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news commentary

ガザの埋葬

2023-10-29 21:59:31 | 国際

10月29日の新聞に、国連が27日に総会を開き、イスラエルとハマスの軍事衝突について「人道的休戦」を求める決議案を採択した、という記事が載っていた。ただし、総会決議には拘束力がない。イスラエルとハマスは戦闘を継続している。

イスラエルの空爆でガザの建物は破壊され、死者が増えている。あちこちのメディアがガザ地区の死者は1万人に迫ろうとしている、と伝えている。断片的に紹介される瓦礫だらけになったガザの様子を見ると、やがてイスラエル軍が地上進攻を始めれば、そこは死者を万単位で数える修羅場になるだろう。「集団墓地、身元不明の遺体、満杯の墓場――戦争がガザの人びとから葬礼を奪った」というAP通信の記者のレポートをインターネットで読んだ。

https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53

書いたのはIsabel Debre と Wafaa Shurfaの2人。Shurfaはガザ地区内から、Debreはエルサレムからの報告である。

記事のあらましは次のようだ。10月7日の戦闘開始以降、ガザ保健当局によると7700人以上のパレスチナ人が空爆で死んだ。うち300人が身元不明だ。1700人が瓦礫の下に埋まったままだ。来る日もくる日も、毎日何百人もが死んでいる、とパレスチナ難民担当の国連職員が言う。墓地に埋葬のための空間がなくなったため、古い墓を掘り起こして過去の遺骨を出して、そのあと墓穴をさらに深く掘り下げて埋葬のためのスペースを作っている。ガザの行政当局も、集団墓地を掘っている。空爆で死者が続出して、病院の霊安室が死体で一杯になる。病院は次の姿態の安置のために、前の死体を身元確認ができないまま、埋葬に回す。ガザの人たちは万一の時の身元確認のために、ブレスレットをつけたり、手に名前を書いたりしている。「何かをしようとしても、ここには時間も空間もない。できるのは大きな墓穴を掘り遺体をうめることだけだ……埋葬前に遺体を洗い、着替えをさせる事も出来ないし、弔問客にしきたり通りのコーヒーやデーツをふるまうこともできない。イスラムでは葬儀に3日かけるが、ここではそれも守れない。弔いが終わる前に人々は死んでしまうからだ」と難民キャンプの人が言う。

         *

かつてプラハを訪ねた時、旧ユダヤ人地区の旧ユダヤ人墓地を見学したことがある。プラハの市街地の狭い一画にある歴史遺跡で15世紀から400年ほどユダヤ人の墓地だった。狭い墓地だったので、古い遺体の上に新しい遺体を埋め、その上にもっと新しい遺体を埋葬した。墓は10層以上に重なっている。それに似た埋葬がいま、狭いガザの中で行われている。

(2023.10.29 花崎泰雄)

 

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アウトポスト

2023-10-21 21:41:19 | 国際

バイデン米大統領は先日イスラエルを訪問したさい、イスラエルのリーダーたちに向かって言った。「あなた方は孤立してはいない。アメリカがある限り、あなたたちを孤立させることはない」

ワシントンD.C.に戻るとバイデン大統領は議会に対して、イスラエルとウクライナに対する軍事支援のために合わせて1000億ドル以上の予算を請求すると表明した。

国連安全保障理事会では、議長国であるブラジルが提出したイスラエルとハマスの武力衝突を人道的な観点から一時停止することを求める決議案の採決にあたって、常任理事国である米国が拒否権を行使した。

ジョセフ・ナイは『国家にモラルはあるか?』(早川書房)で、「諸国家にとって、生存する最善の道は、可能な限り強力になることだ。そのために無慈悲な政策の追求が必要になったとしても、生存が国家の最高の目的であれば、ほかによりよい方法はないのだ」というジョン・ミアシャイマーの言葉を引用し、リアリストが描く思考の世界地図は実に荒涼としていると嘆いている。ナイは同書の中で、ウィンストン・チャーチルが1940年にフランス海軍の艦隊がヒトラーの手に落ちるのを防ぐため、フランス艦隊を攻撃し、1300人のフランス兵を死なせた故事を例に挙げている。

また、Walter LaqueurのA History Of Zionismには、1940年11月にハイファ港に入ってきたユダヤ人移民を乗せた船・パトリア号が、シオニズムの武装組織ハガナによって爆破され、250人以上が殺されたという記述が載っている。パトリア号でパレスチナにたどり着いた移民は、イギリス当局によって不法移民と判断され上陸が許可されず、パトリア号は移民を乗せたままモーリシャスに向かうよう指示された。ハガナは船が航行できないようにするためパトリア号に爆弾を仕掛けたが、爆薬の量を間違えて、船を大破させてしまった。

以上の例を、戦争につきもののfriendly fire (友軍の誤射)ととらえるのか、国家生存のための無慈悲な政策追求と考えるのか、深刻な議論を重ねても結論に達するのは難しいだろう。

では、米国がイスラエルに寄り添うのは何故か? 米国の世論形成にユダヤ系人口の影響が強いからか? ユダヤ系人口からの政治資金が多いからか? 米国の大統領選挙では、福音派の票の動向が重要であり、福音派はなぜかイスラエルに親近感を抱いているせいなのか?

米国のホワイトハウスのホームページを開くと、10月18日にバイデン大統領がイスラエルで行ったスピーチのテキストが載っている。その中で、バイデン大統領はこう言っている。「仮にイスラエルという国がないとすれば、我々はそれを創らねばならない」(Remarks by President Biden at Community Engagement to Meet with Israelis Impacted or Involved in the Response to the October 7th Terrorists Attacks | Tel  Aviv Israel)。

バイデン氏の言葉を政治的リアリズムの見地から考えると次のような説明になる。アラブ世界にイランが影響力を強めようとしている。ロシアもソ連時代に中東に影響力を広げようとした。ロシアはシリアに強い影響力を持っている。アラブ世界はなお流動的だ。そうしたアラブ世界の中にぽつんと置かれたユダヤ国家イスラエルは、米国の世界戦略にとって重要なアウトポスト(前哨基地)である。イスラエルの情報組織モサドはCIAにこの地域の情報を流してくれる。また、イスラエルの重武装は、イランをはじめとするムスリム国家・勢力に対する警告・脅しとして役立ち、地域の安定に寄与する。それによってこの地域での米軍の負担が軽減できる。米国の指導層はそう考えている。

(2023.10.21 花崎泰雄)

 

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国家とテロリズム

2023-10-14 23:44:03 | 国際

パレスチナ自治区のガザ地区を支配するハマスがイスラエルに対してロケット弾攻撃を開始、ハマスの戦闘員がイスラエルの町を襲撃した。ハマスの戦闘員たちはイスラエルから人質をガザに連れて行った。これに対してイスラエル軍はガザ地区を空爆した。イスラエル兵をガザに送り込み、地上戦でハマスの戦闘員を粉砕する準備を進めている。10月7日から始まったハマスとイスラエル軍の戦闘がハマスとイスラエルの戦争に拡大している。

米国、EU、イギリス、カナダ 、 オーストラリア、日本、 イスラエル はハマスをテロ組織に指定している。米国防長官は空母打撃郡をイスラエル沖に向かわせた。同時に、バイデン大統領がブリンケン国務長官をイスラエルに派遣した。ワシントン・ポスト紙やCNNによると、ブリンケン氏はテル・アビブで、「アメリカ合衆国国務長官としてだけでなく、一人のユダヤ人としてここに来た」「アメリカは常にあなたがたの側だ」と発言した。

古い話だが1963年にジョン・F・ケネディ大統領が西ベルリンで “Ich bin ein Berliner”とドイツ語で西ベルリン市民に寄り添う演説をした。Ich bin ein Berlinerは、英語のI am a Berlinerのドイツ語訳だが、ドイツ人にとってBerlinerはジャム入りドーナツも意味し、ドイツ人が私はベルリンっ子という場合はIch bin  Berlinerと不定冠詞抜きで語る。ケネディ氏は、私は1個のジャム入りドーナツだ、と言ったのだと茶々を入れる報道もあった。いやいや、西ベルリンのドイツ人がein Berlinerというと文法的に不自然だが、アメリカ市民が西ベルリンの市民の列に加わるという意思表示をする場合はIch bin ein Berlinerでいいのだ、という学者の意見も出て、メディアを賑わした。ブリンケン氏の「一人のユダヤ人として……」という発言で思い出した話である。

ところで、イギリスのBBCが報道の中立・公正の立場から、ハマスに「テロリスト」の“冠詞”をつけないと表明した。ハマスをテロ組織と呼ぶスナク政権とBBCの間に緊張が走っている。

これもまた、少し古いことになるが『帝国との対決――イクバール・アフマド発言集』(太田出版、2003年)に興味深い話が書かれているのを思い出した。イクバール・アフマドは「テロリズム――彼らの、そして、わたしたちの」で次のようなことを書いている。

1930年代から1940年代初期まで、パレスチナのユダヤ人地下組織は「テロリスト」と記述されていた。1944年ごろまでにはホロコーストに対する同情が西欧圏に広がり、テロリストのシオニストが「自由の戦士」と呼ばれるようになった。ノーベル平和賞を受賞したメナヒム・ベギン氏(イスラエル首相)はかつてそのクビに10万イギリス・ポンドの報奨金がかけられたテロリストだった。レーガン米大統領はソ連軍と戦うアフガニスタンのムジャヒディンをホワイトハウスに招いた。ソ連と戦っていたころのオサマ・ビン・ラディンも米国の友人だった。

テロ行為に対する道徳的嫌悪感は相手次第で変わる。公的な非難の対象になっている集団のテロ行為は糾弾され、政府が是認する集団のテロ行為は称賛するよう、私たちは求められる。これがイクバール・アフマドのメッセージの一つである。昔々、マックス・ウェーバーが『職業としての政治』で「心情倫理」「責任倫理」の対立を指摘した。ハンス・モーゲンソーは『国際政治――権力と平和』で、個人であれば、正義を行わしめよ、たとえ世界が滅ぶとも、といえるが、国家にはそのように主張するいかなる権利もない、とウェーバーの議論を敷衍した。

このような考え方が現在の国際政治の動向を決めている。マックス・ウェーバーの言った心情倫理と責任倫理の考え方の亀裂は埋められないままだ。国際政治は18世紀から19世紀にかけてのプロイセンの将軍クラウゼビッツの「戦争は他の手段による政治の延長」という考え方に毒されている。ハンナ・アレントは『暴力について』でクラウゼビッツ流の考え方を時代遅れと指摘し、サハロフの「熱核戦争を他の手段による政治の延長と考えるのは不可能だ」という言葉と対比させている。

国家としてのイスラエルは世界情勢の混乱の中で誕生した。英仏露は第1次大戦中にサイクス・ピコ協定でオスマン・トルコの領土の分割を決めた。イギリスはマクマホン協定でアラブの独立を約束し、一方で、バルフォア宣言でユダヤ人のパレスチナ復帰と建国を認めた。1930年代のナチス政権は一時期ユダヤ系人口のドイツ国外移住を進めた。シオニストのリーダーの中には、パレスチナにユダヤ人を移住させるための職業訓練キャンプをナチスと共同でドイツ国内にi設立した者もいた。この準備を進めたナチス側の担当者がアイヒマンだった。

英語の「テロリズム」の語源はフランス語で、18世紀のフランス革命期のジャコバン党がロベスピエールの独裁の下で行った恐怖政治から派生している。

 

(2023.10.14 花崎泰雄)

 

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夏が終わった

2023-10-07 23:34:16 | 社会

蒸し暑く獰猛だった2023年の夏が終わった。日中の最高気温が30度を下回り、明け方の最低気温が20度以下になった。夏の間中断していた午後の散歩を再開した。公園の木立の中の散策路をたどるのは久しぶりだ。久しぶりに散歩すると足がだるくなる。ベンチに座って秋の空を眺めるとジェット旅客機が飛んでいるのが見えた。

ウクライナとロシアの戦争がおさまる気配は薄い。ウクライナを支援している米国では、共和党右派の造反で、下院議長が解任された。バイデン大統領は凍結していたメキシコとの国境の塀の工事開始を決めた。ウクライナ支援の予算はこれから議会と折衝しなければならない。ロシアは予算の3割を軍事費にあてるそうだ。中東ではガザからイスラエルへ数千発のロケット弾が撃ち込まれた。イランの人権活動家の女性に今年のノーベル平和賞が贈られることになった。

日本では世界の潮流とは関係のない、重箱の隅での政局のあれこれが話題になっている。2つの国会議員補選があり、その結果が、年内の解散総選挙の可能性が占えるとメディアがはしゃいでいる。自民党の岸田首相が連合の定期大会に出席した。

屈託の末に世相をながめればいずこも同じ秋の夕暮れ――名はさまざまに入れ替わる茶番。歳を重ねると風景がセピア色になって流れる。

(2023.10.7 花崎泰雄)

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