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news commentary

粛々と退却

2010-09-25 23:45:57 | Weblog
尖閣列島海域で日本の巡視船と衝突した中国漁船の船長を日本政府が24日、処分保留のまま釈放した件で、『読売新聞』(電子版)は『ニューヨーク・タイムズ』の口を借りて、屈辱的退却と評した。その記事の冒頭は――。
【ニューヨーク=小川聡】米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は24日、沖縄・尖閣諸島沖の日本領海内での中国漁船衝突事件で、日本政府が逮捕した中国人船長を釈放したことについて、日本の「屈辱的退却」と伝えた。
 記事は、「2週間前に始まった日本と中国の外交対決は、太平洋の関係を試す試金石での屈辱的退却に見える日本の譲歩で終わった」としたうえで、「この譲歩は、最近のアジアにおける力の均衡の変化を指し示した」と分析した。

ちなみに『ニューヨーク・タイムズ』の記事は―ー。
TOKYO — A diplomatic showdown between Japan and China that began two weeks ago with the arrest of the captain of a Chinese trawler near disputed islands ended Friday when Tokyo accepted Beijing’s demands for his immediate release, a concession that appeared to mark a humiliating retreat in a Pacific test of wills.

ところで、同じ日の『ニューヨーク・タイムズ』の論説面を開くと――「日中は賢明にも東シナ海での対決エスカレーションを避けた」という内容であった。
その論説原文は――。
China and Japan have wisely stepped back from a confrontation in the East China Sea. The incident showed the alarming potential for territorial disputes to quickly escalate and why the players need to work a lot harder to resolve competing claims.

さて、中国漁船船長の逮捕と、のちの処分保留釈放を決めた菅政権の判断の妥当性についは、これから日本の国会の焦点になるだろう。船長を逮捕したとき、菅政権の面々は「粛々と」を繰り返し、やがて中国政府の剣幕に驚いて悄然となった。中国の海洋権益拡張政策に対する認識が甘かったような印象を受ける。

7月27日の『毎日新聞』に、南シナ海のインドネシア・ナトゥナ諸島沖のインドネシアの排他的経済水域で、中国の武装した漁業監視船とインドネシア海軍の艦船が一触即発のにらみ合いをしたという記事が載っていた。

6月下旬、ナトゥナ諸島のラウト島から北西約105キロの排他的経済水域で操業している中国漁船1隻をインドネシアの警備艇が拿捕したところ、軍艦を改造した4450排水トンの中国の武装漁業監視船が現れて、「インドネシアの排他的経済水域とは認めていない。拿捕した中国漁船を解放しなければ攻撃する」と警告、大口径の機銃を向けた。インドネシア海軍艦艇も応戦準備に入った。しかし、インドネシア側は形勢不利と判断して、結局、拿捕した中国漁船を解放した、という。ナトゥナ海域でインドネシアは中国漁船をしばしば拿捕してきた。中国はついに武装船を護衛に派遣したのである。

ナトゥナ諸島は中国と東南アジア諸国が領有権を主張しあっているパラセル・スプラトリー諸島南方の南シナ海にある。1990年代には中国が領有権を主張している南シナ海域はナトゥナ諸島に及ぶとする公式地図を発表し、インドネシアはこれに激しく抗議、ナトゥナ海域で大掛かりな軍事演習をしたことがあった。

2010年版の『防衛白書』によると、このところ日本近海で中国海軍艦艇の動きが活発になっているという。2008年には中国の駆逐艦など4隻の艦艇が日本海から津軽海峡を抜けて太平洋に出た。同じ年の11月には、最新鋭駆逐艦など4隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過した。2009年6月、5隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して沖ノ鳥島(中国はたんなる「岩」であると主張している)北東の海域で訓練とみられる活動を行った、などなど。2010年年4月には、潜水艦、駆逐艦など10隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して沖ノ鳥島西方の海域で訓練とみられる活動を行った。その際、艦艇を監視中の海上自衛隊護衛艦に中国の艦載ヘリコプターが近接飛行した。また、2004年11月には、中国の原子力潜水艦が、日本の領海内で潜行していた。

『防衛白書』によると、これらの活動の狙いは①中国を可能な限り遠方の海域で防衛する②台湾の独立を抑止・阻止するための軍事的能力の整備③海洋権益を獲得と維持(東シナ海や南シナ海の石油・天然ガス)④海上輸送路の保護(中東からの原油の輸送ルート)であるとされている。

「将来的に、中国海軍が、どこまでの海上輸送路を自ら保護すべき対象とするかは、そのときの国際情勢などにも左右されるものであるが、近年の中国の海・空軍の近代化を考慮すれば、その能力の及ぶ範囲は、中国の近海を越えて拡大していくと考えられる」と、『防衛白書』は述べている。さらに脚注で、2009年3月10日の米上院軍事委員会におけるブレア国家情報長官(当時)の証言「ここ数年、中国は、排他的経済水域に対する権利の主張をより攻撃的に行うようになった」を紹介している。

米国防総省の2010年議会報告書『中国の軍事力』によると、中国海軍は九州南端から琉球列島西側、フィリピン群島西側、ボルネオ島の北側、カンボジアの東を結ぶ線を第1列島線(東シナ海、南シナ海を囲む)とし、その域内の制海権をねらい、次に本州から北マリアナ諸島、グアム、ミクロネシア、パラオを結ぶ線を第2列島線とし、さらなる制海海域の拡大を構想している。アメリカの海軍力と互角に対峙することがねらいである。

カリブ海域がアメリカの裏庭であったように、東シナ海や南シナ海、さらには日本列島を越えて、もっと太平洋の真ん中あたりまでを中国は自国の前庭にしようとしているわけだ。

米国防総省の『中国の軍事力』は、第1・第2列島線内での中国海軍の活動は、台湾問題の解決まで続くであろうと予想している。尖閣列島はそうした中国海軍の基本戦略に組み込まれている地点であり、なりふり構わぬ高圧的な態度を日本に対してとったわけである。

(2010.9.25 花崎泰雄)


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