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news commentary

瘋癲国家

2006-10-10 22:25:37 | Weblog
詳しいことはまだ何も公開されていないが、北朝鮮が地下核実験をしたと発表し、多くの国家と国連がとんでもない話だと憤慨している。よくやった、とほめた国があったとはどのメディアも報道していない。北朝鮮を抱え込んでいる中国までが不快であるとのコメントを出している。

インドが核保有国になったため、対抗上、パキスタンが保有国になった。イスラエルは核を秘密裏に保有している疑いが濃厚だ。だから、バランス上、イランがイスラム諸国を代表する形で核保有国になってやむをえないではないか、という主張がでてくる。

北朝鮮が核保有国になったら何が変わるか。中国が東アジアで唯一の核保有国であるという有利な立場を失う。韓国や日本が核保有を目指して突っ走る、という話がまんざら荒唐無稽なものではなくなる。少なくとも韓国や日本、場合によっては台湾までもが、北朝鮮の核の脅威を理由に、米軍の核基地を公然と自国領土内に導入する可能性はある。これらの核は北朝鮮に向けられるが、同時に、中国をも取り囲むことになる。

北朝鮮の存続は中国にとって安全保障の柱である。東ドイツが西ドイツに吸収合併されたように、北朝鮮が崩壊して韓国に吸収合併された場合、米韓条約が存続すれば、中国国境まで米韓合同の戦力が迫ってくる。朝鮮戦争のとき、米軍を中心にした国連軍が北進して中国国境に迫ったとき、中国軍の大部隊が朝鮮半島になだれ込んだ。中国は背後にロシアと中央アジアのイスラム国家、太平洋に面して、アメリカが後ろ盾になった韓国、日本、台湾と向き合うことになる。

そういう銭湯的地政学論議は別にしても、北朝鮮が崩壊すると、まず、難民がなだれ込んでくる。38度線を越えて韓国へ、北の鴨緑江を越えて中国へ。中国ではそれによって中国朝鮮族の人口が増える。韓国は難民の生活を保障し、将来は旧北朝鮮の経済再建という難事業を抱え込む。

とんだはた迷惑な瘋癲国家だが、北朝鮮内部にはそれなりの論理がある。論理の軸は軍である。北朝鮮では軍はすなわち国家である。北朝鮮が崩壊すると軍上層部の特権も消え去ってしまう。したがって軍にとっては現在の体制を守ることが唯一の自己保存の方策である。おとなしくしていれば徐々に周辺大国のいいようにされてしまう。生き延びるためには、一発かましてやるのも方法だ、と軍は考える。

ABCD包囲網でジリ貧に陥った大日本帝国というかつての軍事国家が一か八か的開戦に踏み切ったときと同じような気分に、もし現在の北朝鮮軍部がなっているとすれば、不気味である。

それにしても、「戦後レジーム解体・主張する外交」をめざす安倍晋三日本国首相とその応援団にとっては、おもわぬ追い風が吹いたものだ。

(2006.10.10 花崎泰雄)
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笑門来福?

2006-10-03 20:54:26 | Weblog
こういっては何だけど、歳をとっても軽口の技術は衰えないもんだね。2006年10月3日(火曜日)の朝日新聞(東京)朝刊23面(文化総合)に載った丸谷才一氏の月一連載エッセイ『袖のボタン』の「政治と言葉」には、抱腹絶倒のちょっと手前まで行った。

近代民主政治は言葉によっておこなわれる慣わしだが、安倍晋三著『美しい国へ』の読後感が朦朧としているのは、どうも著者に言うべきことが乏しいからだろう。しかし民衆が政治家に言葉の発揮を要求することが少ない日本の政治では、言葉以外のものがなお効果をもっている。以上のような、なんてことはない道理が丸谷氏のエッセイの結論で、それに、安倍首相の場合は、祖父岸信介、大叔父佐藤栄作、父安倍晋太郎という血筋に頼っているので、言葉などは大事ではない、というオチというか、蛇足のようなものがついている。

実はこのエッセイでもっとも笑えるのは、その前半で、日本のワンフレーズ・ポリティックスの伝統を茶化した部分なのだ。それは満州事変の「五族協和」に始まって、「国体明徴」「万世一系」「八紘一宇」のきな臭い時代、「聖戦完遂」「本土決戦」「一億玉砕」という焼糞時代、続いて、戦後の「曲学阿世」「所得倍増」「列島改造」「不沈空母」と、四文字熟語を中心に解き明かす昭和史のカンどころ、なのである。

丸谷才一って才子なんですね。『笹まくら』『横しぐれ』『年の残り』から『たった一人の反乱』『女ざかり』にいたるまで、みんな読んで楽しかった。なぜ楽しかったかというと、語り口にほどよい工夫がされているからだ。言ってみれば「のどごしの良さ」がこの小説家の売りだ。

話が脱線した。それにしても、このところの朝日新聞の安倍晋三攻撃はすごいね。安倍首相そのものは政治家としては軽量級だ。だから、新聞は安倍首相をスパーリング・パートナーにして、気軽にジャブが出せるのかも知れない。それに自民党のアナクロニズムのすべてを安倍首相が体現している。それを小ばかにしていれば、ともかく一日一日の紙面をつないでいけようなところもある。

安倍ネタで笑わせていただくのは、読者としては、それはそれで結構なことだ。政治指導者を白昼公然とあざ笑うことができるのが、民主政治のうれしいところである。そのむかしホノルル市長のオフィスを訪ねたことがあった。彼のオフィスには地元新聞が市長をネタにしたかなりキツイ風刺漫画の原画がずらりと掲げられていた。お互いに、笑う門には福来る、ということなのだろう。

だけど、笑っているうちに、ふと気がつくと、「国体」が国民体育大会の略語以外で堂々闊歩する時代になっていた、なんてのはいやだね。そこんとこは、ジャーナリズムに早め早めに警報を鳴らしてもらいたい、などと書いて、こっちも退屈な結論になってしまった。

(2006.10.3 花崎泰雄)
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