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台湾

2008-03-30 22:07:24 | Weblog
台湾の総統選挙(2008年3月22日)で国民党の馬英九(得票765万)が大差で民進党の謝長廷(得票544万)をくだした。

李登輝以来8年ぶりの国民党の政権復帰は、ハーバード大学大学院出の馬英九が、京都大学大学院出の謝長廷よりもイケメンだったことと、陳水扁・民進党政権の8年間の経済運営の無能無策ぶりに有権者が嫌気をつのらせたことによる。台湾の人たちが民進党の台湾独立路線を退け、国民党の統一路線を選択したわけではない。
 
馬英九は選挙運動期間中に「もし中共がチベット人民を鎮圧し続け、チベット情勢がさらに悪化すれば、私が総統に当選した場合、北京オリンピックへの代表団派遣を取りやめる可能性も排除しない」と言明した。「中華民国は主権を持つ独立した民主国家であり、台湾の未来は2300万の台湾人民が決定し、中国の干渉を受けない」「我々の政策は『台湾を主体とし、人民に利益をもたらす』ことで一貫している。このような主旨の下に、我々は現状を維持するための『3つのノー』、つまり、『統一しない、独立しない、武力を行使しない』政策こそが台湾の主流民意と両岸関係の需要に合致するものと考えている」と表明した。

一方、謝長廷は「馬英九氏は『終極的統一』『一つの中国原則を前提として平和協議を進める』などと主張している」として馬英九批判を繰り広げた。

国民党が唱えてきたような「中華民国」の名の下での統一などもはや不可能能であり、統一が中華人民共和国の一部に台湾が組み込まれることを意味するは台湾人の誰もが知っている。とはいえ、台湾独立を声高に唱えれば中国をいらだたせることになる。そのことにはアメリカも反対している。したがって、台湾としては当面、事実上の独立主権国家として、現状維持のままで模様眺めをしたほうが対外的な摩擦がすくなくてすむ。台湾経済にとって中国の存在が巨大になっている現在、とくに中国とは穏便な関係を持ちたい。有権者はそう判断したのだろう。台湾の対中貿易額は2007年に1,000億ドルを超えた。中国向けが輸出全体の3割に達した。台湾の対外投資の8割までが中国向けである(台湾経済省統計)。

しかしながら、この8年間のうちに1人あたり平均所得で台湾は韓国に追い越された。その理由の1つが、中国と国交のある韓国とくらべて、中国と対立関係にあった民進党政権の台湾が対中貿易で不利だったためだといわれている。以上のような経済的理由から、台湾人としては中国とはことを構えたくない。総統選と同時に行われた住民投票では、「『台湾』の名での国連加盟」(民進党提案)と「『中華民国』の名での国連復帰」(国民党提案)の投票率が50パーセントに達せず、住民投票不成立に終わった。

対中政治関係を現状のまましばらく棚上げし、経済関係の改善に専念してほしいという台湾人の気持を国民党の馬英九がうまくくみあげた。民進党は台湾独立で有権者の気分をあおりたてようとしたが、チベットの事件がありながらも風に乗り切れなかった。

台湾では先の立法院選挙(定数113)で、国民党が3分の2を上回る81議席を獲得した。民進党は27議席だった。馬英九の国民党は立法・行政の両面で強大な権力を握ることになった。この機をとらえて胡錦濤の中国共産党が馬英九の中国国民党にどのようにすりよって新しい国共合作を打診するのか。それは今後のみものである。

台北の総統府ビル内部の見学は中華人民共和国の人を除くすべての国籍者に解放されている。中国国籍者に対しても馬英九政権がいつごろから総統府の見学を開放するか。中国・台湾接近のシグナルの1つになるだろう。

陳水扁政権の時代に台北の中正空港は桃園空港と改名され、蒋介石をたたえる中正紀念堂が台湾民主紀念館・自由広場と改えられた。これを馬英九の国民党政権がどこまで元に戻そうとするか。旧い国民党へのこだわりをはかるバロメーターになろう。

台湾の住民の84パーセントが本省人、外省人は14パーセント、先住民が2パーセントである。国民党が本省人の気持をつなぎとめるには、中国国民党から台湾国民党への意識の変革など、それなりの工夫が必要になろう。

(2008.3.30 花崎泰雄)
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チベット

2008-03-19 14:50:28 | Weblog
2008年夏の北京オリンピックが狙われている。中国の指導部はそう感じている。中国に面子を失わせるような出来事はすべて中国の成功をねたむ国外の反中国勢力の陰謀のように彼らには見える。

農薬に汚染された冷凍餃子についても、日中の友好を妨害しようとする勢力の仕業の可能性もある、という中国要人の発言が報道されたことがあった。

大気汚染の北京でマラソンは大丈夫か、などと国外のメディアが書き立てる。すると、中国政府の報道官が正面から大丈夫にきまっているなどと反論する。中国共産党は手際よく市場経済に乗り換えたが、市場経済のもとで活動する外国メディアとの付き合いにはまだ不慣れなようだ。自分に都合の悪い報道がすべて中傷に聞こえるのである。

だから、チベットのラサやその周辺で反中国暴動が起こったさい、中国政府は海外のメディアの現地入りを禁じた。ラサに入れたのは中国のメディアだけである。中国要人に言わせると「中国の国内問題」だからだ。フランスの外相などはその制裁としてオリンピック開会式のボイコットの検討をEU外相会議に提案することも考えているそうだ。

1975年にインドネシアが東ティモールに侵攻し、以後長らくにわたって東ティモールを併合したときも、東ティモールをメディアの取材から隔離した。ようするに外部の人に、やっていることを見られたくなかったからである。

中国国家主席の胡錦濤は前回1989年のチベット騒乱のとき、チベット自治区の共産党書記だった。北京の党指導部の指示に忠実に従い、力ずくで騒乱を処理した。これが彼の出世の糸口になったといわれている。それからおよそ20年。彼が中国の権力の頂点に達したときに、また同じような騒乱事件が発生したわけだ。彼は自身が20年前に北京から受けた指示と同じものをチベット自治区の党書記にまた指示したのだろうか。

チベットが中国を宗主国とする中国勢力圏に取り込まれたのは清朝の時代だ。清朝が崩壊した1911年にチベットは独立を宣言した。チベットと中国・袁世凱政権とイギリスの3者代表が1913年からインドのシムラでチベットの独立問題を協議した。だが、途中で中国が会議参加を取りやめて、チベットの国際的地位はあいまいなままに放置された。中国が共産党政権になってからチベットに軍を進めた。

1951年に中国人民解放軍がラサに入り、以後、中国とチベットの間で動乱が繰り返された。1959年にダライ・ラマがインドに亡命した。チベット自治区が成立したのは1965年である。

建前としては、中国は抑圧的な宗教と農奴制による冷酷な中世的支配から朋友のチベット人民を解放したということである。別の見方をすると、中国は戦略的に重要な国境周辺の辺境地域の支配の永続化に成功したわけだ。

中国は多民族国家といわれるが、その92パーセントが漢民族で、チベット族など50以上を越える民族は文字通り少数民族である。チベットや新疆で支配の頂点に立つのは漢民族である共産党の自治区書記である。少数民族の自治区役職者は飾りに過ぎない。自治区政府にはアメリカの州政府ほどの自治権もない。

チベット自治区の首都ラサでも、新疆ウイグル自治区首都のウルムチでも、いまや漢民族が人口の過半数を占める。チベット騒乱の原因は、チベット族が昔のような宗教支配と農奴制の社会への復帰を望んでいるからではない。圧倒的な漢族の人口の波の中にチベット族とその伝統がのみこまれることへの不満と、権力に近い漢民族が多くをとり、チベット民族はそのおこぼれにあずかっているだけだ――中国の西部大開発の大波の中で、チベット族がアメリカの西部開拓時代にインディアン居留地に押しこめられたアメリカ先住民のように二流の国民にされてしまうという不満がある。不公正と格差というもっと現代的な問題が、チベット族の自尊心を刺激し、怒りをかきたてているのである。

3月19日の朝刊の記事によると、今回の暴動はダライ・ラマらの組織的策謀であり、ダライ・ラマはチベットの独立を求めないといっているが、それは偽りであり、ダライ・ラマと対話を始めるにはまずダライ・ラマがチベットが中国の不可分の領土であるとともに、台湾もまた中国の不可分の領土であることを認めることが前提だ、と温家宝首相が言ったという。やれやれ、これではこの問題は帝国としての中国の瓦解するとき以外、解決はないだろう。


(2008.3.19 花崎泰雄)


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なんだかなあ

2008-03-17 14:12:00 | Weblog
アメリカ製のスペースシャトル・エンデバーに乗せてもらって国際宇宙ステーションにたどりついた宇宙飛行士の土井隆雄さんらが日本製の実験棟「きぼう」を国際宇宙ステーションに取り付けた。日本時間で3月14日のことだった。結構なことなのだが、「なんだかなあ」と失望させられたのが土井さんのメッセージだった。

報道によると土井さんは、
"This is a small step for one Japanese astronaut, but a giant entrance for Japan to a greater and newer space program.”
と言った。

「きぼう」の国際宇宙ステーションへの設置は、「きぼう」本体の建造費が約5千億円、準備段階の費用や今後の物資の輸送などをひっくるめれば合計1兆円に達する巨大プロジェクトである。そのわりには、土井メッセージは安っぽかった、という感はぬぐえない。

その昔、アポロ11号で月面に降り立ったアームストロング船長が、
"That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind."
と言ったと記録に残っている。アームストロングが月面でしゃべった言葉は、
"That's one small step for man, one giant leap for mankind."
と地球に聞こえた。不定冠詞 “a” が月と地球の間の闇にまぎれてしまったか、あるいはアームストロングさんがうわづって “a” を付け忘れたのではないかともいわれている。いずれにせよ英語文法学習の格好の教材になった。

「きぼう」の土井メッセージはアームストロングのものまね。1兆円事業の最高の見せ場だったのだから、もうすこしましなオリジナル作品を出せなかったものか。ちょっと金を出して気のきいたスピーチライターでも雇ってあげればよかったのにと残念だ。アームストロングさんのせりふをまねた土井メッセージはこれからもずっと希望につきまとう。

「ものまね」の芸は、オリジナリティーよりも、すでに在るものをいかに巧に加工してみせかが腕の見せどころだった日本文芸の「本歌取り」の伝統のせいなのだろうか。でも、なんだかなあ。

話はかわるが、筆者が1年前に定年退職した某大学でも某学長さんが似たような「本歌取り」をやったのをおもいだす。

少子化による大学進学者希望者の減少や国立大学の法人化と運営交付金の削減など、大学を取り巻く環境の悪化にあわてた学長さんが2005年秋に「○×大学再構築計画」という文書を書いて、「マニフェスト」と称した。

その骨子は、①「モニュメントをつくる」「正門の表札を新しいものと取り替える」「キャンパスをきれいに保つ」「バスロータリーの屋根付き待合所を拡張する」という土建政策と②「常勤教職員数の削減」「常勤事務職員数の削減」「常勤技術職員数の削減」「非常勤職員数の削減」「非常勤講師料の削減」「給与構造の改革」。つまりは賃金引下げと人減らし政策。

多くの教職員は見てみぬふりをしたが、さすが○×大学労組は怒って、学長さんの駄文を組合のニュースレターで「爆笑? ○×大改造計画」という戯文にしてからかった。この学長マニフェストにアメリカ人の発言がものまねで使われていた。

学長さんはその「再構築計画」文書のなかで、「○×大学関係者のすべてが本学を誇りとしているかという点については疑問なしとしない」「本学は、外部から見て、特徴のはっきりしない大学である」「大学全体としての特色・方向性を打ち出そうという意欲が学内に乏しかったのか、または、そのような意欲に水をさすような状況が学内に存在したためであろう」「本学が今のままでは……生き残れなくなる可能性がある」と暗い見通しを強調した。

そのうえで、「○×大学を教職員・学生・卒業生のすべてが誇りとする大学にする。○×大学の学内標語を『○×大学をみんなの誇りに!』とする。教職員の一人ひとりが、○×大学が自分に何をしてくれるかを問う前に、○×大学を誇れる大学とするために自分は何をできるかを考え、提案し、企画し、実行しなければならない」と声高な調子で書き加えた。

この「○×大学を誇れる大学とするために自分は何をできるかを考え、提案し、企画し、実行しなければならない」というおしつけがましいくだりは、実は、J. F. ケネディーの米国大統領就任演説(1961年1月20日)の一節、
“And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you--ask what you can do for your country.”
のパクリというか「本歌取り」だった。

オリジナリティーを貴ぶ大学でなくても、こういう芸のない本歌取りをやるのは気恥ずかしいしいことなのだ。だが、彼はそれを知らなかったのだろう。

それはさておき、その学長さんが学内対話の一環として教授会に来たとき、筆者は学長さんに尋ねてみた。「外部資金の獲得を教職員に強くもとめていらっしゃるが、学長および理事ら自らがこれまでに獲得した学部資金は合計いくらになるのか」

「そのような獲得資金はこれまでにもなかったし、今後もないであろう」というのが学長の返事だった。正直だったが、なんだかなあ。

ちなみに、この学長さんはさきごろの○×大学で次期学長選に再選の名乗りをあげて続投を望んだが、結果は学内投票の段階で×をもらい、再選は○とはいかなっかた。この3月末で退任する。

(2008.3.18 花崎泰雄)

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