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news commentary

坊やたちの怪気炎

2015-06-26 19:52:25 | Weblog

安倍晋三首相の息のかかった自民党の1-2年生議員らが、これまた安倍首相の肝いりでNHK経営委員になったこともある百田尚樹氏を招いて会合を開き、「沖縄の2つの新聞新聞社はつぶさなあかん」という怪気炎を拝聴し、出席議員も「マスコミを懲らしめるためには、経団連に働きかけて広告を減らすのが一番」などと、これまた怪気炎で応えた。

この件は6月26日の国会審議で問題になった。安全保障関連法案の手詰まり感が強まり、政府与党は国会会期の大幅延長でしのごうとする。その政府与党の足をさらに引っ張る、いわゆる「友軍の砲撃」(friendly fire)事件である。

ところで先ごろ、日本記者クラブで、山崎拓、亀井静香、藤井裕久、武村正義の4氏が共同記者会見を行い、安保法制反対論を開陳した。

その会見で、山崎氏がそうとうキツイ発言をしている。その要旨。

今の自民党は一期生・二期生が大半で、安倍総理自身も昭和30年生まれだ。戦争を知らない世代で、平和と安全が空気や水と同じように、無償で手に入れることができるという感覚を持っている。そういうわけで、安全保障問題に関心が薄い。この安保法制について、ほとんど党内で議論が成り立たない状況になっている。安倍一強体制下で、ヒラメ状態になって、みんな上を見ている。

百田氏を呼んで一杯機嫌で怪気炎を上げるに近いような居酒屋風会合を開く暇があるのなら、山崎・亀井・藤井・武村の4長老を招いて丁々発止の論戦を楽しんだらよかったのに。声をかけても、4氏が来てくれるかどうは不明であるが、「ヒラメ」呼ばわりした山崎拓氏には、何とか無理を言って出席を求め、十字砲火を浴びせればよかったのに。もっとも、それをやるだけの、知力も胆力もなかったので、お仲間の百田氏を呼んだのであろうが。

それはさておき、米国がベトナム戦争で敗北したのは、6万近い米兵の死に、アメリカ社会が耐えきれなくなったためだ。日本は戦後70年間、当然のことではあるが、戦死者を出していない。安保法制が整い、やがて海外に出かけた自衛隊員が戦死(KIA, killed in action)する事態になった時、70年間戦死者を見ることのなかった日本社会が、どの程度までの戦死者数に耐えることができるのであろうか。自衛隊を派遣することを決めた内閣は、どの程度の戦死者数で、退陣に追い込まれるのだろうか。

(2015.6.26 花崎泰雄)
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そろいもそろって、脇の甘さよ

2015-06-19 11:55:14 | Weblog

安保法制審議に関連して、自民党側からお粗末な発言が相次いでいる。

①安倍晋三・内閣総理大臣「国際情勢にも目をつぶって従来の(憲法)解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」(朝日新聞朝刊6月19日付が伝える、6月18日、衆院予算委員会での発言。

②長谷部恭男・早大教授を6月4日の憲法審査会に参考人招致使徒ことについて、自民党の船田元・筆頭幹事が「安心して選んでしまった。正直、我々のミスだ。最初に人選した方が都合が悪く、二番手になって急きょ決めざるをえなかった」とBS日テレで発言した(朝日新聞朝刊6月19日付)

③菅義偉官房長官は「『違憲じゃない』という著名な憲法学者もいっぱいいる」と答えたが、その名前を問われて3人しか挙げられず、「私は数ではないと思いますよ」と答えざるを得なかった(朝日新聞朝刊6月17日付)

発言①については、憲法学者の側から次のような発言が出てくるだろう。「憲法解釈の論理に目をつぶって、国際情勢を引合いに解釈改憲を認めることは憲法学者としての責任放棄だ」。安倍氏の発言は、政治家としての自己の心情と認識をまっとうするためであれば、これまで積み上げられてきた憲法解釈にとらわれるべきではない、と言っているに等しく、憲法順守義務を課せられた内閣総理大臣として、脇の甘さが見える。東方の3賢者ならなぬ、3憲法学者に対する敵意をあらわにする中で、ついもらした本音。

発言②については、長谷部教授はすでに2014年7月6日の朝日新聞で、杉田敦・法政大学教授と対談したさい、「憲法解釈を、閣議決定で変えたことも問題です」「内閣法制局が先頭に立って『違憲』の法律を作るという国は珍しい」と発言している。長谷部教授の人選は自民党のミスだが、船田氏のいうように「想定外のアクシデント」ではなかった。新聞を読んでいなかった船田氏と、自民党の知恵のなさがもたらした当然の帰結だ。それはさておき、長谷部教授の人選が2番手であると楽屋話をテレビで公言するのは、長谷部教授の発言内容を貶める狙いだろうが、失礼な話である。さらに、船田発言は、参考人招致が意見拝聴ではなく、党利党略のための「ヤラセ」であることをも、公言したようなものであった。

発言③については、「問うに落ちず、語るに落ちる」と昔から言うが、不祥事が発生するたびに菅官房長官が繰り返した「問題ない」「問題ない」「問題ない」も、その程度の事実認識にもとづいた発言であったのかと、広く認識させるに十分な脇の甘さであった。

(2015.6.19 花崎泰雄)


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安全保障環境の、何が変わったのか?

2015-06-12 22:44:07 | Weblog

集団的自衛権について、1972年の政府見解の結論は、「集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と言うものであった。

この結論が、2014年の安倍政権の閣議決定で「憲法上許容される」と変更された。

変更の理由は、安全保障環境が変化したためである、と政府・与党は主張する。

環境の変化に対応するために、憲法を読みかえるのが政治家の責務であり、「憲法栄えて国が亡ぶの愚を犯してはならない」(平沢勝栄)とまでいうのである。

国会で政府と野党は、安全保障関連法案が「憲法違反である」「合憲である」と水掛け論をしているが、安全保障関係の変化と言う点では、いっこうにきちんとした議論をする気配がない。

安全保障上の脅威とは、状況認識と大いに関連がある。また、政治家によって喧伝されるものである。米国のケネディ大統領は、当時の米ソの間にはミサイル・ギャップがあり、米国はソ連に後れをとっている、このままでは米国の生存が危うくなると、米国の安全保障上の危機を訴えて、大統領選を勝利した。

ケネディが国防長官に採用したマクナマラは、ケネディ政権発足間もなく、ミサイル・ギャップなどない、あるとすれば、有利なのはアメリカの方だ、と記者との懇親会で語った。

ケネディ自身もギャップがないことを知っていた。選挙戦中にCIAからそのことを告げられ、大統領就任前に前任のアイゼンハウアーからも聞かされていた。

やがて、ソ連が核軍備にまい進し、米ソそれぞれが1万発以上の核弾頭を保有する時代になった。米ソが核戦争を始めれば、双方が死滅するしかない、相互確証破壊、Mutually Assured Distruction=MADの.時代になった。核の手詰まりによって、冷戦下のデリケートな米ソ共存が続いた。この時代をあらわす言葉はMAD-ness(狂気の沙汰)だった。

日本では、脅威の中心はソ連だということになっていた。ソ連が解体してロシアにかわった。軍事力から言えば、ロシアもソ連同様の核大国であるが、今では日本でロシアの核の脅威を語ることは、はやらなくなった。

かわりに現れたのが、中国と北朝鮮の脅威である。

経済大国になった中国は、現在、中国沿岸まで迫っているアメリカの支配圏を太平洋の真ん中まで押し返そうとしている。北朝鮮はかつての戦争相手国であるアメリカに対して、北朝鮮の認知を求めている。両国がにらんでいるのはアメリカである。日本に恨みはあろうが、引き裂いて食ってやろうというほどの憎悪や、国際世論をものともせず、日本に対する領土的野望をとげたいと思っているわけではない。

日本における安全保障環境の激変とは何を指しているのだろうか。「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」は、現在よりも、ベトナム戦争や、ソ連のアフガニスタン侵攻のあった冷戦時代のほうが現実味をおびていた。「国民の命と平和な暮らしを守りぬくため、自衛に必要な措置が何であるかについて考え抜く責務がある」(高村正彦)と豪語した政治家たちに、いまの日本にとっての脅威とは何であるのか、その正体を問いただしてみる必要があろう。

ひょっとして、脅威は彼ら政治家自身であったりするかもしれない。

(2015.6.12 花崎泰雄)
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