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news commentary

核シェアリング

2022-05-24 21:42:52 | 国際

ロシアが2月下旬ウクライナに攻め込んだ。すかさず日本の元内閣総理大臣・安倍晋三が日本もNATOにならって米国との核シェアリングを議論すべきだ、との見解をテレビや派閥の会合で開陳した。現内閣総理大臣・岸田文雄は「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核3原則は国是であり、政府としてそのような議論をするつもりがないことを表明、安倍の挑発には応えなかった。あらかたの野党も安倍の核共有議論を退けた。

安倍の核シェアリング議論の提起は、彼が率いる自民党内の派閥・清和会の党内他派閥の勢力争いと、保守化する日本の有権者の情緒に乗っかって、この夏の参院選で党勢拡大をもくろむ維新の会の戦略だ。だが、海外のメディアは安倍発言を、日本が長年掲げてきた平和主義から離脱する動きであると報道する。Covid-19対策用の不織布マスクの品薄・暴騰にあたって、国民1人当たり2枚のガーゼマスクを用意した「アベノマスク」を「冗談だろ」と海外メディアは冷やかした。一方で、似たような冗談である今回の安倍の核シェアリング発言にまじめに反応したメディアもいくつかある。例えば “Japan turns away from post-WWII pacifism as China threat grows” (CNN、5月22日、電子版)。

日本が米国と核共有を取り決めるにあたっては、両国民の世界観、外交感覚、政権の損得勘定、そもそもアメリカ側に日本と核をシェアする気があるのかといった問題以外に、2つの論理の矛盾をどう克服するかという高い壁に突き当たる。ひとつは核共有と核拡散防止条約の矛盾、次に日本の国会決議に裏打ちされた非核三原則との矛盾である。

核拡散防止条約は次のように取り決めている。

第1条 締約国である核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造若しくはその他の方法による取得又は核兵器その他の核爆発装置の管理の取得につきいかなる非核兵器国に対しても何ら援助、奨励又は勧誘を行わないことを約束する。

第2条 締約国である各非核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しないこと、核兵器その他の核爆発装置を製造せず又はその他の方法によって取得しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造についていかなる援助をも求めず又は受けないことを約束する。

日本は核拡散防止条約加盟国である。核兵器の共有にあたっては、それが「核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しない」に背かないことを説明しなければならない。

ドイツも核拡散防止条約に加盟している。一方で、非核保有国であるドイツはNATOの核シェリング構想の中で、米国から戦術核の提供を受けてドイツ国内の基地に保管している。核の管理は米軍が行い、戦術核使用にあたっては米独が協議し、攻撃目標が決まれば米軍が核をセットし、ドイツ空軍が核爆弾を目標地まで運んで落下させる。

ドイツに加え、ベルギー、イタリア、オランダ、トルコの合計5か国がNATOの戦略構想の一つとして、米国と核シェアリングを行っている。これらの5か国にある6つの軍基地で米国の戦術核爆弾B61を合計100発以上保管している。

NATOの核シェアリングは1950年代に始まった。冷戦期にソ連と向かい合ったヨーロッパでは、NATOの核シェアリング以外の枠組みも入れると1970年ころには7000以上の戦術核弾頭が保管されていた。1950年代に米国の核戦略は「大量報復戦略」だった。大量報復から出発した核戦略論は、ソ連の核兵器開発と競う中で「柔軟反応戦略」「確証破壊戦略」とスコラ的展開をみせた。一時期、核戦略論は国際政治学の花形だった。ソ連邦の衰退と解体をさかいに核戦争の脅威は薄らぎ、国際政治学者とスパイ小説家の失業が始まった。ソ連邦の解体を挟んだ1986-1993年の時期に、5000を超える核弾頭がヨーロッパから撤去された。

ロシア大統領プーチンはNATOの核シェアリングは核拡散防止条約に違反すると主張している。NATOと米国は次のように説明している。核シェアリングは核拡散防止条約が成立する前から行われていた。核拡散防止条約の条文検討にあたっては、その点は十分に討議され、強い異議は生じていない。戦術核兵器を管理するのは米国だけであり、戦争になれば条約の拘束力そのものが消滅する。

ドイツ社会民主党のショルツ首相は核シェアリングに批判的で、NATOの核シェアリング枠組みから離脱の意向を示していた。メルケル政権からショルツ政権への移行にあたって、NATOはショルツ政権の動きを警戒したが、ドイツは当面核シェアリングを持続させると表明した。

さて、日本の場合いま一つの壁がある。非核三原則「持たず、つくらず、持ち込ませず」の「持たず」「持ち込ませず」と「核の共有」をいかに両立させるかが問題になる。アメリカの核兵器を日本の基地で保管するが、それが「持たず」「持ち込ませず」という国是に抵触しないことを論理的に説明することは難しい――世知にたけた政権取り巻きや公務員を総動員して公孫竜の「白馬非馬説」のようなアイディアでも捻り出さない限り。

核シェアリングを実現するためには、非核三原則の廃止を国会で決議しなくてはならない。それよりももっと可能性の高いのは、核兵器で武装した国が近隣あるという現実を考えれば、日本の独立を守る議論は絶対に必要だ――非核三原則はしばらく神棚にあげておいて――という方向へ議論が進むことだ。そのような非論理的で情緒的な議論を好む日本人は少なくない。非核三原則を提唱した佐藤首相が、沖縄返還交渉に関連する核撤去交渉で、非核三原則はナンセンスだったと当時の米国大使に語ったという文書が米国に残っている。政治家は油断ならないご都合主義者なのだ。

最後に共有している核兵器をどこで使用するかという問題が残る。米国が共有のために提供する核兵器は、NATOと同じレベルの戦術核兵器にとどまるだろう。戦術核兵器は運搬距離500キロメートル未満とされている。日本の周囲は海である。ミサイルに乗せようが、飛行機で運ぼうが、攻めてきた国までは届きにくい。戦術核兵器は日本に攻め込んで来た敵軍団の頭上で爆発される。米国と共有する戦術核をもっぱら日本国内で使う可能性があるわけだ。

(2022.5.24 花崎泰雄)

 

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リアリズム

2022-05-15 01:39:38 | 国際

「法は法であり、好き嫌いに関係なく従わなければならない。現在の国際法では武力は自衛のためか、安保理の決定によってのみ許される。それ以外は全て、国連憲章下では容認されず、侵略行為となる」(The law is still the law, and we must follow it whether we like it or not. Under current international law, force is permitted only in self-defense or by the decision of the security council. Anything else is unacceptable under the United Nations charter and would constitute an act of aggression.)。

これは米軍のシリア攻撃に関して、プーチン・ロシア大統領が2013年にニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した文章の一部である。日本文は5月14日付朝日新聞朝刊、英文は『ニューヨーク・タイムズ』のアーカイブから。

2022年5月12日の国連安全保障理事会でウクライナのキスリツァ国連大使が国連安全保障理事会の会合で上記のプーチン語録を引用し、ロシア大統領の言行不一致の人間的不誠実を非難した。

国際政治学の教科書の一つであるハンス・モーゲンソーの『国際政治――権力と平和』やE・H・カー『危機の二十年』などを持ち出すまでもなく、国際政治の理論は人間性というものが本質的に善であると想定する流派と、利益の対立が繰り返され道義や原則が完全に実現されることはあり得ないとする流派の二つの人間観から出発している。いわゆる「政治的ユートピアニズム」と「政治的リアリズム」である。したがって他国のふるまいはユートピアニズムから批判し、自国の行為はリアリズムの立場から弁明する。国際政治はなお、ホッブス的世界にある。

モーゲンソーの『国際政治』は、個人であれば、正義を行わしめよ。たとえ世界が滅ぶとも、と言い訳をするかもしれないが、国家にはその管理下にある人々の名において、そのように主張するいかなる権利もない、という。

ロシアがウクライナに軍を進めて以来、NATOやEU加盟国、米国などがウクライナに援助を続けている。EUのミシェル大統領やフォン・デア・ライエン委員長、カナダのトルドゥー首相、ジル・バイデン米大統領夫人、ペロシ米下院議長、ブリンケン米国務長官、オースティン米国防長官らがウクライナを訪問している。フィンランドとスウェーデンはNATO加盟の意向を明らかにしている。ピュリッツアー賞を運営する米コロンビア大学はウクライナのジャーナリストたちに賞を贈ることを決めた。

ウクライナ応援の賑々しさの一方で、ロシアを応援する声はあまり報道されない。戦争が長引き、経済制裁がロシア経済の足を引っ張るようになれば、ロシアにとって頼りは中国だ。その中国は西太平洋で米国とにらみ合っている。NATOの一員である米国の関心がヨーロッパに集まるのは悪いことではないと中国のリアリストは考えているのだろう。その分中国の太平洋進出を阻もうとする米国の力が弱まるからだ。今年後半の中国共産党大会で3選を目指していると伝えられる習近平主席も、自身や中国の評判に傷がつかないように慎重にふるまわなければならない。

中国の張軍国連大使は5月15日付の『ワシントン・ポスト』に中国の立ち位置を説明する一文を寄稿した。その中で彼は①ロシアのウクライナに対する軍事行動は中国のオリンピック大会が終わったあとにしてもらいたいと中国が言ったとか、ロシアが中国に軍事的な支援をもとめてとかいううわさは中国に泥を塗るための情報操作である②中国は国連憲章の順守、主権の領土の一体性の尊重、といった客観的で公明正大である立場である③ウクライナは主権国家であり、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政である④ロシアとウクライナの紛争の早い段階で習主席はプーチン大統領に、平和会談の開催を求めて大統領から前向きな返事をもらった、と主張した。

中国の態度は今のところ掴みようがない。ウクライナ問題に深入りすることを避け、洞ヶ峠を決め込んでいるように見える。中国流のリアリズムの外交姿勢なのであろう。

 

(2022.5.15 花崎泰雄)

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