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news commentary

国葬

2022-07-19 00:17:22 | 政治

参院選挙応援演説中に銃撃されて死亡した安倍晋三・元首相を、この秋に国葬で送ると岸田文雄首相が言った。国葬令はすでに廃止されているので、閣議決定によって国葬を執り行うそうである。

安倍元首相に国葬がふさわしいかどうかは、今後の国会議論などに判断をゆだねることになる。戦後の国葬は吉田茂・元首相の1例限り。その他の首相たちは国民葬、合同葬といった形式だった。政治権力が執り行う公葬の対象者は、たいてい首相経験者のような政治家である。哀悼してお別れするような集まりではなく、残された政治勢力の影響力分捕り合戦の機会である。

そうした性質の儀式に国庫から費用を出すことを咎める向きもあろう。だが、故安倍晋三氏の場合、アベノマスクに200億円を超える予算を執行しているので、国葬の費用についていまさら議論する気にもならないであろう。

F1レーサーのアイルトン・セナはブラジルで国葬。歌手のテレサ・テンは台湾で国葬。2人とも国民的な人気者だった。

戦前に常設国際司法裁判所長を務めた足立峰一郎氏は、その功績をたたえてオランダで国葬された。ブータンの農業に功績のあった西岡京治氏はブータンで国葬された。2人とも仕事先の国でよく働き、その業績が尊敬された。こういう国葬はわかりやすい。

(2022.7.19 花崎泰雄)

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防衛費と抑止力

2022-07-08 21:17:11 | 政治

6月10日投票の参議院議員選挙の期日前投票に行ってきた。

国債残高は1000兆円を超える。くわえてすさまじい円安だ。ガソリンと食品の値上がりが続く。日本人の所得は長い間低迷している。大人が一人で子どもを育てている世帯の貧困率は48パーセント、子どもの貧困率は13パーセントをこえる。予想外に早い梅雨明けと猛暑日の連続で電力不安の日々が続いた。電気料金は高くなり、そもそも電気が足らない。サハリンの天然ガスをめぐってロシアが日本に圧力をかけている。政府も日銀もどう対処すればいいのか、よい方法が思いつかないように見える。自民党の世襲議員は3割を超え、戦後の長期政権独占の中で、政治の縮小再生産を繰り返してきた。

参院選ではこれまで聞いたことのなかった政党名や自称・他称のタレント候補者が目につき、民主主義の根幹である選挙の広がりを感じさせるというべきか、アポリティカルな地域夏祭りを連想させるというべきか、言葉に困ってしまう。

選挙は金もうけができると82人の候補者を擁立した政党がある。NHK党である。当選の見込みは薄いが、82人で浮動票を集めれば、積みあがった浮動票に比例して政党交付金が増える。NHK党の2021年分の配分額は166,679,000 円だった。せこいことをする人たちだなあ、とあきれる。

日本の政治と政治家たちに対する幻滅に追い打ちをかけたのが8日白昼の銃撃事件。奈良県に自民党候補の応援に出向いた安倍晋三・元首相が街頭で演説中に銃撃されて死亡した。狙撃の理由はまだ明らかになっていない。

安倍氏はこのところ防衛費をGDP2パーセントに引き上げるべきだと主張していた。自民党の麻生太郎副総裁も抑止のための防衛費増について、例によって軽口をたたいていた。

「安全保障があるから、ひとがケンカをしかけてこないんだろ。子どものときにいじめられた子。弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられないんだって。違いますか。国もおんなじよ。強そうな国には仕掛けてこない。弱そうな国がやられる。そういうもんでしょうが。やり返される可能性が高いと思われて、はじめて抑止力になる。昭和30年11月、自民党結党このかた、我々は安全保障が大事である、憲法に断固明示すべきだと言い続けてきた。有事法制、国民保護法制、平和安全法制、みな自民党がやってきた。我々は確固たる自信があります。こういったことが今、最も必要とされている時代になってきている。そういうことがわかっている政党が政権を担うべきだ」。千葉県市川市内の街頭演説でそんなことを言ったとメディアが伝えた。

ロシアのウクライナ侵攻以来、NATO加盟国が防衛費のGDP2パーセント以上への引き上げを検討している。日本の政権与党も防衛費増額を目指している。ロシアのウクライナ侵攻に便乗して、抑止力増強を目指しているのだろう。抑止力という安全保障上の概念を、いとも簡単に子どものいじめに例えるのは、いつもながらの麻生流だ。だが、ちょっと馬鹿げている。馬鹿げているのは発言者の知性ではなく、笑い話で有権者のうけを集票につなげようとする、有権者を愚か者視する態度である。

国際関係にあって軍事力は抑止の要件の一つに過ぎない。ロシアがウクライナ攻撃に踏み切ったのは、ウクライナの防衛費がGDPの3パーセント強(世界銀行、2019年)にすぎないからではない。ウクライナのNATO接近を阻止するためだったと推測されている。ロシアに見切りをつけて西側世界に向かおうとしているウクライナは、ロシアの安全保障にとって悪夢であり、なんとしてもこれを阻止しなければならないとロシア大統領は地政学的な思い込みにとらわれていた。

日本が米国と戦争を始めたのは、日本が米国を「弱い子」と見たからではなかった。日本が米国と戦争を始めるまえ、「デトロイトの自動車工業とテクサスの油田を見ただけでも、日本の国力で、アメリカ相手の戦争も、建艦競争も、やり抜けるものではない」と山本五十六は言っていた(『日米関係史』東京大学出版会)。だが、海軍内部には「一対一で話しあうと、みんな戦争回避論だが、集まって会議をすると結論はいつも戦争の方向へ一歩一歩近づいていくことが、いかにも不思議であった」という風潮があった。上層部の無気力、コンセンサスによる政策決定方式の無責任性、大勢便乗があった(『日米関係史』東京大学出版会)。丸山眞男は論文「軍国支配者の精神型態」(1949年)で、対米宣戦は世界情勢と生産力その他の国内情勢の綿密な分析と考慮から生まれた結論ではなく、人間たまには清水の舞台から目をつぶって飛び下りることも必要だ(東条英機の言)に現れているようなデスペレートな心境の下に決定された、と書いている。

抑止力は政治家の知力とも大いに関係している。

 

(2022.7.8 花崎泰雄)

 

 

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