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news commentary

バラク・フセイン・オバマ

2009-01-22 13:43:00 | Weblog
2009年2月20日のアメリカ合衆国新大統領就任式でもっとも興味深かったのは、バラク・フセイン・オバマという名前そのものだった。ジョージ・ワシントン、トマス・ジェファソン、エイブラハム・リンカーン、ウィリアム・クリントン、ジョージ・ブッシュなどとは異なる響きの名前だった。

2番目に興味深かったのは、日本のどこかの街の美容院で、美容師が仕事をしながら一日中オバマの選挙演説CDを店内に流しているというNHKのニュースだった。取材者が美容院の客に「英語がおできになるので?」と聞く。すると「ぜんぜんできない。でも、音楽を聴いているようで、いい気持ちになれる」。筆者などには、彼の演説の口調は、ゴムまりのようにはずみすぎと聞こえるのだが、これは好みの問題だろう。ところで、日本国首相・麻生太郎のダミ声を聞いて「言っていることはぜんぜん理解できないが、講談か浪花節を聞いているようで、いい気持になれる」といってくれる人がどのくらいいるのだろうか。

麻生とくらべるとオバマは格段に格好いい。アメリカのメディアの批評では、ブッシュは「ダチ(友達)風」、クリントンは「叔父さん風」だったが、オバマは「プリンス風」なのだそうだ。身長186センチのバラク・オバマと、同じく180センチのミシェル・オバマが就任祝いの舞踏会で踊る姿は、盆踊りくらいしかできない(と思われている)日本の政治家とは異質なものがあった。

それはさておき、アメリカの大統領就任演説は祝祭の祈祷のようなもので、施政方針演説のような具体性を求められていない。理念や世界観を華麗な修辞法で語るわけで――それでも、就任演説を聴いて、これで日本の景気がああなるこうなると講釈している政財界人もいるにはいた――こうした抽象的な弁舌になじみが薄く、えてして青臭い書生論と退けがちな日本人の多くには退屈なはずだが、日本の新聞もアメリカの新聞なみに、オバマ新大統領の就任演説(それも英文テキストまで)を掲載して、その内容を解説した。

アメリカはいま危機の最中にあり、その危機は暴力と憎悪のネットワークとの戦争と疲弊した経済である、とオバマは就任演説で言った。彼は前者の戦争については詳しく語らず、後者の経済の疲弊について、「一部の人の強欲と無責任の結果であるが、厳しい選択を避け新しい時代への国の備えに失敗した私たち全体の責任だ。人々は家を、仕事を失った。企業は破綻した。医療費は高すぎ、学校教育はいたるところで崩壊している」と現状認識を語った。

そうした問題の解決のための処方箋はこれから出てくるわけで、就任演説ではその手法の基盤となる昔ながらの価値観――勤勉、正直、勇気、公正、寛容、好奇心、忠誠、愛国心をあげるにとどまった。

アメリカがどのように変わろうとしているかは、すべてこれからのことだが、一つだけはっきりしていることがある。それは、ブッシュ政権の思想との決別だ。

2001年にアフガニスタン、2003年にイラクを攻撃したジョージ・ブッシュは、再選された2005年の就任演説で次のように語った。

「われわれの国において自由が生き残れるかどうかはますます他の国において自由が成功するかどうかにかかっている。われわれの世界の平和のためにもっとも望ましいことは、世界中に自由が行き渡ることである」

ブッシュは2005年の就任演説で、freedomという単語をなんと27回も繰り返した。オバマは2009年の就任演説でfreedomを3回にとどめた。その代わり、アメリカがキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、無宗教者の国だといった。

リチャード・ホーフスタッターは『アメリカの反知性主義』で、アメリカのキリスト教ラディカリズム信奉者を、世界を絶対善と絶対悪の戦いの場とみなし、悪との妥協を軽蔑するマニ教的思想を持つ人たちだと指摘し、アメリカの反知性主義グループの一つにあげた。ブッシュ本人とブッシュ政権の国防グループの人々にはそのような傾向があった。

善なるなるアメリカが悪なる他国と妥協することを拒否し、自由の拡張の旗を掲げて軍靴で他国に踏み込むもよしとした前政権の思考法と縁を切り、まずあらためて世界の多様な現実に目を向けようとしていることがうかがえるオバマ就任演説だった。

(2009.1.22 花崎泰雄)
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中国の初夢――航空母艦

2009-01-01 00:09:49 | Weblog
2009年になった。

中国は今年から上海の造船所で航空母艦の建造を始める。昨年の12月、世界のメディアの北京特派員がひとしきり中国の空母建造計画を報道した。それによると、建造されるのは5万トン程度の通常型空母2隻で、2015年完成を目標にしている。

現在、本格的な航空母艦をもっている国は思ったよりも少なく、世界中を探してみても十指に満たない。一番たくさんもっている国がアメリカ合衆国で11隻、その次が英国で三隻、3番目がイタリアで2隻、あとフランス、ロシアなどは1隻だけだ。ちなみに原子力空母を持っているのはアメリカとフランスだけだ。

確かに中国には空母への憧れがある。一九八五年にオーストラリアの退役軽空母メルボルンをスクラップとして買い取り、解体作業を通じて空母の構造研究をした。その後、ソ連邦が崩壊したのち、3隻の空母を中国企業が買い取った。ミンスク、キエフ、それとソ連崩壊時に建造中で半完成だったワリャークだ。ワリャークの買値は2,000万ドルだったそうだ。目的は観光用、スクラップ用だった。そのうち、ワリャークが大連の造船所で改修されている。間もなく、訓練用の空母として完成する。

空母の建造には金がかかる。また、空母が単独で任務に出向くことはなく、駆逐艦などの護衛が必要になる。アメリカの原子力空母はふつう駆逐艦・フリゲート艦3隻以上、イージス艦1-2隻、潜水艦2隻程度。それに補給艦を従えて作戦に出動する。その仰々しさは「院長先生ご回診」の行列なみだ。空母の維持・運転には金がかかる。その割に武器としての純戦闘能力は出費に見合わない。費用対効果で言えば、潜水艦、特に弾道弾発射原子力潜水艦のほうが優れている。したがって、中国海軍は空母より先に原潜を保有した。

2008年の5月には英国のデイリー・テレグラフ紙が、中国が海南島の楡林海軍基地内に原子力潜水艦用の地下基地らしいものを建設していると報道した。記事には『ジェーンズ・インテリジェンス・レビュー』が手に入れた衛星写真が添えられていた。弾道核ミサイルを搭載する094型とよばれる中国最新鋭の原子力潜水艦の基地らしいという。

核ミサイルを積んだ原潜は、実力はあっても根が隠密兵器なので国威発揚の面での宣伝力に欠けるところがある。一方、空母はそれを保有する国の大国振りを象徴する兵器である。1世紀以上も前に、アルフレッド・マハンが言った「シー・パワー」の象徴が空母なのだ。中国が太平洋からインド洋にかけて、影響力を行使するための道具として使える。2008年12月23日の新華社の記事は「空母は国の総合力の反映である」という国防省スポークスマンの黄雪平の発言を伝えた。

スポークスマンはまた、中国は完成した空母を中国近海と領海の安全確保に使うとも言った。だが、この使い方は空母本来の使用法からは外れている。中国は出来上がった空母を使って台湾ににらみをきかせたり、東・南シナ海に覇をとなえるえることよりも、中東からインド洋を抜けて中国にいたる原油輸送シーレーンの安全保障と、ルート沿いの沿岸諸国に対する影響力の強化をもくろんでいる。

ところで中国は2008年末に、中国・海南島の海軍基地から駆逐艦2隻と補給艦1隻をソマリア沖へ派遣した。約800人のクルーの中には、70人の特殊部隊員が含まれている。ソマリア沖で行われている国際的な海賊退治対策への参加だ。思えば、15世紀のはじめ明の永楽帝が派遣した鄭和の艦隊がアフリカ沖に出向いて以来、ほぼ6世紀ぶりに中国軍艦がアフリカ沖に現れるわけだ。

経済成長とともに増大する中国の国力にあわせて、ナショナリズムの酔い心地をあじわうむきも多いだろうが、中国周辺の国には、なにやら不安を感じる人もまた多いことだろう。中国はここ10年ほどで軍事費を3増倍させている。そのうえ、中国が公表している軍事費の額をめぐってアメリカは不透明だと非難してきた。

2005年のことだ。当時のラムズフェルド米国防長官が、中国は2005年の国防費を300億ドルといっているが、ペンタゴンの推計では900億ドルになる――中国は軍事支出の透明性を高めるべきだと発言して、中国当局と論争になった。

SIPRIの2007年のデータによると、軍事支出世界1はアメリカ合衆国で5,470億ドル。世界の全軍費の45%を占めた。2位がイギリスで590億ドル、3位が中国で推定580億ドル、4位がフランスで530億ドル、5位が日本で430億ドルだった。

米国防総省の資料によると、中国海軍は今のところ、駆逐艦25隻、フリゲート艦47隻、ディーゼル潜水艦53隻、原子力潜水艦5隻、沿岸警備艇などその他の主要艦艇100隻ほどを保有している。

韓国、日本、台湾も中国の海洋大国化にはそれなりの脅威を感じるだろう。ベトナムはスプラトリー、パラセルの領有権問題で中国と対立しているので、警戒を強めるだろう。マラッカ海峡の沿岸国シンガポール、マレーシア、インドネシアも身近な海域に中国の軍事力の影を見ることになる。

インド洋は15世紀のバスコ・ダ・ガマ以降、ポルトガル、イギリス,フランス,オランダなどが覇権を争ったところである。やがて、イギリスが優位を獲得したが、第2次世界大戦後はアメリカとソ連の覇権争いの場になった。

冷戦が終わった現在は、インドがこの海に影響力を拡大しようと努めている。その方策の一つとして、インドはロシアから原子力潜水艦2隻のリースを受ける契約を結んでいた。昨年11月に日本海で試験航行中に火災を起こした原潜がその中の1隻だったといわれている。1962年の中印国境紛争で不仲になったインドと中国が、こんどはインド洋でにらみ合う展開もありうる。

国際関係ではある国の初夢が他国の悪夢になることが往々にしてある。今年は南の海の話題が増える年になるかもしれない。

(2009.1.1 花崎泰雄)


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