Podium

news commentary

たわけたお説教

2015-02-17 16:36:47 | Weblog

曽野綾子氏が2月11日付の産経新聞のコラムに書いた文章が、アパルトヘイトを許容するもだとして、駐日南アフリカ大使が産経新聞社に抗議した。いくつかの新聞で読んだ。

そこで、産経新聞が定期掲載している「曽野綾子の透明な歳月の光」というコラムの「『適度な距離』保ち受け入れを」という文章を読んでみた。

その文章の論理構成は以下のようになっている。

①他民族の心情や文化を理解するのは難しい。
②日本は労働移民を認めねばならない立場に追い込まれている。
③高齢者介護のための労働移民の条件から、資格だの語学力だのといったバリアを取り除かなければならない。
④高齢者の面倒を見るのに、日本語の能力や衛生上の知識は必要ない。
⑤しかし移民としての法的な身分が厳重に守られるような制度を作らねばならない。それは非人道的なことではない。
⑥外国人を理解するために、居住を共にすることは至難の業である。
⑦20~30年ほど前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、居住区だけは白人、アジア人、黒人というふうに分けて住むほうがいい、と思うようになった。

労働移民受け入れの条件を緩和して労働力を確保する一方で、労働移民の居住の自由には条件を付けよ、という提案である。

そのような方式で労働移民を受け入れている国は、確かにある。

かつて、シンガポールにある東南アジア研究所で短期訪問研究者として調べ物をしたことがある。研究室のコンピューターを、研究所のサイトが使えるようにセットしてくれたのはインド系の顔をしたコンピューター技師だった。

シンガポール生まれですか、と私が聞くと、ボンベイ(いまではムンバイに呼称が変更された)から働きに来たと返事があった。シンガポール人は中国系、マレー系、インド系の人々で構成されているが、街を歩いていると、道路の清掃や道路工事をしている人にはアラブ系の顔をした人が多かった。

コンピューター技師のインド人は高度熟練労働者・専門職としてシンガポールに入国している。道路掃除などに従事する外国人は非熟練労働者として働きに来ている。シンガポール人に代わって、当時日本でもいわれていた3K労働をになうため、非熟練労働者として「労働許可」の枠でシンガポールに来たのだ。彼らには家族を呼び寄せることも認められず、シンガポール内で住居を変える自由も認められていなかった。シンガポールに働きに来る家事労働移民や介護労働移民もこのカテゴリーに入る。女性の家事労働者・介護労働者は6か月ごとに妊娠検査を受けなければならない。妊娠とわかると帰国を求められる。シンガポールで家庭を持たせないようにするためである。

曽野氏はシンガポール方式の労働移民管理を提案しているのだが、彼女は小説家出身だけあって、その主張はフィクションとしての小説の登場人物の根拠のないセリフのレベルである。その主張は、日本という国では実現不可能なことである。

日本国憲法はその22条で「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と定めている。日本国籍を持たない人でも、日本国内に居る限り、日本国憲法のもとで、少なくとも「居住」の自由は認められる。最高裁の判例がある。

曽野綾子氏は憲法上不可能なことを制度としてやれと大手の新聞を使って勧めているわけだ。日本のジャーナリズムには、小説家に社会評論をやらせたり、数学者に社会・政治評論をやらせたりして読者のご機嫌を取り結ぶという悪癖がある。

万一、そうした論評が世間の批判の的になった場合は、今回の曽野綾子氏の場合のように「当該記事は曽野綾子氏の常設コラムで、曽野氏ご本人の意見として掲載しました。コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えております。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」(小林毅産経新聞執行役員東京編集局長)と逃げをうつだけのことである。

(2015.2.17 花崎泰雄)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ミッシング・リンク

2015-02-08 02:19:01 | Weblog

1964年にベトナム・トンキン湾内の公海上で、米海軍駆逐艦マッドクスが北ベトナムから攻撃をうけたというでっちあげをもとに、米国政府は北ベトナムへの空爆を始めた。アメリカ合衆国がベトナムの泥沼にはまって身動きならなくなるきっかけだった。

2003年にはサダム・フセインのイラクが大量破壊兵器を隠し持っていると国連で虚偽の宣伝をし、アメリカはイラクに攻め込んだ。フセインは死刑になり、イラクの政治の主導権を握るイスラム教徒がスンニ派からシーア派に変わった。スンニ派の現政権批判者や、旧イラク軍の元軍人たちが「イスラム国」に集まっている、と言われている。

「イスラム国」の人質となっていた人々のうち、トルコ人、フランス人、イタリア人、スペイン人、ドイツ人には解放の例があるが、イギリス人、アメリカ人、日本人の人質は殺された。アメリカ政府とイギリス政府はテロリストとは交渉しないと明言している。

米国・ワシントンDCでは、ダニエル・ラッセル国務次官補が2月4日、「イスラム国」による人質事件への日本の対応に関して、テロリストに対する日本政府と安倍晋三首相の断固とした態度を称賛した。日本政府が身代金支払いに応じなかったことを踏まえて、日本人や他国の人々を守るための決意と勇気を示した、と語った。(朝日新聞2月5日夕刊)

正確を期すために米国務所のサイトからラッセル国務次官補の発言を英文で紹介しておく。

ASSISTANT SECRETARY RUSSEL: ……We also commend the Japanese Government and Prime Minister Abe for a resolute stand against hostage takers, against terrorists, against an effort to collect ransom in exchange for human life. We believe that the Japanese Government showed determination, firmness, and courage ・that in the long run will protect Japanese citizens and the citizens of other countries as well.

ここで、命と引き換えに身代金を集めようとするイスラム国のやり方に、日本政府が断固反対する立場を堅持していたことが、米側から明らかにされた。

日本政府は国会で、①2014年12月3日、後藤さんの妻から、犯行グループからメールで接触があったと連絡を受けた。しかし、②2015年1月20日以前の段階では「イスラム国」)と特定できなかった③2014年8月に湯川さんの行方不明を把握したあと政府がヨルダンの首都アンマンに置いた現地対策本部のスタッフは1月20日まで増員されていなかった④後藤さんの妻へ届いたメールの内容や、日本政府とヨルダン政府の交渉の内容も明らかでない、などの点を示した。

要するに、政府が何をやっていたのか、国民は何も知らされていないのである。さらに朝日新聞の報道によれば、安倍首相は2月4日の衆院予算委で「一切言わないという条件で情報提供を受けている。特定秘密に指定されていれば、そのルールの中で対応していくことに尽きる」と述べた。

一方、はっきりしていることはたくさんある。安倍首相は2月4日、憲法改正の国会発議とその賛否を問う国民投票の時期について、来年夏の参院選後との認識を示した。

3年の自民党総裁任期を現行の最長連続2期から同3期へ延長する案が浮上している。長期政権への準備である。

安倍首相は在外日本人の安全確保のため大使館の防衛駐在官の増員が必要だと国会で述べた。

2月1日には「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります」という談話を出した。2月3日夜には自民党の派閥の会合で、「日本は変わった。日本人にはこれから先、指一本触れさせない。その決意と覚悟でしっかりと事に当たる」と述べた。(朝日新聞)

2月1日の安倍首相のたかぶった談話は海外メディアの格好の材料になった。ニューヨーク・タイムズは、

 Departing From Japan’s Pacifism, Shinzo Abe Vows Revenge for Killings

と、おどろおどろしい見出しを掲げた。安倍首相の言った「その罪を償わせる」は英訳すると “to make the terrorists pay the price” となり、ブッシュ元米大統領が9.11を受けて叫んだのと大いに似た発言だった。だからこそ、revenge の語がタイムス紙の見出しになった。

安倍政権による、2015年度予算案の防衛費は過去最高額になった。集団的自衛権行使を容認した2014年7月の閣議決定後、初の当初予算案で、4兆9801億円を計上したほか、垂直離着陸輸送機オスプレイ5、6機のステルス戦闘機などの購入・武器修理費などに計約2.6兆円分の「ローン」契約を明記した。(東京新聞)

「日本をふたたび世界の真ん中で輝く国にする」ための「積極的平和主義」のかけ声の下で、安倍政権は何をやろうとしているのか。そのかたちがはっきりとした輪郭を見せ始めた。この動きは、「イスラム国」による後藤・湯川両氏の殺害で高まった日本国民の憤慨をテコにして、増幅されている。「イスラム国」による2人の日本人殺害は、安倍首相が「日本をとりもどす」という個人的な心情の実現の好機になった。

したがって、後藤・湯川の両氏の殺害と、日本政府の対応の一部始終が、特定秘密の闇に葬られないようにしなければならない。2014年12月3日から2015年1月20日までの、日本政府の締まらない対応の理由を明らかにするのが、国会での野党の仕事である。そこには、平和主義国家日本と将来の積極的関与主義国家日本をつなぐミッシング・リンクとして、後代の歴史家が注目するような事実が隠されている可能性がなきにしもあらずだからだ。

(2015.2.8 花崎泰雄)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Atrocity

2015-02-02 22:53:51 | Weblog

中央アジア史の本を開くと、ティムール王朝をひらいたアミル・ティムールの残虐な行為が書かれている。彼は、数万の人の首を切り落としそれを粘土にまぜて高い塔を築くよう命じた。ソ連邦崩壊を機に独立国家となったウズベキスタンでは、略奪・殺戮を重ねて恐怖政治を敷いたアミル・ティムールが英雄となってよみがえり、ウズベキスタン・ナショナリズムの象徴になっている。

昔から人は人間の首を切り落とすという残虐な行為を、なかば楽しみとして行ってきた。日本では罪人に対する刑としての獄門(さらし首)。豊臣秀次の首は京の三条河原に晒された。

日本では江戸時代から明治初期まで首切りが死刑執行の一つだった。首切り浅右衛門で知られる山田浅右衛門の一族が代々斬首の任に当たった。明治政府の時代になって、日本で死刑が斬首刑から絞首刑に切り替わる直前に処刑された高橋お伝は、日本で最後の斬首刑を受けたと死刑囚だと巷間言われている。

余談だが、織田信長が浅井長政の頭蓋骨でどくろ杯をつくったという俗説がある。どくろ杯は古くから世界各地でつくられていたようだ。ヘロドトスの『歴史』にはスキュタイ人が討ち取った敵の首を切り落とし、頭の皮をはいで馬の鞍の飾りや縫い合わせて上着にしたという話が出てくる。皮をはいだあとの頭蓋骨は眉のあたりから下をのこぎりで切り落とし、半球にした頭骨の内側に金を張ってどくろ杯にしたとも書いている。人間の皮膚で電気スタンドの傘をつくった話はナチのユダヤ人ホロコースト関連で読んだことがある。金の縁取りをしたどくろ杯は、かつて台北の故宮博物院のチベット・セクションに展示されていたのを見た。

フランスではたとえば、ルイ16世とその妻マリー・アントワネットがコンコルド広場でギロチンによる斬首刑をうけている。 公開処刑だった。フランスは永らくギロチンを愛用し、植民地であるアルジェリアやベトナムに持ち込んでいた。筆者もベトナムで展示されていたギロチンを見たことがある。イギリスのトマス・モアも斬首刑だった。

斬首刑は現代では他の処刑方法に切り替えられているが、サウジアラビアにはいまなお斬首刑があることはよく知られた話だ。山田浅右衛門のような首切り役が切り落とすのである。とはいうものの、このところサウジアラビアでは首切り役が不足していて、絞首刑や銃殺刑が増えているという記事を2年ほど前のBBCのサイトで読んだ記憶がある。

ベトナム戦争のころは、南ベトナム軍兵士や米軍兵士が、切り落とした解放戦線の兵士の生首と一緒に記念撮影におさまっている写真が出回っていた。図書館にでも出かけて、陸井三郎編『資料・ベトナム戦争 下』(紀伊国屋書店、1969年)を開くと、その冒頭で、生首と首を切り落とされた死体の前で、米兵がにこやかに記念撮影におさまっている資料写真を見ることができる。

人類は残虐非道な動物である。

(2015.2.2  花崎泰雄)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加