの権力にふさわしい人間に、また権力が自分に課する責任に耐えうる人間になれるのか」という、倫理的問題に答えようとしたのがヴェーバーの『職業としての政治』だった。

ヴェーバーがこの講演をしておよそ90年後の日本で、仙谷由人官房長官が11月18日の参院予算委員会の答弁の中で「自衛隊は暴力装置」と発言し、その後「実力組織」と言い換えたうえで発言を撤回し「用語として不適当だった。自衛隊のみなさんには謝罪致します」と言った(朝日新聞2010年11月19日朝刊)。

自衛隊が国家の暴力装置でなければ、政治学上それをなんと定義すればよろしいのか。「暴力装置」を「実力組織」と言い換えるのであれば、それは「みそ汁」を「おみおつけ」と言い換えるたぐいである。

「暴力装置」という言葉をとがめた世耕という議員もそれを撤回した仙谷も、政治の本質に目を背けて、国会という職業政治家の舞台で情緒的な問答に終始した。いまや日本の国会は、政治の本質さえ語りえない未熟な議員であふれているわけだ。

権力を笠に着た成り上がり者、権力に溺れたナルシシストは政治の力を堕落させる、とヴェーバーは言った。「暴力装置」発言を咎め、仙谷官房長官に対する問責決議案をだして、政治実践の場で政治用語を使って問責されたと、ぜひ世界の笑いものになってもらいたいものだ。

(2010.11.19)


 

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ビルマの軟禁

2010-11-14 23:16:38 | Weblog
20年間あまりの大部分を三度にわたる自宅軟禁ですごしたアウン・サン・スー・チー氏が、3度めの今回の自宅軟禁期間が終って解放された。

20年余の歳月のうち、15年もの時間を自宅軟禁されて、自由と志を遂げる手段を奪われたまま、歳を重ねてゆくのはどんな気分のものだろうか。

書棚の隅から探しだした Aung San Suu Kyi, Freedom From Fear and Other Writings, Penguin Books, 1991 には、当時のチェコスロバキア大統領ヴァクラフ・ハヴェル氏が、短い序を寄せている。その中で、ハヴェルはアウン・サン・スー・チーについて次のように書いている。

彼女は武力を持たない者が持つ力の見事な例である。


また、その本のイントロダクションでは、夫のマイケル・アリス氏がアウン・サン・スー・チー氏との暮らしや、彼女のビルマでの民主化活動について書いている。その最後に、アリス氏はこう書いている。

スー・チーがビルマでめざしている目標である永続的な平和をめざす一連の対話に、ノーベル平和賞の受賞が役立てばと願っている。私事ではあるが、いま一度家族で彼女に会える機会にもつながって欲しいと願っている。We miss her very much.


そのマイケル・アリス氏は1999年にがんでなくなっている。一度ビルマを出国すれば、再び帰国できなくなることを恐れて、アウン・サン・スー・チー氏は、配偶者を見舞うこともなく、葬儀に出ることもなかった。

Freedom From Fear and Other Writings には、スー・チー氏がアリス氏と結婚したころの写真や、長男を出産したころの写真が載っている。

理念を伴わない行動は、状況がそれを必要としなくなったとたん、その有効性を失ってしまう。一貫した展望に欠ける実利主義的な行動の繰り返しでは、長期的な運動を支えることは期待できない。
        (伊野憲治編訳『アウンサンスーチー演説集』みすず書房、1996年)


ペンギン・ブックスの写真と、『演説集』の前記一節を見た。あわせて新聞記事の中のスー・チー氏の苦闘のあとを記録した年表も読んだ。胸が痛む。

(2010.11.14 花崎泰雄)


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どこで会おうか

2010-11-02 13:56:38 | Weblog

会うの、会わないの、とこんがらがっていた、日本と中国の首相が10月末、アセアンの会議が開かれていたハノイで短時間会った。日本の首相はなんとしても会いたい気分だったのだが、中国の首相の方が、いったんは正式に会ってもいいと言っておきながら、突然気が変わってその気になれないと告げ、さらにその後、またまた気持がかわって、非公式になら会ってもいい、と言った。日本側ではそう説明している。

まるで恋の手練手管のようなやり方だが、二人はともに還暦をすぎている。日経新聞が10月30日付社説で「中国の内陸部では反日デモが頻発するが、背景には経済格差の拡大など社会矛盾への不満がある。政府が日本に対し弱腰と受け取られれば、反日に名を借りた政権批判が燎原(りょうげん)の火のように燃え広がりかねない。現政権を揺さぶろうとする勢力につけいるスキを与えかねない、との懸念もあったろう」と書いていた。だが、どんな勢力が現政権を揺さぶろうとしているのか、ここが知りたいところなのだが、残念ながら書かれていない。

たいていの日本の大手新聞は、中国首相が日本の首相と正式会談できないのは、デモの背後にある「世論」のせいだと書く。だが、中国はそれほどにまで世論に敏感な国なのだろうか?

泣き面にハチというか、今度はロシアのメドベージェフ大統領が国後島へ行った。新聞にのった写真を見ると、大統領自らがカメラをぶら下げていた。あのカメラ、何を意図した演出だったのだろうか。政治的意図のない単なる物見遊山としての国後島訪問? あるいは大統領がカメラを持って物見遊山に訪れることもできるまでに完全なるロシアの国になった後尻島訪問。

さあ、今度は日本の首相がAPECにやってくるロシア大統領と会うか、会わないか、北の島を巡る綱引きを始める番になった。正式会談か、非公式面談か。ここは思案のしどころだ。

もし、非公式面談となると、ブリュッセルが廊下面談、ハノイが控室面談だったので、あと、適当な場所と言えば、もうトイレぐらいしか残っていない。

(2010.11.2 花崎泰雄)
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