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news commentary

王羲之

2013-01-31 09:21:12 | Weblog

東京国立博物館へ王羲之の展覧会を見に行った。

展覧会のチラシには「書を芸術にした男 書聖王羲之」とあり、「日中国交正常化40周年 特別展」と小さく添えられている。興味深いのは「日中国交正常化40周年」の文字で、「特別展」の文字と比べてもさらに小さい。

インターネットの『人民網日本語版』(2013年1月28日)も、日中国交正常化40周年を記念する特別展であることを伝えていたが、展示されている作品(といっても、王羲之の書は失われており、すべてが模写だとされている)のほとんどが日本国内にある物で、国外から出品は米国のプリンストン大学美術館所蔵の「行穣帖」と、香港中文大学文物館所蔵の「游丞相旧蔵蘭亭序」など3点だけだ。

国交正常化40周年記念とは言いながら、香港を除き中国からの出品がなく、チラシの文字も小さくせざるを得なかったのは、尖閣諸島をめぐる日中反目の余波だろうか。

2008年に江戸東京博物館が特別展「北京故宮 書の名宝展」を開催した時は、中国は気前よく故宮博物院所蔵の「蘭亭序」(八柱第三本)の日本初公開に応じていた。

わたしは書が好きなわけでもなく、たんに好奇心から王羲之の展覧会を見に行っただけだ。江戸東京博物館で「蘭亭序」を、台北の故宮博物院で「快雪時晴帖」を見たことがあるので、北京の故宮から別の「蘭亭序」が来ていないことをそれほど残念には思わなかった。

むしろ、40点以上が展示されていた「蘭亭序」の模写をはじめとする資料のほとんどが日本国内にある物だった。日本国内にこれほど多くの「蘭亭序」の模写があるとことを初めて知った。

(2013.1.31 花崎泰雄)


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発作性短絡症候群

2013-01-18 20:41:56 | Weblog

先の総選挙で落選して国会議員の議席を失った田中真紀子がまだ文部大臣だったとき、大学設置審議会が基準を満たすと判断した大学の新設を、「大学の乱立は教育水準を落とす」という理由だけで、設置OKの詳細な中身を知らないままで、認可しないと独自の判断をしたことがあった。彼女は、「認可する、しない」は文部大臣の権限であると言い張ったが、結局は受験予定者をはじめとする周囲からの「boo!」で、不認可を取り消した。

大阪市立桜宮高校の体罰問題で、大阪市長の橋下徹が同校の体育系2科の入学募集中止を大阪市教育委員会に求めた。これに対して市民から「受験生には罪がない」「子どもの夢を摘むのか」などの反対意見が大阪市に寄せられているが、橋下は「(桜宮高は)子どもを迎えられる態勢ではない」「(それでも反対なら)選挙で僕を落とす手段が与えられている」と話した。大阪の市立中学の校長会が「影響は非常に大きい」として募集実施を求める要望書を市教委に提出したところ、橋下市長は「そういう校長はいりません」と言った。受験生の声をくみ取ったものでは、との記者の質問にも「一番重要なのは亡くなった生徒のこと。(受験生は)生きてるだけで丸もうけ。またチャンスはある」と反論した。(2013年1月18日 読売新聞オンライン)。

文部大臣の下村博文は「入学試験を行うかどうかは教育委員会が権限を持って判断することで、現場の判断を尊重したい」「出願時期の直前に中止すると、受験の準備をしてきた中学生に重大な影響を与えることも考えられる」「(橋下氏は)よく言えば発信力があるということだが、厳しく言えばいろいろな騒動を起こすきっかけになっている」と記者団語ったと報道された。

文部大臣に言わせると大阪市長は騒動屋というわけだ。

過去の橋下の体罰関連発言を新聞から拾うと、

●「口で言って聞かなきゃ手を出すよりしょうがない」(2008年、大阪府と大阪府教育委員会主催の討論会)
●「もみ上げつまんで引き上げるくらいはいい」(2012年10月、大阪市教育振興基本計画有識者会議)
●「胸ぐらをつかまれたら放り投げるくらいまではオッケー」(同上)
●「蹴られた痛さ、腹をどつかれた痛さが分れば歯止めになる」(同上)
●「正直僕は、クラブ活動の中でビンタをすることは、ありうると思っている」「きちっとルール化できていなかったのが問題だ」「全国大会を目指す桜宮高校の体育科では、保護者も含め、ある程度のところは教育的な指導だという暗黙の共通認識があったのではないか」(2013年1月10日)

ルール化された体罰であれば教師に許された「教鞭」の内というのが、どうやら橋下の体質のように見受けられる。

ではなぜ、桜宮高校体育系2科の募集中止なのか。体罰に関係して高校生が自殺した桜宮高校は大阪の市立校なので、学校教育法第2条が定める同校の設置者は地方公共団体である大阪市だ。その大阪市の当面の責任者が橋下である。死者が出たとあれば、学校の設置者として何らかの対応を迫られることになる。その対応の仕方として募集中止を選択したのだが、今回はしくじったようだ。

不祥事を起こしたのは教師だから、教師、学校、教育委員会を対象に体罰と身体的な懲戒について再教育を行うべきところを、一般進学希望者に迷惑をかける学校の一部閉鎖を唱えた。持病の短絡症候群の発作である。

ではなぜ、発作が起きたのだろうか。先の総選挙では日本未来の党が小沢一郎グループと組んだあげく空中分解した。橋下・大阪維新の会も石原新党と合流したのち、国会に議席を持たない橋下の求心力は弱まり、庇を貸して母屋を取られつつある。

長い目で見ればこれが潮目の変わり時、大阪都構想の凋落の始めになるかもしれない。

(2013.1.18 花崎泰雄)
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Abe’s shameful impulses

2013-01-05 01:52:27 | Weblog


ニューヨーク・タイムズ紙2013年1月3日の社説“Another Attempt to Deny Japan’s History”が話題になっている。

「アジアの安定にとって日韓関係ほど重要なものはないにも関わらず、日本の新しい首相である安倍晋三は就任早々、日韓の緊張を燃え上がらせ両国の協力関係を難しくするような過ちを犯した。第2次世界大戦における日本の侵略についての謝罪を、韓国の女性らを性的奴隷にしたことをもふくめて、見直すことを示唆した……」。

この安倍批判は2012年12月31日付で産経新聞が掲載した安倍首相インタビューの内容を伝えたロイターの記事にもとづいている。

2012年12月31日の産経新聞のインタビュー記事によると、安倍首相は、村山談話(1995年の「戦後50周年の終戦記念日にあたって」)について、「終戦50年を記念して当時の自社さ政権で村山富市元首相が出した談話だが、あれからときを経て21世紀を迎えた。私は21世紀にふさわしい未来志向の安倍内閣としての談話を発出したいと考えている。どういう内容にしていくか、どういう時期を選んで出すべきかも含め、有識者に集まってもらい議論してもらいたい」と話している。

また、河野談話(1993年の「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」)についても、「平成5年の河野洋平官房長官談話は官房長官談話であり、閣議決定していない談話だ。(平成)19年3月には前回の安倍政権が慰安婦問題について『政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった』との答弁書を閣議決定している。この内容も加味して内閣の方針は官房長官が外に対して示していくことになる」と話した。

1993年の河野談話は「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」としている。

菅官房長官は2012年12月27日の定例記者会見で、「河野談話」の見直しを含めて有識者が検討するのが望ましい、との認識を表明していたが、年を越しニューヨーク・タイムズの社説が話題になった後の1月4日、「村山談話を引き継ぐと同時に、安倍内閣として21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と語り、「河野談話については、政治問題、外交問題にするつもりは全くないと述べ、見直しに慎重姿勢を示した」(朝日新聞デジタル版)と報じられた。

タイムズ社説はその末尾で、

Mr. Abe’s shameful impulses could threaten critical cooperation in the region on issues like North Korea’s nuclear weapons program. Such revisionism is an embarrassment to a country that should be focused on improving its long-stagnant economy, not whitewashing the past.

と論じたが、それは日韓関係がこれ以上損なわれると、米国の太平洋戦略に亀裂をもたらしかねないからだ。米国の視点からはそういう風に見えるが、日本で暮らしている日本人にとっては、言わずもがなの個人的心情を吐露する暇があれば、その時間をもっとましなことに使ってくれよ、という気分に襲われる。全世界に向かって英文で、

The then Japanese military was, directly or indirectly, involved in the establishment and management of the comfort stations and the transfer of comfort women. The recruitment of the comfort women was conducted mainly by private recruiters who acted in response to the request of the military. The Government study has revealed that in many cases they were recruited against their own will, through coaxing coercion, etc., and that, at times, administrative/military personnel directly took part in the recruitments.

と言っておきながら、首相が変わると、あれはちょっとね、という政権担当者の食言はいちじるしく日本の政治に対する世界の信用度を低下させるだろう。

ところで、1月4日には日本政府が靖国神社放火の容疑で韓国政府に身柄引き渡しを求めていた中国人を、政治犯であるから引き渡しは出来ないとして韓国政府が中国に送り返した。韓国は東の隣国日本よりも西の隣国中国に対してより気配りをしているのだろうか? 同じ日本軍国主義の被害者という被害者同盟風の連帯感でもあるのだろうか? あるいは、日本に身柄を引き渡せば、その男の裁判をめぐって第2の尖閣問題風の日中対立激化になる恐れがあり、そうならないように日本に対して配慮してくれたのだろうか? それとも、日韓が阿吽の呼吸でその中国人を中国に送り返したのだろうか?

(2013.1.4 花崎泰雄)
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