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news commentary

春節驚騒

2020-01-26 15:05:25 | 国際

WHO(世界保健機関)は1月24日現在、コロナウイルスによる武漢の新型肺炎について、世界的な緊急事態であるとの宣言を出していない。一方、中国政府は武漢市一帯の交通を遮断し、町を事実上封鎖する措置をえらんだ。

日本ではインフルエンザの流行期に学校閉鎖をすることがある。これは学校保健安全法に基づく措置である。エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病及びラッサ熱発生にあたっては、緊急の場合都道府県知事が特定地域の交通を72時間を限度に遮断することができると法律で定めている。

武漢は人口1000万を超える大都市である。新型肺炎を理由に、1000万人の移動の自由を制限し、一定地域にとどめ置くことができる法律が中国にあったのだろうか。

驚騒は世界に広がっている。フィリピンは到着した中国人団体旅行者の入国を認めなかった。台湾は武漢からやってきたことを隠した旅行者に100万円の罰金を科した。加えて、アメリカが米国人救出のために武漢へチャーター機を飛ばすことを中国政府と交渉しているというニュースが流れた。日本政府をはじめ各国政府が自国民救出のために中国政府と交渉している。中国政府は自国民が団体旅行で海外へ出かけることを禁止した。

逃げ出せる機会のある人はまだしも、武漢に閉じ込められた中国国籍の人はどうなるのだろうか。救援のための人員と物資を大量に送りこまないと、武漢は非衛生な1000万都市となり、新型肺炎だけでなく、その他の感染症も広がる危険性がある。

春節の武漢がカミュの小説『ペスト』のオランのようになり、後に武漢市を舞台にしたカミュをしのぐ小説が書かれることになるのか。それよりも、武漢の肺炎と1000万都市封鎖が、習近平指導部の英断と評価されるのか、失態と批判されることになるのか、世界の中のチャイナ・ウォッチャーが武漢の新型コロナウイルスを見つめている。

(2020.1.26  花崎泰雄)

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以下は冗談である

2020-01-09 01:26:33 | 社会

クレタ人は嘘つきだとクレタ人のエピメニデスが言った。論理学を商売にしている人たちがよく取り上げる命題である。じゃあ、こんな法哲学の話題はどうだろうか。

犯罪容疑者を拘束し、接見を制限するのは証拠隠滅を防ぐためである。保釈中の移動を制限、あるいは監視下に置くのは、逃亡を防ぐためである。そうした国家権力の措置を人権無視だと嫌って、保釈中の犯罪容疑者が金にあかせて逃亡のプロの力を借りて国外に逃亡した。その逃亡は容疑者が受けた国家の扱いがそれほどひどかったことを世論に訴える力となるか、それとも、当局に保釈制度の不備を再認識させ、犯罪容疑者に対する拘束の強化を促すことになるのか。

プラトンが書いた『クリトン』にこんな話が出てくる。牢獄の中で死刑の執行を待つソクラテスに友人のクリトンが、国家が無実のソクラテスを死刑にしようとしているのだから、不当判決を拒否して国外へ逃げるよう説得した。これに対してソクラテスは、法による裁定が一私人の都合で無視されるような事態は、国の法体系や国家そのものが危機にさらさられる、と言って逃亡のアイディアを拒否した。

あるいは、人民を暴政によって圧倒しようとする政府を倒すのは人民の権利であり、義務である、と言った18世紀のトマス・ジェファソンにならって、個人をいたぶると感じさせるような政府が支配する国から密出国して逃走、その政府の手の届かない所に到着したうえで、批判の言葉をあびせるのは、個人の権利であり義務である、と主張する人もいる。

10年ほど前、NHKが流した討論番組のマイケル・サンデル教授の『ハーバード白熱教室』が評判になったことがある。カルロス・ゴーン氏の箱詰めになっての日本脱出は、ソクラテス風に考えるのが当たりなのか、ジェファソン風の正当な抵抗と考えるのが当たりなのか、格好の教材になりそうである。

つまるところは、没収された15億円の保釈金があぶく銭に過ぎないほど、企業から巨額の金をむしり取ってため込んでいたグローバル企業の支配人のわがままにすぎないのだろうが、そういう言い方はみも蓋もない。正月明けの頭の体操のために、ソクラテスの論理を支持するのか、ジェファソンのそれを支持するのか、額面通りの論理をたどってみるのもまた一興だろう。

(2020.1.9 花崎泰雄)

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